機動戦士ガンダム00 変革の翼 2nd   作:アマシロ

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第2話a:ツインドライヴ

 地上からおよそ2万メートル離れた宇宙(ソラ)を、GN粒子を散布しながらプトレマイオス2が航行していた。そしてその左舷に設けられた第一格納庫では、整備室にいるイアンとダブルオーのコクピットに座るティエリアはモニター越しに渋面を突き合わせていた。

 

 

 

「やはり、相性がいいのは0ガンダムとエクシアの太陽炉か」

『……のようだな。ったく、あと一歩だってのに』

 

 

 

―――――ツインドライヴシステム。

 

 

 2つの太陽炉を同調することで粒子の生産量を二乗にするという、トランザムと並ぶイオリアの遺産。しかしそれに必要な太陽炉の同調率がどうしても足りない。80%で安定領域とされているのだが、現在所有する5基のオリジナル太陽炉中でもっとも高い数値を叩き出しているエクシアと0ガンダムの太陽炉でも70と71の数値を交互に示すばかりだった。

 

 アイシスの太陽炉があればな、と思わずといった様子で零したイアンにティエリアはほんの僅かに眉を寄せつつ尋ねる。

 

 

「アイシスの太陽炉ならどの程度の数値が?」

『……口が滑っちまったか』

 

 

 別に隠してるわけじゃないんだが、と言いながらもどこかバツが悪そうにイアンは言った。

 

 

 

『……理論上100%ないし99%、だろうな』

「その根拠は」

 

 

 これだけ苦労している同調率が理論上とはいえ、いきなり100%など納得のしようがない。ある程度答えを予測しつつも問いかけたティエリアに、イアンは渋々答えた。

 

 

『アイシスの太陽炉は、エクシアの太陽炉のコピー―――いや、クローンと言うべきか。中枢になるトポロジカル・ディフェクトをセレネの親父さんが特殊な方法で複製したものだ』

 

「そんなことが可能ならば―――――!」

 

 

『そう、不可能“だった”』

 

 

 苦々しく吐き捨てるイアンにティエリアは無言で続きを促し、イアンは頭を振った。

 

 

 

『……なんてことはない。信じられん密度で異常発生した粒子で研究所は崩壊。セレネのお袋さんが亡くなり、親父さんもイカれちまった。テロのせいで妻が死んじまった、ってな』

 

 

 思えばあれもツインドライヴに近い現象だったのかもな、と独り言のように呟いて遠くを見るイアンにティエリアはしばし考えこむように黙りこんでから再びモニターに目をやる。

 

 

「とにかく、この二基を使って同調率を上げるしかないということか」

『………そうだな』

 

 

 

 

 

「――――もちろん、セレネ・ヘイズが戻ってくるまでの辛抱だが」

 

 

 

 そのティエリアの言葉にモニター越しのイアンは僅かに驚いたような表情を浮かべ、ティエリアはほんの僅かに口角を吊り上げた。

 

 

『……お前さんは、不確定要素はあまり言わないかと思っとったが』

「さて、記憶に無いな」

 

 

 以前では考えられなかった場を和まそうとするかのようなティエリアの物言いに、イアンもわずかに笑みを浮かべた。

 

 

 

「それでは、システムの再点検を」

『ったく、やってやるよ!』

 

 

 

 結局やるべきことは変わりなく。しかしイアンは笑顔で頭を乱暴に掻いた。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ガンダムを搭載したスペースシップの居場所が分かった、と?」

「ええ、そうです」

 

 

 

 ブリッジでアロウズの他部隊から派遣されたという援軍を出迎えたアロウズのアーサー・グッドマン准将は、冗談のようなその人物――――ミドルスクールを出たのかどうかも怪しい少女を思わずまじまじと見てしまった。

 

 

 新雪のように真っ白な髪に、ミルク色の肌。瞳は超自然的な黄金の光を宿し、その容姿と相まってまるで御伽話から抜け出してきた妖精のような印象すら受ける。

 

 

 

「申し遅れました、今回の作戦において特別に派遣されたセレネ・ヘイズ大尉です。……ライセンスがありますので緊急時は独自に動かせて頂きますが――――よろしくお願いいたしますね?」

 

「これは失礼を」

 

 

 

 肉厚の頬を歪ませて笑みを浮かべたグッドマン准将は超然とした雰囲気の少女と挨拶を交えた後、艦長席に飛び乗って指示を飛ばした。

 

 

 

