相手はおそらく空母編成であり、気を抜かなければ負けるはずがない。
決して油断はせず、迎え撃とうと思ったのですが……。
夕日が沈み、月と星の明かりが空に瞬きます。
これから夜戦を行わないのならば月見酒としゃれ込みたいところでしたが、そうもいきません。
「それじゃあ、夜戦の確認をするで。
陣形は変わらず輪形陣で、配置も変更なしや。
侵入はおそらく6時方向やろうから、探照灯を装備した五月雨が先頭に立って、敵を見つけ次第逃げまくるんやで」
「わ、分かりました!」
「五月雨の探照灯に敵影が映ったら、霧島の出番や」
「照明弾を発射して敵の頭上を照らし、即座に砲撃を行います」
「そや。
あとは戦艦と摩耶がありったけの弾をぶち込めば、夜戦は終了って手筈やね」
「昼の攻撃を考えれば、おそらく舞鶴の編成は空母中心でしょうし、夜戦で一気に勝負を決められますね!」
「それでウチらの勝ち。
S勝利が確定やね」
月明かりでうっすらと見える龍驤の口が吊り上がります。
「おそらくそれで大丈夫だとは思うけれど、油断をする訳にはいかないわよ」
「ええ、もちろんです。
この霧島、夜戦の恐さはしっかりと分かっていますからね……」
霧島はそう言って目を閉じると、過去の記憶がフラッシュバックします。探照灯の明かり。照明弾の光。飛び交う砲弾により大破し、徐々に沈んでいく感覚は未だに思い出したくありません。
そして、そのとき一緒いた、何人もの仲間の姿が……、
「……電探に反応あり!」
「……っ!?」
比叡姉様の声で我に返った霧島は、すかさず顔を上げて五月雨のいる方へと向きます。
「五月雨!
電探の反応がある方向に探照灯を照射や!」
「は、はいっ!」
眩しいほどの明かりが五月雨から放たれると、一拍をおいて敵側も同じように探照灯でこちらを照らしてきました。
「霧島ぁっ!」
「そこですっ!」
龍驤から言われる前に霧島は照明弾を発射しています。もちろん狙う先は敵が放つ探照灯の明かり頭上。これでその付近は闇に紛れることができなくなり、霧島たちの砲弾から逃げることはできないでしょう。
「敵影発見ですっ!」
「今や、撃ってまえーーーっ!」
「Feuer!」
「撃ちます!
当たってぇっ!」
「全門斉射!」
「うおりゃあーっ!」
霧島たちは目に映った敵影に一斉発射。砲口から轟音と火花が走り、一直線に飛んでいきます。
しかし、敵もその場でじっとしているはずはありません。探照灯を照らしながら砲弾を避け続ける様は、見事だと感心してしまうほどでした。
「くっ、当たらない……っ!」
「比叡姉様、副砲を合わせましょうっ!」
「……了解っ!」
主砲を一旦止め、霧島は右から、比叡姉様は左から副砲を乱射します。
「……っ!?」
探照灯の光が大きく揺らめいたのを見て、敵が動揺したと思った私は再び主砲を発射するため照準をしっかり合わせようとしたのですが、
「歯痒いわね……っ!」
「ビ、ビスマルク!
いきなり飛び出て、なにするつもりやっ!」
「アイツに突撃するから、私に当てないように援護射撃をしなさい!」
「な、なんやてぇっ!?」
龍驤が止めようと声を上げる前にビスマルクは全速力で前進し、闇の中へと消えて行きました。
「くっ、こんなときに無茶苦茶やりよってからに……っ!」
「ど、どうするんだ、龍驤!?」
「どうもこうもあるかい!
こうなったら言われた通りビスマルクに当たらんように、援護射撃をやったらんかいっ!」
「ちょっ、本気かよっ!?」
ありえないといった表情を浮かべた摩耶でしたが、霧島も比叡姉様も同じ気持ちでした。
照明弾の明かりと五月雨の探照灯があるとはいえ、視界がハッキリとしない夜戦で先行したビスマルクに当てないように砲弾を放つというのは無理があります。
「どうせ当たっても模擬弾や!
旗艦の命令を無視して突っ込んだビスマルクごと、撃ってまえ!」
「ど、どうなっても知らないぜっ!」
すでにプッツンしてしまった龍驤に何を言っても無駄だと判断した摩耶は、敵の探照灯へと砲口を向けようとした……そのときでした。
ズドンッ!
