艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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龍田と共に鳳翔さんの食堂にきた天龍。
そこで居合わせた長門の言葉に、天龍は泣きながら走り去る。

※リクエストを頂きました長門(大人バージョン)の登場です!


余談ですが……
仕事途中に倒れた際、首上に箪笥落ちてきた。
……頭痛がきついです。マジパナイ。


天龍の場合 ~天龍の誓い~ 後編

「いらっしゃーい。天龍ちゃんに龍田ちゃんね。いつもの席が空いてるから、そこで待っててねー」

 

 鳳翔さんの食堂に入るや否や千歳さんにそう言われ、俺は何も言わずに席の方へと歩いていく。食堂の中は約8割の席が埋まっているという客つきで、相変わらずの盛況っぷりだった。

 

 ちなみに、艦娘幼稚園に通っている俺たちの席はあらかじめ決まっている。混雑した際でも回転効率が良いようにと、鳳翔さんがそう決めたらしい。

 

 そんなことを考えながら俺はいつもの席に着く。正直どうでもいいんだけれど、気分転換にはなったのかもしれない。先生のことを忘れる気はないけれど、お腹からぐぅぐぅと鳴り続ける音は、少し止めておきたい気分でもあったからな。

 

「お待たせ、天龍ちゃん」

 

 龍田はそう言って、俺の前にお茶の入ったコップを持ってきてくれた。食事を持ってきてくれるときに一緒にお茶もついてくるんだけれど、落ち込んだ俺を気遣う龍田なりの優しさなんだろう。

 

 ふがいない姉を持つと苦労させてしまう。さっきから何度か考えてはいたけれど、先生のことを思う度にどうでもよくなってしまっていた。だけど、それじゃあいけないんだという気持ちも俺の中にはある。落ち込んだままじゃ何にも進まないし、潮が言っていたように先生が死んだって決まった訳ではない。それならば先生を探しに行こうと考えたこともあった。

 

 しかし、艦娘幼稚園に通う俺たちは、お姉さんと一緒であっても海に出ることを禁じられている。その例外は年に数回ある遠足のときだけしか許されてはいない。

 

 ならば、この食事の後にこっそりと抜けだして先生を探しに行こうか――と考え、龍田に相談しようかと思っていたとき、すぐ近くに見知ったお姉さんが席に座るのが見えた。

 

「ふぅ……やっとあの海域を攻略することが出来たな。これでひとまずは一安心と言ったところだから、今日は飲ませてもらうとしよう!」

 

 そう言って、テーブルの上にあった大きなジョッキを手に持って、ゴクゴクと中身を飲み干していたのはどうやら長門お姉さんのようだった。

 

「ぷはーーーっ! やはり仕事の後の一杯は美味いな!」

 

 その気持ちは分からなくもない。炎天下を走り回って遊んだ後に飲む麦茶の美味しさは格別だしな。

 

 まぁ、長門お姉さんが飲んでいるのは、どうやら泡が出る麦茶みたいだけど。

 

「おっ、そこにいるのは天龍と龍田じゃないか。お前たちも今から夕食か?」

 

「あ……うん」

 

「そうなの~。もうお腹がぺっこぺこなのよ~」

 

「はははっ、それは結構! 子どもは食べるのも仕事だからなっ! 沢山食べて、早く大きくなり、強くなって私たちを助けてくれよ!」

 

「もちろんよ~」

 

 龍田はニッコリと笑って長門お姉さんにそう言った。

 

 だが、俺は長門お姉さんの言葉を聞いて先生を思い出してしまい、悲しくなって何を言えなくなってしまっていた。

 

「ん、どうしたんだ天龍? 何やら元気がなさそうに見えるが……」

 

「あっ、今天龍ちゃんはちょっと……」

 

「友人や好きな奴が沈んだ訳でもないだろう? 落ち込むのは時には必要だが、そればっかりでは周りまで暗くなってしまうから止めた方が良いぞ」

 

 ははは……と、長門お姉さんは苦笑を浮かべてそう言った。

 

 何となしに自分の記憶を思い出して言ったのかもしれない。

 

 だけど、今の俺にその言葉は……重過ぎた。

 

「うっ……うぅぅ……っ……」

 