「モビルスーツ全機発進準備。これより我が艦は、ソレスタルビーイングのスペースシップに奇襲をかける!」

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「――――敵の編隊か」

 

 

 

 刹那たちが乗り込んでいる小型艇には4つの席があり、現在操縦している刹那の隣にロックオン・ストラトスの弟であり、今回刹那がスカウトしたライル・ディランディが。そして後ろの席には酒におぼれていたのを連れ戻した戦術予報士のスメラギ・李・ノリエガがいる。

 

 そして、左前方のある程度離れた地点に6つのオレンジ色の光が見える。―――紛れも無いアロウズの擬似太陽炉の光である。

 

 

「あれが、アロウズのモビルスーツか。……勝てるんだろうな?」

 

 

 視界の端でライルが人を食ったような笑みを浮かべている。が、刹那は特に答える気はなかった。――――勝つか、負けるかではない。どうやって勝つのかを論じるべきだからだ。

 

 4年前に地球連邦軍に擬似太陽炉が渡ってから常に苦境の中で戦い続けたせいか―――――…いや、ガンダムマイスターになる以前からの気性かもしれない。

 

 

 

「おいおい黙るなよ。不安になるじゃねぇか」

「………刹那」

 

 

 ふと、背後からスメラギ・李・ノリエガの声がした。「こちらの戦力は?」という前向きな――――求めていた質問に、刹那は簡潔に必要な情報を述べた。

 

 

 

「すでに発進したティエリアの機体だけだ。だが、新型がある」

 

 

 ツインドライヴがまだ起動に至っていないのは聞いているが、動く。いや、動かしてみせる。――――トランザムなら、それが可能なはずだ。

 断言した刹那の口調に感じるところがあったのか、何か言おうとしたスメラギは口を閉ざし、居心地の悪そうなライルが言った。

 

 

「……今動けるのは2機しかいないんだろ。どうするんだ?」

 

 

 刹那としては、「ガンダムを動かしてなんとかする」としか言い様がない。

 それが刹那であり、ガンダムマイスターだ。「どうにもならない」などという弱音も、小難しい考えも持ち合わせてない。あるいは、世界を敵に回すと決めた時点で捨てている。

 

 もちろん、そんな考えだけで勝てるほど甘いとは思っていない。

 しかしガンダムマイスターとは、決して孤高なだけの存在ではない。戦うのは“マイスター”ではなく、“ソレスタルビーイング”なのだから。

 

 

 その無言の信頼に答えるかのように、後部座席から身を乗り出したスメラギが、タッチモニターに戦術プランを入力していく。刹那は視界の端でそれを確認し、操縦桿を握る力をわずかだけ強めた。

 

 

 

「――――開始まで〇〇三二? そいつは無茶だぜ、時間がなさすぎる」

 

 

 驚いたように言うライルに、刹那は一言だけ呟いた。

 

 

 

「すぐに分かる」

 

 

 

 

 それから間もなくプトレマイオス2から無数の光点が射出され、アロウズのモビルスーツ隊の前面で炸裂して無数の光を咲かせた。

 

 

 

「機雷群よ。―――…一緒にGN粒子も放出してある。敵はセンサーを無効化され、迂回するしかなくなる。刹那、ST27のルートを通って。そこだけ機雷群がないようにしてあるわ」

 

「了解」

「なるほど、そういうことかい」

 

 

 立ち往生する6つの光点を横目に小型艇は機雷群の穴を通りぬけ――――その瞬間、刹那は一つのモビルスーツに目を奪われた。

 

 まるで観戦するかのように僅かに離れた地点に佇む、宇宙の暗闇に溶け込むかのような漆黒に真紅を彩った機体。

 

 他のアロウズの機体とは一線を画す、特徴のある四肢。巨大な真紅の翼。

 頭部に特徴的なクラビカルアンテナこそないものの、その意匠は、正しく――――。

 

 

 

「………ガンダム」

 

 

 

 それも、ただのガンダムではない。

 スローネとはワケが違う。“あの時”のガンダムと同じだと、そう確信していた。

 

 

 なぜなら、あのガンダムは、あまりにも似すぎているのだから。

 

 

 

「――――…ガンダム、アイシス」

 

 

 

 

 心に湧き上がる感情が何なのか、わからない。

 セレネに――――レナに出会って、自分の感情が乏しいことを自覚していたとはいえ、この怒りとも悲しみとも知れない感情が分からない。

 

 

 

「……刹那」

「――――イアン、ダブルオーを出す」

 

 

