リビングの大型モニターに映し出されるのは、最近よくみかける地球連邦政府の報道官のお姉さん。その人がマイクだらけの演壇の上で記者の人からの質問に答えている。
『……はい、その通りです。反政府勢力収監施設がガンダムの襲撃を受けたことは間違いのない事実で―――――』
朝のニュースを見たかったのですけど、と思いつつ、私はお兄ちゃんがお仕事でいないせいで空っぽの向かい側の席をしばらく眺めてからリモコンを手にチャンネルを変えて、変えたチャンネルでもガンダムが収監施設?を襲撃した話をしているのを見て大きく息を吐きました。
一体なんなのでしょうか、朝の占いくらいいつもどおりにやってほしいのです。
せっかく、乙女座の運勢をメールでお兄ちゃんに送ってあげようと思ったのに。……返信がすごく面白いから。
「………ソレスタルビーイングも、何を考えてるのかなぁ……」
ニュースで言っているのが“本物”のガンダムなら何か理由があるはずですし、そうでないのならやはり何かしらの動きがあるはずなのに……。
私も、通信教育で大学までの単位をサラッ、と取ってしまってからすることがない。お兄ちゃんも仕事だとかでどこかに行っちゃいますし。お姉ちゃんも最近来てくれないですし。
私、不機嫌になってるなぁ……とぼんやり考えつつ、仕方がないので報道官と記者の話に耳を傾ける。
『彼らはソレスタルビーイングなのでしょうか?』
『反政府勢力が、ガンダムを独自開発したという噂もあります』
「………ガンダム。ガンダムかぁ……」
戦争根絶を掲げたソレスタルビーイングの象徴と言える機体。
お兄ちゃんが「良いファイターに出会えたよ」と爽やかな顔で言いつつ持って帰ってきれくれた、日本でつくられたっていう“どうじんゲーム?”だとボスキャラ兼隠し機体で使えたのだけれど、ストーリーではすっかり悪者だった。あと、思わずヘンな顔になるくらい強かった。
結局よくわからない地球の平和を守る友情ぱわーなんてものが発動して、急に弱くなったところをGN-Xに乗った主人公が倒して終わりでしたけど。
「戦争根絶は、どこにいっちゃたのでしょうか……」
昔のソレスタルビーイングが攻撃したのは、戦争を起こすものと戦争そのもの、それだけ。どうしてなのか、インターネットだとほとんどそんな情報は残ってなかったですけど、お兄ちゃんが言っていたので間違いないはずです。
けど今では、すっかりテロリストの扱いで報道されている。
“知らない”ということは恐ろしいことだ。と、私は思う。
今の世界はあまりに広がりすぎているから、どうしても人から聞く情報を頼りにしてしまうしかない。そしてテレビもネットもあるから、そこで情報を得る。他の人から聞いても、結局はテレビやインターネットからの情報の又聞きになる。
だから、もし“誰か”に情報を操作されていれば、そうと知らずに世界は流されていく。その“誰か”の思い描いた通りに――――…。
「………それで、いいのかな」
できることがない、と諦めてしまうのは簡単だ。
けど、“私”なら。今は眠っている、かつて世界を変えるために戦った“私”――――セレネなら、なんとかしてくれるのではないか――――。
「それも結局、人任せですよね……」
私は、私の――――イリア・ステイシアにもできることを見つけないと意味が無いのです。
そう思ってテレビのチャンネルをもう一度変えてみようとした時、頭の中に“声”が響いた。私にそっくりな、けれど私とは違う、強い“意思”を感じさせる声。
『――――もしも、貴女が他人の大切なものを奪ってでも守りたいものがあると、そう決めることができる時が来たら―――――』
その時は、きっと“私”も力を貸します、と。
「………全部守る覚悟じゃ、ダメなんですか?」
ちょっと反抗したくなって、呟く。
もし返事がなかったら、独り言みたいで恥ずかしいな。と思ったけれど、幸いと言っていいのかすぐに返事はあった。
『―――――…大切な人を、失う覚悟があるのなら』
それはきっと、“私”の後悔が込められた言葉で。
聞かない方が良かったのかな、と私は少しだけ後悔した。
―――――――――――――――――――――――――
「―――――反政府組織の居場所が分かった、ですか」
海上空母に設けられた自室で、セレネ・ヘイズはコンソールに送られてきた次の作戦の指令書をを眺めながら呟く。
なんでもカタロンの構成員を捕まえたとかで、ソレスタルビーイングが既に離脱した基地に――――のあたりで興味を失い、一応使命感のようなもので流し読みしようとして、キルモードのオートマトンを使用――――のところで興味を失ってウインドウを閉じた。
