何事にも、順序ってものがある。
語義的には、モノの並び方とか段取りなんだけど。
どっちでも火星に行きたいと言ってすぐ行ける訳ではない。
大気圏突破して、宇宙超えないと辿り着けないし。
物理的なものを置いといても、色々調節が必要だったり。
世の中って一足飛びを許すほど、緩くは出来てない。
いや、正しくは緩いんだけど、緩い分ガチガチというか。
俺は子どもだし、そんな事情なんて理解したくはないけど。
要は、みんながこれでいっかと思う、確認が必要なんだよね。
関係者の許容範囲で、物事はなんとなく進んでいくんだけど。
それが大人数が関わるとなると、またちょっと事態はね。
ややこしくなるというか、ややこしくせざるを得ないというか。
――色々ね、面倒なんだよね、実際ね。
今現在、地球人類は一応滅亡の危機に瀕している。
木星の方からやってきました無骨な見た目の僕らのお友達。
トカゲ諸君によって、人類の生存圏は激減。
火星を始め、なんと月まで落とされてしまった僕たちの。
最後のラインを守るのは、所謂“ビッグバリア”ってやつ。
それによって、なんとか地球だけは守ることに成功。
核融合衛星による大出力バリアで構成される。
バリア関係が強い(株)クリムゾンが作った第一防衛ライン。
外からも中からも、大体のモノの出入りを拒んでいる。
そう、当然味方識別機能なんかある訳もなく。
地球から外に出ようとするナデシコにとっては邪魔なもの。
だからといって、バリア切ってもらうとか無理すぎる。
バリア切ったら、外から幾らでも襲撃し放題だし。
すぐさまONOFF出来るほど、気軽な出力のものでもないし。
そんなの、提案するだけで人類の敵ってわけよ。
連合軍とは話をつけてあっても、やっぱり外面もあり。
ナデシコを火星に行かすのも、バリアを切るのも。
どっちもやっぱり表向きは了承なんかしようがない。
というわけで、ナデシコ及びネルガルの目的と。
連合軍さんの面子とかお外への説明とかも合わせると。
またちょっとしたプロレスショーをしないといけないのだ。
地球連合統合作戦本部の会議にわざわざ挑発したり。
台本通りの抵抗を乗り越えて、ビッグバリアも衛星を壊して。
そうして漸く、無限に広がる大宇宙に飛び出すのである。
んで、ナデシコは人類の敵になりかけて。
そうは問屋が卸さないっていうか、卸したらみんな困るしね。
まだまだ台本が続いてしまうんだよね、多分ね。
現状の予想ルートで壊す衛星は、中で一番老朽化したもの。
勿論それが壊れても、地球の危機なのは変わりないんだけど。
幸い、その衛星の代わりになる衛星が丁度完成してるのだ。
偶然、クリムゾン製のバリア衛星と有効な互換性があり。
偶然、完成してて発射するのにも支障がないレベルで。
偶然、ネルガルが作ってて接収すると連合軍の面子も保てる。
ま、そこらへんのシナリオなんて俺は知らないけれど。
流石に明白なタイミングでそんなのがあれば、誰だって判る。
これで別のシナリオって言われたら、逆にびっくりだよ。
誰が利益得るかって考えたらさ。
連合軍は面子的には総合すると若干マイナスで実質被害なし。
ネルガルは資金的には損だけど、プロジェクトの予算内。
だけど利益ではなく、損害で考えるとまた話は違って。
ナデシコに衛星壊され、代用品がネルガル製になるクリムゾン。
さてさて、相対的にプラスになったのはどこかしら。
個人的には、こういう足の引っ張り合いが?
今の地球人類の悲惨な状況を作り上げてると思うんだけどね。
そこらへんは、言っても誰も解決できない話である。
「――現実って世知辛いねぇ」
「……やめてくれないか!
しみじみと凹む言葉をいうのは」
思わず漏れた言葉に突っ込んだのは、アオイ副長。
俺の隣で、備え付けの……机っつーか作業台に向かってる。
俯いたままプルプル震える姿は、何とも愉快な見た目である。
多分、俺と彼とは別の受け止め方をしてるのだけど。
誤解ではあっても、微妙にささくれた心を傷つけたのなら。
仕方ないしと俺は思索を止めて、現実に戻ることにした。
「どうしたね、副長。
そんなに大変かい、それ」
「大変だよッ!
