ソレスタルビーイングのスペースシップ――――プトレマイオス2から、星団もかくやという圧倒的な光の奔流が溢れだし、モブルスーツが――――ガンダムが飛翔する。
両肩にそれぞれ一つ、太陽炉を装備したガンダム。
それがダブルオーガンダムという名であること、まだツインドライヴは不完全であること、刹那が乗っていること、そしてアヘッドとGN-XⅢ程度では相手にならないことを全て知り―――あるいは“確信”していた。
「―――――…ずっと、待っていました」
僅かに震える声で、呟く。
怒りでも、憎しみでもなく。恐怖でもなく。
少女は微笑む。何かを求めるかのようにダブルオーに向けて手を伸ばし。
その合間も何の操作もされていないはずの少女のモビルスーツは舞い踊るかのように宇宙を飛び回り、もう一体の敵機――――セラヴィーガンダムの放つGNバズーカを躱し、あるいはGNフィールドで受け流し、時折思い出したかのように放たれるビームライフルがセラヴィーに吸い込まれるかのように命中し、弄ぶように追い詰める。
『――――この、動きは…っ!?』
相手のパイロットの驚愕したような声が“聞こえ”る。
それが僅かに嬉しくて、残った2機の僚機が騒ぎ立てる通信がうっとおしいと思う。
(……機体を壊したなら、帰ればいいのに)
機雷群を誘爆させたセラヴィーの砲撃に巻き込まれて一機が宇宙に消え、一機が中破。もう一機は元気なものの、マイスターとガンダムを1人で相手にするのに実力は不十分。
私がここを離れたら、少々の時間を稼いだ後に堕ちるだろう。
と、ちょうど刹那がアヘッドを落とし、圧倒的なスピードでGN-XⅢの火線を回避する。それに対抗しようとGN-Xが粒子を拡散させるガス手榴弾で接近戦に持ち込もうとするが――――悪手以外の何物でもない。
「それでは、向こうは終わったようなので撤退するなりお好きにどうぞ」
通信で僚機に一方的に言い捨て、口元が吊り上がるのを感じつつ呟く。
「―――――…バースト」
―――――――――――――――――――――――
それは刹那がまさにGN-Xの得物であるGNランスを両断し、そのままGN-Xも仕留めようとした瞬間。
視界の端に爆発的な赤い粒子の奔流を捉えた刹那は、咄嗟に進路を僅かに変更し、GN-Xの機体を半ばまで切り裂きつつ光が見えた方向に剣を合わせ―――――コクピットが激震した。
「―――――くっ、これは…ッ!」
セレネが好んでいた、GNウイングのバーストによる爆発的な加速を用いた強襲。もしもこれが“セレネ”だったなら、咄嗟にコクピットを庇ったダブルオーは腕や足の一、二本は吹き飛ばされていたかもしれない。
コクピット狙いであったがために、逆に無傷。
そのことに若干の皮肉のようなものを感じつつも目まぐるしく動く赤い流星の動きを目で、そして半ば直感で追い、掬い上げるように左後方から放たれた第二撃を二本のGNソードⅡで完璧に受け流した。
何と言っても、GNウイングのバーストは派手に粒子を撒き散らすためにどうしても目立つ。更に速度が速すぎるために、G軽減があっても意識を失うような無茶すぎる機動はどうしてもできない。
故に、うまく誘導してやれば防ぐことはそう難しくないと刹那はよく知っていた。――――なにせ、本人がそう言っていたのだから。そして、バーストにはもう一つ避けられない欠点がある。
それを証明するかのように、漆黒と紅のモビルスーツ――――かつて戦った漆黒のアイシスの、その改修機であろう機体が、刹那からある程度離れた地点で止まる。そして、刹那の耳に通信が入った旨の電子音が響いた。
『―――――お久しぶりです、刹那』
新雪を思わせる白い髪。黄金色の瞳の少女の顔が、モニターに映し出される。
かつての“セレネ”と比べて2、3年ほど大人びて見える、無邪気に微笑むその少女の笑みに、刹那は油断なく構えつつ答えた。
「……――――戦う理由は見つかったのか。セレネ・ヘイズ」
その返答が不服だったのか、不満げな顔になる少女に刹那の胸の奥が僅かに軋む。
