艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

88 / 382
 開始早々の金剛無双に慌てながらも、何とか窮地を抜け出した主人公。
しかし、魔の手は背後から忍び寄っていた……


その6「言葉と言葉」

「はぁ……はぁ……」

 

 息を切らした俺は、両膝に手をつけて呼吸を整えていた。

 

 まさか金剛があんな手段を取るとは予想だにしていなかったが、肩下げ鞄に大量のペイント弾を入れていたからこそ出来えた手段であり、他の参加者には到底出来る方法では無かっただろう。

 

 とは言え、無差別に辺り一面弾幕を張るということは、弾切れを起こすことは明白である。ここは暫く離れておいて、後々対処すれば良いだろう。

 

 あれだけの砲撃音ならば、近づいて来ればすぐに分かるだろうし。

 

「さて、それじゃあどうするか……だよな」

 

 金剛の砲撃しか見ていないが、子供用の艦装は見かけ倒しでないことが分かった。さすがに実弾と比べてかなり速度は落ちるものの、それなりの距離は飛ばせるみたいだし、ナメてかかると痛い目を見るだろう。

 

「どこかに籠城してって手も考えられるけど……」

 

 待ち伏せしやすい場所があれば、トラップを仕掛けて各固撃破が一番安全だろう。1対1の方が取れる手段も多いし、咄嗟の事態にも対応しやすい。それならばと、良い場所を探すために辺りを見渡そうとした矢先のことだった。

 

「……っ!?」

 

 背後から殺気を感じた俺は、目の前の地面に向かって前方受け身で転がり、すぐに後ろへ振り返る。すると、液体が撥ねるような音が聞こえ、地面がオレンジ色に染まっていた。

 

「今のを避けるなんて……さすがは先生だね。だけど、地の利は僕にある状況で、どう対処できるか見物だよ」

 

 この声は……時雨かっ!

 

 聞こえた方向へ顔を向けるよりも早く、俺は再び地面を転がって場所を変えた。そのすぐ後に篭った様な砲撃音が鳴り、さっきまでいた場所にオレンジ色の液体が溜まりを作る。

 

「あそこかっ!」

 

 着弾点から時雨の位置を割り出した俺は、建物の屋根部分を見上げた。そこには、肩膝をついた状態で構えを取る時雨が、不適な笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。

 

「2回の着弾を見ただけで僕の居場所が分かるなんて、先生はやっぱり凄いよね。せっかく音が反射しやすい場所を選んだのに、あまり意味が無かったよ」

 

 感心するように呟いた時雨は俺に向かって砲口を向けようとしたが、居場所が分かれば身を隠すことは難しくない。建物の影に隠れて俺を直接狙えない場所に移動し、時雨に向かって声をかけた。

 

「くっ! 時雨は俺に、こんなに酷いことをするのかっ!?」

 

「それはちょっと違うと思うのだけど……今やっているのはちゃんとしたルールで行っているバトルだからね」

 

「ああ、それは分かっている。だけど、賞品である俺を得るために、俺自身に危害を及ぼす気なのかって聞いてるんだ!」

 

「そ、それは……」

 

 俺の言葉に動揺した時雨は、発射する手を止めて戸惑っているようだった。

 

 しかし、金剛から逃げてこの場所に辿りつく間に、これ程までの準備をしているとは、さすがは時雨と言ったところだ。

 

 改めて敵にまわすと厄介ではあるが、ここは大人の実力を見せてやらねばならぬところである。

 

「言っておくが、フルボッコにされたとしたら、いくらバトルだったとは言えども心証は良くないぞ? もしかすると嫌いになっちゃう可能性だって無いとは言えないかもなぁ」

 

 これぞ口先で子供を騙す大人の図。良い子は真似をしないように。

 

 もちろん言葉は落ち込み気味に言っておいたので、俺の姿が見えない時雨にとっては、俺の表情を頭の中で想像するしか無いのである。

 

「えっ……そ、それは困るよ先生っ! 僕は先生が大好きなんだっ! 先生の言うことならなんでも聞くから、僕を見捨てるようなことはしないでよっ!」

 

 ………………

 

 えっと……だな。

 

 少しばかり戸惑ってくれれば、上手く隙をつく位のことは出来るかなぁと思ってやったんだけど、まさかこれ程の効果が出るとは夢にも思わなかった。

 

 い、いや、まてよ……

 

 実は時雨が喋った言葉自体が罠であって、俺をおびき出そうとしているのかもしれない。その可能性がある以上、簡単に姿を現すことはしないほうが良いだろう。ここは慎重に事を運ぶべきだと考えて、時雨の姿を確認しようとしたんだけれど、

 

「今すぐ下に行くから……っ! 大丈夫! 先生を攻撃したりしないからさっ!」

 

 そう言って、素早く屋根から飛び降りてきた時雨は、両手を上げて立ち尽くしていた。

 

 ……あれ、俺ってもしかして、すんごい悪役になってない?

 

 完全に子供を騙しきっちゃってるよ! 口先八寸で女たらしだよっ!

 

 このままじゃ、マジで元帥2号って言われちゃうよっ!

