はたして誰が勝者となり、主人公の所有権を獲得するのだろう。
そして、ビスマルクが佐世保に帰る時、主人公に向けられた言葉とは……
「そ、それでは次は98杯目……れ、レディー……ゴーッ!」
カウントをしていた青葉の喉が枯れ、振り上げた右手が疲労にまみれている。それもそのはずで、カウントはもうすぐ3桁に届きそうだし、開始から優に2時間は超えていた。
「んぐ……んぐ……ぷはぁ。にゃ、にゃかにゃか……しぶといにゃねぇ……」
ビスマルクったら猫語になっちゃってるよね。
「け……けふっ。あ、貴方こそ……さっさと崩れ落ちれば良いものを……」
肩で息をしている高雄さんだけど、そこまで無理をしなくても良いと思うんだけどなぁ。
まぁ、以前の決着がついてないとか言ってたから、自棄になる気も分からなくはないんだけど。
それに、周りのギャラリーも少しは落ち着いてきたとはいえ、まだまだ盛り上がっちゃってるしなぁ……
「ふ~……にゃ~……頭が~……ぐるぐる……回ります~」
愛宕も猫語っぽいし、言ってる通りに頭が円運動をしまくってるし。
もうそろそろ止めた方が良いと思うんだけど。
そう思いながら、俺は空いたコップに酒を注ごうとしたのだが……
「あれ、この一升瓶……空だな」
テーブルの上に置かれている酒の瓶は、全てが空っぽに成り果てていた。
「鳳翔さーん、次のお酒お願いしますー」
俺は厨房に向かって声を上げると、焦った表情を浮かべた鳳翔さんがトコトコとやってきた。
「す、すみません……今あるお酒は先生が持っている瓶で最後でして……」
「ありゃ、そうなんですか……」
言って、俺はテーブルの上にある他の一升瓶やボトルを見る。モノの見事に空っぽで、残念ながら飲み勝負をこれ以上続けられそうにはない。
「「「ざわ……ざわ……っ」」」
俺と鳳翔さんの会話を聞いていた周りの観客は、残念そうな表情をしたり、やっと終わったと安心するような表情を浮かべていた。
「や、やっと終わりですかっ! これで青葉の御役目も終了ですよねっ!」
急に元気になった青葉は両手を上げて、食堂内に響き渡る声を上げる。
「お酒が無くなったのでここで終了ですっ! 今回も勝負はつかずに引き分けとなりましたが、次回を楽しみにしてシーユーアゲインッ!」
そう言って、青葉はそそくさと食堂から出て行った。
うーん、最初から最後までに賑やかなヤツだったよなぁ。
まぁ、青葉だから仕方ないね。
「そ、そうかにゃ……もう終わりかにゃー……」
声だけ聞いたら多摩にしか聞こえないビスマルク。
「くけけけけけけ……」
急に奇声を上げる高雄がマジで怖い。
「おやすみなのですっ!」
そう言って、器用に空気椅子でテーブルに突っ伏す愛宕。
猫から電っぽくなっちゃったなぁ。
「あー、これは完全に潰れちゃったよね……」
「そのようですね……」
3人の姿を見た俺と鳳翔さんは大きなため息を吐き、それに合わせて観客達も思い思いに離れていく。
「ですが、今日の売上はいつもの3倍になりましたので、非常に嬉しいですね」
ニッコリと笑った鳳翔さんに、俺は苦笑を浮かべながら頬を掻いていた。
……商魂逞しいですね。
潰れた3人をこのまま寝かしておく訳にもいかず、かといって艦娘寮に連れて帰ろうにも俺は中に入れない。他の艦娘に解放してもらう手もあるが、どちらにしても3人を運ぶのは一苦労だなと途方に暮れていたところ、鳳翔さんが2階の広間に寝かせて良いと言ってくれたので、ご好意に甘えてそうする事にした。
まずはビスマルクに肩を貸して椅子から立ち上がらせ、厨房を通って階段を上がる。
「うぅーん……もう飲めないにゃー」
どうやら酔っ払うと完全に多摩化するようである。可愛らしいのでどんどん酔っ払っていただきたい。
あ、もちろん寝込みを襲うとかそういうのはしませんので大丈夫。
そもそもチキンな俺にそんな度胸は無い。それに俺には愛宕という女性がいるからね。
本人からはとんでもない返事を聞かされたけど、それについてはまたの機会に。
「よっこいしょっと……」
階段を上がりきり、広間の片隅にビスマルクを座らせた。座卓を持ち上げ反対側に置き、鳳翔さんに聞いていた押し入れから布団を3つ取り出して敷いていく。
「ビスマルク、布団を敷いたから中に……」
