これもまたいつものことなんだけれど、根本的解決はなっていない。
ところが翌日、目を疑うようなことに出くわして……?
そして次の日。
夕食会で得られた物は少なく、代わりに失った物は非常に多かった気がするけれど、それでも日はまた昇り、俺は幼稚園へとやってくる。
もちろん、比叡や霧島のことを放っておく訳ではなく、何をしてあげたい気持ちはある。しかし、過去に起こった出来事をなかったことにするなんて俺には不可能で、他人の記憶を弄れるどこぞの能力者や、それこそゲームの世界なんかに出てくるマッドサイエンティストがいれば……という考えこそ楽観的であり無茶苦茶だ。
それらを踏まえて俺ができることは、比叡と霧島のトラウマを少しずつでも癒していけるように努力するべきなのだろうが、その方法もまた頭に浮かばず、いつものように授業が始まる前に教室へとやってきたのだが、
「おはようございます、先生」
扉を開けて中に入った途端、比叡がニッコリと笑って俺を出迎えてくれた。どうやら昨日の後遺症なんてものはなさそうに見えるし、新たにトラウマを抱えているという風でもない。
「ああ、おはよう比叡。
昨日はあれから、大丈夫だったか」
「大丈夫……ですか?」
頭を傾げて眉間にしわを寄せた比叡に、なんだか違和感がフツフツと沸き上がってくるんだけれど。
「……先生、ちょっと良いでしょうか?」
「ああ、霧島か。
おはよう」
「おはようございます。
少し話しがありますので、廊下の方に……」
「え……っと、それは構わないんだけれど……」
言って、俺は比叡の顔をチラリと見る。
「昨日……、なにかありましたっけ……?」
両腕を組んで「う~ん……」と唸りながら考え込む比叡だが、これってもしかして……?
「授業が始まる前に、お願いします」
「わわっ!?
わ、分かったから、裾を引っ張るのは……っ!」
「それならシャキシャキとこっちにきてください」
急かす霧島に焦りながら、俺は言われた通り廊下へ出ることにした。
「比叡姉様の、昨日の記憶がまったくないんです」
「………………は?」
開口一番に霧島が放った言葉に、今度は俺が頭をおもいっきり傾げた。
「記憶がないって、いくらなんでもそれはないんじゃないか?」
「しかし実際に、比叡姉様と話をしても何も思い出せないらしいのです」
「思い出せないって……、そんな馬鹿な話が……」
小さく息を吐いて考えてみるが、霧島が嘘を言っているような顔でもないことはすぐに分かるので、真面目に考えてみよう。
昨日、比叡のことについて相談があるという霧島の願いを聞き、幼稚園が終わってから教室で待ち合わせて話をした。その際、トラウマが発動した比叡を押さえるため……という名目で愛宕が当て身をかましたところ、運悪く呼吸が止まってしまい、愛宕が治療のために連れていったということまでは分かっている。
それから何が起きたのかはまったく不明ではあるが、愛宕のことだから比叡に危害を与えるなんてことは……、
「愛宕先生に昨日の話を聞かれていたのに、比叡姉様を任せてしまうなんて……霧島の落ち度です……」
「いやいやいや、いくらなんでも、愛宕先生がそんなことをするなんて……」
「しかし、実際に比叡姉様は昨日の記憶をなくしてしまっているんですよ!」
「だからって、それが愛宕先生の仕業とは言えないだろう?
比叡の呼吸が一時的に止まってしまったことによる、後遺症と考えられなくも……」
そこまで言って、俺はハッと息を飲む。
霧島の顔が、一気に青ざめてしまったからだ。
「あ……、いや、今のはその……軽率過ぎた」
「……いえ。
可能性としては……、十分に考えられますから……」
明らかに強がっているのが分かるくらい、霧島の身体が小刻みに揺れていた。
俺の失言が切っ掛けでこうなってしまった以上なんとかしなければと思うのだが、下手な言葉をかけたら余計に悪化することも考えられる。
なにはともあれ、まずは比叡の状態がどうなのか。それをハッキリさせてから、話をした方が良いと思うのだが……、
「大丈夫ですよ~」
「………………へ?」
唐突に聞こえてきた声で後ろへ振り返ると、そこには元凶……と言って良いのかは分からないけれど、ことの発端である愛宕がニッコリと笑みを浮かべて立っていた。
「ど、どうしてここに……っ!?」
「どうしてって、授業が始まるので教室にやってきたんですが~」
「あ……」
見れば、ここは教室に入る扉がすぐそばにある廊下。
そりゃあ、すぐに見つかるって訳である……って、馬鹿なのか俺は。
「今の話の流れから先生と霧島ちゃんは、比叡ちゃんのトラウマについて心配なさっているようですけど、昨日の治療ついでに対処しておきましたから~」
「た、対処……と言いますと……?」
その言葉に戦慄を覚えてしまいそうになりながら、恐る恐る愛宕に問う。
「その辺りは直接話せば分かると思いますので、呼びだしちゃいましょうか~」
そう言って、愛宕は扉を開けて中に入り比叡を呼ぶ。
「比叡ちゃ~ん、ちょっとお話があるのできてくれますか~?」
「私にですか……?
