恐る恐る中を覗く暁。そこに扶桑&足柄お姉さんの姿は無く、安心と残念が入り乱れかけたのだけれど……
ちっちゃい暁奮闘記? 今回で終結ですっ!
それから電とは別れて、鳳翔さんの食堂に向かうことにしたの。まだ扶桑お姉さんが居るかも知れないけど、もはや背にはらは変えられないって感じなのよね。
これ以上我慢すると、お腹の音が鳴り止まなくなってきちゃってるし、足柄お姉さんも別のところに行っちゃうかもしれないし……
あっ、ちなみに電は先生に頼んで一緒にコンビニへ牛乳を買いに行くって言ってたわ。もの凄くウキウキした顔で言ってたんだけど、なんであんなに嬉しそうなのかしら?
まぁ、好きな人と一緒に居られるってのは分からなくないんだけどね。でもそれだったら、さっさと告白するなりして落としちゃえば良いと思うんだけど、まだまだ電には荷が重いかもしれないわね。
やっぱりここは、暁のような立派なレディの出番よね。訓練が済んだら、一発で先生を落としちゃうんだからっ!
………………
べ、べべべっ、別に先生がどうとかそういうのじゃないんだからねっ!
ちょっと電とか雷に、レディとは何たるかを見せてあげようと思っているだけなんだからっ!
別に深い意味はないのよっ! 本当よっ!
はぁ……はぁ……
こ、これはその、焦って息があがっているとかそういうんじゃなくて、興奮しているだけなの……って、それも違うわっ!
ななな、何を言ってるのよ暁ったら! もう、嫌になっちゃうんだからっ!
それもこれも、全部先生が悪いんだし、今度龍田ちゃんにお願いして、変な噂を流しちゃおうかしら?
レディを怒らせると、大変な目にあうのよ!
……あっ、それとこれは別に、八つ当たりとかじゃないんだからねーっ!
◆ ◆ ◆
そうして、暁は鳳翔さんの食堂の前にやって来たの。入口の引き戸に手をかけてるんだけど、扶桑お姉さんが居るんじゃないかと思うと、額に嫌な汗をかきそうよね。
でもここでじっとしている訳にもいかないし、暁は勇気を出して食堂の中に入ることにしたの。
「こ……こんばんわー」
ゆっくりと引き戸を開けて中の様子を伺ってみたんだけど、数人のお姉さんたちが席に座って食事をしているだけで、扶桑お姉さんや足柄お姉さんは居ないみたい。ほっと胸を撫で下ろしちゃったんだけど、結局足柄お姉さんが居ないんじゃあ、目的の半分は達成できないってことよね。
でも、後の半分は夕食を食べることなんだから――って、近くにいた千歳さんにお願いしようとしたんだけど、
「あら、暁ちゃん。ずいぶんと遅かったのね」
「ちょっと色々と用事があっちゃって……もうお腹がペコペコなの」
「うん、話は聞いてるよ」
「えっ?」
「扶桑さんから、暁ちゃんが来たら上にお通ししてくださいって」
「え”っ……」
「すっごく心配してたみたいだよ。早く行って、安心させてあげなきゃね」
千歳お姉さんはそう言って、暁の背中をグイグイと厨房の方へと押していったの。このままじゃ危ない気がするって思ったんだけど、暁の力じゃ千歳お姉さんに敵わないし、断っちゃうと扶桑お姉さんにも悪い気がして、仕方なく2階の方へ行くことにしたわ。
「それじゃあ、後でオレンジジュースを持って行ってあげるから、このまま上がっちゃってね」
階段の前で千歳お姉さんと別れた後、ゆっくりと暁は2階へ上がっていったの。足を踏み出す度に階段が軋む音が聞こえて、段々と不安が増していく気がしたわ。