 止めようがない感情が溢れ出し、ボロボロと涙が目から流れ落ちてテーブルの上に水溜まりを作る。

 

「てっ、天龍……ちゃん……っ!」

 

 俺の向かいに座っていた龍田は、すかさず席を立って俺に駆け寄ってきた。

 

「ど、どうしたのだ天龍っ! わ、私が何か悪いことでも言ったのかっ!?」

 

 慌てふためく長門お姉さんが、オロオロと辺りを見回しながら俺に近づいてくる。そんな様子を見て、他の席にいたお姉さんたちも何事かとこちらを伺っているようだった。

 

「べ、別……に……っ、な、なん……でも……っ、ない……」

 

 さっきまで出撃していた長門お姉さんが、先生のことを知らなかったとしてもおかしくはない。――そう、分かっているつもりであっても、『沈んだ』という言葉を聞いた瞬間、自分でも訳が分からなくなるくらいに悲しくなって、泣くこと以外どうにも出来なくなってしまっていた。

 

「長門お姉さん……実は……」

 

 龍田が長門に耳打ちをして何かを伝えていた。それが何かなんてことは聞かなくても分かる。だけど、そんな龍田の心遣いも、今の俺には苦しみにしかならない。

 

 俺の中にある先生の記憶が何度も胸を締めつける。その痛みに耐え切れなくなり、席から勢いよく立って扉の方へと走り出す。

 

「て、天龍ちゃんっ!?」

 

 龍田が叫ぶ声が後ろの方から聞こえたけれど、俺は逃げるように食堂から出て、無我夢中で地面を蹴った。

 

 どこに行くかなんて決めてはいなかったけれど、俺の足は勝手にある方へと向いていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 真っ暗な海が見える。

 

 遠く先にある灯台だけが、ぼんやりと光って見えた。

 

 俺は潮風に吹かれながら、埠頭の一番先端で座り込みながら海を眺めていた。

 

 先生は一体どこにいるんだろう。

 

 先生は沈んでなんかいないはずだ。海に浮かんだ状態で頑張っているかもしれないし、もしかすると陸の方まで泳いで行ったかもしれない。

 

 たどり着いた先が無人島で、こっちに連絡を寄越せてないだけなんだ。

 

 それなら、今すぐにでも助けに行きたい。

 

 だけど、俺にはその力も、装備も、何一つ持っていない。

 

 どうすることも出来なくなり、ただじっと、先生が帰ってくるのをここで待つしかない――そう考えて、俺はこの場で座り続けるつもりだった。

 

「ここに居たのか……天龍」

 

 足音と一緒に、俺の背中に声がかけられた。振り向かなくても分かるその声に、俺は何も言わずに海を見続ける。

 

「先程はすまなかった……許してくれ……」

 

 後ろから艦装が擦れる音が聞こえ、頭を下げたのだと分かった。

 

「長門お姉さんは、先生がどうなっていたか知らなかったんだろ……それなら、仕方ないよ……」

 

 俺は振り向かずにそう言う。

 

 暫く何も言わなかった長門お姉さんは、急にごほんと咳込んだ後、俺の方へと近づいてきた。

 

「隣に座るぞ」

 

「別に……」

 

「ふむ。ならば問題はないな」

 

 そう言って、ドスンッ……と音が鳴りそうなくらいに勢いよく座り込んだ長門お姉さんは、あぐらをかいた状態で、地面に落ちていた白い物を拾い上げた。

 

「これは甲イカの骨だな。さしずめ誰かが釣ったまま放置したか……それとも海鳥が食べたのか……どちらかだろう」

 

 長門お姉さんはどうでもいいウンチクを喋りながら、海に向かってその骨を投げた。

 

 ポチャン……と海に落ちる音が聞こえ、暫くすると目の前のところに波紋が漂ってきた。

 

「先程、高雄から先生のことは一通り聞いてきたが……天龍はどこまで知っているのだ?」

 

「……あまり覚えてない」

 

「ふむ。頭が真っ白になって、聞いていなかった――というところか」

 

 図星を突かれて少し不機嫌になったけれど、言い返す気力はない。そんな俺を知ってか知らずか、長門お姉さんは気にせずに話し続けた。

 

