日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

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俺がその部屋に入ったとき。

一番最初に思ったのは、電気ぐらいつけろってことだった。

目が悪くなるとかじゃなくて、雰囲気に酔うな、と。

 

暗い通路の先に、ぼんやりと灯りが見える。

その灯りは、妙に滑舌のいいあの特有の口調と漏れてくる。

溜め込んだ決意は、そのアニメ声にため息とともに流れかけた。

 

それを必死に我慢して、飲み込んで。

歩みを進めると、そこにはゲキガンガーをつけたテレビ。

その前に座る、泣きじゃくるテンカワさんの姿があって。

メグミさんの姿は、それから少し離れた場所にある。

テンカワさんに寄り添うわけでもなく、ただ部屋の片隅に。

小さくなってぼんやりとテレビを見るメグミさんがいた。

 

メグミさんは、その視線を俺に向けて、また外し。

テンカワさんはそもそも俺に気付かずに泣いたままで。

なんとも陰鬱な空間に、手榴弾でも投げ込みたい気分になる。

 

「――二人とも。

 少し話を聞いてもらっていいかな?」

 

けれど、そんなことをしたい訳では勿論ない。

陰鬱な空気を壊したいのは事実だけど、まともな形で。

出来ればいい方向で収めたいとは、一応本気で思ってる。

 

二人とも、ピクリとは反応したけれど、顔は上げない。

そのことにほんの少しまた苛立ちながら、後ろに荷物を置く。

まだまだ想像の範囲内だし、全然我慢できる範囲である。

 

「反応がないってのは、了承ってことでいいね」

 

ドラマか何かで聞いたことあるような言葉を自分が言う。

その滑稽さに、案外あれはあれでリアルなんだなと思った。

単純に、俺が俺自身の言葉で喋れないだけなのかもしれない。

 

――さて。

言いたいことは幾らでもある。思うことは幾らでもある。

だけれど、その全てを伝えることには何の意味もない。

 

ただ少なくとも、この部屋のこの雰囲気が、俺は大嫌いだ。

悲しむだけならいい。だけど、それに酔っているようなのは。

現実に向き合えず、やるべきことをやらないで嘆くなど。

 

だけど、それと同じぐらい嫌いなことを今やろうとしている。

人に説教を出来るほど、できた人間でなんかあったことはない。

人を導けるほど、正しいと思う姿を心に描けはしない。

 

やる前から、既に身体中を嫌悪感が埋め尽くしている。

だけど必要だと思ったから、やらなきゃいけないから、だから。

俺は小さく瞳を閉じてから、もう一度現実を見直した。

 

「――ヤマダさん、死んじゃったね。

 俺、約束のゲキガンガー、載せてあげられなかった」

 

この言葉を言い終えるまでに、二人はびくんと反応した。

テンカワさんは、ヤマダさんの名前に。

メグミさんは、死という言葉と、約束という言葉に。

 

反射的に上がってきた視線は、感じのいいものではない。

寧ろ、何をしに来たと言わんばかりの否定の感情。

歓迎はされてないことは明確で、思わず俺の口も歪んだ。

 

「悲しい、ね。

 もう会えないし、もう話すことができない」

「……」

「約束は、どうしようか。

 果たす相手のいない約束は、どうすればいいかな」

 

さあ、どっちが先に釣れるかな、と。

出来るだけ、穏やかな表情を形作りながら問いかける。

声も穏やかにしようとして、上手くできなかった。

 

妙に感情が薄く、飄々とした口調になって、響く。

思っていたよりもずっと響いて、内心驚いた。

だけど口から出てしまった声を、今更戻せはしない。

 

数秒待って、まだどちらも食いつかないと判断し。

もう一度次の煽りを言おうとした時に、小さく。

微かに空気が動く、息を吸う音が聞こえてそちらを向いた

 

「――嘘、です。

 悲しいなんて、嘘」

「嘘じゃない」

「嘘です!