「んにゃー、引っ張ってー」
駄々甘えじゃねぇか。
本当に子供だよなぁ……
俺はため息を吐いてからビスマルクの両手を掴み、引きずりながら布団の上に寝かす。
「Danke……」
「ん……?」
「ありがとにゃー……」
「はいはい。それじゃあおやすみなさい」
「………………」
ビスマルクから返事は無く、代わりに静かな寝息が聞こえてきた。
俺はなんとなく笑みを浮かべながらビスマルクの頭を軽く撫で、高雄と愛宕の元に向かった。
それから同じ事を繰り返し、3人を広間に寝かしつけてから再び食堂へと戻った。テーブルの上にあった空瓶はすでに片付けられており、床掃除に勤しんでいる鳳翔さんと、拭き掃除をしている千歳、千代田の姿が見えた。
「お疲れ様です、先生」
「いえいえ、鳳翔さんや千歳さん、千代田さんもお疲れ様です。何か色々と今日はすみませんでした」
俺はそう言って3人に向かって順に頭を下げた。
「大丈夫ですよ。若干トラブルじみた事もありましたけど、結果的に売上が上がりましたからね」
「そうそう。それに結構面白かったですし」
鳳翔さんと千歳は俺に向かって笑みを浮かべながら返事をしたが、千代田だけは少し違った表情で口を開いた。
「でも、先生1人だけ全然酔ってませんでしたよね?」
「あー、まぁそうですね……」
「そういえば千代田の言う通りね。他の3人は顔を真っ赤にしてたのに、先生は未だに素面のままって感じに見えるけど……」
「千歳姉もそう見えるよね? もしかして先生って、酒豪とかそういう……」
「いやいや、そんな大それたものじゃないんです。ただ……」
「「「ただ?」」」
千歳、千代田に加えて鳳翔さんまでが俺の言葉を待つように声を上げる。
俺は頬を掻きながら苦笑を浮かべ、口を開いた。
「どうやら全く酔わない体質みたいなんですよ。なぜか理由は分からないんですけど……」
「「「………………」」」
目が点になった3人は、呆気に取られたように俺の顔を見つめたまま、掃除の動きを止めていた。
実際に、俺は酔うという感じも気持ちも、何一つ分からないのだ。何かを食べながら飲むと酔いにくいとか聞いた事があるけれど、それすら俺には必要が無い。すきっ腹に駆けつけ7杯の梅酒を飲んだ時も、トイレに行ったらケロリとしていたし、試験に落ちて自棄になりながら1人で一升瓶を飲んだ時も、全くなんともなかったのである。
ただし問題は、ホップや炭酸などのシュワッとする飲み物が飲めない事と、甘いお酒しか飲もうとしない。もっと言えば、お酒自体が余り好きでは無いのだ。
酔うという事が分からないのだから、お酒を飲む必要が無い。つまりはそういう事なのである。
「そ、それはある意味難儀な身体と言いますか……」
「ええ、ですからお金が勿体ないので、進んでお酒は飲まないようにしているんですけどね」
鳳翔さんにそう答え、俺は椅子に座る事にした。みんなの前では言えないが、さすがに3人を連れて2階に上がるという行為はそこそこ疲れたので、少し休憩したい気分だった。
「あっ、ちょっと待っててくださいね」
千歳はそう言って厨房へと戻り、お盆に暖かいお茶を入れた湯のみを持って、俺の前に置いてくれた。
「すみません。ありがとうございます」
俺は笑みを浮かべて千歳に礼を言い、ゆっくりと湯のみに口をつけた。暖かい緑茶の香りが鼻腔をくすぐり、酒まみれになった喉を潤してくれる。
「ところで先生、1つ聞きたい事があるのですけど……」
「はい、なんでしょうか鳳翔さん?」
返事をしながらもう一度湯のみに口をつけ、残りを飲み干そうとしたのだけれど、
「先生は実際のところ、3人のうち誰がお好きなんですか?」
「ぶふぅーーーっ!」
間欠泉のように噴き出したお茶が、テーブルを見事なまでに水浸しにしてしまった。
「それは私も気になりますねー」
「噂では愛宕さんに告白したって聞きましたけどー」
ニヤニヤと笑みを浮かべた千歳と千代田が、テーブルを拭きながら俺に問う。
「い、いやいや、そういう事は……その……ですね……」
「この際ハッキリさせた方が楽になりますよ?」
観音菩薩のように柔らかな笑みを浮かべる鳳翔さんだけど、完全に俺を追い詰めようとしている魂胆はみえみえですからっ!