「出張に向かった先生は、輸送船に乗っているところを深海棲艦に襲われたそうだ。相手は1艦だけだったのだが、護衛は不意を突かれて中破した。その護衛を助けようとした先生が何か行動を起こそうとしたらしいのだが、それ以降通信が途切れてしまい、どうなったのかは分かっていない」

 

 淡々と、長門お姉さんは口を開いていく。

 

「敵艦を倒した後、護衛が先生との通信が出来ないことに気づいてすぐに捜索したようだが、輸送船の中に先生はおらず、海面にも姿は見えなかったらしい。もしかすると溺れてしまったのかと思い、我が身の危険を省みずに海中を捜索したが、何も見つからなかったそうだ」

 

 その説明は、もはや絶望的と取れる内容で、

 

「仕方なく護衛は鎮守府に連絡を取り、一旦輸送船を返した後、手が空いている艦娘を連れて再度捜索に向かった。しかし、夜の視界では限界があるので、新たに探照灯を装備した艦娘が数人と護衛を合わせたの艦隊が1時間ほど前に出発し交代するそうだ」

 

 希望言える情報は、ほとんどなかった。

 

「ひっく……」

 

 海を眺めながら、俺の目から涙が溢れ出す。鼻が詰まって息が苦しくなり、口で息をしようとすると流れ落ちた涙が入ってくる。口の中いっぱいに広がったしょっぱい味を感じながら、顔を伏せようとした。

 

「天龍」

 

 長門お姉さんはそんな俺を見ながら声をかけた。その言葉に力強さというか威圧感みたいなものを感じ、俺はハッと顔を上げてそちらに向く。

 

「ぐすっ……な、なに……?」

 

「私が高雄から聞いたのは以上だ。それを知った上で天龍に聞く」

 

 視線がぶつかり合った。あまりの力強さに目を逸らしたい衝動に駆られるも、それを許さないが如く長門お姉さんは口を開く。

 

「天龍はどうしたいのだ?」

 

 その問いに、俺は本心をそのまま声に出した。

 

「先生を……先生を助けに行きたい……っ」

 

 長門お姉さんは決まりを知っているはずだ。つまりそれは、決して出来ることのない願いを俺は伝えたんだ。

 

 その言葉を聞いた長門お姉さんは、ゆっくりとまぶたを閉じて首を左右に振った。

 

「それは無理だ。幼稚園に通っている以上、海に出れないことは知っているだろう?」

 

 もちろん言われなくても分かっている。だけど、微かでも希望があるのならそれにすがりたい。その気持ちを伝えたはずなのに――それはすぐに断られてしまった。

 

「じゃあ……俺が出来ることは……ここで先生が帰ってくるのを待ってるしかないじゃん……」

 

 そう言って、

 

 俺の目からは涙がボロボロと流れ続けた。

 

「俺にはもう、何も出来ることはないんだ……」

 

 海をもう一度眺め、そして顔を伏せた。やれることは何一つない。そんな絶望に満ちた俺の気持ちを閉じ込めてしまうように小さくうずくまった。

 

「はぁ……」と、長門お姉さんのため息が聞こえた。だけど俺にはもう何もする気が起きない。このままずっと、この場所で座り続けながら泣くことしか考えられなかった――はずなのに、

 

 長門お姉さんはそんな俺の胸倉を掴んで、顔と顔がぶつかるくらいにまで無理矢理引き寄せた。

 

「……っ!」

 

 叩かれるかもしれないという考えが頭を過ぎり、ギュッと目を閉じた。龍田の平手打ちはそれほど痛く感じなかったけれど、長門お姉さんの力なら想像もつかないくらい痛いのだろう。

 

 だけど、痛みは襲いかかってくることもなく、俺は恐る恐る目を開けた。

 

「天龍はそれで満足なのか?」

 

 俺の目を見て、長門お姉さんはそう言い放つ。

 

「そ、それは……」

 

「ただメソメソと泣いて待っているだけで、本当に良いのか?」

 

「い、いい……わけ……ないじゃん……。でも……でも俺に出来ることは……もう……」

 

「無い――と言いたいのか?」

 

「だって……だって……っ!」

 

 俺に出来ることはない。それはさっきも分かったはずなんだ。

 