 悲しいと、感じてるわけないじゃないですか!」

 

――――先に釣れたのは、メグミさんだった。

泣きそうな顔で、俺を睨みつけている。

どうやら、俺は上手く不満をぶつける対象になれたようで。

 

「嘘じゃない、悲しいよ」

「……悲しいなら、なんでいつものままなんですか!

 なんで、いつもみたいにヘラヘラ笑ってるんですか!」

「悲しいからだよ」

「なにそれ……意味判んない」

 

理想的な食いつき方に、思わず俺の眉間も歪む。

作りきれていない表情も、案外とプラスになったものである。

演技のプロといえど、流石に本調子ではないらしい。

 

どう煽ろうか、どう引きずり出そうか。

どれだけ彼女の心を踏みにじろうか、そんなことを考えて。

平然とそんな思考に至ってる自分に笑えてきた。

 

「トオルさんだけじゃない、みんなそう。

 人が死んだのに何も変わらないなんて、おかしいです!」

「おかしくないよ、みんな悲しんでる」

 

恐らくだけど、感情のジャンルで言うならみんな悲しんでる。

人が死んで全く何も思わないのは、割と難しい話だと思う。

ただ、悲しいのレベルが人によって違うというのも、当然の話。

 

嘆くという段階まで行ってるのは、この二人だけだろう。

普通は、憐れむだとか同情するだとか、その程度で収まって。

引きずる理由がないから、引きずらないだけのことだ。

 

引きずるものがなければ、後は残った現実を見るしかない。

引きずるものがあっても、次にすることは現実を見ることだ。

どう足掻いても、何もしないままでいることはできない。

 

要は、しなきゃいけないことに手を付けるまでの時間差だ。

嘆いて、悔しんで、心を慰めることが無為とは言わないし思わない。

けれどそれでも、何もしないでいるのは、俺は好きじゃない。

 

「――悲しんで、するべきことをしてる。

 自分に出来ることは何か、考えてやってるよ」

「……何が言いたいんです」

「いつも通り、仕事に向きあう悲しみ方もあるってこと。

 それこそ、他に何も考えられなくなるくらい我武者羅にね」

 

別に、俺は彼女を責めたい訳ではない。

個人的にはどうかなと思わなくはないが、それはそれ。

今、俺が彼女を責めてしまえば、ただの八つ当たりである。

 

あー詭弁だなー、俺は今詭弁を使ってるよー、と。

本当に今、悲しんで仕事に向かっている人が何人いるだろう。

真面目に考えたら、嘘はついていないけれど本当でもない。

 

だから、聞かれて襤褸を出す前に。

真面目に俺の言葉を考え始めたメグミさんから目をはなし。

俺はあからさまに明るい声を意識して、そして出した。

 

「テンカワさんも、泣いてるだけじゃダメだよ。

 友達だったら、泣いてそこで終わっちゃいけない」

「…………?」

「みんながやるべきことを探してるんだ。

 だったら、仲良かったと思うんなら、尚更ね」

 

場違いにはならない限界の明るさで、俺は話しかける。

先程から、声のトーン自体は暗くなりすぎないようにしていた。

テンカワさんは、びくんと反応してから、俺へと顔を向けた。

 

顔は上げずとも、話は聞こえていただろうし聞いていただろう。

恐る恐る向けられた顔は、火照り、くしゃくしゃだった。

その表情には隠しきれない疲れが見えて、多少、不憫に思った。

 

目には力がなく、ただ沈んだ表情は暗く。

今の彼に、まともな判断力など欠片も備わっていないと推測できた。

それは、今の俺にはどちらかと言わずとも間違いなく好都合。

 

「“友達だから”出来ることってあると思うんだよ。

 テンカワさん……いや、アキト君」

「…………俺に?」

 

テンカワさんの言葉に、うん、と俺は小さく頷いた。

友達だから、と。態々名前で呼んでまで、特別感を演出して。

元々乗りやすい性質があるだろう彼を、俺は舞台に載せる。

 

