獅子帝の去りし後   作:刀聖

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第二十二節

 高所からの投身を強いられたシューマッハは、そのままであれば基地が発生させている人工重力により、はるか下方の硬い床へと叩きつけられていたであろう。

 

 が、一部の固定器具の老朽化により下層の天井から垂れ下がっていた数本のケーブルが、シューマッハの生命を救った。それらが彼の手足に絡みつき、彼の身体を宙吊りにしたのである。

 

 だが、それも数瞬の事に過ぎなかった。装甲服(アーマー・スーツ)(よろ)った彼の重量にケーブル自体は耐えたが、ケーブルをそれまで天井に縫い付けていた固定器具群は経年劣化により耐え切れず、連鎖的に破断していった。かくして軛から解放されたケーブルは絡まっている人間ごと、急速に斜め下方へ向かって突進する事となったのである。

 

 大昔の物語に登場する密林の野生人(ターザン)のごとく、シューマッハは高速移動する一本のケーブルに全身の力を込めてしがみつく。そうしながら彼は、低く呻きつつ急接近する床面を凝視するしかなかった。

 

 結果として、シューマッハは墜死の運命を免れた。ケーブルと人間により構成された即席の振り子は掠るように床上の空間を通過し、「重り」であったシューマッハはケーブルから手を放して人工の大地をしばし横転する事となったのである。

 

 ようやく横転が収まったのち、受け身を取っていたシューマッハはゆっくりと立ち上がった。冷静沈着をもって鳴る彼も、さすがに予想外のスリルに心臓の鼓動が早まっているのを自覚せざるを得ず、安堵の息を吐く。

 

 身体の節々が少し痛むものの、動くのに支障がないのを確認した彼は、共に奈落へと吸い込まれた彼の部下たちの元へと駆け寄った。

 

 上官のような悪運に恵まれなかった部下たちは、全員が殉職を強制されていた。強靭な装甲服は原形をとどめていたが、その内部の肉体は数十メートルからの落下の衝撃に耐えられなかったのである。

 

 シューマッハは短く嘆息したのち、彼らの遺体に敬礼を施した。

 

 いつの間にか天井の破孔から漏れていた光は消え、同時に空気の奔流も途絶えていた。どうやら上層に踏みとどまれた部下たちが、応急で風穴を塞ぐのに成功したらしい。ここまでの気圧差があっては、やむを得ない処置であろうとシューマッハは思う。

 

 シューマッハは周囲を見渡す。彼が転落する事となった空間は非常用の照明が灯っているのみで薄暗く、フライング・ボールのコートが余裕で収まりそうな広さがある。

 

 奇妙なのは壁や床、そして天井のいたるところにビームやウラン238弾などによる弾痕、そして爆発物によるものと思われる破壊の痕が見られる点であった。明らかにこの空間で大規模な戦闘があった事が示されている。その痕跡は、それほど古いものではないようにシューマッハには見えた。

 

 

 のちの帝国軍の調査で判明した事だが、これは半年ほど前に発生した海賊内での内紛によるものであった。

 

 当初は、略奪品の配分を巡る口論から始まった。口論が乱闘へ、乱闘が戦闘用ナイフや軽火器を用いた小規模な戦闘へ、小規模な戦闘からハンド・キャノンやロケット・ランチャーといった重火器やバリケードを用いた大規模な内紛へと発展するのに、一時間を要しなかったのである。それを完全に収拾するのに、海賊たちは実に半日ほどの時間と多くの死傷者を必要としたのであった。

 

 その内紛の際に、ハンド・キャノンから無造作に放たれた砲弾のひとつが天井に直撃していたのである。そして今回の帝国軍のアジト強襲において上層からもハンド・キャノンの一撃を加えられた結果、上下から負荷を加えられた岩盤の一角は耐久力の限界に達し、崩落を起こしたのであった。

 

 階層内に空気が存在しなかったのは、内紛時に保管されていた爆薬に兵火が及び、大規模な爆発が生じた結果であった。それにより外壁に達する損傷が複数生じてしまい、その亀裂から空気が宇宙空間へと流出したのである。海賊たちは元から重要地点ではなかった、この階層を修復する事なく封鎖したのであった……。

