機動戦士ガンダム00 変革の翼 2nd   作:アマシロ

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第3話a:アレルヤ奪還作戦(前編)

 

 

 

 それに気づいたのは、きっと偶然ではなかった。

 

 長い黒髪をたなびかせて駆ける、白い少女。4年前から何一つ変わっていない姿。無邪気な笑みこそほとんど見たことのないものだったが、それは仕方のないことだろう。あの頃は、そんな余裕などなかったのだから。

 

 

 

「―――――…セレ、ネ?」

 

「ぅー、お姉ちゃんも可愛いのが好きだと思うのですけど……」

 

 

 

 北アイルランドにある、自然公園のすぐ近く。

 ライル・ディランディにスカウトする旨を伝え、整理する時間を与えるためにもすぐに帰還――――もとい、次の目的地に向かおうとしていた刹那は、その少女と出会った。

 

 小首を傾げて考えこむ癖は変わらず、しかしこちらに気づいた様子はない。なぜ、という理由はなかったものの、自分が知っているセレネだと直感で感じた刹那は咄嗟に声をかけようとして――――背後から感じた気配に、素早く振り返った。

 

 

 

「ハァーイ。元気してた、刹那?」

「お前は―――!?」

 

 

 そばかすを散らした頬。赤い髪。

 かつてプトレマイオスで、そして戦場で味方として、倒すべき敵として出会った少女の面影を残す女性。どう出てこられようとも対処できるよう身構えた刹那はしかし、背後から聞こえた声に反応せざるを得なかった。

 

 

 

「―――――あ、お姉ちゃん!? も、もう来ちゃったのです…っ!?」

「来ちゃまずかった? ……うぅっ、お姉ちゃん悲しい。帰るねっ!」

 

 

「ふぇっ!? ち、ちがうんですっ! ぁ、ぁぅ、帰らないでくださいーっ!」

「あははっ、イリアかわいいー」

 

 

 

 涙目でネーナ・トリニティにすがりつくセレネが頭を撫でられている。

 これは一体どうなっているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「というわけで、お客さんね?」

「い、いらっしゃいませ!」

 

「………ああ」

 

 

 ぺこり、と頭を下げる少女――――イリアに返事をしてから、ネーナ・トリニティに「事情を説明しろ」と視線で問いかける。ネーナはそれを悪戯っぽい笑みでスルーするとイリアの頭を軽く撫でて家の中に入っていった。

 

 

――――そう。刹那は何故か、ネーナによってセレネが暮らしているという家、マンションの一室に連れて来られていた。擬似太陽炉搭載輸送機とか、その辺りは省く。

 

 

 

 今まで数々の激戦をくぐり抜けてきた刹那としても、全く未知の領域。

 なぜネーナが、という真っ先に浮かんだ疑問のほか、どう見てもセレネにしか見えない少女が“イリア”と呼ばれている理由。そして、何故かその少女に微妙に避けられている気がすることなど。

 

とにかく、セレネがいる以上は無視するという選択肢を選ぶことはできない。

 罠という可能性も考慮しながら、慎重にネーナの後に続き―――――入ったリビングでは、ネーナがセレネの買ったお菓子を開けていた。

 

 

 

「わぁお、ぞくぞくしちゃう。最高ね」

「ほんとですか…っ!? すぐお皿準備しますっ!」

 

 

 

 二人してケーキを眺めて、凄く楽しそうにしていた。

 

 

 

「ありがと。うーん、楽しみ」

 

 

 

 ………緊張しているのが馬鹿らしい、と思ってしまった自分は間違っているだろうか。

 刹那はケーキの箱を覗き込むネーナを茫洋とした目で、嬉しそうに小走りで台所に向かうセレネを微笑ましいものを見る目で見てから言った。

 

 

「……それで?」

「もぅ。せっかちね、せっちゃん」

 

 

 

 

 妙 な ア ダ 名 を つ け ら れ た。

 

 思わず苦い顔になった刹那を見てネーナはお腹を抱えて笑い、お皿とフォークを持って戻ってきたセレネがそんなネーナを見てとても驚いたような顔をして。それから真剣な顔でトコトコと刹那の前に立ち、身長差から少し見上げるようにして言った。

 

 

 

「あ、あの…っ! ―――――お姉ちゃんのお友達、なのですか…っ!?」

 

 

 

 

 がくっ。そんな音が聞こえそうなほど拍子抜けした刹那は、薄々感じていたことを確信した。

 

 

――――――セレネは、以前の記憶を失っている。

 

 

 

 

 

「――――あたしのスポンサーは、脳に過剰な負荷を受けたからじゃないかって言ってたわ。GNジャマービット? みたいなのを食らったって聞いたけど」

 

 

 

 やっぱり擬似太陽炉はダメね、と唐突になんでもないことのように言うネーナに、セレネはなにやら気まずい空気を感じたのか困惑したような顔で刹那とネーナの顔を交互に見て、そこでその空気を打ち切るかのように来客を知らせるチャイムが鳴った。

 

 

「あ、お兄ちゃんです!」

 

 

 セレネがぱぁっと笑顔を浮かべ、お皿をテーブルにおいてからパタパタと玄関に向けて走りだす。

 

 

「んー、今日は早いのね。つまんない」

 

 

 

 ……お兄ちゃん? 