でも、ここまで来たらなるようになるしかないわよね。敵前逃亡なんて、レディのすることじゃないんだし。
そうして階段を上がりきった暁は、2階にある広間に入ったんだけど……
「な、なにこれ……?」
大きな座卓の上には、たくさんのお皿に大量に盛りつけられたトンカツやビフカツらしき物体が、ところせましと置かれていたの。
「あら、暁ちゃん。待ってたのよ~。うふふふふ~」
「ふ、扶桑お姉さん……」
ニコニコと笑っている扶桑お姉さんの頬はかなり真っ赤で、右手にはコップが握られていたわ。中に入っているのは透明な液体で、水に見えなくもないけど……たぶんお酒に間違いないわよね。
「夕ご飯まだなんでしょう~。早くこっちにいらっしゃい~」
ご指名された以上、飛んで逃げる訳にもいかないし……仕方なく座ることにしたんだけど、
「こ、この料理というか、カツの多さはいったいなんなのかしら……」
「これは~、今日の幹事さんが作ってくれたのよ~」
扶桑お姉さんはそう言ってから、グビグビとコップの中身を飲み干して「ぷはーっ、いい気持ちよ~」と言ってたわ。どこからどう見ても完全に出来上がっているし、少し離れた場所に行きたいんだけど……
トントントン……
すると、階段を上がって来るリズムの良い足音が聞こえた暁は、ここぞとばかりに立ち上がって千歳お姉さんからオレンジジュースを受けとろうとしたの。だけど、広間に入ってきたのは予想と違うお姉さんの姿だったわ。
「あら、暁ちゃん」
「あ、足柄お姉さんっ!?」
暁はビックリして大きな声を上げちゃったわ。もちろんその理由はやっと出会えたってこともあるんだけど、それ以上に……
「そ、その手に持っているのって……もしかして……」
「あ、これ?」
足柄お姉さんはニッコリ笑って暁の目の前に特大のお皿を差し出してくれたわ。もちろん、その上にあったのは……
「トンカツビフカツチキンカツの3種大盛セットよっ! これで明日の演習もバッチリなんだからっ!」
目の前の大皿と座卓の皿にあるカツの合計は100枚以上。さすがに暁も目がクラクラしてきたわ。
料理が出来るのはレディの嗜みって言っても、さすがに限度があるわよね……
◆ ◆ ◆
「それじゃあ、明日の勝利を願って……カンパーイ!」
大はしゃぎでコップを高らかに持ち上げた足柄お姉さん。だけど、他のお姉さんたちはすでに出来上がっているみたいで、コップを片手にカツをもしゃもしゃと食べてたの。
「んまっ。やっぱ足柄ってカツを揚げるのだけは上手いよなー」
そう言ってお箸で摘んだトンカツを食べてたのは隼鷹お姉さん。座っているすぐ横には一升瓶が3本ほど転がっていたんだけど、これって全部飲んじゃったのかしら?
「カツ揚げ魔人と呼んで差し上げますわっ!」
なんで魔人なのかしら……と、高雄お姉さんに突っ込んでしまいそうになったけど、こっちも顔を真っ赤にしてるところからして、完全に出来上がっているみたいね。
「それを言うならカツ揚げ狼じゃないかしら~。ねぇ、暁ちゃん?」
いや、暁に振らないでよ……と思いながら、首を左右にブンブンと振って扶桑お姉さんに返しておいたわ。
「あら~、違ったのかしら~」
そう言って、またお酒をグビグビと飲んでたわ。
ちなみに隼鷹お姉さんには敵わないけれど、扶桑お姉さんの横にも一升瓶が1本転がっていたの。
みんな飲み過ぎじゃないのかしら……?
