たちまち大混雑のはずが……明石さんパワーが大炸裂!?
そしてついに、榛名が恐れていた事が現実となり……
リクエスト頂きました五月雨の登場ですが……あれ、ちょっと違う? と思った貴方は大正解。
でも、ちゃんと出番はありますのでお待ちくださいねっ。
「うーん、お客さん……首から肩にかけてこってるねぇー。なんか無理な方向を向いたまま固定してたんじゃない?」
ここはアレですか? 接骨院か何かですか?
そんな榛名の心のツッコミは声に出さず、忙しなく部屋の中を走り回っていました。新しいタオルの補充をし、空いたベットのメイキングを行います。
明石さんは引っ切りなしに訪れる駆逐艦のみなさんをベットに乗せて、千手観音のような高速の手捌きでマッサージを行っていました。
そして今は、鎮守府に飛来してくる戦闘機を撃墜するため、ひたすら空に向かって砲撃を繰り返していた五月雨さんがマッサージを受けてられたのですが……
「そ、そんなに気になります……?」
「だねー。疲労が完全に蓄積しちゃってるから、こりゃ簡単にはいかないかなぁ……って、腰もヤバそうだねぇー」
そう言って、明石さんは自らの手首をストレッチするように伸ばしてから、五月雨さんの両脇に手を入れて肩を持ちました。
「あ、あの……明石さん?」
戸惑う表情を浮かべた五月雨さんでしたが、明石さんは全く気にすることなく背中の上に乗り、
ゴキッ
「……っ!?」
「うーん、良い音だねー。それじゃあ、こっから……」
更に今度は頭を両手で掴んで思いっきり左右に振りました。
ゴゴキッ、バキッ……ボキバキッ!
「うわあぁん、痛ぁいっ、痛い痛いっ!」
ベットの上で暴れようとする五月雨さんですが、明石さんはガッチリと固定したまま逃げられないようにします。
「ダメだよー。変に動いたら悪化しちゃうんだからー」
そして、片方の肩を持ちながら両足の太ももで五月雨さんの下半身を固定し、上半身を仰向けにするように回転させると、
「だ、だって、いたっ、痛いんですよぉ……っ!?」
ゴキバキボキメリゴリュッ!
「ひあぁぁぁ………………がくっ……」
首がだらん……と、力無く落ちると同時に、五月雨さんの意識も落ちたようでした。
「よしよし、これで終了ー。はい、次の人ー」
そんな様子を見て、聞いていたのでしょう。
明石さんが声をかけても、並んでいるみなさんはベットに乗ろうとしませんでした。
「んー、後がつっかえてるんだから、早くしてくれないと……お仕置きコースでやっちゃうよ?」
ニッコリと列に向かって笑みを浮かべた明石さん。
その後、ガクガクと震えながらも黙ってベットに乗られていく駆逐艦の方々の顔は、完全に青ざめていました。
明石さんパナイです。榛名の怒らせてはいけない方リストに殿堂入りです。
「あ、あれぇ……な、なんで……?」
気がついた五月雨さんの開口一番がこれでした。身体をストレッチするように動かしていましたが、全く痛みは無いようで、部屋に来たときと比べても表情は見違えるほど明るくなっていました。
「か、身体が軽い……い、今なら行ける気がするっ!」
どこに行くつもりなのかは分かりませんが、気分はかなり高揚しているようです。
改めて言います。明石さんマジパナイ。
「ありがとうございましたっ! 五月雨、再び出撃します!」
「あいあーい。もうドジ踏んで泣いて帰ってこないようにねー」
「も、もうドジっ子なんて言わせませんからっ!」
顔を真っ赤にしながら五月雨さんは部屋から出て行きました。そんな様子を、明石さんはうっすらと笑みを浮かべて見送ってから、ベットの方に視線を移します。
「んー。お客さんも肩首がきっついアルネー」
明石さんはいったいどこの出身なんですか……と、またもや榛名は心の中でツッコミながらも、忙しなく部屋を駆け回っているのでした。
部屋にくる方の数がどんどん増えてくると同じように、怪我をされている方も増えてきました。ドックの数は限られているので、軽傷であれば先に疲労を抜こうとする方が多いのかもしれません。
しかし、そんな榛名の予想とは裏腹に、大きな音が建物にも響くようになってきました。そして、怪我をされている方の割合が多くなってきます。
「うっ……ま、まだ……」
「ダメダメ! これ以上出撃するのは明石が許さないよ! あんたはここでドックが空くまで待機すること!」
ベットに横たわっていた駆逐艦の方はどうにかして立ち上がろうとしましたが、端から見ても怪我は明らかに重症……大破レベルでした。
「榛名ちゃん! バケツの予備はもう無いのっ!?」
「そ、それが、さっきドックに持って行った分で最後でした……」
「くっ……思った以上に爆撃が激しいみたいね。この分だと、砲雷撃戦をしている娘たちの分が……」
明石さんはそう言いながら、怪我をしている方に応急処置として包帯を巻きはじめました。気休め程度にしかならないでしょうが、少しでもマシになるのならばと、榛名も一緒に手伝います。