ただ、少女はすぐに悪戯っぽい笑みを浮かべ、言った。
『まだ、です。―――――…けど。今、ここにいる理由ならありますよ?』
―――――あいたかった。
泣きそうな、それなのに心の底から幸せそうな笑みを浮かべて少女は呟く。
『―――――私は“セレネ”のこと、大嫌いでした』
セレネ・ヘイズがいなければ、こんな世界に生まれてくることはなかった。
“ガンダムマイスター”である“本物”。
世界を変革する使命を持つ彼女に対して、自分はせいぜい予備パーツか実験動物でしかなかった、と。
『けど、わかってしまったんです』
結局、自分は“セレネ”と、“レナ・キサラギ”と同じだったのだと。
『――――…すき、です。刹那』
絞り出すように呟かれた言葉が、響いて消える。
助けを求めるように、不安に震える迷子のように、少女が手を伸ばし。
――――――刹那は、何も答えることができなかった。
かつて少女に、“自分の”生きる意味を見つけて欲しいと願った。
けれども、少女が“セレネ”と同じだと肯定することも、否定することもできないと思った。
そしてなにより、単純に驚きすぎて何も言えなかったのだが。
そんな刹那の考えを察したのかそうでないのか、あるいは最初から受け入れらないだろうと思っていたのか、画面の中の少女は何かを堪えるかのように一瞬だけ目を瞑り、開く。
そして悲しげな笑みを浮かべ、頬に一筋の涙を流しながら、呟いた。
『――――わかって、ました。だって、最初から“私”には届かないんだって、知っていたんですから』
ずっと“本物”に届かずに苦しんでいたのだから。
生まれてから、ずっと。
『だから刹那。私は、アナタを討ちます。――――私には、これしかないから…っ!』
それだけは“本物”にも負けないと、叫ぶ。
『―――――だから…っ、“わたし”を見て――――ッ! ガンダムアイシス、セレネ・ヘイズ――――あなたを、殺します…っ!』
宣告とともに眩い光を放ち、敵機が――――黒いガンダムアイシスが二本の細いGNソードを構え、粒子の奔流とともに突撃してくる。
その速度は4年前の戦いの比ではなく、先ほどの激突では全力でなかったこと、機体も強化されていることが感じられ―――――。
粒子コーティングされた二振りずつのGNソードが激突し、激しい火花を散らす。
咄嗟になんとか距離を取ろうとした刹那の動きを察するかのように粒子の翼をはためかせたアイシスが半ば激突するかのように連続で斬りかかり、それを刹那は辛うじて受け流していく。
反撃をしようにも――――あんなことを言われて冷静に反撃できるほど刹那は冷酷にはなりきれない。相手は大切な少女と同じ姿をしているのだ。
「く…っ!? 待て―――セレネ!」
その名で呼ぶことに抵抗がなかったわけではない。
しかし、それ以外の名を持たない少女を止めるのに、他の方法はなかった。
けれどもアイシスの勢いは一向に衰えず、むしろ速さを増した剣がダブルオーのコクピットハッチの表面を浅く切り裂く。
『―――――アナタの剣は、そんなものじゃないはずです…ッ! 刹那・F・セイエイ…っ! ガンダムマイスターを名乗るのなら、私にもう一度勝ってみせて――――ッ!』
「―――――…っ!」
ガンダムマイスターであること。
それこそがかつての刹那の生きる意味である、“ガンダムになる”ことに不可欠な要素。
かつての刹那であれば間違いなく乗っていただろう挑発に、刹那はあえて乗った。
それは、仲間との絆だから。
そして少女の声に、かつての自分と同じ何かを感じ取ったから。
「頼む、ダブルオー…ッ! ―――――トランザム…ッ!」
『アイシス―――――バースト、モード…っ!』
―――――――――――――――――――――――
青白いGN粒子の輝きが、再び爆発的に戦場に広がる。
ダブルオーガンダムの、ツインドライヴのトランザム。紅蓮の輝きを纏ったダブルオーの姿が残像を共にアイシスの背後に回り込み、真紅の翼をはためかせたアイシスが翼の先端を切り裂かれながらも凄まじい速度で上昇する。