「んーっ、自分で言うのも何だけど、私のカツは最高よねー。あっ、もし残りそうならカツサンドにするから、そのまま置いといてねー」
そして全く気にすることなく話していた足柄お姉さんも、顔がすでに真っ赤だったわ。
もしかして、カツを揚げながら飲んでたんじゃないかしら……
「暁ちゃんお待たせー。オレンジジュースを持ってきたよー」
「あっ、千歳お姉さん。ありがと……なのです」
「いいよいいよ。それより、夕食の方は大丈夫そう?」
千歳お姉さんはそう言いながら、座卓の上を見て苦笑を浮かべていたわ。
「そ、そうね……これは……その……ちょっと厳しいかも……」
さっきも言ったけど、座卓の上にあるお皿には全てカツがのっているわ。
逆に言えば、カツしか無いっていうのが問題なんだけどね。
「それじゃあ、カレーでも持ってきてあげよっか? それにカツをのせればカツカレーになるじゃない」
千歳お姉さんの提案に、暁はすぐに手を上げたんだけど……
「あっ、それじゃあ私もー」
「私も頂きますわっ」
「カツカレーも最高よねっ」
「カツとカレー……この組み合わせで不幸が消せないかしら……」
お姉さんたちはそう言いながら、全員手を上げていたわ。
お酒とカツカレーが合うのかは、暁には分からないけれど……まぁ、お姉さんたちが食べたいと思うなら良いんじゃないかしら。
確実に、明日の体重計は怖いわよね――と、心の中で呟いておいたのは内緒の話。
その場面を見たら、暁はこう言ってあげるわね。
「バカめっ! と、言って差し上げますわ」――ってね。
◆ ◆ ◆
ちなみにこの後も長々とお食事会――と言うか、飲み会は続いたんだけど……
「元帥のバカさ加減は何とかなりませんことっ!?」
「いやー、あれはもう本能だけで動いてるんじゃないかなー。ぶっちゃけ、真面目な時は惚れちゃいそうになっけどさー」
「隼鷹まで元帥を狙ってますのっ!?」
「なになに~、飢えた狼を差し置いて幸せになるつもり~?」
「一人だけ幸せになるつもりでしたら、不幸の手紙を送りますわよ……山城と一緒に」
「いやいや、元帥の真面目な時ってどんなけあるって話にツッコミ入れよーぜー?」
「それこそバカめっ! ――って、感じですわ!」
「浮気癖と暴走がなければアリなんだけどねー」
「足柄もですのっ!?」
「もうこの際、元帥に不幸の手紙を全員で送り付けるので良いのでは……」
「「「それは嫌」」」
「うぅ……扶桑ったら一人だけのけ者なのね……不幸だわ……」
いやまぁ、山城お姉さんが代わりに出してくれてるみたいだけどね……不幸の手紙。
そうこうしているうちに、扶桑お姉さんはダウンしていたわ。
「じゃあ、元帥を取っ捕まえて調教しちゃうってのは?」
「ちょっ、調教っていったい何をするつもりですのっ!?」
「そりゃあ、私がいなきゃ生きていけない……みたいな?」
「そ、それは……アリですわっ」
「ぶっ! アリなのかよっ! あははははっ!」
「みんな飢えまくりよねっ! そういうときはカツでも食べて元気を……」
「「いや、もうお腹いっぱいだし」」
「ががーん! いったい私のどこがいけなかったのよっ!」
「いや、この量は無いわー」
「毎回言ってますけどね。言っても全く聞き耳持たずですし」
「しくしくしく……」
涙目で落ち込む足柄お姉さんなんだけど、それ以前に暁がいる前で、ちょっ……調教とか、そういうことを言うのが間違っているんだってばっ!
………………
せ、先生を調教して……暁だけの………………って、何を考えてるのよっ!?
と言うか、レディについて参考になることが全然無いじゃないっ!
羽黒お姉さんの嘘つきーーーーっ!!
結局、暁のレディ道はまだまだ完成しないってことだけはわかったわ。
それに色んなお姉さんたちがいるけど、人それぞれに違った才能があったりするんだし、真似をするだけじゃ全然ダメってことよね。
でも、今回のことは良い経験になったと暁は思うの。
行き遅れるのには、理由がある――ってね。
艦娘幼稚園 スピンオフ ~一人前のレディ道~ 完
3回に分けての暁編、お楽しみいただけましたでしょうか?
今回にて暁が主人公のスピンオフは終了です……が、シリーズはまだまだ続きます。
次回はリクエスト1位榛名(子供)が主人公のお話で、なんと舞台が舞鶴→佐世保に変更っ。
榛名が艦娘として目覚め、そして何が起きるのか……
ギャグもシリアスもたっぷり入って、一部のキャラは崩壊しかけっ!?
リクエストで頂いたキャラクターも続々登場!
比叡、ビスマルク、龍驤、五月雨……たっぷり出ます!
独自解釈満載の……全7話でお送りいたします!
次回予告
艦娘幼稚園 スピンオフ
榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その1
乞うご期待!
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