いつしかこの部屋は、疲労を抜くために来るのではなく、ドックには入れないみんなの応急手当の場所になっていました。その数もどんどん増え、明石さんや榛名の体力も徐々に陰りが見えはじめてきたとき、大きな声と車輪が回るような音が聞こえてきました。
「あ、明石さんっ! 急患ですっ!」
開きっぱなしの扉から駆け込んできた方はそう言いながら、担架を部屋の中に運び入れます。明石さんは自力で動ける方に指示をしてベットを動かし、受け入れる準備をしました。
そして、部屋の中央に運ばれてきた担架を見て、榛名は愕然としました。
「ひ、比叡……お姉様……?」
榛名と色違いの服装はボロボロになり、至るところに焦げ付いた穴が開いていました。体中に大きな痣があり、頭の上からだらりと血が流れ落ちています。
虚に開いた目が、榛名の方に向きました。痛いはずなのに、苦しいはずなのに、比叡お姉様は榛名に向かって笑みを浮かべてくれたのです。
「あ……あはぁ……っ、はる……な……」
「比叡お姉様っ! 榛名は……榛名はここにいますっ!」
伸ばそうとする比叡お姉様の手をしっかりと握り、榛名は叫ぶように声をかけ続けました。ですが、目はほとんど見えていないように、視線がゆっくりとちぐはぐに動き回ります。
このままでは比叡お姉様が危険だと、榛名は明石さんに声をかけようと振り返ります。ですが、明石さんの悲壮な顔を見て、榛名は声を出すことが出来ませんでした。
「急患っ! 急患が通ります! 道を開けてくださいっ!」
更に通路の方から大きな声が聞こえ、車輪の音が響きます。そして入ってきた担架に視線を移したとき、榛名を絶望へと追い詰めるには充分すぎる方が乗っていました。
「うそ……霧、島……っ……」
比叡お姉様と変わらないくらいにボロボロになり、トレードマークの眼鏡がひしゃげ、身体の至るところから出血していました。
「比叡お姉様っ! 霧島っ!」
榛名は2人に向かって叫び続けます。何度も何度も声をかけ、大粒の涙を流しながら、手を握り締めました。
しかし、2人の反応は鈍く、もうほとんど目が見えていない状態でした。声を出そうとして口から血が溢れ、苦悶の表情を浮かべる様は、榛名の心をズタズタにしました。
こんなことになるのなら、なぜ榛名は2人に出会ったのでしょう。
こんなところを見るのなら、なぜ榛名はもう一度目覚めたのでしょう。
こんな思いをするのなら、なぜ私たちは艦娘としてここにいるのでしょう。
「………………」
ポロポロと涙を流しつづける榛名の肩に、大きな手が置かれました。暖かくて、ガッシリしたその手は、いつの間にかこの部屋に来ていた提督のものでした。
「明石……」
「は……い……」
「どうにかして、2人を助けることは出来ないのですか?」
「………………」
提督の問いに、明石さんは答えませんでした。
それは、無言の返事。
これ以上苦しめることないようにしてあげよう……と、そう言っている風に榛名は考え、大きな声で泣き叫ぼうとしたときでした。
「……どうなっても良いのなら、方法が無い訳ではありません。ですが、助かる保障は……」
「……えっ!?」
明石さんの言葉に榛名は……いえ、部屋の中にいる誰もが耳を疑いました。
明らかに2人の状態は轟沈と同じ。助かる手だては無いはずで、どんな整備士であっても、どんなに優秀な妖精さんであっても……例え、法外な料金を請求する無許可の名医であっても、治すことは出来ないだろうと思っていました。
「構いません。今すぐ2人を助けてあげて下さい」
提督はそれ以上何も聞かず、明石さんに命を下します。
ふぅ……とため息を吐いて明石さんは提督に向き直り、口を開きました。
「それでは、応急修理女神の使用許可を願います」
「この鎮守府にあるものなら、何を使っても構いません」
「分かりました。……榛名ちゃん、手伝ってくれる?」
「は……はいっ! 比叡お姉様と霧島が助かるのなら、榛名はどんなことでもやってみせます!」
「うん。それじゃあ、今すぐ倉庫から応急修理女神を2つ持ってきて!」
「分かりました!」
榛名は大きく頷いて、部屋から出て倉庫へと走り出します。
2人が助かる道があるのなら、泣いてなんていられません。
今、榛名が出来ることをする。後悔するのは後にすればいいのです。
比叡お姉様と霧島のために。そして、3人で金剛お姉様に会うために。
そのときまで、何があっても榛名は大丈夫です!
つづく
次回予告
それから3日の時が過ぎた。
佐世保はどうなったのか。比叡と霧島は大丈夫なのか。
その答えは、次の更新で……
榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その7(完)
これで榛名編も最終話!
そしてこの出来事が、主人公の運命へと関わることに。
乞うご期待!
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