今日には佐世保に帰る為に出発しなければいけないのに、何故かガッツリとビールを飲むビスマルクを見て呆れていると、どんどんおかしな事になってきて……?
「ぷはーーーっ、Lecker!(ウマイ!)」
ガヤガヤと食堂内に聞こえる艦娘や作業員達の声の中に、ビスマルクの大きな声が響き渡った。
「い、今から帰るって言ってませんでしたっけ……?」
「なによー、ビールの1杯や2杯くらい飲んじゃっても全然平気なんだからー」
「……既にそれ、5杯目なんですけど」
そう呟いた俺の声など全く聞こえていないという風に、ビスマルクはジョッキを片手で持ちあげて、残りをグビグビと飲みほした。
テーブルの上には焼き鳥に枝豆、空いたジョッキグラスにカレイの干物、更には冷ややっこまで置かれている。
ビスマルクってドイツ生まれだったと思うんだけど、もしかして佐世保で完全に日本に染まっちゃってない?
「いやー、しっかしここの料理は美味しいわー。うちの鎮守府もなかなかのモノだけど……うー、帰るの嫌になってきたー」
「いやいやいや、任務があるでしょうが任務がっ!」
「えー、任務ー? めんどくさいー」
だあぁぁぁっ! なんかいきなりテンション下がりまくってるんですけどっ!?
これじゃあ駄々をこねてる子供じゃん! なんだか雰囲気的に、暁を思い出しちゃったよ!
「あっはっはー、なんだか先生面白い顔してるわー」
「ビスマルクがいきなりそんな事を言いだすからですよっ!」
「あー、もうだるいー。先生が代わりに佐世保まで行っちゃってくれれば良いわー」
「それじゃあまた沈んじゃうかもよっ!?」
「大丈夫、大丈夫ー。そうなったらそうなっただけの事だからー」
「ひ、酷過ぎる発言ですけど、完全に酔っぱらってません?」
「うんにゃー、よってないにゃよー」
「喋り方が可愛過ぎる――って、これは完全にアウトだーーーっ!」
頭を抱えて立ち上がる俺を見ながらケラケラと笑うビスマルク。もうこれは完全に、居酒屋の閉店まで飲み明かしモードに突入しそうな勢いだ。
ビスマルクは今日のうちに佐世保に向かわなければいけないはずだけれど、酔っぱらった状態で航行できるとは思えない。かといって、ここでお開きにしたところで時すでに遅し。もはや遠征失敗の赤文字は画面に表示済みだ。
「ところで先生ー」
そんな状況を知ってか知らずでか、ビスマルクはテーブルに両肘をついて両手で顔を支えながらニッコリと微笑み、俺に向かって口を開いた。
「な、なんですか……?」
お酒のCMに出てきそうな可愛らしいポーズとほろ酔いの表情に、俺はちょっぴりドギマギしながら返事をする。
「先生ってさ、彼女いないのかしらー?」
「ぶふーーーっ!」
唐突過ぎて水噴いちゃったんですけどっ!
「な、何をいきなり言いだすんですかっ!?」
「だって、気になるんだからしょうがないじゃないー」
ビスマルクはそう言って、いつの間にか追加していたビールをグビグビと飲む。
「で、どうなのよ、実際のところはー」
「そ、それは……いませんけど……」
「Gut! それなら私の出番ね!」
「……はい?」
「だって、先生に彼女はいないんでしょ? なら私が貰っても問題無いわよね」
「いやいやいやっ、問題あるとか無いとか以前に、俺の意思はどうなるんですかっ!?」
「なによ……それじゃあ先生は、私の事が嫌いだって言うのかしら?」
そう言って、ビスマルクは急に目を座らせた。
――って、マジでその眼力怖いんですけどっ!
「き、嫌いじゃないですけど……」
「それじゃあ決まりねっ! これで先生のロリコン性癖も完全に私が治療してあげるから、世間的にも問題無いわっ!」
「「「ざわ……っ!」」」
………………
な、何をいきなり言ってるんだビスマルクはーーーっ!
こんなに大勢がいる中でそんな発言をしちゃうと、間違いなくあらぬ誤解が生まれまくるじゃないかよおぉぉぉっ!