舞台に、ストーリーに乗せてしまえば、後はこっちのものだ。

勝手に乗って、勝手に期待した目を向けるアキト君に俺は笑った。

残るシナリオは、僅か。最後まで駆け抜けるしかない。

 

「うん、だから」

 

あくまで明るい声を崩さないままで、穏やかな表情で。

俺は先ほど後ろに置いたままにしたトートバッグを前に出す。

中身は、真空パックやクリーニングシート、掃除用品。

 

カバンの中に仕舞われたそれを、俺をゆっくりと広げ出す。

二人の視線は俺とカバンと、お互いを行ったり来たりしていて。

戸惑ったままの二人に、俺は初めて、心からの笑顔を向けた。

「――艦長とプロスさんには了解取ってます。

 お掃除しましょ?」

「…………はぁ?」

 

 

 

 

 

そうして二人を巻き込んで、俺は遺品整理を始めた。

単純に、この部屋をそのままにしておくのもおかしな話だし。

このまま二人が落ち込む為の部屋になんか、俺がさせたくない。

 

どちらにしても整備班か生活班の人がやるならさ。

ある程度交流があり、趣味も知ってる俺たちがやるべきでしょ。

ついでに気分も上向きになれば、ラッキーって程度で。

 

二人も、なんとか思惑通りに片付けに真面目になってくれている。

決して表情は明るくはないものの、さっきとは雲泥の違いだ。

やることがあると、やっぱり気持ちが変わってくるのだろう。

 

元よりそう広くない部屋で、住んでからもまだ短期間。

副長の部屋に比べりゃものは多いけれども、それも知れている。

一番多いのがゲキガンガー関連なことに、少し寂しくなった。

 

それにしても、やっぱり飾り気のない感じ

副長の場合はそれこそ単純に生活感が殆どなかったのだが。

彼とは全く別の感覚で、この部屋もかなり偏った感じがする。

 

レーダーチャート的にいえば、副長は全数字が低くて。

ヤマダさんの場合は、剣山が尖った感じのピーキーな形になる。

趣味物に偏って、おされさが一向に足りていない感じがする。

 

なんというか、もっと腕にシルバー巻くとかさ。

ちなみに、俺は軽度の金属アレルギーなので巻くと気触れる。

なので、巻きますか巻きませんかって言われても巻かない。

 

そんな感じで、掃除と片付けを進めていく間に。

俺が手を付けることにしたのは、備え付けのクローゼット。

当然中には服があり、そこに目立つものなんて何もない。

 

――――そう、何も目立つものなんて、ない。

 

明るい色のものなんて、ナデシコの制服ぐらいである。

ぱりっとアイロンが掛けられて、彼の几帳面さが伺える。

やっぱり軍人さんだったんだな、となんとなく思う。

 

それ以外は、本当に地味だ。

色合い的にもそうだし、お洒落な要素なんて見当たらない。

まるでトレーニング用の服ばかり、と思って、気がついた。

 

――殆どがスポーツメーカーの、衣料ブランド。

通気性や伸縮性などの機能性には当然優れている、だけど。

俺は、これがお洒落なものであると今まで聞いたことはない。

 

これを見て、飾り気のない人間であるのは直ぐ判る。

外見には無頓着だとか、或いは運動好きだとかそういう感じ。

何の変哲もないことであるし、いつもなら俺もスルーすることだ。

 

…………だけど、今回に限っては、少しだけ違った。

 

要は、これが遺品整理の真っ最中だったということと。

そこまで長い付き合いでなくても、彼の人柄を知っていたこと。

お洒落とか、そういうものに見向きもしない理由を知っていたから。

 

そんなものよりも、彼にはやりたいことがあって。

目標の為に、自分の人生を費やしていたのを推測できてしまったから。

その結果がこのクローゼットの中身だと、俺は理解したから。

 

――思わず、耐え難い胸糞悪さに吐きそうになった。

 

 

 


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