 

 

 シューマッハはヘルメットに内蔵された通信機を作動させ、上層の部下たちと連絡を取ろうと試みる。だが、返ってきたのは鼓膜を不快に刺激する、機械的な雑音のみであった。

 

 そういえば先刻のハンド・キャノンの爆風により大小の破片がシューマッハの身にも降りそそぎ、その内の大きい岩塊が彼のヘルメットをしたたかに打っていた。また、先ほどの床での横転も加わり、それらにより通信機が不調をきたしたらしい。

 

 死んだ部下たちの通信機は使えるだろうか、と考えた時、シューマッハは近付いてくる気配を察知した。

 

 帝国軍はこのアジトの重要拠点奪取を優先しており、それらが存在していないこの階層にはまだ侵攻していないはずであった。旅団長である自分の捜索部隊が急遽編成されている事は疑いないが、それにしても早すぎる。

 

 シューマッハの視界内に現れたのは、帝国軍の装甲服ではなく、気密服をまとった五、六人ほどの集団であった。非武装ではなく、それぞれ手にはブラスターやオート・ライフルといった火器を携行している。明らかに海賊の残党であった。

 

 海賊たちも装甲服姿のシューマッハの存在に驚いたようであるが、相手が一人しかいないと見るや、銃器を構えて戦闘態勢をとった。

 

 無論、シューマッハは気配を感じた時点で警戒しており、事態が確定するや即座に行動した。海賊の射撃の練度はそれほど高くはなかったが、そのうちのブラスターから放たれた一条の閃光がシューマッハの左肩をかすめる。だが、鏡面反射処理(ミラー・コーティング)を施された装甲服はその程度ではびくともしなかった。

 

 シューマッハはブラスターによる反撃の銃火を、敵集団に向けてほとばしらせる。その狙いは海賊たちとは比較にならないほど正確で、しかも(はや)い。たちまち二人の海賊が急所を撃ち抜かれて地面に崩れ落ちた。

 

 それにより敵たちがひるみを見せた隙を利用して、シューマッハは発砲しつつ広大な室内から退避する事に成功したのであった。

 

 

「運が良いのか、悪いのか」

 

 かつてバーミリオン星域会戦において、激戦の渦中で乗艦を幾度も捨てざるを得ない状況になりながらも生還したナイトハルト・ミュラー提督は苦笑交じりに独語したものである。

 

 そして海賊のアジト内部にて、思わぬ孤立無援に陥ったレオポルド・シューマッハ准将もまた、同じような心境に在ったのだった。とは言え、死んだ部下たちの事を思えば、この瞬間に無事であるだけでも悪運尽きてはいないのであろう。

 

 ひとまず数的不利な状況から撤退を果たせたシューマッハであったが、状況は良いとは言いがたい。装甲服の酸素供給装置の残量にはまだ余裕があったが、彼の手元にある武器は、ブラスターが一丁とその予備のエネルギー・カプセルがひとつ、そして左大腿部に帯びた超硬度鋼製の戦闘用ナイフが一振りのみである。

 

 この空気なき階層にどれだけの海賊が逃げ込んでいるかは不明だが、味方の救援が来るまでこれ以上の交戦は可能な限り避けたい。制圧した指令室からも監視システムを使ってこちらを捜索しているであろうが、この老朽化が著しい基地の現状では、その機能もどこまで生きているか怪しいものである。

 

「四年ほど前を思い出すな。あの時はひとりではなかったが」

 

 シューマッハは現在歩いている場所と似た、薄暗い地下道を今と同じく不本意な事情で潜る事となった記憶を不意に思い出して、苦く笑った。

 

 それを機に、自身の過去を少し振り返りたい気分になったのであった。

 

 

 レオポルド・シューマッハはゴールデンバウム王朝屈指の名門貴族であったブラウンシュヴァイク公爵家の領地内にて、旧帝国暦四五六年に生を享けた。

 