「や、やっぱり幼稚園の先生って……ロリコンだったのね……」
「でも少し前に、裏番長に告白したって噂を聞いたけど……」
やだぁぁぁっ! やっぱり手遅れになってるぅぅぅっ!
――ってか、裏番長とか告白とかなんでそんなに広がっちゃってんのっ!?
「あっ、でもあれよね。先生はここで幼稚園の先生をしているんだから、佐世保に連れて帰るのは難しいか……」
ビスマルクはそう言って、少し考え込むような素振りを見せた。
は、反論するならここしかないっ!
「そ、そうですよっ! 遠距離恋愛とか大変ですし、思い直した方が……」
「Alles klar(大丈夫)! 全然問題無いわ。先生はここを辞めて、佐世保に移ればいいのよ。そしてあっちで新たに幼稚園を作れば万事解決よ!」
「なっ!?」
「元々そういう案が出てたから、これでそっちも解決しちゃて一石二鳥ね。そういう事で、早速明日から手続きを始めるわよ!」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ! いきなりそんな事を言われても……」
俺は慌ててテーブル越しにビスマルクに詰め寄り、なんとか思い留まらせようと思った途端、
「その通りです」
「それは見逃せませんね~」
「「えっ!?」」
急に声を掛けられて、俺とビスマルクは振り向いた。そこにはキリッとした表情を浮かべた高雄と、ニッコリ笑った愛宕が立っていた。
「勝手にそのような話を進められては困りますわ」
「そうですよ~。ただでさえ人手が足りないのに、先生がいなくなったら困っちゃいます~」
「……あら、とんだ邪魔がきちゃったわね」
「……何か言いましたか?」
ビスマルクと高雄が睨み合った瞬間、食堂内に「ピシィッ!」と音が鳴ったような気がした。
いや、気がしたのではない。
周りにいる艦娘や作業員の人達が、そそくさと席から立ち上がったり、身体を小刻みに震わせてこちらの様子を窺っていたりしているのだ。
これは……完全にバトルの気配っ!
――って、カッコよく言ったけど洒落になんないからっ!
「ま、ままま、待ってください2人ともっ! こんなところで喧嘩なんかしたら、他の方に迷惑がかかってしまいますよっ!」
「それはもちろん、重々承知しております――が」
高雄は眼を閉じながらそう言って、再び開いてビスマルクを睨みつける。
「以前のお返しをできていない以上、このまま引き下がる訳にもいきませんので」
「えっ、こ、この前の……お返し……?」
俺の呟きに高雄とビスマルクは答えず、なぜか愛宕がコクコクと頷いていた。
「総合合同演習で、2人はやり合った仲なんですよ~」
「あ……そういえばそんな事を昼に聞いたような気が……」
「佐世保と舞鶴を代表する艦娘で艦隊を組んで演習を行ったんですけどね~。結局勝負がつかないまま終わっちゃったのですよ~」
「な、なるほど……」
それで遺恨だけが残ったままなのか……と思ったが、昼にビスマルクがこちらに着いた際に、高雄と一緒に元帥いじめをしたのだから、完全に仲が悪いという訳では無いとは思うのだけれど……
「先生を引き抜こうとはいい度胸ですわ。そろそろ、その鼻っ面をへし折ってあげた方が、佐世保のみなさんも安心するのではないでしょうか?」
「あら、とんだご挨拶ね。貴方も上司である元帥相手に手を上げまくっているって聞いてるから、そちらの方が危険過ぎると思うわよ?」
「ふふふ……」
「ふふふふ……」
やばいやばいやばいやばいっ!
すでに一触即発状態じゃないですかーーーっ!
完全に俺がいるテーブルの近くは、周りから隔離されたように誰もいなくなり、遠目から固唾を呑んで見守る視線が突き刺さっていた。
「はいは~い。ここで私から提案で~す」
パンパンと両手を叩いて2人に声を掛けた愛宕は、反応を待たずに続けて口を開く。
「お2人が勝負したいのは分かりました~。でも、ここで取っ組み合いの喧嘩なんかしちゃったら大変ですから、平和的解決をしちゃいましょう~」
愛宕は満面の笑みでそう言ってから、厨房の方へと振り向き、鳳翔さんに声をかけた。
「ここにあるお酒を全部持ってきて下さい~。あ、もちろん請求書は元帥の方にお願いしますね~」
「「「ざわ……っ!」」」
愛宕の声が食堂内に響き渡った瞬間、遠巻きに見ていた艦娘や作業員達からざわめきがあがる。
「ま、まさか……秘書艦と裏番長が一緒に……っ!?」
「こ、これは見逃せないイベントですよ……っ!」
そして気づけば、俺達がいるテーブルは人だかりの輪の中心になっていた。
……え、なんだよこれ?