 不安げに呟くスメラギの言葉を遮るように、プトレマイオス2との回線を開いて言い放つ。

 

 

「ちょ、ちょっと待て刹那! こっちはまだ――――」

 

 

 モニターに映る、焦ったようなイアンに、刹那は歯を食いしばりつつ言った。

 

 

「………頼む」

 

 

 モニターの、驚愕したようなイアンの返答を待たずに通信を切り、操縦席から立ち上がって後方のドアに向かう。今は、一瞬でも惜しかった。

 

 

「操縦は任せる」

「な、なんだって!?」

 

 

 返事を聞かず、そのまま小型艇を飛び出し、プトレマイオス2へ。その左舷カタパルトに飛び込む。着艦も、移動の時間も惜しい。こうなることをティエリアあたりが予期していたのか、既にダブルオーは刹那さえ乗り込めば、そしてツインドライヴさえ起動させられれば即座に出撃可能な状態になっていた。

 

 

 刹那は腰のバーニアを小刻みに調節して、飛び乗ることができるギリギリの速度でダブルオーガンダムに接近する。

 

 

 

(――――ダブルオー…)

 

 

 

 0ガンダムと、エクシアの太陽炉を載せた機体。

 刹那がガンダムに焦がれるようになった理由の機体。刹那と、“彼女”と共に戦ってきた相棒たる機体。

 

 

 許せない、というのでもなく。

 仇を討つ、というものでもなく。

 

 

 ただ、あの少女の在り方は悲しいと、そう思う。

 

 

 セレネのクローンとして生み出されたという少女。

 生まれた意味を、生きる意味を見つけようと泣いていた少女。

 

 世界の歪みによって生まれ、苦しめられてきたのだろう少女。

 

 

 何かが間違っているとするのなら、それは、きっと―――――。

 

 

 

 

 

 考えている間にハッチに到達し、危なげなく中に飛び込む。

 素早くスイッチを入れていき、ハッチが閉じ、初期起動状態に入った証である振動が伝わる。

 

 

「―――――…いける」

 

 

 根拠はない。

 操縦桿に手を置くと、起動したシステムが刹那の網膜をスキャンし、GNドライヴが回転を始めてモニターが点灯していく。それと同時にサイドモニターにウインドウが開き、整備ルームにいるらしいイアンの顔が映る。

 

 

 

『刹那! ツインドライヴはまだ安定してな――――っ』

「了解――――…トランザムッ!」

 

 

 

 返答する時間も惜しい。

 スイッチを押しこみ、急速に高まるGNドライヴの駆動音と共にダブルオーの機体が赤く染まる。

 

 

『―――――せ、刹那ァ!?』

『ダメです、粒子融合率74パーセントで停滞…!』

 

 

 

 イアンの悲鳴のような声につづいて、恐らくはブリッジにいるのだろうフェルトの声が流れてくる。しかし刹那はそれらに意識を払うことなく、静かに目を閉じて操縦桿を握りしめた。

 

 

 

 

「―――――目覚めてくれ、ダブルオー……っ」

 

 

 

 この世界の歪みを正すために。

 歪みを生み出すものを破壊するために。

 

 

 

「ここには、0ガンダムが――――」

 

 

 

 刹那を救ってくれた、人ならざる者が。

 

 

 

「エクシアが―――――」

 

 

 

 これまでの戦いで常に刹那と共にあった、相棒が。

 

 

 

『――――敵モビルスーツ二機、急速接近中です!』

 

 

 

 瞬く間距離を詰めてくる機影が、二つ。

 相手が6機いることを考えれば、ティエリアがどれだけ奮戦してくれているかが伝わってくる。どれだけ絶望的な戦いでも、孤独な戦いなどなかった。

 

 

――――――“仲間”が、できてからは。

 

 

 

(俺は、1人でここにいるわけではない―――――)

 

 

 

 

 仲間たちがいるからこそ、ここにいる。

 そして、“彼女”の願う世界のために―――――――。

 

 

 そのために!

 

 

 

「――――俺が、いるッ! 俺達の想いが、ここにある――――…ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 敵機がカタパルトデッキに侵入しようとしたその瞬間。

 眩い光が広がる。爆発的な、暴力的なまでの光の奔流が、全てを押し流す――――!

 

 

 

 

 

 

「ダブルオーガンダム、刹那・F・セイエイ―――――出る…ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回予告


4年の時を経て、青年と少女は再び激突する。
そこに願う未来はあるのか。次回『二つの翼』それは、誰が為の光か。




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