それを、セレネは身体を引き裂こうとするかのように四方八方から襲い来るGに耐えながら、それでも笑みを浮かべた。
「――――そう、です…っ! わた、しは――――!」
これを求めていた。
自分を倒すために、全力で戦ってくれる。
それはつまり、今は、今この瞬間だけは、自分を見てもらえているということ。
どこを見ているか理解できない、計画の駒を自称するイノベイターたちとは違う。
刹那は、やさしい。
戦っている相手のことを見てくれていると、“感じ”られる。
荒々しいようで、かつてよりも洗練された剣が、なによりもそれを教えてくれる。
ダブルオーのGNソードがアイシスのコクピットを掠め、続けて放たれた蹴りがコクピットに直撃する。その衝撃が全身を突き抜けるのを感じて、セレネは無邪気に笑う。
『―――――止めろ、セレネッ!』
「う、ぁぁぁぁああああ―――――っ!」
投擲したGNビームダガーが、刹那の投げたビームサーベルに撃ち落とされる。
距離を取るべくダブルオーを蹴飛ばした左足がもう一本のサーベルに切り裂かれ、機能不全のアラートが響く。
操縦桿から手を離す。脳量子波に反応して動くアイシスが、身体をめちゃくちゃに撹拌するGと引き換えに速度を増し、その機動が複雑さを増す。
GNウイングの限界でも調べようとするかのようにジグザグに動きながら螺旋を描く。乱射したビームライフルがダブルオーの肩の装甲を掠め、ほとんど同時に放たれたダブルオーのGNソード、そのライフルモードの弾丸が左腕で持っていたビームライフルを破壊する。
「―――――GN、ウイングビット…っ!」
『GNビームサーベルッ!』
アイシス背面のGNウイングから8基のウイングビットが放たれ、個別に複雑な機動を描きながらダブルオーに殺到する。
処理する情報量が一気に増大し、脳が白熱するかのような苦痛を感じながらもそれを止めようとはしない。そうでもしなければ、ビットなど一息に撃墜されると確信していたから。
それを示すかのように、恐ろしい精度で投擲されたビームサーベルが避けようのないタイミングで放たれ、ビットを出した瞬間に1基撃墜される。
お返しとばかりにダブルオーを遠巻きに包囲して一斉射。7つのビットから放たれたビームのうち5本が残像を切り裂き、残りの2本がダブルオーの左足を抉る――――。
「やっ…―――――っ!?」
やった。トランザムの、全力の刹那に一矢報いた。
既に半ば意識が朦朧としながら、それはたまらなくうれしくて。
思わず気が抜けたその瞬間、残像と共に目の前に現れたダブルオーの姿と共に、コクピットがこれまでにない激震に襲われた。
「――――――ゃぁ…っ!?」
また蹴り飛ばされた。
そう理解した頭に、視界に斬り飛ばされたアイシスの左腕と右足が見えた。
これで、残るのは右腕だけ。
――――――いやだ。まだ、わたしは…っ。
そんな言葉が脳裏に浮かび、無我夢中で、思考でも身体でも引き金を引き―――――頭が真っ白になった。
―――――トランザムが解除されたダブルオーガンダムが、棒立ちになっていた。
(―――――オーバー、ロード…っ!?)
刹那、と呼ぼうとする時間もない。
いやに長い一瞬ののち、引かれた引き金に応えて粒子ビームが放たれ―――――。
『―――――――――この勝負、私に預けてもらおう!』
―――――黒い機体。
どこか甲冑のような印象を与える装甲を纏った、モビルスーツ。
背後には、飛行機に近い翼をしたブースターのようなものを背負った、どこかでみたことのあるような機体がビームシールドによってダブルオーに放たれたビームを弾き、悠然と佇んでいた。
搭載された擬似太陽炉の色は、深い紅色。
アロウズに配備されている改良型ではなく、4年前に見た初期型のもの。
『………フラッグ、じゃない…?』
そう、どこかフラッグに似た印象を受けたのだ。
それを証明するかのように、フラッグと同じバイザーを被った頭部がセンサーの光で輝いた。
次回予告
囚われたマイスターを救うべく、仲間たちは再び戦火へと飛び込む。
次回”アレルヤ奪還作戦” その剣、執る理由は何か。