 だけど、長門お姉さんは首を左右に何度も振って、俺に言い聞かせるように口を開く。

 

「出来ることはあるはずだ! ただじっと海を眺めているよりも! 涙を流しつづけるよりも! 天龍には他にもやれることが沢山あるだろう!?」

 

 叫ぶように話す長門お姉さんに押された俺は、大きく目を見開いたまま固まってしまう。

 

「悲しいのは天龍だけではない! 他のみんなも悲しいのだっ! 子供達だけじゃない、艦娘達も泣くのを我慢して先生の安否を心配しているのだ! それなのに天龍、貴様は今まで何をしてきた!? 悲しんでいるはずの友達に励まされたにも関わらずメソメソと泣き、心配してくれている妹の声に耳を傾けることなくウジウジと泣き、そして未だここで、海を眺めつづけながら泣くことしか出来ないだとっ!?」

 

 長門お姉さんの言葉は叫びというよりも、泣き声のように聞こえる気がする。

 

「私はまだ先生とは会ったことが無い。だがしかしどうだ!? お前達は先生が居なくなったことでこんなにも悲しんでいる! 他の艦娘達も行方不明の知らせを聞いて、我先にと捜索に加わっている! ここにいる皆が、先生を思って自分の出来ることを精一杯やっているのだ! それほどまでに影響力を持つ人物が、これほどまでに皆に愛されている人物が、そうそう簡単にくたばるとでも思っているのかっ!?」

 

 思っていた……いや、願っていた思いを言われ、俺は涙を流し続けながら大きく口を開いた。

 

「お、俺だって……俺だって先生が死んだなんて思っても……思いたくもねぇよっ!」

 

 本心を述べる。精一杯の力で、長門お姉さんに向かって、俺は大きく叫んだ。

 

「ならば迎える準備をしろ! 悲しんでいる友達が居るのなら励ましてやるんだ! 先生はまだ死んでいない! いつか帰ってくる! そう信じて、そう考えて、自分たちが出来る精一杯の努力をするのだ! それが先生の望むべきお前達の姿ではないのかっ!?」

 

 長門お姉さんはそう言いきって、俺を掴んでいる手を離した。

 

 俺の足は地面についている。

 

 自らの足で立ち、長門お姉さんの目をじっと見つめている。

 

「もう一度聞く。天龍、お前は何がしたい?」

 

 その問いに、俺はしっかりと答える。

 

「俺は……先生が帰ってきたときに、ビックリするくらい強くなってやる! 悲しんでいる友達が居たなら、同じように励まして、強くなれるように一緒に努力する! それでも先生が帰ってこないなら、強くなった俺が探しに行って、絶対に見つけてやるんだっ!」

 

 悲しい気持ちに押さえ付けられていた思いが、解放されたように言葉となって俺の口から溢れ出す。こぼれる涙はピタリと止まり、真っ赤に腫れ上がっているであろう目で、俺の思いをぶつけるように、長門お姉さんを見続けた。

 

「……うむ。その心意気、確かに受けとったぞ」

 

 そう言って、長門お姉さんは微笑みながら俺に手をさしのべてくれた。その手に自らの意思を力として返すように、ギュッと握りしめた。

 

 先生は必ず帰ってくる。

 

 俺は強くなって、誰もが羨むくらい魅力的になって、帰ってきた先生を驚かせてやるんだから――と。

 

 俺は心に誓いながら、長門お姉さんに頭を下げた。

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 スピンオフ ~天龍の誓い~ 完




 天龍編は終了ー。
強く、少し大人になった天龍ちゃん。はたしてこれからどうなるのでしょうか。
しかし、長門を書き始めたらカッケー文章ばっかり出てきたんですが、やっぱりビックセブンなんだなぁと。
関係ある?ない? どっちなんでしょうねぇ……(ぇ

 さてはて、スピンオフシリーズも残り3つになります。
次回の主人公は夕立……ですが、完全に主役を乗っ取ったのは、
リクエストいただいた弥生ちゃんです。大人バージョンです。
全2話、前後編でお送りいたします。

次回予告

 艦娘幼稚園 スピンオフ
 夕立の場合 ~夕立と弥生お姉ちゃんの臨時先生~ 前編

 乞うご期待!

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