それから1週間の時が過ぎ、子どもたちの昼の寝時間に洗濯物をしている時の出来事です。
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中将の企みと子供たちがいなくなった事件が同時に解決してから1週間が過ぎた。あれから大きな事件もなく、子供たちに振り回されながらも楽しい日々を送っている。
中将に関する情報はまったく入ってこなかったのだけれど、嫌がらせなどの被害もまったくなく、元帥が上手くやってくれたおかげなのだろう。
「ふぅ……」
今は子供たちのお昼寝の時間。愛宕が洗濯し、俺が干す作業を行う。作業分担によって効率も良くなるのだけれど、元々は一人でやっていたということを考えると、改めて愛宕はすごい人なんだなぁとつくづく思う。俺一人だったら、間違いなく時間以内に終わるとは到底思えない。
「これで、今あるのは最後だよな」
籠から取り出した純白のシーツをしっかりと広げ、物干し竿に吊して洗濯バサミで固定をする。気持ちのいい風が吹いて、いくつものシーツがふわりと舞った。ひと仕事を終えた俺は両手を腰に当て、休憩しながらその光景を眺める。そんな時、後ろの方からカツコツと乾いた足音が聞こえてきた。
「頑張っているかい?」
「ええ、今ちょうど干し終えたところで……」
返事をしながら振り向く俺は、ちょっとした違和感を感じた。てっきり愛宕が追加の洗濯物を持ってきてくれたのだと思ったのだが、声は明らかに男性のものだった。視線の先には真っ白い服に身を包んだ青年。忘れもしない、1週間前に俺を助けてくれた元帥の姿だった。
「げ、元帥っ!? す、すみません! 愛宕さんだったと思って……」
慌てながら敬礼をする俺に、元帥は手を上げて「楽にしていいよ」と言ってにこやかに笑った。
「急に後ろから話しかけたのは僕の方からだし、気にすることはないよ。むしろフレンドリーにしゃべってもらえる方が嬉しいんだけどね」
「そ、そうなんですか……?」
「そうなんだよ」
そうは言われても、雲の上のような階級の元帥相手に恐れ多くもタメ口は使えない。そんな俺の思いを表情から読みとったのか、少し残念そうにしていた元帥だったが、気を取り直して問いかけてきた。
「で、あれからどうだい?」
「今のところ、問題らしい問題も起こっていません」
「そうか……それは良かったよ」
ふふ……と、微笑む元帥の姿が、シーツを背景に非常に絵になっていた。到底俺には出せそうにない雰囲気に、神様という存在がいるのであれば、生まれの不平等さに愚痴を言いたくもなる。
「この前は本当に……ありがとうござました」
「いやいや、むしろ僕の方が謝らないといけないんだ。すまなかったね」
「い、いえっ! そんなことは……」
「階級が上がると、どうしても敵が増えちゃってね。この幼稚園設立にも色々とあったんだけど、反対する意見が結構あってさ……」
「そう……だったんですか……」
愛宕から聞いていたけれど、さすがにそのことをこの場で言うのは無粋だろうし、ここは素直に頷いておく。そして、先ほどの元帥の謝罪の意味を考えた俺は、一つの答えにたどり着いた。
「元帥、差し出がましいかもしれませんけれど……」
あれからずっと持っていた切り札を取り出そうと、ポケットの中に右手をつっこんだ。
「ん、ああ、それは必要ないよ」
「……やっぱり、そうだったんですね」
俺の言葉と表情に気づき、少しだけびっくりした表情を浮かべた元帥だったが、すぐに笑顔に戻した。
「おっと、なるほど。こりゃあ、一本取られちゃったってことかな?」
「……すみません」
俺は元帥に謝りながら頭を掻いて、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「初めから気づいてたってことかな? だとすれば、あんな無茶な方法で解決しようとしたのも頷けるんだけど」
「いえ、最初から殴られる気でいたのは事実です。俺が出来る手段はあれしかなかったですから……」
「それじゃあ、君が来る前から隣の部屋に居たってのも……?」
「はい。今までまったく知りませんでした」
あちゃー……と、言いたそうに苦笑を浮かべる元帥は「本当にごめんね」もう一度俺に謝った。俺は首を左右に振って「大丈夫です」と、答える。
「確実な証拠がないと、いくら僕の力でも大変でね。君には申し訳ないとは思ったんだけど、ギリギリまで粘らせてもらったんだ」
「いえ、むしろ俺なんかが役に立てるならば喜んで」
「ははは、自己犠牲も時には必要かもしれないけど、無謀なのはお勧めしないよ」
「……はい、肝に銘じておきます」
頷く俺に、元帥は納得した表情を浮かべた。
「あー、ところでさ……このことは……その、愛宕には内緒にしといてもらえないかな」
「え……?」
「聞きようによっては……その、君を餌にしたって感じになるじゃない」
実際にその通りなんだけど、その時の俺は気づいてなかった訳だし、感謝すれども攻める気はない。当事者が問題ないと思っているのだから、愛宕の耳に入っても何の問題もないと思うのだけれど……。
「その……さ、愛宕も怒ることはないと思うんだけど、問題は秘書艦の方でさ……」
元帥の秘書官艦……と言われても全然思いつかないのだが、愛宕→秘書艦→元帥という流れで何かしらの問題が起こるということだろうか。
「えっと、愛宕さんにさっきのことを話さなければ良いってことですよね?」
「うん。そうしてもらえると助かるよ」
「了解しました」
なんだかよく分からないけれど、元帥からお願いされて無理とも言えないし、そもそも断る必要もない。貸しということでもないけれど、恩を売っておくのに越したことはないだろう。
……俺って非常にこすい奴です。はい。
「もう……ね。高雄の厳しさったらハンパないからさぁ……」
視線を空に向けて遠くを見る元帥の瞳が、悟りの境地に入っているように見えた。そんなに厳しいなら、秘書艦を変えればいいのにと思うのだけれど、やっぱりこだわりとかがあるのかもしれない。
ちなみに俺がもし提督になったら、間違いなく愛宕だけどね!