 シューマッハは軍人を志して士官学校に入学し、卒業後は正規軍と公爵家の私軍の間で定期的に籍を変えつつ、軍人としての経験と実績を積み重ねていった。

 

 前線で大功を樹てる機会が少なく、後方勤務が多かったシューマッハだが、それでも後ろ盾なき平民出身でありながら三〇歳で大佐にまで昇進した事実は、彼の有能さを証明するものであっただろう。

 

 そして旧帝国暦四八八年、シューマッハ大佐はブラウンシュヴァイク公オットーの甥である帝国軍少将エゴン・アンドレアス・フォン・フレーゲル男爵の次席参謀となり、彼の下で「リップシュタット戦役」を戦う事となる。

 

 

 フレーゲル家はゴールデンバウム王朝成立時は爵位を与えられず、一介の帝国騎士の家系にとどめられていたが、のちに王朝の開祖たるルドルフ大帝の晩年に積み重ねた功績を認められて伯爵号を授与された。そして時代を経て侯爵へと陞爵(しょうしゃく)を果たし、フレーゲル家は押しも押されぬ大貴族の一角に家名を連ねる事となるのである。

 

 王朝末期において、のちに内務尚書となるフレーゲル侯爵はブラウンシュヴァイク公オットーの妹を正室に迎えていた。フレーゲル侯とオットーの妹の間に産まれたエゴン・アンドレアスは両親のみならず母方の伯父からも可愛がられ、選民意識を肥大化させつつ成長するのである。

 

 侯爵家令息として少年期から男爵号を称する事を許され、戦場経験なく二〇代前半で将官の階級を与えられるなど、フレーゲル男爵は名門貴族の子弟として厚遇を受けていた。

 

 もっとも、当の男爵はそういった待遇にも完全に満足はしていなかった。爵位や将官の中でも「下級」でしかない男爵号および准将や少将など、彼にとっては侯爵家を継ぎ元帥号を得るまでのつなぎである「卑位卑官」でしかなかったし、とある「成り上がり者」の台頭以降は、より不満が募るようになったのであった。

 

 帝国騎士(ライヒスリッター)ラインハルト・フォン・ミューゼル。皇帝フリードリヒ四世の寵姫の弟であり、一〇代後半で軍部にて「閣下」と呼ばれるまでになりおおせた、食うにも困る下級貴族出身の「金髪の孺子(こぞう)」。加えて断絶していたローエングラム伯爵家の相続まで許されるなど、多くの門閥貴族たちにとっては不快極まりない異分子であった。

 

 フレーゲル男爵は門閥貴族内における「孺子」嫌いの急先鋒と言える存在であった。五歳年下の貧乏貴族の小せがれが自分を上回る爵位と軍の階級を有するに至るなど、選民意識に凝り固まった彼に許容できるはずもなかったのである。

 

 むろんラインハルトの側でも、とあるパーティー上での初対面時から(じつ)のない傲慢さを振りかざすフレーゲル男爵を強く嫌悪していた。その非友好的な関係は当時でも有名で、大抵の事に無関心であった怠惰な皇帝の記憶にも残るほどであったと伝えられる。そして旧帝国暦四八六年のクロプシュトック侯爵の叛乱に前後して、両者の関係は完全に決裂するに至ったのであった。

 

 明けて四八七年、ローエングラム伯ラインハルトはアスターテ会戦での勝利により帝国元帥の称号を与えられ、同時に宇宙艦隊副司令長官に任じられる事となる。元帥杖授与式の列席者の一人であった帝国軍中将フレーゲル男爵は、押しも押されぬ軍部の重鎮になりおおせた「孺子」への嫉妬と憤激と危機感のあまりに歯ぎしりを禁じえなかった。

 

 式典終了後、ラインハルトへの対抗意識に燃えるフレーゲル男爵は伯父ブラウンシュヴァイク公に、中将たる自分を正規軍の一個艦隊司令官に推薦してほしいと嘆願した。このまま「孺子」の際限なき成り上がりを指をくわえて見ている訳にはゆかぬ、という点では一門の意見は一致しており、公爵は甥の要望を受け容れたのである。

