舞鶴鎮守府にパスタの国から視察がくると聞いた先生。
その中には小さな子どもがいるということで、白羽の矢がたったのだった。
そして当日、出迎えに向かう先生の前に見知った艦娘が現れて……。
その1「出迎えは忠犬と共に」
大惨事比叡ラーメン事件からしばらく経った、ある日のこと。
体調を崩していた子どもたちやしおいも随分と良くなり、普段通りの幼稚園生活に戻っていた。俺は今まで通りサポート役として奔走していたのだが、大した問題はなく安定した感じだったと言える。
天龍の調子が悪いせいで龍田の機嫌がよろしくなく、俺の目が届かないところで色々と厄介事を起こしていたりしたが、それはまぁ……いつも通りということにしておきたい。
他にも、不調な金剛と霧島を助けようとする榛名が非常に可愛らしかったのだが、そこに加わろうとする比叡を見た途端に3人が顔を青ざめさせて逃げる始末。
おかげで比叡がふさぎ込んでしまったが、自業自得なので仕方がない。しかし流石に放置という訳にもいかないので、まずは鳳翔さんに頼んで料理を覚えさせようと模索している。
まぁ、そんな感じでいつも通り。うん、本当にいつも通りだ。
……たぶん、普通の人とはかなり違うかもしれないが、これが舞鶴にある艦娘幼稚園の日常である。
ただ、こういった平和? と思える日々はそう長く続かない訳で。
そりゃあまぁ、たまには刺激があれば……なんて思わなくはないんだけれど、苦労ばかりは勘弁願いたい。
もちろん、これから起こることを予知できる能力はない。
だからこそ、人生であって。
面白いかどうか、楽しいかどうか。
そんなことは2の次……だと思っておこう。
「明後日……ですか?」
終礼を済ませて子どもたちを寮に帰し、教員一同は後始末を終えてスタッフルームに集まっていたところで、愛宕から指示を受けた。
「はい、そうなんですよ〜。
明後日の朝に、海外から舞鶴鎮守府の視察を兼ねた方々がやってくるんですが、その案内を先生にお願いしたいんですよね〜」
「はぁ……、それは良いんですけど、なんで俺なんですか?」
疑問の声をあげながら、愛宕から聞いた話を考察する。
元帥と交友がある鎮守府の提督から、一度舞鶴鎮守府を見たいという依頼を受けたらしい。
うむ。ここまでなら見事なまでに簡潔なのだが、ここから元帥らしさが光ってくる。
その相手というのが女性提督であり、どうやら色恋沙汰が絡んでいる……と秘書艦の高雄は睨んだのだろう。二つ返事でOKを出したと言った元帥をいつも通りオシオキしたのは即座に理解できたが、既にお断りを入れることはできない状況であり、視察はそのまま行われることになったという。
しかしそれならば、普通は高雄か部下である艦娘が視察に来る相手の案内をするのが普通である。なのに、どうして俺なんだろうか。
「視察に来る方に、ちっちゃな子がいるらしいんですよ〜」
「なるほど……。
それで俺に白羽の矢が立ったということですか」
ちっちゃい子なら存分に任せて……と言うつもりはないが、これも幼稚園におけるサポート役の仕事と思えば頷けなくもない。
佐世保におけるビスマルク班の子どもたちを教育してきた経験も考えれば、教員の中で一番適任であることも分かる。
もちろんこれが以前のように別の鎮守府に飛ばされてしまうのならば断固として反対だが、向こうからやってくる子の相手をするだけならば問題はない。
若干気になるとすれば言葉の壁だが、レーベやマックス、プリンツにユーたちのこともあるのだし、なんとかなるんじゃないだろうか。
視察に来るんだから、少しくらい日本語も勉強しているだろう。最悪の場合はジェスチャーでどうにかなる。
「せっかくのお休みで申し訳ないんですけど、私も別の仕事が入っていまして……。
どうか、お願いできないでしょうか〜?」
「分かりました。
それじゃあ明後日の案内は、俺に任せて下さい」
俺は胸を拳でドンと叩き、愛宕に格好良いところを見せようとアピールする。
これで愛宕の高感度が上がれば儲けものだ。明後日の休日に予定はなかったし、ラーメンはしばらく控えようと思っていたからね……。
当日の朝。
目覚まし時計でいつもより余裕を持って起きた俺は、いつもより入念に身だしなみを整え、少し早めに鳳翔さんの食堂で朝ごはんを済ませてきた。
そして到着予定時刻に余裕を持って埠頭で待とうと思っていたところ、向かっている最中に見覚えのある艦娘と出会う。
「あら、先生じゃないですか」
「あっ、おはようございます、赤城さん。
これから出撃ですか?」
「いえいえ、今日は非番だったのですが、少し用事ができてしまいまして……」
「奇遇ですね。
実は俺も同じなんですよ」