見て分かるだろ!」
こちらを振り向かずに、アオイ副長は吠える。
そんな副長が見つめるのは、中空に浮かぶ幾つものウィンドウ。
大体が書類作成ファイルかデータ資料だったりするんだけど。
「いやだから、手伝ってるじゃん。
こんな時にシート離れてまでさぁ」
本当に、こんな時にシートを離れるとかね。
只今高度上昇中、勿論宇宙を目指しての進軍である。
まだまだ防衛ラインを越える途中、プロレス真っ最中だ。
今後、ミサイルだとか?
機動兵器だとか色々襲って来る予定で、警戒態勢継続中。
普通なら、俺もシートに座ってるべきなんだけど。
今俺たちが座っているのは、ブリッジ後方にあるサブシート。
警戒態勢で、俺はともかく副長が座るような場所ではない。
それが判っているからか、微かにバツ悪げに目を逸らされた。
「……君が暇だからだろう。
ブリッジメンバー勢揃いで」
「暇なのは否定しないけど。
流石に暇でも、やること自体はなくもないよ」
確かに、ホシノさんにミナトさんにメグミさんもいて。
警戒態勢ではあっても、実際の戦闘行動なんてない状況。
別に俺はシートについてなくても、問題はないけれど。
それなりに俺も忙しくないわけでもない。
整備班から任されてるデータ処理とか資料集めもある。
片手間でこなしても時々増えるから、やらないと溜まるし。
そうでなくても、色々俺も勉強したいこともある。
流石にど素人よりはマシになっても、まだまだ初心者で。
ホシノさんの技術を、少しぐらいは見習いたくもあり。
そんな感じで、顔を上げてこちらを見る副長と見つめ合い。
取り敢えず、俺に負い目はないので断然有利だし。
予定調和の流れで、やっぱり副長が目を伏せて謝った。
「――ごめん。
悪いけど手伝って」
「いいよ、別に。
流石にこれはちょっとアレだしね」
只今副長がやっておりますのは、アレです。
ビッグバリアを越えてから、補給でコロニーに寄るんだけど。
その時に出す、停泊とか補給とかの申請書類なのである。
要は、色々書き込んで提出するだけなのだが。
問題点は、ノウハウなんて誰一人持ってないってこと。
書式とかは判ってても、そこに何を書くかはちょっとね。
本来なら、艦長や副長は数年掛けてなれていく仕事。
例外的にこんな形で艦長になったから、経験なしで体験中。
それも新型艦で、微妙に前例が真似しきれないってのもポイント。
「――ここの記名欄なんだけど。
ここの名前って、ネルガルかユリカかどっち?」
「……ええと。
前例的には、乗船員の責任者で出してるかな」
「じゃあユリカ……よりプロスさんか」
「その次の部分は、艦長の名前でいいよ」
ま、本来ならそこをサポートしてくれる人がね。
軍からの出向という形で来てくれてたムネタケさんとかね。
いるんだけど、今現状頼れない状況にあるっていうかね。
「総重量って荷物込み?」
「普通は荷物込みだと思うよ。
何度も来てる艦だと別みたいだけど」
「慣例で通る分はオッケーってことか」
「勿論ナデシコは総重量で」
そう言って、適当に組んだ数式データを投げる。
後で印刷時にオートコレクトで、現在データに入れ替える。
それぐらいの手心は込めてあげなきゃ、副長が可哀想である。
ムネタケさんがいればね、頼れたんだろうけど。
間違いなく出来る、現職の士官で戦艦乗りなんだからねぇ。
捕えちゃってる以上は、答えてくれるとは思えないが。
「……いっそフクベ提督に聞いちゃえば?」
「聞けるか!……聞けるかァッ!」
「ですよねー」
「……判ってて言わないでくれ、本当に」
そりゃ、ね。
軍に入ったら、雲の上の階級の、それも英雄扱いの人。
そんな人にただの事務処理の話を聞けるわけもないよね。
聞けば答えてくれるとは思うけどね、優しいし。
でもさ、もしだよ。