 

 そのブラウンシュヴァイク一門の推薦に対し、軍務尚書エーレンベルク元帥、統帥本部総長シュタインホフ元帥、そして宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥といった軍最高幹部たちは渋面を並べざるを得なかった。

 

 経験と実績がいたって乏しく、気位と血気のみ盛んな青年貴族に一個艦隊を任せるなど、軍事の専門家たる彼らにしてみれば歓迎できる事態ではない。確かに似たような前例は少なからず存在していたが、そのほとんどはろくでもない結果しか生んでいないのである。

 

 その顕著な例が、旧帝国暦三三一年の「ダゴン星域会戦」での敗北であろう。公に語る事はできぬが、次代の皇帝候補ゆえに総司令官に任じられた戦場経験なきヘルベルト大公が経験豊富な幕僚群の意見の大半を無視したのが要因のひとつとなり、叛乱軍こと自由惑星同盟軍に歴史的大敗を喫したのであった。

 

 しかしこの際は、名門中の名門たるブラウンシュヴァイク公爵とその一門の強い要望を退けるのは難しい。それに「帝国軍三長官」も全員が門閥貴族の出身であり、彼らもラインハルトの急速な台頭に対し強い懸念を抱えてはいたのである。

 

 こういった諸事情を勘案した軍上層部は「金髪の孺子」への掣肘の一環となりうるのであればと、フレーゲル男爵の艦隊司令官就任を容認したのであった。

 

 だが、正規軍一個艦隊司令官フレーゲル中将の生命は、現世に生まれ落ちる前に終わる事となる。それは、フレーゲル自身の自業自得によるスキャンダルが原因であった。

 

 先のアスターテ会戦において、会戦前に帝国軍の遠征部隊の詳細な機密情報が自由惑星同盟軍に漏洩していた事が露見したのである。これは遠征軍総司令官であったラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将に対し、大敗ないし戦死を強いるべくフレーゲル男爵やブラウンシュヴァイク公らが画策したものであった。

 

 だが、この陰謀は失敗に終わった。情報に基づいて二倍の兵力を繰り出してきた敵軍に、ラインハルトは自軍の一〇倍以上の損害を与えて凱旋したのである。高貴なる陰謀家たちは忌々しさに酒杯を床に叩きつけたものだが、ほどなくその陰謀の魔手が彼ら自身を屈辱の底へと叩きつける事となった。

 

 軍上層部に明白な機密漏洩の証拠をつかまれた結果、「主犯」と目されたフレーゲル男爵は憲兵隊に身柄を拘束され、ブラウンシュヴァイク公も宮廷や軍務省への出頭を余儀なくされる。彼らは件の陰謀に関しては完璧に証拠を隠滅したと確信していたため、容疑を否定しつつも狼狽を完全には隠し通せなかった。

 

 この一件は同年のイゼルローン要塞陥落後、ローエングラム陣営に迎えられていたパウル・フォン・オーベルシュタインの策略によるものであった事が、後世の研究にて判明している。

 

 古くから帝国軍の中枢部を転々とし、軍内部に広く深い人脈と情報網を形成していたオーベルシュタインの参入は、ローエングラム陣営の情報収集能力を大幅に強化させていた。フレーゲルらの陰謀を突き止めた義眼の謀臣は、この情報をローエングラム陣営以外の軍上層部とブラウンシュヴァイク一門の離間工作に利用する事にしたのである。自陣営の影を見せる事なく、機密漏洩の証拠が自然な形で軍上層部に渡るようにオーベルシュタインは手配してみせたのであった。

 

 軍事機密漏洩は当然ながら重罪であり、軍法会議で罪状が確定すれば王朝への重大な背信行為として、身分の高低を問わず大逆罪が適用されていた。だが、事実を公表し皇女の降嫁先たる名門の主流に近い一族を処分するのは様々な面から悪影響が大きすぎるとされ、関係者間で秘密裏の交渉が幾度も重ねられたのである。