了解です!」
ビシッと敬礼をした比叡が小走りでやってくると、愛宕に向けて大きくお辞儀をする。
確かに、愛宕に対してトラウマを持っているような雰囲気はないし、表情に無理をしている感じも見当たらない。昨日は愛宕のことを考えるだけで身体が小刻みに震えていたのに、たった1日でここまで変われるものなのだろうか。
「ひ、比叡……姉様……?」
「ん、どうしたの、霧島。
私の顔に、なにかついている?」
「い、いえ、そうじゃないんですけど……」
信じられないといった風に目を見開いて驚いた表情を浮かべた霧島は、何度も比叡と愛宕の顔を交互に見る。
俺も同じ気持ちだが、現に比叡のトラウマは治っているようなのだが……、
うむむ……。やっぱり何か、違和感を覚えるんだよなぁ。
どう言って良いのか分からないけれど、何かがおかしいのだ。
「比叡ちゃんに質問で~す」
「はい、なんでしょうか?」
「比叡ちゃんは、私のことが怖いですか~?」
「私が愛宕先生のことを怖がっている……ってことですか?」
キョトンとした顔で愛宕を見る比叡。
純真無垢な子供が、予備知識のない物を初めて見るようなその様子に、なぜか背筋にゾワッとした寒気を感じる。
「そんなことはありません。
私、愛宕先生のことを、非常に尊敬しているんですよ!」
「うふふ~。
ありがとうございますね、比叡ちゃ~ん」
ニッコリ笑って比叡の頭を撫でる愛宕。
端から見れば微笑ましい光景に、思わず笑みをこぼしてしまいそうなのだが……。
「………………」
やはり何かがおかしい雰囲気に、俺は無意識に愛宕の顔を見つめていた。
「あっ、失敗しました~」
「……え?」
「ちょっとスタッフルームに忘れ物をしたので、取りに行ってきますね~」
「そ、そうですか。
それじゃあ戻ってくるまで、俺が子供たちを……」
「いえ、実はちょっとお願いしたいこともあるので、先生もついてきてくれますか~?」
「え、えっと……、はい。
分かりました」
頷きながら返事をし、手招きをしてから歩き出す愛宕の後を追う……前に、
「それじゃあ霧島と比叡は、俺達が戻ってくるまで教室で大人しくしておいてくれな」
「わっかりました!」
「は、はい……」
元気良く応えた比叡に、未だに心配そうな顔の霧島が頷いたのを見て、スタッフルームに向かうことにした。
スタッフルームの扉を開けて中に入った俺に、愛宕からの言葉が飛んでくる。
「なんだか私を見る目が情熱的でしたけど、いったいどうしたんでしょうか~?」
「やっぱり、その話をするために呼んだんですね……」
会話の声が漏れないように扉を閉めたのを確認してから、しっかりと愛宕の顔を見る。
「あの場でお話するのはあまり良くないと思いましたので~」
そう言った愛宕の顔は、やはりいつもと変わらずニッコニコ。
「……いったい、愛宕先生は比叡に何をしたんですか?」
「それはさきほど言ったように、対処をしただけですよ~」
「だから、その対処というのは……」
「簡単です。
トラウマになった記憶を、忘れさせてあげただけですから~」
「忘れ……させた……?」
「はい~」
愛宕が満面の笑みで拍手をし、再び口を開く。
「先生は霧島ちゃんから3年前の総合合同演習のことを聞いたと思うので割愛しますけど、比叡ちゃんは私のことを恐れていましたよね~」
「え、ええ……。
霧島は、おそらく夜戦で戦った相手が愛宕先生だと言っていましたが……」
「おそらく……ってことは、ハッキリと分かっていなかったんですねぇ~」
人差し指を口元に当て、少し顔を傾げて視線を上に向ける愛宕の仕種は可愛らしいが、話の内容と不釣り合い過ぎて素直に喜べない。
「まぁ、それについては大きな問題にならないですので構いません。
やっかいだったのは、夜戦に恐怖を感じていた比叡ちゃんが私と再開した後、ちょ~~~っとしたお話からトラウマが再発してしまったんですよね~」
これについては子供たちとの夕食会で話していた予想通りであり、間違っていなかったようだ。
ただ、ちょっとしたお話というのが引っ掛かるけれど、この辺りも北上が言っていたお仕置きとの兼ね合いを考えれば……おのずと答えは出る。
「それから比叡ちゃんは私のことを見る度に震えていましたので、どうにかしないといけないなぁと思っていたんです。
そこで知り合いからとある治療法を学んできまして、昨日の治療時にちょちょいと……」
「ちょ、ちょちょいと……ですか?」
いったい何をやったんだと聞きたいところだが。
聞いたら最後、二度と日の目は見られないなんてことはない……よね?