 

「お、お願いだよ先生っ! 僕……ボク、なんでもするからっ! 先生の言うことなら、どんなことでも叶えてあげるからさっ!」

 

 幼稚園児のヒモになる大人の図。

 

 端から見れば呆れ顔では済まされない事態に、俺の額に冷や汗が浮かび上がる。

 

 で、でも……なぜか胸に沸き上がる、この気持ちは……いったい……

 

「だから、だから……っ! お願いだよ先生っ!」

 

「し、時雨……」

 

 ヤバイとは思ったが、沸き上がる気持ちが抑え切れず、俺の身体が勝手に動きだそうとした瞬間だった。

 

 

 

 パシュッ!

 

 

 

「……なっ!?」

 

「ふふ……ふふふ……」

 

 目を大きく開いた時雨は、満面の笑みで俺を見つめてくる。

 

「先生は僕のモノになるんだから、当たってくれるよね?」

 

 時雨はそう言って、再び俺に向かってペイント弾を発射した。

 

「くそっ! まさかそんな手でくるとはっ!」

 

 時雨が泣き落としをしてくるなんて夢にも思わなかった。しかし、良く考えれば幼稚園内で1番の物知りであり名探偵でもある時雨なら、知将としての能力も高いのだ。

 

 俺の口先作戦を簡単に看破するどころか、それを利用してくるとは……やはり侮れないっ!

 

「あれ……どうして当たってくれないのかな? 先生は僕のモノになるのが嫌なのかな?」

 

 首を大きく傾げてニンマリと笑みを浮かべる時雨だが……って、マジ怖ぇっ!

 

「あ……あの……時雨……?」

 

「あはは……先生は僕のモノだからね。大丈夫。他のみんなも僕がぜーんぶやっつけてあげるから、先生は僕が勝利するまでじっとしていれば良いんだよ?」

 

 目が……時雨の目が怖い……っ!

 

「そうすれば、先生はずっと僕の横に……ふふ……うふふふふふ……」

 

 こ、これは……ヤンデレってるじゃねぇかあぁぁぁぁぁっ!

 

 俺が居ない間に何があったのっ!? マジでいったい何なのさぁぁぁっ!

 

 このままだとマジでヤバイと心が悲鳴を上げ、手に持っていたペイントボールを時雨がいる方向に、かなりの山なりで放り投げた。

 

 分かりやすく言えば、1人でフライのキャッチを練習する時のような感じと思ってくれれば良い……って、説明している場合じゃない!

 

「ふふ……先生ったら何をしてるのかな? こんなにゆっくりなボールなんて、簡単にキャッチ出来てしまうのに」

 

 言って、山なりに投げたペイントボールを片手でキャッチしようとする時雨だが、その考えは完全に悪手である。

 

 まぁ、俺がそうなるように仕向けた訳なんだけど、こんなに上手くいくとは思わなかった。

 

「そしてこっちを時雨に投げるっ!」

 

「さすがに真正面からの投擲なら、避ければ済むだけのこと……あっ!?」

 

 

 

 パキャ……ッ!

 

 

 

 驚いた表情を浮かべた時雨だったが、時既に遅し。俺が後から投げたペイントボールは時雨に当てるために投げたのでは無く、最初に山なりに投げたペイントボールを狙ってのことなのだ。キャッチをしようとしていた時雨はすぐに止めて回避に専念しようとしたが、頭上にあったペイントボール同士がぶつかって割れたことにより、中に入っている液体が辺り一面に飛散し、回避できる場所はどこにも無く……

 

 

 

 ベシャアッ!

 

 

 

 時雨の身体中に、ペイント液が降り注いだ。

 

 2つのボールだけなら時雨の身体能力で簡単に回避できるだろうけれど、飛散する液体を回避することは難しく、上半身がペイント液まみれになっていた。

 

「………………」

 

 時雨は自らの身体を大きな目を見開いて眺めた後、がっくりと肩を落とす――と思ったのだけれど、

 

「ふふ……先生のが僕の身体に……」

 

 ………………

 

 色んな意味でヤバ過ぎるんですけどぉぉぉっ!

 

 この場で待機するのは非常にヤバイ! バトル内でのリタイアの危険は全く無いが、俺の心が悲鳴を上げているっ! 

 

「あ、先生っ!」

 

 呼び止める時雨に振り向きもせず、俺は必死にこの場から駆け去るために足を上げる。

 

「恥ずかしがらなくても良いのに……ふふ……先生ったら……ふふふ……」

 

 後ろから聞こえてくる時雨の声に背筋を凍らせながら、俺は周りに注意を配るような余裕もなく、ただひたすら逃げようと地面を蹴ったのだった。

 




次回予告

 ヤバくなってしまった時雨から逃げ去った主人公。
辿り着いた先は幼稚園の入り口だった。
しかし、相変わらずの運のなさ。ここにも待ち伏せしている参加者が居たのだが……

艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ その7「直線上のアリア」


 乞うご期待!

 感想、評価、励みになってます!
 お気軽に宜しくお願いしますっ!

 最新情報はツイッターで随時更新してます。
 たまに執筆中のネタ情報が飛び出るかもっ?
「@ryukaikurama」
 是非フォロー宜しくですー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。