 

 その結果、機密漏洩はフレーゲル中将の「故意」ではなく、彼と彼の幕僚の「過失」によるものとされた。それによりフレーゲルは処刑回避と釈放の代償として、少将への降等および艦隊司令官内定の白紙化という処分を下される。ブラウンシュヴァイク公は「過失」については何もあずかり知らぬとされたが、今後は甥への監督を怠らぬようにと厳重注意を受ける事となったのであった。

 

 ローエングラム陣営の長たるラインハルトとしては、いけ好かぬ青年貴族が銃殺刑にでも処されてくれれば()()()()したのだが、さしあたっては謀略の成功と、発案者たる新参のオーベルシュタインの情報収集能力と謀略手腕の一端を確認できた事に満足した。

 

 用意した汚泥を自身で浴びる破目となったフレーゲル男爵はといえば、満足とは正反対の心境に在った。大逆罪の嫌疑をかけられ、降等などという処分を受けるなど、選民思想の権化たる彼には耐えがたい恥辱でしかない。彼は面子を少なからず潰された伯父ともども、軍上層部へ強い逆恨みの感情を抱いたのである。

 

 かくして、オーベルシュタインは当時の「帝国軍三長官」を戴く軍上層部と、ブラウンシュヴァイク一門の間に鋭い楔を打ち込む事に成功した。そしてこれが後に、同盟軍の帝国領侵攻作戦において焦土戦を採用した軍上層部への門閥貴族たちの非難をブラウンシュヴァイク一門が主導し、結果としてローエングラム陣営がアムリッツァ会戦での勝利後に漁夫の利を得る伏線となるのである……。

 

 

 そしてその年、フリードリヒ四世の崩御後にエルウィン・ヨーゼフ二世が即位し、新帝を擁する帝国宰相リヒテンラーデ公爵と宇宙艦隊司令長官ローエングラム侯爵の枢軸体制が成立する。

 

 皇孫たる自身の娘たちの即位という野望を阻まれたブラウンシュヴァイク公爵オットーとリッテンハイム侯爵ウィルヘルムは、憎むべき新体制の打破という共通の目的をもって手を結んだ。翌年の旧帝国暦四八八年には彼らを領袖とした「リップシュタット貴族連合」が結成され、新体制へ不満を抱える者たちがその旗下に参集したのである。

 

 かくして銀河帝国は二分され、やがて「リップシュタット戦役」と呼ばれる王朝史上において最大規模の内乱が勃発する。無論の事、フレーゲル男爵は伯父と自身の意思に従って貴族連合に参加したのだった。

 

「正義派諸侯軍」の提督の一員として分艦隊を預けられる事となったフレーゲル少将の司令部には、それぞれ准将の階級を有する参謀長と副司令官が、司令官自身の指名で配属されていた。だが、彼らもまたフレーゲルの腰巾着である青年貴族に過ぎず、軍隊経験と能力は司令官と似たり寄ったりの水準でしかなかったのである。

 

 ブラウンシュヴァイク公の一部の側近たちはその点を危惧せざるを得なかった。彼らは戦役勃発前に、せめて軍務に通じた人物を補佐につけるべきと主人に進言したのである。フレーゲルが先の情報漏洩で失態を演じた事もあって、公爵はその言を容れたのであった。

 

 こうして側近らから推挙されたレオポルド・シューマッハ大佐が、フレーゲルの次席参謀に任命されたのである。

 

 なお、この時の補佐役の候補として、能力的にはシューマッハに劣らぬとみなされていたアントン・フェルナー大佐の名も挙がっていた。だが、彼は遠慮のない皮肉めいた言動が多い人物でもあり、我の強い青年貴族とは相性が悪すぎるとして候補から外されたのである。

 

 シューマッハとしては、経験も度量も乏しい上官の下で働くのは不本意であった。だが、推薦者たるシュトライト准将やアンスバッハ准将といった軍の先達には少なからず恩や義理もあったため、謹んで拝命したのであった。