俺は後頭部を掻きながらそう言うと、赤城がハッとしたような顔を浮かべて手をポン叩いた。
「ああ、なるほど。
先生が担当なさるんですね」
「担当って……あ、そういうことですか」
赤城の言葉を理解した俺は小さく肩を落として笑みを浮かべる。
なるほど。つまり赤城は俺と同じ場所に向かうらしい。
「それじゃあ、おしゃべりしながら向かいましょうか」
「ええ、そうですね」
俺と同じように笑みを浮かべた赤城と一緒に、ゆっくりとした歩で埠頭へ向かう。
「私はてっきり愛宕さんが来ると思っていたのですが、先生なら適任ですね」
「そう……ですかね?」
「小さい子なら、先生が一番だと皆さん思っていますから」
「い、色んな意味で肯定しにくいような気がするんですが……」
「あら、そうでしょうか。
子どもの面倒を見れる男性というのは、非常に頼りになるんですよ?」
言って、赤城は口元に人差し指をつけながら片目でウインクをする。
なんとも大人らしい魅力を感じる一面を見られたが、これが愛宕だったらどれほど嬉しいか……と思わなくもない。
「後はお腹を一杯にしてくれるほどの財布か、料理を作れれば完璧なんですけどね」
「あ、あははは……」
思わず乾いた笑い声を返す俺。
赤城にとってはそちらの方が重要なんだろうなぁ。
ついでに、ブラックホールの片割れである加賀も同じだと思うけど。
まぁ、どちらにしても金銭的に支えられる自信は全くないし、そもそも赤城と一緒に食事をしようと思ったら、それは戦争と変わりがないのだ。
俺はもう、2度とあの場に立ちたくはないぜ……。
いやまぁ、実際には座って食べるんだけど。
食べるんだけど、食べられない。
まさにあそこは、戦場なのだ……。
「どうしたんですか、先生?」
「あ、いや、なんでもないです」
思いにふけっていたところで赤城に声をかけられ、我に戻る俺。
危ない、危ない。思わぬところでトラウマスイッチを押しかけちまったぜ……。
しかしこのままだと再び思考が食事系へ向かいそうなので、俺の方から話を振ることにする。
「そういえば、今日ここに視察でやってくるのはどんな方なんですか……?」
「高雄秘書艦からの話によると、元帥の知り合いで海外の鎮守府に所属する提督の艦娘だそうですよ」
「……ということは、ビスマルクたちの国と近いのかな……」
「そうですね。
結構近いとお聞きしていますので、話が合うかもしれません」
「ふむふむ……。
それなら話題にも困らなそうですね」
「ええ。
それに、向こうの食事も美味しいと聞きますから、今から楽しみなんですよ」
「は、はぁ……」
ジュルリとよだれを拭く赤城。
あれ……、おかしいな。
せっかく食事から話題を遠ざけたつもりが、元に戻っちゃったんですが。
「本場のパスタにピッツァが食べられると思うと……」
「し、視察に来る艦娘がこっちで料理をするとは限らないのでは……?」
「そこは元帥からお願いしてもらえば、なんとかなるかと」
「なんとかなるんですか……?」
あかんわこれ。問いかけてみたけれど、赤城の目には想像による飯しか映っていないぞ。
これじゃあ視察に来た艦娘を案内する前に、強引にでも料理を作らせるんじゃないだろうか。
完全に人選ミスだと思うんだが、もしかして高雄は元帥への復讐とかを考えて、わざとやったんじゃないよね……?
元帥はともかく、鎮守府間を悪化させるのはどうかと思うんだけどなぁ……。
「やっぱりオリーブオイルは必須なんでしょうか……」
「ど、どうなんでしょうね……」
下手なことを言えば悪化しかねないと悟った俺は、工程も否定もしない方が良いと判断した。
「あぁ……、お腹が空きました……」
赤城のお腹から『ぐうぅぅぅ……』と大きな音が鳴る。
腕時計を見ると、針は午前10時より少し前を指している。
まさかとは思うが、赤城が朝ごはんを抜いた……なんてことはありえないだろうし、おそらく想像したことによってお腹が空いたのだろう。
さすがはブラックホール。名に恥じない腹ペコっぷりだぜ……。
思わず額に浮かんだ汗を拭った俺だが、赤城はそんな気持ちも知らずにお腹を鳴らしまくっていた。
「ダメです……、もう限界が……」
「……へ?」
「お腹が空きすぎて……歩けません……」
「いやいやいや、いくらなんでもそれはないでしょう!?」
さっきまで普通に歩いてたじゃん!
「うっ……、幻覚が見え……て……」
「なんでそんな深刻になっちゃってんのっ!?
お腹減っただけで、幻覚なんて見えるわけがないですよね!」
「禁断……症状……で……す……」
「なんじゃそりゃーーーっ!」
赤城にとって食事っていったい何なのさっ!
つーか、普通は禁断症状なんて出ないからねっ!
