次々と現れるアロウズのGN-XⅢに照準を合わせ、トリガーを引く。ライルはひたすらにそれを繰り返し、立て続けに三機を撃ち落としたところで大きく息を吐いた。
この間の戦闘の経験から、ケルディムのコクピットを使ったシュミレーターをしていたのである。
「ふぅ……ハロ、命中率は?」
『78パーセント、78パーセント』
「78パーセントね……」
なかなか思うようにはいかねぇな、と頭を掻きながら、ついこの間見せつけられた狙撃を思い出して、もう少しだけ続けることにする。が、いい加減にGN-Xとばかり撃ちあうのが飽きたのも確かだった。
「……なぁ、ハロ。一番難しいメニューってどんな感じなんだ? ちょいと見てみるだけでいいんだが」
ダブルオーなり、そこらへんのデータがシュミレーターにあるのなら、いい経験になるはず。そう思ってハロに問いかけると、ハロはしばし考えるかのように目を交互に点滅させてから答えた。
『セレネ、ツヨイ。セレネ』
「………セレネ?」
気を利かせて、ハロがサブモニターにデータを出してくれる。
「なになに……ガンダムアイシスのパイロット――――って、はぁ?」
どう見ても、刹那に勧誘された日に自然公園にいた少女と同じ顔だ。しかしながら、データでは4年前の戦闘でMIA(戦闘時行方不明。要するに戦死扱い)になったとされている。……というか、4年前の顔と同じなら妹か何かかもしれない。
『ドウシタ? ドウシタ?』
「……ま、他人の空似か。よしっ、頼むぜハロ」
『リョーカイ、リョーカイ』
旧式相手とはいえ、相手はあのガンダム……いや、待て。このガンダムアイシスというのは、まさかとは思うがこの間の黒いガンダムと同じ――――。
そんな嫌な予感が脳裏を走り、咄嗟に姿勢を正してスコープを覗きこむ。
すると周囲がだだっ広い荒野のようなステージになり、遥か彼方に白い点が見えた。
「……遠すぎやしねぇか?」
『――――ガンダムアイシス、セレネ・ヘイズ。目標を無力化します…っ! ―――トランザム! ハイパー…ブースト!』
『テッキセッキン! テッキセッキン!』
「………はぁっ!?」
いくらなんでも。と思った瞬間、赤い燐光を纏ったアイシスが粒子の翼と残像を残して凄まじい速度で接近してくる。そして、慌てて照準をあわせようとするライルを嘲笑うかのようなトリッキーな動きで瞬く間に近接戦のレンジに入り込まれ、すれ違いざまに両手のビームサーベルで切り裂かれる。
真っ先にコクピットにダメージがないことを確認して安堵したのもつかの間。綺麗に全身の武装が破壊されていることに気づいてライルは無言でハロを見つめた。
「……強すぎやしねぇか?」
『ハンデ、ハンデ』
ハロの言葉とともにトランザムおよびハイパーブースト使用不可、という文字が現れる。……一瞬、それで勝っても、と思わないでもなかったライルだが、とりあえず一回勝ってから考えようとスコープを覗き込み―――――。
『――――パック、換装! GNバズーカ、ハイパーバーストモード! アイシス、目標を破砕します…っ!』
GNフィールドと装甲のパージで狙撃を防がれたと思ったら、一撃で、ケルディムの右半身が吹き飛ばされた。コクピットは無傷という判定なのが小憎らしい。完全に回避したつもりだったのだが、明らかにバズーカの砲身を遥かに超えるビームが出るなど誰が想像するだろう。
「……なぁ、あんなのホントにあるのか?」
『ホント、ホント』
ただまぁ、今度はあのバズーカの範囲も分かった。
次は勝つ、と密かな決意とともにライルはシュミレーターを再開し――――。
『――――パック、換装っ! ガンナーアイシス、目標を狙い撃ちます…っ!』
「っと、あぶねぇ!」
ライルの目からしてもけっこうな精度で放たれる狙撃をなんとか躱し、反撃を――――する前に二射、三射、と立て続けに放たれる。