 

 まさか他のトリニティが生きていたのだろうか、と更に警戒を強めた刹那に、玄関の方から声が近づいてくる。

 

 

 

「おかえりなさい、ですっ!」

「ああ、今戻った。む、来客かな?」

 

 

 

 すごく、どこかで聞いたことのある声だった。

 具体的にはアザディスタンの近くやアイリス社の軍事工場などで。

 

 

 

「はいっ! お姉ちゃんのお友達……です?」

「ふむ……それは是非ともご挨拶させて貰わねばなるまい」

 

 

 

 ドアが開く。――――入って来たのは、若々しい金髪の男だった。くせっけの金髪に、強い意思を感じさせる瞳。スーツを着ているが、鍛えられた肉体を持っていることが分かる。

 

 

 

「……ほぅ」

 

 

 刹那を見てわずかに驚いたような笑みを浮かべた男は、姿勢を正し、言った。

 

 

 

「―――――初めまして、と言わせてもらおう。私はアロウズ所属、グラハム・エーカー大尉だ」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 イリア・ステイシアは、自分が“ふつう”とは異なることを知っている。

 

 学校に行ったことはないし、両親もいない。そしてなにより、4年前に病院のベッドで目覚めた時より前の記憶がない。

 

 夜ベッドで眠って、起きたらパソコンの前に座っていたこともあるし、髪の毛だって染めておかないと本当はお年寄りみたいに白い。目だって、特別製のコンタクトを入れておかないとヘンな色だし、それが当たり前のことであるかのように毎日こなしている。

 

 

 

 

『―――――ごめんね』

 

 

 ほんとうは、知っているんだ。

 

 “わたし”の中に、もうひとり“私”がいること。

 とても疲れて、傷ついた“私”は、わたしの頭の中で眠っている。

 

 守りたいもののために戦って。それでも守りきれなくて。

 ずっと泣いていることを知ってる。

 

 

 

 

 

 でも、止めることはできない。

 

 “私”はだって、本当に求めているものは戦いじゃ手に入らないって知ってる。不幸になる人は見たくない。けれど、“私”が本当に欲しかったのは――――。

 

 

 

 

 

 

「イリア、大丈夫?」

「―――ふぇっ!? は、はい元気です…っ?」

 

 

 

 ネーナお姉ちゃんと一緒にケーキを食べながらテレビを見ていたのに、気がついたら考えこんでしまっていました。

 これじゃダメだ、と心の中で決心すると、お姉ちゃんが悪戯っぽい笑顔で言う。

 

 

「ほんとー? 食べないなら、私が食べちゃうよ? ケーキ♪」

「だ、だめですっ!」

 

 

 わたしもケーキは大好きなのにっ!

 けれども、そこでちょうど刹那とお兄ちゃんが話しているのが聞こえてきて、思わず聞き耳を立ててしまう。

 

 

 

「それで、キミはこの事を知ってしまったわけだが―――――どうするのかね?」

「……どうもしない」

 

 

 

 その言葉に、どうしてか胸の奥がチクリと痛む。

 思わず視線も二人が話している方に向けると、見たことがないほど真剣なお兄ちゃんと、戦いの時と同じくらい張り詰めた空気の刹那が向い合っている。

 

 

 

「ほう。なぜかね? 率直に言って、私は“彼女”より強いパイロットを見たことがない」

 

 

 

 暗に「君たちにそんな余裕があるのか」と問いかけるお兄ちゃんに刹那はどこか寂しげな表情で、けれどもきっぱり断言した。

 

 

 

 

「―――――…それでも、セレネが戦いを望まないのなら。俺が、俺たちが世界を変える。………変えてみせる」

 

 

 

 それは、“私”を連れ戻さないということだ。

 

 戦わなくていい。それは“わたし”にとって何よりも嬉しいことのはずなのに、どうしてか胸の中にぽっかりと穴が開いたみたいに寂しい。

 

 

 

「そうか…。少年、キミがそう決断したというのなら、私はもう何も言わん。だが、機会があればいつでもここに来てくれて構わない、とだけ言っておこう」

 

「ああ――――…邪魔をしたな」

 

 

 

 そう言って刹那はわたしの方を見て微笑んで、そのまま玄関へ向かう。

 何か言おうとするのに、声が出ない。

 

 だって、何を言えばいいの? 