「そんな下らない作戦、私が行く必要なんてないでしょう」
あの、爬虫類みたいな少佐は頭の中身も爬虫類なのだろうか。
この前ブリッジごと潰されるところを助けてやったら媚を売ってくるようになったのはまぁいいのだが、心の中では快く思ってないのが丸わかりなのだ。
大体、戦えもしない相手を一方的にいたぶる殲滅戦が好きという時点で相容れない。
「………無意味な戦いなんて、自分1人でやればいいのです」
失われた命は戻ってこないことなんて、私でも知っている。
それでも欲しいものがあるから戦っているのに、あんなのを見せられると不愉快なのだ。今度は助けなくてもいいかな、と思いつつ、ライセンスで今回の出撃は断ることにする。
………流石に、一方的な虐殺なんかで刹那に嫌われるのは嫌だ。
「もっと、マトモな上官なら良いのですけど」
誰かいないかな、と考えて、まず頭に浮かんだのが堅物の……マネキンみたいな苗字の大佐。口うるさそうなので却下。
次に浮かんだのがリボンズ・アルマーク。気に食わなければすぐに切り捨てられそうなので却下。と、すると………。
「…………アロウズにマトモな指揮官はいないのですか」
唯一マトモに会話が成立するヘンタイ仮面さんも指揮とかしなさそうですし。
というか、そもそもよく考えたら私は命令されるのが好きじゃないかもしれません。役立たずにわざわざ命令するのも嫌いですけど。
じゃあ、アロウズ以外なら――――…?
「…………せ、刹那、とか……です?」
刹那に、命令、される……?
なんだろう。とても、心が惹かれる。ちょっとだけ、ちょっとだけ想像してみて――――。
………………………
そこは、白い部屋だった。
クッション材に囲まれ、捕虜が自傷行為に走らないようになっている薄暗い部屋で、ガンダムを撃墜され、銃を取り上げられて。
無力な少女に成り果てたわたしは、刹那に組み伏せられて――――。
『―――――動くな。大人しくしていろ』
「………はぅっ」
か、顔が熱いです―――――…じゃなくてっ!
「だ、ダメです…っ。これは、ダメな子になります……っ」
あ、あぶなかったのです。
すでに何かダメになった気もしますが、まだセーフに違いありません。ええ、きっとそうです。なにせ、あくまで私の脳内で完結したただのシュミレーションですから。
クール。クール。私はクールなセレネ・ヘイズ。
………おちつきました。
「第一、どの面を下げて刹那に会うというのですか……」
今更だ。あの時、“セレネ・ヘイズ”を殺した時から私は刹那に好意を抱いてもらうことなんて望めない。……いや、オリジナルがいても私を見てくれる道理なんてないから、私が生まれた瞬間から叶わない想いだったのだ。
でも、でも、もしもオリジナルが生きていたのなら――――…。
「………何を、考えているのでしょうね。わたしは……」
確かに、この前オリジナルの気配を感じた。
もし生きているのなら、と考える。オリジナルがいる限り、私は“セレネ”でいられない。だから、消さないといけない。
考える意味なんてない。
刹那をオリジナルに取られてしまうのが分かっているのだから、嫌われてしまうと分かっていても、それでも“私”を見てもらうには――――…っ。
生きているのなら、もう一度オリジナルを殺そう。
そうすればきっと、刹那は私だけを見てくれる。憎しみの篭った眼差しで、私だけを見て、そうして私に最期をくれるだろう。
「―――――…貴方が私を殺してくれるなら、きっと、私は――――」
きっと、満足して逝ける。
笑みを浮かべた頬の上を、どうしてか一筋の雫が流れて落ちた。
―――――――――――――――――――――――――――
「こんな場所にカタロンの基地が……」
操縦席にいるティエリアの半ば呆れたような呟きを聞きながら、刹那はぼんやりとどこまでも続く砂漠を眺めていた。
ルブアルハリ砂漠にあるというカタロンの中東第三支部付近の上空を、ソレスタルビーイングのVTOLとケルディムガンダム、そしてアリオスガンダムが飛行していた。
前回、ホルムズ海峡での戦闘が中断されるきっかけとなったカタロンから会談の要請があったためであり、同時に戦場よりは安全であろう場所にマリナ・イスマイールを預けるためでもあった。
のだが、刹那は少々考えなければならないことがあった。
(―――――…セレネは、レナは、何を考えている…?)