「くそっ、はやっ!? ちょっ!? おわっ!?」
本当に狙ってるのか、という間隔で放たれる狙撃が、冗談のようにケルディムの四肢にダメージを与えていく。それでもなんとか放った一撃がアイシスを掠め――――。
『――――…システム、起動…っ! アイシス、目標を駆逐します…ッ!』
いきなり全ての武器パックを装備したアイシスが、けっこうな速さでこちらに突っ込んでくる。――――……GNフィールド付きで。慌てて狙撃するが、ほとんどは回避され、残りもGNフィールドと重装甲に阻まれてダメージが通らない。
「う、嘘だろっ!?」
『はぁぁぁっ!』
十分に加速したアイシスがおもむろに右腕につけていた大きな実体剣をケルディム目掛けて投げつけ、ライルは内心でギョッとしつつもなんとか回避し――――ダメージを知らせるアラートが鳴った。
「……んなっ!?」
続けて、何の予兆もなく頭上から放たれた狙撃がケルディムのスナイパーライフルを破壊し、アイシスが背後から放ったGNウイングの砲撃をなんとか回避したかと思ったら前方から接近していたフォートレスパックとやらに至近距離から粒子砲を叩きこまれ、トドメとばかりにどこからか飛来したGNソードがケルディムを串刺しにした。
気を利かせたハロが表示したウインドウに、軽く説明が載っていた。
―――『脳量子波によるGNパックの遠隔操作およびオールレンジ攻撃”量子シンクロシステム”』
つまりはビット攻撃か、と理解する。
納得はしていない。
……もう、やめよう。
これは精神衛生上良くない。
「こんなもん、クリアできるのか……?」
『セツナ、カッタ。セツナ、カッタ』
マジかよ、と思いつつ表示されるスコアを見ると、セレネ・ヘイズの名前の他に、確かに刹那の名前もあった。……9割以上負けていたが。というか射撃命中率1%とかなってるんだがそれは。
そして、ハロは触れなかったものの、そこにはロックオン・ストラトスの名前もあり―――――けっこうな数負けていたものの、それでも確かに勝っていた。
なんとなく、あの兄貴にも苦労したことがあったんだな、と思ったが。
「……ハロ、もう一度頼む。ハンデは無しだ」
『イイノ? イイノ?』
「おう」
たまたま、今はそういう気分だった。
―――――――――――――――――――――――――――
「――――――くちゅんっ! けほっ、けほっ……」
そろそろ、不味いかもしれない。
イリア・ステイシア……いや、かつてセレネ・ヘイズを名乗った少女、レナ・キサラギはいやに重い身体を引きずってコンソールの前からベッドに移動し、置いてあった錠剤を口に放り込んで噛み砕く。
「……“システム”は問題ない、です。あとは――――」
「――――――往くのかね?」
びくり、と思わず肩が跳ねた。
ゆっくり振り返ると、いつの間にか開いていたドアのそばに金髪の男――――グラハム・エーカーが立っていた。
「……ごめん、なさい」
“私”はやはり、戦わずにはいられない。
刹那が、みんなが戦っているのに、1人だけ平和の中にいることはできない。
イリアがそれを望まなくても、やれるだけのことはやっておきたかった。……私には、もう時間がないから。
けれど、それにイリアを巻き込むかもしれないのだ。
“システム”とはワケが違う。王留美からの要求を果たすには、直接動く必要なんてない。何を言われても仕方ない――――そう思って、思わず俯けていた顔を上げると、わずかに微笑んでいるグラハムの顔が見えた。
「戦士が戦うと決めたのだ、誰にも文句を言う権利などありはしない。………あえて言おう、それでこそ――――私の見込んだガンダムのパイロットだ」
「………ありがとうございます、お兄ちゃん」
とてもはずかしかったけれど、今なら素直なきもちで言える―――――と思ったのに、顔を逸らされたのです…っ!?