その時の副長に任せてたせいで判らないって言われたらね。
きっと面白い空気になると思うんだ。
俺的にはぜひぜひアオイ副長には挑戦してもらいたい。
俺は面白いことが大好きである。多分腹筋が耐えられない。
……というわけで、現状副長の手助けを出来るのは俺だけ。
具体的には、サツキミドリ5号をちょちょいとね。
覗き見とかしちゃったりして、受付けたものを確認するのだ。
あ、所謂あれです、レファレンスサービスってやつ。
一応法に関わるかどうかでやるかは決めてるんだけどさ。
結局、バレなけりゃセーフという世界のルールに則ってる。
――ま、面倒くさいのには変わらないけどね。
「……世の中って世知辛いねぇ」
「全くだ……っと、取り敢えずこれでいいか」
「終わったの?」
「一応ね。
また後で確認だけするよ」
そう言って、アオイ副長は保存ボタンをぽんと押す。
個人エリアに入ったのを確認して、一応バックアップを取る。
後、ついでに今回参照したページにも全部付箋つけておく。
「助かったよ。
僕一人じゃ、どれぐらい掛かったことか」
「俺もそれがお仕事ですので?」
それでもね、と言ってアオイ副長は爽やかに笑う。
うん、この人のこういう律儀さ、みたいなのは嫌いじゃない。
善人かつしっかりしてる感じで見習いたいほどだね。
そうこうしているうちに、第三防衛ラインに入ったらしく。
機動兵器の群れを、メグミさんが報告。
すぐさまにヤマダさんが出撃したのだけど。
なんだか、これまでと微妙に雰囲気の変わったヤマダさん。
ウリバタケさんの話をしっかり聴いてる様子とか。
ゲキガンガーと呼ばずエステバリスと呼んでいるとか。
ほんのちょっと、けれど大きな変化。
それに気付いたのはいったい何人いたのでしょうか。
その姿は、エースパイロットの称号に相応しいもの。
……彼が、そんな風に変わる理由になったことを。
俺は思い浮かばないでもないが、それを理由だとは思いたくない。
いやいや……俺が原因じゃないよね、流石のヤマダさんでも。
「……俺に信頼されようとしてるのかなぁ」
「おいタキガワさん何をしたんだ君は」
思わず呟いてしまった俺に、副長が噛み付いてきた。
流石にこの人は、ヤマダさんの変化にも気が付いているらしい。
俺はあの話を口に出すか、少し悩んでやっぱりやめた。
あの話は、俺とヤマダさんの約束であるし。
ヤマダさんにとっては人生を掛けるほどの夢であるのだし。
というわけで、俺は誤魔化すつもりでテヘペロしてみた。
若干うわウザみたいな顔をして、副長はジト目で見てきた。
「……君が見た目以上に強かなのは判った」
「それほどでもないですよ」
俺なんて、とてもとても。
現実に翻弄されるだけで、ただの無力な学生だからね。
少しぐらい、自分にできることを探していきたいね。
油断を捨てて、真面目になったヤマダさんはやっぱり強く。
相手もそれなりにしかやる気がないもんで、あっという間に勝利。
3機を戦闘不能にして、4機を小破した時点で戦闘終了。
そのあとすぐに、第ニ防衛ラインに入り。
防衛衛星から発射される、ミサイルをフィールドで受け流し!
そうして漸く、第一防衛ラインまで到着したのである。
後は、予定通りの予定調和。
核融合衛星をぶっ壊して、ナデシコは宇宙に飛び立った。
地球を囲む、一枚のビッグバリアを見て、一言。
「絶対防衛領域ってワクワクするよね」
「何言ってんだ君は」
ほら、夏だ!花火だ!眼球だ!みたいなノリで。
なんというか、言葉の響き的に男の子の味がすると思うんだ。
残念ながら、アオイ副長にはボケが通じなかったが。
ここにテンカワさんか、ヤマダさんがいれば。
特にヤマダさんだったら、ウザイぐらい同意したかなって。
丁度“その”時、俺は偶然彼のことを考えていたんだ。