この前のアイシスの戦い方。あれは明らかにセレネのものだ。記憶を失っているにしては出来過ぎている。そこで、アレルヤとハレルヤのような状態になっているのかもしれない――――という仮説は立てられたものの、なぜあんな正体を隠すような真似をするのかが分からない。
……せめて一言、何か言ってもらえればと考えるのは間違っているだろうか?
(………いや、まさか)
刹那の頭を、嫌な予感が過ぎった。
セレネが何の理由もなくわざと言わないということは想像できない。それなら、言えない理由がある―――――まさかこちらに、裏切っている者がいる…?
考えている間にもVTOLは地下基地に到着し、それから会談が平行線のまま終了しても刹那の疑問は答えを得ることができず―――――プトレマイオスに帰還するため、モビルスーツ格納庫に戻ろうとした時のことだった。
「刹那、待って!」
「マリナ・イスマイール…?」
つい先程まで子どもの面倒を見ていたはずのマリナに怪訝な思いを抱きつつ振り返ると、真剣な、何か思いつめたような表情のマリナがいた。
「ひとつだけ、お願いを聞いて欲しいの……」
―――――――――――――――――――――――――
――――――アザディスタンの上空を、禍々しい緋色のモビルスーツが飛んでいた。
4眼式のツインアイに、長い四肢を持つ異形の機体。
胸部と両脚に3つの擬似太陽炉を持ち、オレンジ色の粒子を放出するその機体に乗るのは、リボンズをして『ある意味では人間の枠を超えている』と言わしめた傭兵。
彼が依頼されたのはこの異形のガンダム――――アルケーガンダムでアザディスタンの主要施設を破壊し、中東への見せしめにすること。
報酬はいいが退屈な仕事――――そう思っていた傭兵の考えは、いい意味で裏切られた。
『おうおうおう、懐かしい顔が居やがるじゃねねーかよ……』
かつて二度も自分の邪魔をしてくれなすった、白いガンダム。
それがかつてとは違う飛行機のような翼を抱え、以前より要所のみを守る装甲を身につけ、かつてと同じ二丁のビームライフルを構えて待ち構えていた。
どう見ても、自分を邪魔しに来たようだ。
が、むしろ男の気分は高ぶっていた。ようやく借りを返す時が来やがった、と。
一度目はみっともなく敗走させられ、二度目に至っては獲物のガンダムをヤり損ねた上に、危うく死ぬところだったのだ。ボーナスがパァどころか再生治療のせいで赤字もいいところだったのである。
男は――――赤毛と粗野な顔のその傭兵、アリー・アル・サーシェスは獰猛に嗤う。
『再生治療のツケを払えよ! ぇえ!? ガンダムさんよぉ……ッ!』
『アザディスタンは、刹那の故郷は荒らさせません…っ! ―――――…ガンダムアイシス零式、セレネ・ヘイズ――――目標を排除します…っ!』
問答無用でアイシスが放った粒子ビームが深夜のアザディスタンの空を切り裂き、赤く染めた。
次回予告
無慈悲な攻撃に翻弄されるマイスターたち。
そしてアザディスタンでの死闘が始まる。次回、『故国燃ゆ』
coming soon...?
文章力「興が乗らん!」
妄想力「この気持ち、正しく愛だ!」
構成力「あ、頭が……っ! マリー!」
要約:スランプです。ごめんなさい…。