「あら、これはまたおかしな事になってきたわね」
「今更怖気づいたのかしら。なんなら佐世保まで逃げかえっても良いのですけど?」
「ハッ、上等じゃない。2人ともまとめて潰してあげるから、覚悟しなさいっ!」
「あらあら~。それって私も入っちゃってるって事ですよね~?」
そう言った愛宕だけれど、既にテーブルに置かれていたコップを持っているのを俺は見逃していない。
これは確実に……朝までコースになりそうな予感……っ!
――って、カッコよく言っても意味無いんだよぉぉぉっ!
「お、お待たせしました。ひとまず倉庫にある一升瓶とボトルなんですけど……」
厨房からお盆に乗せて持ってきたそれらを、焦った表情を浮かべた千歳と千代田がテーブルに並べていく。
「勝負は簡単。カウントごとに1杯ずつ飲みほして、ダウンしたら負け。それで文句は無いかしら?」
「私が勝ったら、先生は佐世保に連れて帰るわよ」
「うふふ~、面白い冗談ですね~」
「……なんですって?」
ニッコリ顔の愛宕にガン飛ばしモードのビスマルクを見て、周りを取り囲む観客達のボルテージが上がっていく。
「それではカウントは青葉が取らさせていただきますっ!」
どっから湧いてきたんだよお前は……
「3人とも用意は良いですかー?」
「「「何を言っているのかしら?」」」
「は、はえっ?」
青葉が確認の声を上げた瞬間、ビスマルク、高雄、愛宕の3人は不機嫌そうな顔で睨みつけた。余りにも唐突過ぎたのと、その眼力の強さに恐れをなしたのか、青葉は涙目を浮かべて悲鳴に近い返事をする。
だが、そこから3人は青葉に向かってではなくーー
「「「もちろん先生も参加に決まってるでしょ」」」
「……はい?」
そして、俺に向かってコップを突き出す高雄。
いや、なんでやねん。
「なんでこの流れで俺が参加しなくちゃならないんですかっ!?」
「「「そうじゃないとおもしろくないからねー」」」
息ピッタリにハモらせてるんじゃねぇよっ!
実は仲良し3人組じゃないのかっ!?
「なるほどなるほどー。それは青葉も失念しておりました」
両手を組んでウンウンと頷いた青葉は、ニッコリ笑って再度右手を上げる。
「それじゃあ、改めてカウントを取りますねー。ほら、先生もこのコップを持ってくださいっ!」
「ちょっ、並々と注ぎ過ぎだって! 一杯目から淵まで入れるって完全に潰す気じゃねぇかっ!」
「潰れたら私が美味しくいただいてあげるわよ?」
頬を染めたビスマルクがなまめかしい目で俺を――って、こいつ本気だーーーっ!
「くだらない冗談はさておいて……さっさと始めますわっ!」
「青葉了解です! それでは1杯目……よーい、スタートッ!」
「え、えーいっ、ままよっ!」
「ドイツの科学力は世界一ぃぃぃっ!」
「酒、飲まずにはいられないっ!」
「ズビズバーッ!」
一斉にグラスを空けた俺達は、テーブルに勢いよく叩きつけた。その瞬間を見逃さないように、周りの観客達が思い思いの酒を並々と注いでいく。
これは……完全に楽しんでいるときの顔だっ!
………………
だからこんな風に言っている場合じゃないんだってばよっ!
それともう一つ、言っておきたい事がある。
俺は睨み合う3人の顔を見ながら、冷や汗をかいて思った。
なんでジョジョネタ……?
次回予告
まさかの飲み勝負が始まった。
はたして誰が勝者となり、主人公の所有権を獲得するのだろう。
そして、ビスマルクが佐世保に帰る時、主人公に向けられた言葉とは……
艦娘幼稚園 ~佐世保から到着しました!~ その7「一度は言われてみたいよね」完
乞うご期待!
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