機動戦士ガンダム00 変革の翼 2nd   作:アマシロ

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第4話b:交錯する剣

―――――――その日、その漢は武士となった。

 

 

 

 

 最早記憶の中の出来事ではあるが、あれは数年前のとある夏の日。

 かつて死闘を繰り広げ、己をその戦いで魅了してみせた少女は傷つき、然れども立ち直り、ごくふつうの少女として日々を送ってみたいと願い――――そして、その日は来た。

 

 

 

「お兄ちゃん! あのっ……わたし、お出掛けしてみたいです…っ!」

 

 

 

 その手には旅行のパンフレット。

 こちらを見つめるは無垢なる瞳。どうしてこれを断ることができよう。

 

 

 

「―――その旨を由とする!」

 

 

 

 そして、男は電話をかけた。

 

 

 

「――――すまない、カタギリ。相談がある」

 

 

 

 その言葉に秘められた静かな迫力と、かつてアイリス社の工場が襲撃された時のような真剣な声音に、カタギリも真剣な声音で返す。

 

 

 

『……重要な案件なんだね?』

「ああ」

 

 

 

 そして、(傍迷惑なことに)僅かに間を開け、男は重々しく口を開いた。

 いや、もちろん子ども(しかも女の子)と出かけたことなど無い男にとって、それは一大事ではあったのだが――――。

 

 

 

 

 

「―――――試作段階の旅行プランを、私色に染め上げて欲しい」

『……は?』

 

 

 

 

 軍人としては、そのエキセントリックな言動を勘定に入れても非常に頼りになる男――――グラハム・エーカーであったが……。何より本人はいたって真剣なのがタチが悪い。

 

 

 

 

「子供連れでも問題のない安全性と、楽しさを所望する!」

『いや、ちょっと待って。ごめん、グラハム。なんだって?』

 

 

 

 

 

「――――カタギリ、頼みがある」

『あ、うん。そこから?』

 

 

 

「――――旅行プランを、私色に染め上げて貰いたい!」

『……君好みの旅行プランを作ればいいのかい?』

 

 

 

 はた、とここでグラハムは気づいてしまった。そうではない、と。

 そして、そのまま口にした。

 

 

 

 

「流石だと言わせてもらおう、カタギリ。旅行プランを――――少女色に染め上げて貰いたい!」

『………………』

 

 

 

 

 

 

 しばしの沈黙。

 この、まるで無の境地に達したかのような静寂……流石だ、カタギリ。などと的外れに感心するグラハムに、単に思考停止しただけのカタギリは―――――いつものグラハムと同じじゃないか、と考えることで再起動した。

 

 

 いや、まて。なんで娘がいるわけでもないのに少女――――などという考えと、それもよって辿り着いてしまった答えはひとまず胸のうちに押しとどめ、言った。

 

 

 

『……そう、だね。僕の叔父さんが日本の京都に別荘を持ってるんだけど、そこはどう? 治安はいいから安全だし、近くの大阪にはアトラクション施設もあるし』

 

「――――その旨を由とする! カタギリ、感謝する!」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 そうして、なし崩し的にグラハムは日本へ飛んだ。

 そして、そこで出会ったのは―――――。

 

 

 

「よく来たな、グラハム君。ビリーがいつも世話になっている」

「いえ、恐縮です。私こそ彼には常に助けられています」

 

 

 

 あくまで甥っ子の友人として出迎えてくれたカタギリ司令。

 キモノ、というらしいその服と、髪型はまさに――――――。

 

 

 

「サ、サムライさんですっ! す、すごいです…っ! かっこいいです…!」

「はっはっは、元気なお嬢さんだ」

 

 

 

 キラキラと、そんけーの眼差しで司令を見るイリア。

 そして、いつの間にか――――。

 

 

 

「お兄ちゃんも着てみてくださいっ! きっと似合います…!」

「……承知した」

「ほう、では刀も持ってみるかね?」

 

 

「わぁぁ…っ! お兄ちゃん、かっこいい! ブシドーです!」

「ふむ……(顔が若々しいのは良いが、迫力が足らんな)。よし、これを付けてみるといい」

 

 

 

 そうして司令がどこからともなく持ってきたのは、仮面。

 何故か瞳を輝かせている上司のような人物と、少女の無垢な笑顔に押されて瞬く間に赤い陣羽織に仮面の怪しい人物が完成した。

 

 ……存外、悪くはない。グラハムはそんなことを思った。

 

 

 

