日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

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そんなこんなで始まりました、サツキミドリ2号防衛戦。

メグミさんの指摘通りに、結構広範囲からイナゴさんが集合。

ナデシコも、四方八方から来るバッタさんに対応中である。

 

都会っ子の俺としては、実はあの造形は大分苦手っていうか。

まあ個人的な思いはさておき、とにかく生命的に危険度も高い。

俺たちの命も狙ってくるのだから、倒すのに気兼ねはいらない。

 

警戒態勢発令後、直ぐにブリッジに上がった艦長の指示で。

コロニーに襲撃がくると通達したり、俺たちも超特急で急いだり。

色々ありつつ開戦したのはいいのだけれど、問題がまだ一つ。

 

――――地味に、戦況はとってもよろしくない。

ナデシコはともかく、サツキミドリの防衛が微妙にギリギリで。

これ下手すると数百人単位で死亡者出るんじゃねって感じ。

 

実際の戦闘規模は、第一戦の佐世保ドックと大差ない。

敵数も多いが、今回はサツキミドリの防衛隊もあるしトントン。

それなのに、今度はなんだか分が悪い。それは一体どうしてか。

 

なんか微妙に判断が鈍いオモイカネを蹴り飛ばしつつ。

さっきから敵味方の識別で変な機動をしてるので、正直邪魔だ。

とにかく、データベースから識別した結果から判断すると。

 

ま、状況の違いって言えばそれだけの話。

 

まず一つ、敵の攻撃目標がナデシコではなくてサツキミドリ。

ディストーションフィールドがあるかないかってだけでも大問題。

防御力に関してだけでも、天と地とは言わないまでも差がある。

 

もう一つは、ここが地球ではなくて宇宙空間だってこと。

上下があって、攻めてくる方向が狭まっていた佐世保とは大違い。

四方八方、文字通り上も下もなく敵は襲いかかってくる訳で。

 

当然、サツキミドリだけではなくナデシコも落ちてはいけない。

守るものが二つある状態、敵は防御力の低いものを優先する。

無視されたナデシコは、防御をおろそかにすることも出来ず。

 

その上、こっちを狙ってこないわけだから敵も分散しちゃったり。

基本的に「グラビティブラストで決まり!」で通す艦なもんだから。

どうあがいた所で、漏れるわ漏れるわ溢れ放題な状況である。

 

こんな状況に対応すべくなエステバリスは一機だけ。

それもまだ宇宙戦用の零G戦フレームがないから、どうしようもない。

手数が欲しいタイミングで、使えるのは不便な大技だけってこと。

 

それでも集団はなんとか潰してはいるんだけど、溢れた分がね。

サツキミドリの防衛隊に期待するしかないこの状況なんだけど。

艦長と副長だけでなく、戦況データ集積中の俺も大曇りって感じ。

 

「――サツキミドリ、ミサイル発射確認。

 あ、でもこれ当たんないコースですね。意味ないです」

「こんな時に何やってんだ!」

「1、2、予想通り6割弱が外れ。

 でも回避分で機銃のマグレ当たりがそこそこです」

 

と、いう感じで対空……対宙?火砲がなかなかに悲惨な状況。

それなり程度の牽制にはなってるんだけど、今欲しいのは撃破。

まともに倒せてるのが防衛隊の機動兵器だけってのが痛い。

 

理論値とか予測値から考えれば、機銃で十分撃破も出来るので。

そこらへんを期待してるんだけど、全然期待に沿わないっていうか。

マグレ当たりって言葉になっちゃう程度には残念な感じ。

 

「ああ、もう少し当ててくれよ!」

「あのタイプだと、標準フルオートですからね。

 敵行動予測も、オモイカネほどじゃないでしょうし」

「……データリンクでなんとか出来ないか?」

「システムの問題ですから。

 それこそ、俺が直接コントロールするなら話は別ですけど」

 

行動予測も追尾システムも恐らくシステム的に一貫だろうし。

外から予測が入ってきても、すぐには対応不可能だと思われる。

それこそオペレーターが直接どうにかして繋げるぐらいか。

 