 

 フレーゲル男爵の側でも「平民風情」を司令部の重職に迎え入れるのには強い抵抗があったが、伯父の指示とあっては是非もない。フレーゲルは重要な事案は自身や取り巻きたちで決定し、こまごまとした面倒な実務のみシューマッハやその下にいる下級貴族や平民出身の参謀たちに押し付ける事にしたのである。

 

 このような事情から、「リップシュタット戦役」において軍事的に優れた手腕を十全に発揮する機会は、最後までシューマッハには与えられなかった。

 

 重要と思われた案件について意見を具申してもほとんどが無視され、総司令官の命令に背いて出撃しようとするのを諌止すれば怒声と共に却下され、その果てに大敗した後は撤退戦に尽力したにもかかわらず、「役立たずめ」と八つ当たりの罵倒を浴びせられる有り様であった。冷静さと自制心に定評のある次席参謀も、さすがに想定以上の不満と徒労感の蓄積を自覚せずにはいられなかったものである。

 

 やがて戦役も終局が近づき、貴族連合軍の敗色が極めて濃厚となった。盟主ブラウンシュヴァイク公はフレーゲルら一部の血気盛んな青年貴族の扇動に乗り、残存兵力をもって根拠地たるガイエスブルク要塞から最後の出撃を敢行する。

 

 シューマッハは堅固な要塞に拠る利を手放すのは現時点では下策である、と上官に進言はした。だが、すでにシューマッハの推薦者たちは主君たる公爵の傍から切り捨てられており、もはやフレーゲルは「平民風情」の進言など一顧だにしなかった。平民出身の大佐は嘆息しつつも、義務を果たすべく無謀な艦隊戦に従軍したのであった。

 

 六回に及ぶ貴族連合軍の波状攻撃において、フレーゲル少将はその先頭集団に属して奮戦する。彼は軍人として不足しているものが多すぎたが、少なくともこの攻勢においては臆病者ではなかった。

 

 だが、フレーゲルの参謀長は迫り来る敵軍と破滅を前にして臆病風に吹かれ、決戦直前に行方をくらましていたのである。そのため、次席参謀はフレーゲルから(両者にとってはなはだ不本意ながら)「参謀長代行」に任命されたのだが、それも名ばかりのものに過ぎなかった。

 

 最終決戦において貴族連合軍は、敵側の予想以上に善戦した。だが、それもローエングラム軍の驍将ジークフリード・キルヒアイス上級大将率いる高速巡航艦隊の投入により終末を迎える。キルヒアイス艦隊に迅速かつ苛烈な一撃を加えられ、それを機に全面攻勢に転じたローエングラム軍の前に貴族連合軍の艦隊は完全に崩壊したのであった。

 

 無論、フレーゲル麾下の艦隊も例外ではない。副司令官が戦死し、司令官の命令や督戦を聞かず敗走する艦が続出し、気が付けば彼の旗艦の周囲からは自軍の艦艇が一隻残らず消え失せていた。事ここに至っては、傲岸な青年貴族も完全敗北を認めざるを得なかったのであった。

 

 それでも彼は「貴族の矜持」に基づいて「戦艦同士の一騎打ち」を「金髪の孺子」やその麾下の提督たちに申し込んだが、ことごとく無視された。ブラウンシュヴァイク公ならともかく、もはや敗残のフレーゲル男爵など彼らにとっては路傍の小石以下の存在でしかなかった。

 

 まして戦艦同士の一騎打ちとは笑わせる。通常「貴族の決闘」ならば、生身でサーベルや銃を用いて行われるものであろう。それを申し出ないのは、一箇の戦士としての自信がないからに他なるまい。彼がかつて勇将ウォルフガング・ミッターマイヤー提督と五分の条件で格闘に及び、一方的に叩きのめされた事をローエングラム軍の幹部たちは知っていた。

 