 “わたし”は“私”じゃないのに。戦えない。一緒にはいられない。

 

 “私”は、一歩も前に進めていない。

 

 

 

 

 ドアの閉まる音が響き、伸ばした手をゆっくりと下ろす。

 視界が滲んで、それを振り払うように口に入れたケーキがしょっぱかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 刹那がライル・ディランディを迎えに行った際に王留美から、と受け取ったデータチップには、アレルヤが収監されているという連邦政府の収監施設の情報――――そして、ツインドライヴに関する修正プログラムが含まれていた。

 

 念の為にイアンとフェルトによって確認されたそのデータには何の問題もなく、エクシアと0ガンダムの太陽炉専用に調整されたそのデータは僅かながら同調率を上げ、トランザムでオーバーロードする可能性を下げてくれることが判明している。

 

 

 お陰で、より良い状態でアレルヤの奪還に望める。と、刹那は考えながらこれまでのことを思い出していた。

 

 

 

―――――刹那たちは黒いアイシス、セレネ・ヘイズを含むアロウズの奇襲を受け、ダブルオーがオーバーロードを起こしたためにあわや撃墜されそうになったものの、謎の擬似太陽炉搭載フラッグの介入を受け、黒いアイシスはすぐに撤退した。

 

 そして、それを見届けた所属不明機も撤退。

 

 

 その後、プトレマイオス2はラングランジュ1にあるソレスタルビーイングの秘密ドックで新たな2機のガンダム――――“ケルディムガンダム”と“アリオスガンダム”を受け取り、そして今。

 

 スメラギ・李・ノリエガの協力を得て戦術プランは完成。プトレマイオス2はこれから大気圏に突入し、そのままわずか300秒、5分で収監施設を強襲する作戦に突入する。既にダブルオーもカタパルトデッキで待機し、いつでも発進できる。

 

 

 

 そして、ティエリアから通信が入ったのはちょうどその時だった。

 

 

 

『刹那。アレルヤのほかに収監されている人物に、こんな名があった』

「――――…マリナ・イスマイール」

 

 

 

 なぜ、という疑問が浮かぶ。

 刹那はこの4年間世界を旅し、マリナ・イスマイールが祖国のために尽力していたのは知っていた。そんな人間をわざわざ反連邦政府の人間として収監する理由はない。

 

 つまり理由があるとすれば、4年前と同じようにソレスタルビーイングとの関係を疑われた、ということなのだろうか。

 無言で、「どういうつもりだ」と視線で問いかけると、ティエリアは無表情に返した。

 

 

 

『てっきり救出するものだと思ったが』

「……罠だろう」

 

 

 あからさますぎる。

 こうなるとアレルヤの情報も故意に流されたと見るべきか。即座にブリッジとの通信を開こうとした刹那を、ティエリアが止めた。

 

 

『スメラギ・李・ノリエガには既に僕から伝えた。警備状況に問題はないと思われるため作戦は続行、現場の判断に任せるとのことだ』

 

「……了解」

 

 

 

 

 僅かに悩む刹那を急き立てるように、プトレマイオス2が大気圏に突入する――――。

 と、そこでティエリアと入れ替わりでイアンから通信が入った。

 

 

 

『――――いいか、刹那ァ! 今度こそ、トランザムは使うなよ!』

「……了解」

 

 

『って、なんだその気のない返事は!? おい、聞いとるのか、刹那ァ!』

「―――――――……すまない、聞いていなかった」

 

 

 

 ダブルオーのコクピットに、イアンの怒声が響いた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 宇宙から来る、青白い光――――GN粒子の輝きを纏った流星。

 

 

 それを収監施設近くの岩場に潜んで見上げるモビルスーツがいた。

 4年前に使われた“とあるモビルスーツ”を改修した、擬似太陽炉搭載モビルスーツ。あえて名付けるのなら――――GNフラッグカスタムⅡTYPE-Sと言ったところだろうか。

 

 甲冑のような装甲を纏い、大型ブースターを背負ったその機体は、翼を持った武士のよう――――というと、あまり良い物のような気がしないが。

 

 

 

『――――さて。お出ましのようだな、ソレスタルビーイング』

 

 

 お手並み拝見といこう、と呟いたところで、通信が入る。

 

 

 

『ハァーイ。……そのシリアスっぽい空気と喋り方、ぜんっ、ぜん似合ってないよ?』

『……仕方があるまい。私とて、正体を白日の下に晒すわけにはいかぬ身だ――――』

 

 

 

『……ぷふっ。あははははっ、そ、そうね。うん、い、いいんじゃない?』

『…………始まるぞ』

 

 

 

 

 

 大量の水飛沫が空を、そして収監施設を包み込む。

 恐らくはそれによってビーム兵器を封じ、その隙にアレルヤを助け出すという作戦なのだろう。

 

 

 しかしアロウズも“ある程度”の戦力を整えている。

 

 恐らくは、ソレスタルビーイングならば突破して救出に成功できるだろうという程度の。これが何を意味するのか―――――。

 

 

 

『………何を考えている。リボンズ・アルマーク』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

互いの求めるもののため、銃口が交錯する。
狙うは敵か、それとも……次回『アレルヤ奪還作戦(後編)』そこに、貴方がいるのなら。


追記
誤字のご指摘ありがとうございます! m(__)m

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