そのどうにかするにしたって、まあこの短時間じゃ無理だしね。

IFSオペレータークラスが、人力標準するのが理想じゃないかな。

そんな積りで言った言葉に、副長が予想外にいい反応を返した。

 

「――コントロール、奪えるか?」

「……時間くれるなら?」

 

通信や指示で騒がしいブリッジが、ここだけ若干静かになる。

実際、この火事場なら、恐らくそっちに手を回す人はいないし。

俺でも簡単に奪えるんじゃないかなって予測は立つんだけど。

 

本当にやるかと言われると、ちょっとあんまり自信はない。

流石に人様の命が掛かってる状況で、その命を守ってるものをね。

勝手に横取りするのは俺的にはどうかなと思うんだけれども。

 

「どれくらい必要だ?」

「……30秒ぐらい、かなぁと」

「えっ」

「あ、じゃあやっぱり5年ぐらいで」

 

思わず素で答えたら、やることになりそうになったので誤魔化す。

何がやっぱりだ、と返答がくるのを待っていたが、来ない。

その代わりに、副長ではなく別の方向からもっと厄介な人が来た。

 

――麗しのナデシコ艦長、ミスマル・ユリカ様である。

指示や予測で精一杯だったはずの彼女のウィンドウが俺を見てる。

とっても穏やかで静かな力に満ちたその視線が、俺を貫いた。

 

「タキガワさん」

「……うっす」

「死ぬ気でやれ、とは言いません。

 ……殺す気でやってください」

 

了解しました、としか言えず。

俺は素直に、目の前の画面に目をむけコンソールに手を置いた。

逆らわない方がいい物っていうのは、この世には普通に存在する。

 

普段使っている、グリップコンソールとは桁が違う。

繋がっているのもオモイカネで、合計すれば処理能力は数千倍。

余りの感覚の違いに、ぬるりとした気持ち悪さに襲われる。

 

オモイカネに繋がって、そして空いてる領域を確保した。

同時に擬似電脳にあるオートディフェンスを自意識の元に解除する。

頭に鳴り響くアラームを無視して、俺は感覚野の拡大を始める。

 

広がっていく感覚、自分自身の思考が加速していくのを感じる。

防衛機制を解除したことで、“俺”は直接電子の海に落ちていく。

俺と世界の境界線は既になく、“俺”はただ世界に広がっていく。

 

領域を確保し処理を加速、領域を確保し更に処理を加速。

加速していく思考と同時に、俺の人格は拡大した感覚野に分散する。

溶けていく。俺の人格が溶けていく。分散して、そして――。

 

――溶けて、なくなった瞬間に、俺の人格を再構築する。

分散して何処かに消えた元の俺の影を使って、領域を制御する。

これで準備はできた。IFSオペレーターとしての仕事の始まりだ。

 

さて、人格は消えてしまったのに大丈夫なのかというけれど。

直前までの記憶はあるし、一応連続性は保っているので俺ではある。

元の俺がどうなったのかとは、正直俺自身にもよく判らない。

 

……俺ではあるし、別に自分であることに執着もないからセーフ。

 

とにかく、お仕事開始。

がら空きのサツキミドリに侵入して、パパッと火事場泥棒。

ぶっちゃけ力押しでもなんとかなるレベルには、力差もある。

 

さくっと機銃のコントロールを奪ったので、そこからそこから。

オモイカネの行動予測を元に、全機銃を牽制と撃破に向けて動かす。

例えフィールドがあろうと、実弾が集中すればバッタなら落とせる。

 

ちょっと手が足りなくなってきた時に、“俺”のコピーを作り。

そいつらに幾つかの機銃の操作を任せ、俺自身は監督に移る。

数百の機銃の標準ぐらい、俺が殺す気でやればまあ余裕なのである。

 

 

 

 

 

なんだかんだで、サツキミドリ2号防衛戦も大勝利。

途中から機銃が仕事をし始めたので、敵も近寄れなくなって。

逸れたら機銃、集まったらエステやナデシコが腹パンで終了。

 