「もうダメです……」
「ちょっ、地面に寝ようととしないで下さいっ!」
前のめりに倒れ込もうとする赤城の腕を持って必死に支えるが、思った以上に重くて耐えられる自信がないぞ……っ!
「私が死んだら……加賀さん……に……」
「不吉なことを口走らないでーーーっ!」
「最後に……お腹いっぱい……パスタとピッツァを……食べた……かっ……た……」
俺の頑張りも虚しく、がくり……と倒れ込む赤城。
理由が理由なだけに放っておきたいが、流石にそういう訳にもいかない。
それに赤城にとって、お腹が空くというのは死活問題なのかもしれないし。
いや、仮にそうだとしても、ちょっとくらいは我慢して欲しいところではあるが……。
仕方がないので、俺は大きなため息を吐きながらズボンのポケットに手を突っ込んで、ある物を取り出した。
「赤城さんが……死ん……だ……」
「………………」
とりあえず確認のために呟いてみたが、反応はない。
まぁ、肺の動きがあるのは確認済みなので、実際に死んではいないのだが。
「そっか……、残念だな。
たまたまポケットに、これがあったんだけど……」
「………………」
俺の手にあるのは、チョコレートでコーティングされた棒状のお菓子である。中にピーナッツやキャラメルが入った甘いやつだ。
パッケージにある切り込みに指をかけ、ゆっくりと開封する。
「………………(ぴくり)」
ほんのりと甘い匂いが漂い、赤城の鼻がピクピクし始めた。
「ちょうど2つ持ってたから、一緒に食べながら行こうかなぁと思ったんだけどなー」
そう言って、赤城に向かって見せびらかすようにしたところ、
ガバッ!
「食べますっ!
ぜひ頂きますっ!」
勢い良く起き上がった赤城がお菓子に噛みつこうとしたので、俺はさっと回避しながら腕を空高く上げる。
「ああっ!
お、お菓子が……っ!」
少しばかり俺の背が赤城より高いおかげで、ぴょんぴょんとジャンプをしてもギリギリのところで届かない。
「も、もう少しなのに……っ!」
必死で俺からお菓子を奪おうとする赤城の表情は必死で、とてもこの鎮守府を代表する第一艦隊の旗艦には見えなかった。
はたから見れば、和服の可愛いお姉さん。
しかしその正体はブラックホールコンビの片割れで、とんでもない食欲により財布と食料在庫を枯渇する艦娘。
エンゲル係数の上昇が待ったなし。
一航戦の雰囲気は……皆無なんだぜ……。
「お菓子っ、お菓子っ!」
とまぁ、このままこうしていると予定時刻に遅刻してしまいそうなので、意地悪をしないでお菓子を赤城に渡そう……と思ったんだけど、
「待て!」
「……っ!」
なんとなくノリで叫んでみたら、なぜか赤城の動きがピタリと止まったんですが。
「……っ、…………っ!」
更には半泣きの目を俺に向け……って、滅茶苦茶悲しそうな表情なんですけどっ!
「え、えっと……」
「うぅ……、うぅぅ……」
「わ、わわっ!?」
ついに泣き出してしまった赤城の姿に、焦った俺はパニックを起こしてしまい、
「お、お、お、おすわりっ!」
あろうことか、とんでもない言葉を放ってしまった。
「わんっ!」
「………………は?」
い、いや、どういうこと……?
目の前にいる赤城が、女の子座りで地面に腰を下ろしているんですが。
「あ、あの……、あ、赤城……さん……?」
「ハッ、ハッ、ハ……って、あああっ!?」
我に返ったという風に両目を大きく開けて焦りまくる赤城。
そして顔中を真っ赤にさせて、バタバタと手を振りまくる。
「ち、違うんです!
い、今のはちょっとしたお遊びで……っ!」
「お、お遊び……?」
「そ、その、空母のみんなでトランプゲームをした際に、負けた罰ゲームで……そ、その……」
「は、はぁ……、な、なるほど……」
恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら弁解する赤城だが、ぶっちゃけあんまり耳に入ってきません。
だって、どう見てもさっきのは……その……ねぇ……。
何だか良心がもの凄く痛むんだけど、今のは見なかったことにするのが1番だ。
うん、そうしよう。
俺は何も見なかった。
例え後日、青葉の新聞に写真が掲載されたとしても。
そして、俺が赤城の躾をしていた……なんて記事になっていたとしても……だ。
………………。
青葉あぁぁぁぁーーーっ!
長くお休みさせていただきましたお詫びも兼ねて、プレゼント企画を開催中です。詳しくは活動報告にて、よろしくお願いします。
次回予告
相変わらずの不幸っぷりな先生もいつものこと。
視察の到着時刻に見えた輸送船。そして現れるパスタの国の艦娘。
あいさつもそこそこに案内をするつもりだったのだが、なにやらトラブルが起こったようで……?
艦娘幼稚園 第三部
~パスタの国からやってきた!〜 その2「正反対な姉妹」
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