特に、胸部分で! 腐れ外道です!
……なんだか今日の俺、終わってるかもしんない。
「特に、プライベートがかなり圧迫されててさー」
そんな脳内思考を進めている俺を余所に、元帥は空を見つめたまま独り言のように呟いていた。
「こないだなんてさー、加賀ちゃんとデートに行こうと思ったんだけどさー」
いやまぁ、プライベートだから文句は言わないですけど、仮にも元帥が俺なんかに愚痴っていい内容でもないと思うんですがっ!?
「いや、赤城も好きなんだよ?」
疑問系で言われてもですね、元帥。
「たださぁ……先月のデートで夕食の時にさー、あの食欲は無いわー」
さ、流石はハラペコ赤城と噂される燃費っぷりを、目の前で見たんでしょうね。
「飛龍や蒼龍もいい娘たちなんだよ?」
「……あ」
「でもさー、こう……なんて言うかなぁ……」
「あ、あの……げ、元帥……」
「……ん、どうしたの?」
「う、う……」
「う?」
「後ろ……に……」
「後ろ?」
躊躇無く振り向いた元帥の目と鼻の先に、赤城、加賀、飛龍、蒼龍の4人が立っていた。ゴゴゴゴゴ……と、効果音が具現化した背景を背に、普段では立っていることもままならないポーズをとりながら。
「「「「…………(艦娘たち)」」」」
「…………(元帥)」
蛇に睨まれた蛙状態の元帥は、冷や汗をだらだらと流しながら、身動きできずに立ち尽くす。
「え、えっと……そろそろ子供たちも起きますし、おやつの用意をしないと……」
この場にいると巻き添えを食らうかもしれないので、さっさと逃げた方が身の為である。きびすを返してダッシュしようと体重を前に動かそうとしたが……
「ぐえっ!?」
元帥に襟元を掴まれて、逃げ出すことが出来なかった。
元帥と艦娘たちから逃げようとした! だが、まわりこまれた!(実際には、まわりこまれてないけどね)
「ま、ままま、待ってくれ!」
「い、いやしかしですね……この状況を俺がどうにかするなんて……」
元帥が元凶ですしねとは……言えないけど、実際その通りなんだし。
「お、お願いだから助けて!」
「そ、そんなこと言われてもですね……」
「二階級特進してあげるからっ!」
「それって死ねってことですよね!?」
餌にする気満々じゃん!
「提督でも何でもしてあげるからさぁぁぁっ!」
その言葉に、俺の心と身体がビクンと震える。3週間前の自分を、思い出す。
「……いえ」
「……え?」
「俺は、子供たちの先生で居たいですから」
「…………」
「…………」
元帥の目をしっかりと見る。男同士の見つめ合いは、ぶっちゃけ場面が場面なら気持ち悪かもしれないが、視線を逸らさずに意志をしっかりと見せつける。
「……そうか。それを聞いて安心したよ」
目を閉じて頷いた元帥は、納得したように微笑みを浮かべた。
「……元帥」
「それじゃあ、これからも子供たちのことを宜しく頼む」
「はい。任せて下さい」
しっかりと頷く俺の肩をぽんっと叩き、そのまま立ち去ろうとするが……
「逃げられると思わないで下さい」
先ほどの俺と同じように、加賀にがっしりと襟元を掴まれた元帥でした。
「あ……やっぱ、ダメ……?」
「一航戦の誇りにかけて、逃がしません」
目が据わりきった赤城が、元帥の背中の裾をむんずと掴む。笑顔のままの飛龍と蒼龍が、片方ずつの腕を抱き込むように掴んで離さない。
「あ、あ、あぁぁ……」
涙目になっていく元帥の姿が、少しずつ遠のいていく。
「たぁぁぁすぅぅぅけぇぇぇてぇぇぇぇぇ……」
ずるずると踵を引きずらせながら、悲鳴は青空へ上がり、消えていった。
「身から出た錆……か、肝に銘じておきます」
独り言のように呟いて、俺は声の方へと敬礼をした。
艦娘幼稚園 ~俺が先生になった理由~ 後日談 完
長文の前中後編、そして今回の後日談を読んで頂きましてありがとうございます。
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それでは次回は新たな章の更新をお待ち下さいませ。