目の前に立ち、まっすぐと自らを射抜くように睨む紅い髪の男。
その男から放たれる威圧感、そして本能レベルで抱いてしまった恐怖に……。
スカンクスは、耐えられなかった。
「キ、キィィィーーー! 死ねぇぇっ!!」
異形の猿は目を血走らせながら手に持った機関銃の先をドラムカンへ向け、引き金を迷うことなく引き絞り。
それと同時に、自らが跨っているダイダロスの武装のフル稼働を開始、大量に搭載された砲身から人一人を吹き飛ばすのに十分すぎる大きさの砲弾が、大量に発射され。
ダメ押しとばかりに、機銃から放たれた弾丸が嵐のような勢いでドラムカンへと殺到する。
人間であれば間違いなく助かる事はない、艦娘であっても危険な砲弾と銃弾の弾幕。
しかし、そんなモノが襲いかかってきても尚……。
「……この程度か」
ドラムカンには焦燥の念は欠片もなく、刹那の間に身を屈めて突撃を開始。
その手に構えた電磁イレイザーで自らに直撃する砲弾を撃ち落しながら、まっすぐダイダロスに跨ったスカンクスめがけて、弾丸のように突進していく。
この時、スカンクスはドラムカンではなく……北方棲姫を抱きかかえた中間棲姫を狙うべきだった。
なぜならば……。
ただ一人で荒野の地獄を戦い抜いてきたドラムカンにとって、この程度の弾幕など危機になる事はあり得なかったのだから。
「キキィッ!?」
血走った眼を見開くスカンクス、その目に映るのは海上をまっすぐスカンクスめがけてかけてくる紅い髪の男。
確かに当たったはずの機銃すらも、小石が当たった程度の反応しか見せないその男は海面を蹴って飛び上がり。
「死ね」
短く、スカンクスへ告げると同時に放たれた一発の蹴撃。
ソレが……スカンクスが最後にみた光景であった。
・
・
・
・
・
北方棲姫は、目の前の光景が信じられなかった。
海上を人間? が走る光景だけでも論外だというのに、その男は砲弾を避け……迎撃し、機銃に至っては当たっても平気な顔をしている上。
アレだけ自分たちに恐怖と傷を刻んだ、異形の猿を男は……ケリ一発でその頭を爆散させたのだから。
「ナニアレコワイ」
「素敵、ダワ……」
「ナニコノヒト、コワイ」
中間棲姫に抱きかかえられるまま、目の前の光景の感想を北方棲姫は呟くも……。
抱きかかえている中間棲姫がうっとりと呟いた言葉に、北方棲姫は更に戦慄を感じる。
「ア、ホウシンガコッチムイタ」
「……大丈夫ヨ、ホラ」
「ア……」
せめてもの抵抗か、ダイダロスが砲身を中間棲姫らへ向けてくるも。
車上に跨ったドラムカンの蹴り一発でへし折られ、ドラムカンが手に持った大口径のリボルバーで比較的脆弱な上部装甲が次々と穴だらけになっていく。
「アノジュウ、スゴイネ」
「マグナムガデス、ッテ言ウラシイワ」
「ソウナンダ」
海上でぐるぐるとまわり、ドラムカンを振り落とそうとするがソレも叶わない哀れな巨大戦車を眺めて呑気に語り合う北方棲姫と、中間棲姫。
そして、ドラムカンが勢いよく電磁イレイザーを突き立て。内部に直接電磁光線を照射されたことで、巨大戦車はその動きを止め……。
ゆっくりと、その車体を沈めていく。
「この程度か、ロクな残骸も手に入らなさそうだなコレは……」
やりたい放題やった挙句に呟いたドラムカンの言葉に、勢いよく突っ込みを入れたいが何から突っ込んだかわからない北方棲姫は頭を抱え。
そんな少女の苦悩を欠片も気にしていない中間棲姫は……。
「オ疲レ様、アナタ」
「……何度も言うが、俺はお前の亭主でもなんでも」
「何カシラ? アナタ」
「いや、だからな……」
「ホラ、帰リマショ。アナタ」
「……そうだな」
何やら電子部品のようなものを担ぎ、中間棲姫が載っている船に戻ってきたドラムカン。
そんなドラムカンを労う中間棲姫、彼女の発言の一部を否定するドラムカンであるも……。
抱えられていた北方棲姫も感じた謎の悪寒と空気に、屈するドラムカンであった。
「北方、アナタハドウスル? ウチニ来ルナラオ茶クライハ出スワヨ?」
「……いや、どう見ても真っ当な状況じゃないだろう。助けは必要か?」
そこまで話して、ようやく抱きかかえられている北方棲姫に話が向けられ……。
ちょっとお茶をして別れる、と言わんばかりの中間棲姫の言葉にドラムカンが突っ込みを入れ……。
船の上でドラムカンは屈んで北方棲姫と目線を合わせ、仏頂面なりに気遣う感情を目に浮かべて北方棲姫へ語りかける。
そんな、先ほどまでの悪鬼修羅な戦いぶりからは想像のつかない男の様子に北方棲姫は最初きょとん、とした表情を浮かべ……。
そして。
「オネエチャンヲ……」
目の前の男になら、託せると理屈ではなく心で理解した北方棲姫は。
「オネエチャンヲ、タスケテ……!」
規格外を幾つも重ねた、目の前で不器用な表情を浮かべている紅い髪の男に……断られることを覚悟で、懇願する。