「ふむ。素晴らしいな、グラハム君。おお、そうだ。できれば連邦の――――元ユニオン軍の者達に稽古をつけてもらいたいと思っていたのだが……今からどうかね? もちろん、お嬢さんもお兄さんの勇姿を存分に見学してくれていい」

 

「ほ、ほんとですか…っ!」

「この格好で……ですか?」

 

 

 イリアのキラキラした視線を浴びながらも、一応真面目な軍人であったグラハムは礼儀として大丈夫なのだろうかと思い、問いかける。

 

 

「なに、この国の昔の正装だ。誰も文句など言うまいさ」

「……はっ! グラハム・エーカー少佐、訓練への参加任務、受領いたしました!」

 

 

 

 

 とにかく、武人のはしくれとしての礼儀として問題ないのならそれでよかった。

 

 

 

 

 

――――――――そして、伝説は始まる。

 

 

 

「これが今回使ってもらいたいMS―――――新型のアヘッド。その試作機だ」

 

 

 グラハムとしてはフラッグのようなMSが良かったのだが、命令とあらば致し方無い。というか試作機だからなのか、やけに武者武者しいMSとブシドー仮面の組み合わせにイリアが喜んでいたのもある。

 

 そして、シュミレーターを用いた模擬戦は始まった。……始まって、しまった。

 

 

 

「切り捨てぇ、ごめええぇぇぇぇん!」

 

 

 

 サーベル二本を手に回転するアヘッドが回転し、三機のGN-Xを纏めて輪切りにする。

 

 

 

「甘いッ! 心眼は鍛えている!」

 

 

 

 背後から放たれた弾丸を、見えているかのように回避する。

 

 

 

「私を切り裂き、その手に勝利を掴んでみせろッ!」

 

 

 

 寄って、斬る。寄って、斬る。寄って、斬る。

 ミスター・ツジギリとでも呼ばれそうな勢いで、とにかく斬りまくる。

 

 で、すごく嬉しそうな少女が1人。

 

 

 

「か、カッコイイです…っ! がんばって、お兄ちゃーん!」

 

「私が求めるのは、戦うものだけが到達する極み…ッ!」

 

 

 

 もはや、グラハムもノリノリだった。

 ついでにカタギリ司令も満足気だった。

 

 

 

 そしてその日。阿修羅をも超越する存在として語られる、最強のMSパイロット―――――日本にいたパイロット全員を無傷で叩きのめしたという伝説の漢。ミスター・ツジギリ……もとい、ミスター・ブシドーが誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 そして数年後の今。その伝説の漢は、アロウズの海上空母の談話室、その自販機と自販機の間に挟まっていた。

 

 

 

(―――――遂に、戦いとなるか)

 

 

 

 ガンダムを打倒した暁には、今後も一切セレネことイリア・ステイシアには関与しない――――イノベイターを名乗る青年に持ちかけられた密約。

 

 不本意な戦いだ、と言えないこともない。

 なにせ相手は少女の仲間たちだ。だが―――――しかし。

 

 

 

 

(この気持ち、最早誤魔化しようがあるまい――――)

 

 

 

 

 かつて焦がれた、ガンダムという存在。

 それと戦うことに、どうしようもなく胸が高ぶる。

 

 それがアイシスで、イリアでなくとも、彼女が認めた“仲間”だ。

 それが弱いはずがない。

 

 

 

 

(この気持ち―――――まさしく愛……いや、恋というべきか)

 

 

 

 激しく相手を思い、時に相手を傷つける。

 どこまでも優しくも、自分勝手にも成り得る諸刃の剣。

 

 

 

 その恋の極みにあるもの――――あるいはそれこそが愛。

 無償で相手を思いやることのできる、そのためには時として何かを犠牲にできるような。そんなものなのかもしれない。

 

 

 

 ……そしてあるいは、1人の少女を守りたいと願う自分もまた―――――。

 

 

 

 

 

「―――――そうか。この気持ちこそが、愛なのかもしれんな」

 

 

 

 

 

 

 

 間違っても自販機に挟まりながら言うセリフではなかった。

 

 

 

 

 

 

「………む?」

 

 

 

 そして、グラハムの先に雪のような髪と黄金の瞳の――――あまりに見たことがある少女の姿が見えた。

 

 思い起こせば4年前の作戦の際に仲間の1人として出会った、そして守るべき少女のクローンであるという―――――セレネ・ヘイズを名乗る少女。

 

 

 

 

「……お手並み拝見といかせてもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 セレネ・ヘイズは、ノワールアイシス――――黒いガンダムアイシスのコクピットに座り、静かにその時を待っていた。