サツキミドリの人たちも、ハッキングについては聞いてこないし。

聞いてきたとしても知らばっくれる予定だけども、別によし。

俺としては死人が出なかったから、胸をなでおろすだけである。

 

そうそう、死人が出ないといえば。

艦長や提督とかが、今回のメグミさんについて褒めていたらしい。

メグミさんがどう思うかは判らないが、いい方向に進めばいい。

 

今回の戦闘でも戦っていたらしいが、3人の補充パイロット。

若い女性、という話だが、俺は忙しくてまだ会っていない。

搬入される機材とか、色々のデータ更新でそれなりに忙しかった。

 

……いや、実際には、あんまり会いたくなかっただけである。

子どもじみて馬鹿馬鹿しいことを言うけれど、代わりかぁってさ。

人間には、例えどんな人でも代わりがいるんだなぁと思ったり。

 

引きずってもしょうがないとは言え、引きずるなというのもね。

あんまり面に出さないようにしてるから、誰も俺には言わないし。

苦いにがぁい顔をしながら、目をそらして前に進むだけである。

 

「――おっし、当番終了!」

「お疲れ様でしたー」

 

丁度、考え事と同時に、シフトも終わったみたいである。

今度こそまた火星に向かうルートに入ったので、通常のシフト。

今回の夜番はメグミさんとミナトさんの安心のコンビだった。

 

……珍しく俺が昼番なのは、あれである。

搬入作業とかで、微妙にシフトが狂った関係の末路だったりする。

俺以外は通常のシフト。なので一緒に終わったのはこの2名。

 

「あー終わった終わったよぉ!

 さあおっいしいおっいしいアキトのご飯!」

「……お疲れ様でした」

「はいはいご飯ですね、行きましょう艦長。

 ……っと、ホシノさんは?」

 

わっふわっふと騒いでいる艦長は、まあともかく。

食堂とは別の方向に向かおうとしているのは、ホシノさんである。

俺と同じ体質なのだから、大概お腹も空いてると思うのだが。

 

俺の言葉にかたりと足を止めたホシノさんは、小さく振り向いた。

その大きな目を揺らがせて、言葉を探している感じ。

聞かれなれてないっつーか、喋りなれてないっつーか、なんとも。

 

「……私も、食事」

「そっちは食堂じゃないですけど……。

 ……あー、自販機です?」

 

数秒掛けてから出てきた言葉もやっぱり、端的なものであり。

微妙に考えてから、俺も漸く彼女の言いたいことに気がついた。

自販機コーナーにある、あれである。自販機フードさんたちである。

 

俺的には、あれはただのレンチンご飯過ぎて選択肢に入らないが。

言われてみると、ホシノさん的には都合がいいかもしれない。

誰とも会話しなくて済むし、とってもオーソドックスな味だし。

 

……どれぐらい食べようと、変な目で見られることもないし。

まあ色々考えれば、そっちを選択しててもおかしくはない、かも。

一瞬、食堂の使い方が判らないとか思ったけど、それは抜きで。

 

正直、俺とホシノさんは同職のためシフト被らないし。

食事をどうしているかなんて俺は知らなかったが、どうしようか。

冷凍も良くないし、使い方が判らないとしたら、もっとダメである。

 

「え、ルリちゃん自販機ご飯なの?

 そんなのよくないよ、一緒に食堂に行こうよ」

「……私は」

「アキトのご飯美味しいよぉ!

 なんて言ったって愛情がいっぱいこもってるから!」

 

――――ナイス、艦長。

気がついてかどうかは判らないけれど、素晴らしいフォローである。

こんな誘い方をされて断れる程、ホシノさんに会話能力はない。

 

「さ、艦長もこういってるしね。

 ホシノさんも一緒に食堂に行こう?」

「……はい」

 

戸惑っているホシノさんに、俺は有無を言わさぬ笑顔で言うと。

二つの笑顔に囲まれてしまったホシノさんは逃げ出すことも出来ず。

一番言葉数が少なくてすむ回答を、小さな声で返してきたのだった。

 

――勢いで押し切った気がするが、まあそれも良しってことで。

 

 

 


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