「いや、その、なんだね。私は『お兄ちゃん』などと呼ばれる歳ではないと思うのだが」
「……イリアは呼んでますよ?」
「………勝手にそう呼ぶ」
「いいと思うのですけど……その、お、おにいちゃん…?」
「ぐ、ぐはっ!? ……そ、それよりもだ。キミが平和を望むのならば、私もアロウズの一員として戦うこともやぶさかではなかったのだが――――」
「……えっ!?」
つまり、“わたし”の安全の保証のために戦ってくれるつもりだったということ。
それがとてもうれしくて、けど、一つだけ気になることがあった。
「――――しかしキミが戦うのなら、その必要も最早あるまい」
「あ、で、でもっ! ここを離れるのでしたら、イリアはどうすれば………」
「………」
「………」
表立ってアロウズに敵対したらここにいられないことを全く考えていなかった私も、ここを離れたらイリアがどんな反応をするか全く考えてなかったお兄ちゃんも、無言で見つめ合う。
「……その、あいはぶのーあいであ、です」
「右に同じだ、と言わせてもらおう」
と、その瞬間を待っていたかのようにドアが勢い良く開かれ、誰かが飛び込んでくる。
「―――――ハァーイ。そんな裏切り者さんたちに朗報よ?」
『シャーネーナ! シャーネーナ!』
―――――――――――――――――――――――――
「リント少佐、次の作戦は貴官が立てろ」
「畏まりました」
アラビア海を航行するアロウズの大型海上空母。そこでカティ・マネキン大佐はグッドマン中将を含めた話し合いに参加していた。一応、前回の作戦について嫌味は言われたが、挨拶程度のものだ。周囲へのパフォーマンスも含んでいるだろう。
「アロウズのやり方というものを教えてさしあげますよ、大佐」
「勉強させていただこう」
「もうよい、マネキン大佐。下がれ」
「はっ、失礼します」
終始無表情だったマネキン大佐が退出し、グッドマン中将はリント少佐に話を振った。
「それで、次の戦術について案はあるかね?」
「保安局員の証言によると、ガンダムは収監中だったアザディスタンの皇女を連れ去ったそうですね……‥」
そこから、アザディスタンに向かうと予想されること。故にその道筋―――――海の幅が狭くなるホルムズ海峡で網を張る。
「了承した。トリロバイトの使用を許可する」
「ありがとうございます。……それともう一つ、この作戦には彼も参加を願いたいのですが―――――」
リント少佐が手で示した先には、1人の男がいた。
くせのある金髪に、目と口元だけを覗かせる面を被り、赤い陣羽織を羽織った、異様な―――――しかし無視できない存在感と威風を感じさせる、ライセンス持ち。
「――――ミスター・ブシドー」
――――――――――――――――――――――――――
深夜。
レナ―――イリアは王留美の協力を得て用意した、絶対にイノベイターたちにも感知されない特殊回線を用いてとある場所と連絡を取っていた。……もともとこの回線は、とある場所以外に繋げないのだが。……ぶっちゃければ、隣の部屋との糸電話である。
「――――と、いうわけなのです…。その、おねがいしてもいいですか…?」
『おう、任せとけって』
「………お、おねがいしますっ、今回だけでいいのです――――」
『いや、だからやるっての』
「――――ふぇっ!? ど、どうして……」
そんな簡単に引き受けられることじゃないはずなのに、と驚くイリア――――セレネに、相手の男は僅かに笑みを浮かべているのだろう口調で言った。
『反連邦組織は好きじゃねぇが、そりゃ別だ。なんのために頼りになるお隣さんやってたと思ってんだ。―――――仲間のためだ、いくらでも狙い撃ってやるさ』
次回予告
思惑が交錯する海に、ガンダムが集う。
再度の邂逅の果てにあるものとは。次回『交錯する剣』