 

 なんだか爬虫類みたいな少佐が水中用モビルアーマー“トリロバイト”による待ち伏せでソレスタルビーイングの輸送艦を、水中で撃破することにしたようだけれど……。

 

 遠回しに“お前の出番はない”みたいなことを言ってくるのでとても邪魔だった。

 こちらは「ライセンスがあります」とだけ返答すればいいので楽だったが。どうせ失敗するのに、なんであんなに得意げなのだろうか。

 

 そして今、こんどは仮面をつけたヘンな人が通信を掛けてきていた。

 

 

 

『――――さて、敵機が来た際の分担についてだけ話しておきたいのだが』

 

 

 ……意外すぎることにマトモな内容で、とても驚いた。

 しかし、冷やかしならば御免だ。つまらない話に付き合わされるのは吐き気がする。

 

 

 

「………来ると、思っているのです?」

『無論だ。何故ならば――――ガンダムだからな』

 

 

 

 納得した。この人は“ガンダム”を知っている。

 自信過剰・自意識過剰なアロウズには珍しいほど“マトモ”そうな人なのに、なんでヘンな仮面なんてつけているのだろう、と思いつつも表情は変えず、言う。

 

 

 

「ダブルオ……二個付きは私がもらいます。他を適当に引きつけてください」

『……ふむ。何かしら思うところがあるようだな、承知した。が、敵機が多い場合は期待しないで貰いたい。私とて、二機以上のガンダムを相手にしたことはない』

 

 

 

 ………あれ。

 なんだろう、ふつうにいい人なのだろうか。

 

 えらくあっさりと了承されたせいで拍子抜けした。

 どうにも太陽炉を二個もつけたダブルオーガンダムは大物として認識されているらしいので、そう簡単にはいかないと思ったのだが。それに私、無愛想なのに。

 

 一応、お礼を言ったほうがいいのだろうか。

 

 

「………ありがとう、ございます」

『礼ならば、戦いが終わってからにしてもらいたい。万一にでも失敗しては生き恥を晒してしまうのでな。……だが、安心して任せてくれて構わん』

 

 

 

 

 本当にどうして、仮面のせいで全て台無しにしている気がした。

 

 

 

「……そろそろ、ですね」

『では、失礼―――――アヘッド・サキガケ、出る!』

 

 

 

 通信が切れ、アヘッドのカスタム機であろう武者のような機体が飛び出していく。

 それを見送ってから、セレネは花が開くような笑みを浮かべた。

 

 

(今度こそ、今度こそまた会える―――――…刹那っ!)

 

 

 

「ノワールアイシス、セレネ・ヘイズ……出撃します!」

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 一方で、水中で奇襲をうけつつもなんとかそれを撃墜した刹那たち――――そのうち、刹那とアレルヤは海上から爆雷を投下してきていた敵艦を撃破して追撃を阻止するべく、海面に浮上しようとしていた。

 

 

 

『――――トランザムで、一気に海上に出る!』

 

 

 飛行形態のアリオスに掴まったダブルオーは海上に飛び出し、そこで静止した後、眼下の海面に海上空母を見つけ―――――…同時に、赤い粒子の翼を広げて一直線に突っ込んでくる黒い機体に気づいた。

 

 

「まさか…っ!?」

 

 

 相手が両手に剣を構えているのを見て即座にGNソードⅡを抜き、上昇することで相対速度を縮めつつ振るわれた剣を受け流し――――黒いアイシスが通り過ぎたのを確認して、急降下する。クローンとはいえセレネはセレネ。セレネを倒さなくとも、敵の母艦さえ沈めればいい。

 

 

 

 が、それを阻むかのように武者のようなアヘッド――――カスタム機が大型のGNビームサーベルを構えていた。

 

 

 

「――――…押し通る…ッ!」

 

 

 

 ここで無駄に剣を交える時間はない。そう判断した刹那は、受け流して突破しようとし――――放たれた凄まじい鋭さの斬撃を辛うじて受け止めた。

 

 

 

『レディの誘いを邪険にあしらうとは――――ナンセンスだな、ガンダムッ!』

「くっ……強い…!?」

 

 

 

 生半可に挑めば、やられる。

 叩きつけられた斬撃を受け流して反撃に移ろうとするが、その時には敵機は既に次の斬撃に入っていた。

 

 咄嗟に一度距離をとり――――上方からアイシスが凄まじい速度で強襲してきた。

 

 

 