 無視され続けて狂乱する司令官に対し、シューマッハは諫言しつつ捲土重来を期した戦場からの離脱を勧めた。だが、精神のバランスが完全に崩壊していたフレーゲルは、帝国貴族として最後の一兵まで戦い「滅びの美学」を完成させると言い放って参謀の進言を蹴り飛ばしたのである。

 

 それを聞いた理性豊かなシューマッハも、これまでの不満も加わって忍耐力の限界に達した。彼はフレーゲルが自分の無能を美化して自己陶酔に浸っているだけであると喝破し、部下である自分たちがそれに殉じる道理もない、と鋭利な舌刀で上官の虚栄心を斬って捨てたのである。

 

 軍人である以上、戦場で斃れる覚悟はシューマッハにもあったが、フレーゲルの言はあまりにも馬鹿馬鹿しい。彼もここまで言われた以上は自分を赦さないであろうが、参謀長代理としては部下たちのためにも、上官を弾劾せずにはいられなかったのである。

 

 そして予想通り、逆上したフレーゲルは静かにたたずむシューマッハを自ら射殺しようとした。しかし、司令官よりも参謀長代行を比較にならないほど信頼していた周囲の将兵は、それよりも早く無数の銃火を司令官に浴びせかけたのである。最後まで「帝国貴族の栄光」という(しがらみ)から解放される事のなかった青年貴族は、雄敵との闘争ではなく部下の造反により名誉なき死を遂げたのであった。

 

 事が終わったのち、生命の恩人たる周囲の部下たちから今後の身の処し方をシューマッハは問われた。無益な最期を拒んだ以上は、降伏か逃亡かの二択である。

 

 ローエングラム侯ラインハルトは峻厳な人物だが、その度量は滅びつつある大貴族たちよりもはるかに広く深いのは疑いない。だが、彼が毛嫌いしていたフレーゲル男爵の旧部下である自分に寛大な処置を取ってくれるか否か、シューマッハには確証が持てなかった。この時点での彼は、戦役勃発に際し虜囚となったシュトライトがその堂々たる態度によりラインハルトに赦された事を知らなかったのである。

 

 また、貧家の出自であるラインハルトも、下級貴族や平民の全てから支持されている訳でもなかった。彼らの中にはゴールデンバウム王朝の体制下にて大貴族が幅を利かせる中で厚い皇恩を受け、苦労して地位を確立した者も少なからず存在していた。その一部は従来の秩序を打ち砕かんとするラインハルトの台頭に危機感なり恐怖なりを抱いたがゆえに、あえて大貴族が牛耳る貴族連合軍に参加したのであった。

 

 ブラウンシュヴァイク公爵家の領民として育ち、平民ながら少壮にして高級士官となりおおせたシューマッハも、そういった意識をまったく有していなかった訳でもない。彼は「成り上がりの金髪の孺子」を嫌ってはおらず、その才器を高く評価はしていた。だが、それでもシューマッハはゴールデンバウム王朝の落日を認めつつも、ラインハルトへの降伏には少なからず躊躇を覚えていたのである。

 

 加えて、軍民問わず多くの犠牲を出した戦役を無能な盟主や上官の下で経験し、戦争や軍務にいささか倦んでいたというのもあった。ローエングラム侯の陣営に加われば、間違いなく軍人としての手腕を存分に発揮できるであろう。だが、そういった欲求もシューマッハの心中には湧き上がらなかったのであった。

 

 となれば、軍人としての知識と経験を求められるであろう自由惑星同盟への亡命も、選択肢から外れる事となる。

 

 こういった思案や感情を整理した結果として、シューマッハはフェザーン自治領への亡命を決断した。同行を望む部下たちにはそれを許可し、ローエングラム軍への投降を希望する者たちにはシャトルを与えて去るに任せた。その際にシューマッハは低温保存されたフレーゲル男爵の遺体を離脱者たちに委ね、しかるべき場所へ埋葬されるように取り計らってほしいと頼んだものである。

 

 

 かくして、亡命希望者たちを乗せた戦艦は大貴族たちの巨大な墓所となったガイエスブルク要塞から離れ、フェザーン回廊へと進路を転進したのであった。


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