「あることないこと喋っちゃいましょうよー」
「あの3人以外にお目当てがいるってのもありですよー」
「青葉みたいなねつ造問題から、誘導尋問へ移行しようとしているっ!?」
「「「さあさあ、さあさあ……」」」
「ちょっ、寄ってたかって問い詰めないでーっ!」
今度は観客ではなく食堂の3人の輪に囲まれてしまった俺は、大きな悲鳴を上げてしまったのであった。
◆ ◆ ◆
「うー……頭痛い……」
次の日の朝。
昨日の昼にビスマルクを出迎えた埠頭に、俺と元帥、そしてビスマルクが立っていた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「な、なんとかね……」
言って、ビスマルクはどこから取り出したのか、白い錠剤を口の中に放り込んだ。
「苦い……」
「妙薬は口に苦しですけど、それって二日酔い用の……?」
「ええ、念のために持っておいて良かったわ」
キリッとした表情を浮かべたビスマルクだが、やっぱり頭に痛みが走るのか、すぐに表情を崩す。
「それではビスマルク、佐世保まで気をつけて」
「ええ、元帥。お見送りまでしてもらって、ありがとう」
「いやいや、できればこの後にちょっとデートでもどうかと思ったんだけどね」
「それは残念だけどお断りするわ。高雄にどやされても知らないわよ?」
「あ、あはは……確かにそれは避けたいからね……」
元帥はそう言いながら苦笑を浮かべていたが、両足がガクガクと震えていたのを俺は見逃さない。
いつまで経っても懲りない人だとは思っていたが、やっぱり怖いものは怖いのだろう。
それでも口説きにかかるのだから、つける薬は無いのだけれど。
「それじゃあ先生、昨日の話はしっかりと考えておいてね?」
「……え?」
「あら、忘れたのかしら?」
「き、昨日の話って……本気で……?」
「もちろんよ。だから……」
近づいてきたビスマルクは俺の肩に両腕を乗せて、抱き着くように身体を密着させる。
「えっ、ええっ!?」
「よーく、考えてから返事をしなさいよね」
そう言って、俺の左頬に優しく口づけをした。
「………………」
顔が真っ赤に染まるのが自分でも分かるくらいに上気し、俺は慌ててビスマルクから離れようとした。
「ふふ……やっぱり先生はMっぽいわね……」
笑みを浮かべたビスマルクは右手を振りながらきびすを返し、軽くジャンプをして海面に着水する。
「Du bist total mein type」
そう言って、大きな水しぶきをあげながらビスマルクは去っていった。
「………………」
俺はその後ろ姿を眺めながら、左頬に手を触れる。
「あーあー、また先生に取られちゃったねー」
大きなため息を吐きながら、元帥は俺に向かってジト目を向けてそう言った。
「べ、別に取るとかそういうのじゃ……」
元帥は昨日の会話の事を知っているのだろうか?
ビスマルクは昨日、俺に佐世保の幼稚園の先生にならないかと言ったのだ。
その前提に付き合う事というのがあったのは知られたくないが、さっきの行動を見れば明白だろうし、取られたと言っている時点でモロバレなんだけど。
ただ、俺がハッキリと分からないのは、最後の言葉についてである。
残念ながらドイツ語はからっきりだから、全くもって想像がつかないのだ。
ただ、英語に似た部分も聞き取れたので、調べてみれば分かるかもしれないが……
「あっはっはー、先生も言うようになったよねー」
「い、いや……だからですね……」
「最後の言葉、完全に口説かれてたのに?」
「……え?」
「『貴方は完全に私のタイプです』
言われてみたいよねー。そういうのってさー」
元帥はそう言ってきびすを返し、両手を頭の後ろで組んで指令室がある建物の方へと歩いていく。
その時、俺の顔は……
完全に真っ赤に染まっていたのだろうと思う。
「あ、そうそう。この事を愛宕に知られたくなかったら、ちょっくらお手伝いをよろしくねー」
「んなっ!?」
「ふっふっふー、先生の弱みゲットしちゃったもんねー」
言って、元帥は後ろ姿のまま俺に手を振り、スキップで去っていく。
最後の最後で、またまた前途多難になってしまった俺だった。
艦娘幼稚園 ~佐世保から到着しました!~ 完
今章はこれにて終了。
皆さんどうだったでしょうか? 楽しめてもらえたら幸いです。
さて、次章も毎日ではありませんが、引き続き更新していきたいと思います。
ちなみにですが、次回は記念すべき100回目の連載話。
まさかここまで続くとは夢にも思っていませんでした。読んでくださっている皆様方へ感謝感謝でございます。
次回予告
ビスマルクは佐世保へと帰って行った。
しかし、主人公はすっかり忘れかけていた。比叡、榛名、霧島からロリコン扱いされていた事を。
――そう。この話は、ビスマルクが帰ってからすぐのお話です。
艦娘幼稚園 ~金剛4姉妹の恋~ その1「またもや犠牲者が?」
乞うご期待!
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