そんな少女の願いに、男は。
「……任せておけ」
ただ、不器用に一言だけ。返した。
・
・
・
・
・
一方そのころ、アクセルと愉快な仲間達はと言うと。
「……ってワケでね、もう大変。うちの提督ったら幸せオーラ全開でさ」
「はぁ……でも、愛宕さんのお腹もうそんなに大きくなってたんだね」
「何のかんの言って、懐妊してからもう半年は経ってるからねぇ……」
食堂で煎餅をぽりぽりやりながら、夕張と兵藤艦隊の瑞鳳が呑気にガールズトークをしていた。
「それに、愛宕さんが動けないから艦隊統括する人が中々ね……」
「赤城さんとか加賀さんは?」
「一回やったらしいんだけど、現場の方が良いって断っちゃって……」
「……その結果、初春さんが来れないワケね」
「そーいうことよ」
さりげなく、今頃書類仕事と秘書艦業務でてんてこまいになっている初春をほっぽり出してきたことを暴露する瑞鳳。
そのあたりを何となく夕張は読み取るも、藪蛇になるもの都合が悪いので気にしない方向でお茶を啜る。
そして、瑞鳳がふと誰かを探してる視線の動きをしている事に気付き、夕張は湯呑を置く。
「アクセルさんなら、横須賀から来た人と会談中よ」
「え、そうなの? 参ったなー、航空機の事で相談したかったんだけどなー」
頬をぽりぽりと掻きながら、窓から外を眺める瑞鳳。
視線の先にある窓に、何やらまたやらかしたと思われる妖精が逆さづりになってたりするがそこは特に気にする事もなく。
ヲ級が何やら飛ばしてる、不思議な艦載機に目を止める。
「……ねぇ夕張、何あの鳥っぽい艦載機」
「んー? あー、アレねー……そこで吊るされてる妖精さんが作っちゃったビームハチドリよ。母艦の護衛とかには優秀なんだけどねー」
「アレ、ほしい。すごく可愛い!」
「え? マジ?」
そんな、和気藹々とも言えるゆるい空気が食堂には流れていた。
一方、アクセルの方はと言うと……。
「……なぁ、コレマジか……じゃねぇ。本当ですかね? 中将殿」
「残念ながら本当だ、それと……特に敬語はいらぬぞ」
「そりゃ助かる、しかしコレは……」
二人しか……否、応急修理女神を入れて人間二人と妖精一人しかいない執務室。
今、3人の視線の先にある写真。そこに写っていたのは……。
「スカンクスにカリョストロ、ブルフロッグに……挙句にテッドブロイラーまでいやがるのか」
「名前を知っておる、と言う事は……やはり?」
「ああ、こいつら全員俺たちが一度地獄に叩き込んだクソ野郎共だ。きっちりトドメ刺したはずなんだがな……」
異形の猿、スカンクスが写っている写真を手に取り。こいつは雑魚だから問題ねぇけども、と呟きつつ。
カリョストロと呼ばれた全身タイツの男に、ブルフロッグと呼ばれたフルフェイスのようなヘルメットを被った蛙のような醜悪な化け物。
そして、非常にピントの粗い写真に写った……赤いモヒカンに、真っ青な全身タイツのような衣装を身にまとった巨漢。
これらを見て、アクセルは重い重いため息を吐く。
「で、こいつらが北方海域で目撃されたってか?」
「ああ、ついでに島と見間違うほどに巨大な戦艦まであるらしい。こちらについては先ほど通信で入ってきたのじゃがな」
「そうかい……」
情報を持ってきた中将、樋口中将の言葉に更にため息を重ねるアクセル。
彼の脳裏に浮かぶのは、かつて荒野で生死を共にした二人と一匹。しかし何よりも頼りになる彼らは今はそばにはおらず。
無意識に、かつての仲間がいない自分に勝てるだろうか。と弱気な事を考えてしまい、その事を自覚した瞬間自らの頬を張り飛ばす。
「……大丈夫かね?」
「わりぃ、ちょいと弱気な事考えちまったてめぇ自身にイラっときた」
「……そうか」
突然のアクセルの奇行に、若干たじろぎつつ樋口中将はアクセルを気遣い。
そんな気遣いに感謝しつつ、威力が高すぎたのか自らの攻撃で口の端から血を流しつつアクセルは不敵に笑みを浮かべ。
「……今度こそこいつら全員地獄に叩き込んでやる」
目の前にいる中将に、そして今この世界にはいないかつての仲間達に。
荒野から来たチンピラメカニック、アクセルは静かに宣言した。
【思い出したかのようなメタルマックス用語辞典】
マグナムガデス……初出メタルマックス3の、ボスドロップ人間武器。
結構高い火力で色んな職業が装備できる優秀な武器、しかし一番の特徴は4回攻撃なところだったりする。
高レベルなキャラクタが、この武器で連続攻撃特技使うと割と酷い事が起きる。ミンチよりひでぇ。
スカンクス「ドラムカンさんには勝てなかったよ……」
そんなわけで、35話お送りしました。
グラップラー四天王を撮ってきたのは、樋口中将が率いている艦隊の青葉ネットワーク会長な青葉さんです。
テッドブロイラーに見つかってあわや、という場面もありましたがなんとか逃げ切った女傑だったりします。