『――――――刹那ぁぁぁぁっ!』

「ぐっ!?」

 

 

 強制的に開かれた通信から涙声の、しかし明らかに激昂しているセレネの声が響く。

 

 ……もしかすると、地雷を踏んだのかもしれない。そんなことを直感が囁き、荒々しい、しかし凄まじい威力の剣が途切れることなく振るわれ、辛うじて受け止めるダブルオーがどんどん下へ下へと追いやられていく。

 

 

 

『ずっと、ずっと――――あいた、かったのに…っ! なのに、なのに…っ! あんな――――爬虫類男のほうがいいのですか―――っ!?』

 

「――――なんの、ことだ…!?」

 

 

 

 

 さすがに意味不明だった。

 と、そこで今度はアレルヤから通信が入る。

 

 

 

 

『刹那、今援護に――――!』

『邪魔はさせんッ!』

 

 

『うわぁぁっっ!?』

「――――アレルヤ…っ!?」

 

 

 

 咄嗟に確認すると、視界の端で、アリオスガンダムがアヘッドによって海面に叩き落とされていた。

 

 

 

『その程度で、ガンダムを名乗ろうなど――――!』

 

 

 まずい、と思うものの、アイシスの繰り出す攻撃には隙がない。

 アレルヤがトランザムを発動させてくれればいいのだが、先ほどの浮上時のトランザムからまだ回復していない可能性があった。

 

 

 

「―――くっ!」

 

 

 

 

 やるしか、ない。

 幸いにもここからあのアヘッドとアレルヤまでの距離はほとんどない。まだ、トランザムならば間に合う――――!

 

 

 

「トランザ――――」

 

『――――はじめましてだな!』

 

 

 

 突如として通信に割り込んできたその言葉とともに飛来した粒子ビームがアヘッドとアリオスの間を切り裂き、危なげなく回避したアヘッドがビームが飛来した方向に剣を向ける。

 

 

 

『――――何者だッ!?』

 

 

 

 その言葉に応えるかのように、航空機形態のモビルスーツが凄まじい速度でアヘッド目掛けて飛来し―――――激突する直前で変形、勢いを落とすことなくGNビームサーベルを抜き、激しいスパークとともに斬り結ぶ。

 

 

 

 

 

 

『ならば! あえて言わせて貰おう―――――私が、ガンダムだッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 飛来したモビルスーツ――――偽装フラッグが追加装甲を脱ぎ捨て、その下の純白の装甲が、そして頭部のバイザーが開き――――露わになるのは、紛れも無いガンダムの顔。

 

 純白に輝く、その細身の四肢はかつて幾度となく共に戦った―――…!

 

 

 

 

 

『これこそが、ガンダムアイシス零式―――――いざ尋常に、勝負ッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

明らかになるは真実か、あるいは新たなる謎か。
混迷する戦場に、新たに加わるものは。次回、『カタロン』その望みとは。





おまけ

*実は一言もグラハムだとは言われていなかった所属不明機。


セレネ「できました‥っ!」
ハム 「……む、何がだね?」


セレネ「こうして、電源を入れて……こんにちは。『はじめましてだな、ガンダム!』」
ハム 「なに、私の声だと…っ!?」


セレネ「ど、どうですか…っ! いいですよね…っ! 『好意を抱くよ……素晴らしい機体だ!』」
ハム 「……確かによく似てはいるが」


セレネ「要修正、です…? 『まだ極みには程遠いか…っ!』」
ハム 「一応聞かせてもらいたいのだが、何なのだ……それは」


セレネ「言語自動翻訳機、特別改造型――”ブシドーくん”なのです…っ! 『破廉恥だぞ、ガンダム!』」
ハム 「………」



 ちなみに語彙は貧弱である。




*すれ違う二人


刹那(セレネを倒さずに戦いを終わらせる……!)
セレネ「……せ、刹那…? ど、どうして行っちゃうの…っ!?」


刹那 「押し通る!」
セレネ「せ、せつなのバカぁぁぁっ!」


 そして空母に一直線の刹那。先ほどの自分と完全に一致。
 あれ、これってひょっとして刹那も あ そ こ に 好 き な 人 が―――……? と、フラれた直後の頭で思考。


セレネ「……ぐすっ、刹那ぁぁぁぁぁッ!」


 泣いた。勘違いだけど泣いた。
 せめてオリジナル以外には負けたくなかった。





というわけで、果たして気づいた方はいらっしゃるのやら……。
いくらなんでも分かりにくすぎですかね…。



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