「ちょっとした針治療で、トラウマなどの心的要因を取り除く方法なんですよ~」
「そ、そんなことができるんですか……?」
「できるんですよ~」
両手で小さい音をパンッと鳴らし、優しく俺を見る。
怒っている風には見えないし、威圧感もない。
しかし針って聞くと、どうにも下半身の辺りに嫌な感じがゾワゾワしちゃうんだよなぁ……。
「ち、ちなみに、その方法で比叡の身体に不具合が出たりとかはしないんですか……?」
得に不能になったりしないよね……という心配は、比叡が男性じゃないから杞憂だと思うんだけれど。
それでも他の要因が現れるのであれば、極力避けてほしいよね。
「そうですねぇ~。
得に問題は起きないと思うんですが……」
考える素振りをした愛宕は、可愛らしく「う~ん……」と悩んだ後、
「たま~にですけど、前髪が抜けちゃう場合があるとかないとか……」
「どこのモデル兼、殺し屋から教えてもらったんですか……」
若くして禿げるとか、マジで可哀相過ぎるので勘弁してあげて下さい……。
あとそれって、著しく成長を疎外した気がするんだけど。
「大丈夫ですよ~。
今のところその兆候は見られませんし、教えてくれた方からのお墨付きも貰っていますので~」
「そ、そうですか……」
そこまで言われたら頷かざるを得ないし、愛宕がすることだから俺がやるよりは大丈夫なのだろう……と思っておく。
正直にいって様子を見ないことには、まったく分からないからね。
「それじゃあ、納得していただいたところで教室に戻りましょうか~」
「え、ええ。
早く授業を行わないと、遅れてしまいますもんね……」
お互いに頷き合い、この話は終わりとなった。
これからどうなるかは、神のみぞ知るではないけれど。
不幸な出来事だけは、起きないで欲しいと願う俺だった。
まぁ、毎日が不幸まみれな俺が願ったところで、無理かもしれないけどね。
……とまぁ、そんなこんなで愛宕班のサポートは順調に進んだと言える。
むしろ、俺がいなくてもまったく問題はなかったんだけど、授業を進める上で参考になったことが多くあったのはプラスであり、今後の役に立ちそうだ。
気になるのは比叡の様子だが、ひと通り見る限りは問題なく過ごしている。
ただ、霧島だけは未だにいぶかしんでいるようだったけれど。
この場合、比叡と同じようにしてあげた方が良いのか、それとも今のままが良いのかは分からないが、どちらにしても言えることは、
愛宕がすることは本当に予想がつかず、俺の想像を遥かに超えるってことなんだけど。
それと、知らない間に俺も記憶が消されている……なんてことは、ない……よね……?
なんだか非常に怖くなってきたんだけど、考えれば考えるほど気分が落ち込みそうなので、忘れることにする。
それじゃあ次は、港湾先生のサポートに向かおうとしましょうかー。
次回予告
愛宕班のサポートは終了。
次は港湾棲姫の班なんだけど、嫌な予感がしています。
だって、ヲ級が居るんだよ……?
艦娘幼稚園 第三部
~幼稚園が合併しました~ その18「そんなことをやってたの!?」
乞うご期待!
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