「あうっ!」
「「「……っ!?」」」
至近距離から鈍い音と五月雨の悲鳴が聞こえ、霧島たちは一斉に視線をそちらに向けます。するとそこには探照灯を抱えたままうずくまる五月雨の姿がうっすらと見えました。
「さ、さみだ……ぶへっ!」
「ま、摩耶っ!?」
驚いた摩耶が叫んだ瞬間、大きく上体が後ろに反り返ります。
なぜいきなり五月雨がうずくまったのか。
摩耶にいったい何が起きたのか。
状況がまったく分からないまま、闇の中で霧島の目に映ったものは……、
「うふふ、夜の戦い……私、得意なの~」
小さい声が霧島の耳に入り、青い影がすぐ前を横切ったところで頭の大きな衝撃が走り、テレビの電源が切れたかのように意識が寸断されてしまったのです。
<<霧島の回想終わり。以下、鳳翔さんの食堂に戻ります>>
「………………」
「………………」
霧島の語り口が閉じ、俺や子供達は神妙な顔を浮かべながら黙りこくっていた。
部屋は重苦しい空気に包まれ、言葉を発するのをためらってしまうほど。だけど黙っていたって仕方がないと、俺は意を決して口を開く。
「えっと……つまり、霧島はそこで気を失ったってことで良いんだよな……?」
「……はい、その通りです」
苦虫を噛み潰したかのような顔で大きな歯ぎしりをした霧島が頷くのを見て、どれほど悔しかったのかが分かる。
そしてそれと同時に、霧島の心に恐怖も刻まれていることが身体の震えとして現れていた。
「し、しかしそれじゃあ、比叡やビスマルクがその後どうなったのかは分からず仕舞いなんだけど……」
「それについては気がついてから聞いたのですが、霧島が気を失った直後に砲撃を受けた比叡姉様と龍驤は大破判定となりました。
その間――、おおよそ5分。
正直にありえないと思いますが、これは紛れも無い事実です……」
そう言った霧島の震えは止まず、それでも口を開き続ける。
「その後、霧島たちから離れていたビスマルクは敵の探照灯を追いかけて舞鶴側の旗艦である高雄と対峙し、砲弾を撃ち尽くした後に殴り合いに発展したところで強制的に演習が終了したそうです」
「な、殴り合って……、マジかよ……」
そうは言ったものの、ビスマルクと初めて会ったときに高雄と険悪だったことを思い出せば納得がいく。ほぼ間違いなく霧島が参加していた演習で2人は対峙したのだろうが、それより気になる点といえば……、
「ち、ちなみになんだが、霧島を倒した相手っていうのは……?」
「残念ながらその姿をハッキリと見た者はいませんでしたし、治療のために時間を使ってしまったため、相手と顔をあわすタイミングもなく……」
「そう……か」
つまり、直接は会っていないという訳だ。
まぁ、ビスマルクのことを考えたら頭が冷えるまで離しておいた方が良いと思ったのかもしれないが。
だがそれでも、霧島や比叡、摩耶、龍驤を倒した相手がおそらく誰なのかは予想がつく。
ビスマルクは探照灯の相手を追いかけて高雄と対峙した。その間に五月雨、摩耶、霧島、比叡、龍驤の5人を立て続けに倒した青い影。舞鶴鎮守府において裏番長と呼ばれていた艦娘で、ビスマルクと高雄の因縁を俺に教えてくれたのは、
愛宕――、その人である。
霧島もまた、それを分かっているからこそ、この話を語ったのだろう。
そして子供となった比叡と霧島は舞鶴幼稚園で愛宕と再開し、対面することでトラウマが再発したのかもしれない。
………………。
……ふむ。
しかしこれは、まいったぞ。
子供たちから話を聞き、比叡のトラウマ解消と、場合によっては愛宕の好感度アップができる良い案を出そうと考えていたのに、状況は悪化の一途を辿ってしまったのではないだろうか。
それどころか、比叡だけでなく霧島にまでトラウマが刻み込まれていることが分かったんですけど。
……いや、それでも他の子供たちが演習で霧島たちを倒したのが愛宕であると理解した訳では……、
「ねえねえ、大井っち。
今の話から予想するに、夜戦で大暴れしたのって愛宕先生だよね?」
「多分そうでしょうね。
以前の舞鶴で夜戦の鬼といえば元帥の秘書艦である高雄お姉さんと、裏番長と呼ばれる愛宕先生くらいですから」
「だよねー」
いつものように軽い感じで喋る北上に、若干恐れを抱いているような表情を浮かべる大井が、みんなに聞こえる声で話していた。
……うん。こりゃダメだ。
すでに手遅れっていうか、簡単に予想できたみたいです。
「スパシーバ。
さすがは愛宕先生だね」
「そうよね。
暁も早く、愛宕先生みたいな1人前のレディになりたいわ」
「い、電も愛宕先生みたいに大きくなって、先生を……」
「雷だって負けてられないんだから!」
………………。
あるぇー?
子供たちは恐れるどころか、尊敬のこもった目を浮かべているような気がするんですが。
唯一大井だけが子供らしい反応をしていたんだけれど、俺の考え方がおかしいのかなぁ……?
「だけどやっぱり納得がいきませんね。
夜戦と言えばやっぱり酸素魚雷を撃ちまくらないと……」
「………………」
前言撤回。
大井はどうやら、愛宕の攻撃方法に文句があるようです。
やっぱり艦娘なんだなぁ……とは思いたくねえよ!
普通はちょっとくらい怖がるもんでしょう!
少しは霧島みたいに部屋の隅じゃないけどガタガタ震えて命ごいくらいやってみなさいよぉぉぉっ!
「先生……。
霧島は別に、吸血鬼とグールの軍団から襲来を受けた訳ではないのですが……」
「なんで俺の心が完全に見透かされちゃっているの!?
つーか、この場合は愛宕先生が地下で待ち受ける流れになっちゃうかも!」
「それじゃあやっぱり、執事は港湾先生かなー」
「素手で切り裂きそうですけどねー」
「しおい先生は婦警役よね?」
「どちらかと言えば、ビスマルク先生じゃないかな?」
「確かに、大砲を撃ちまくりそうなのです……」
「最終的にはデンド●ビウムみたいになるわよねー」
いやいやいや、なんでここまで話しが広がっちゃっていんの……?
「なるほど……。
すると、先生の役といえば……」
するといきなり、霧島が小さなため息を吐いてから他の子供たちに問い掛けると、
「「「ペン●ッド卿」」」
……と、練習でもしていたかのように、ピッタリと合わせて言い放ったのである。
………………。
わーい。俺、男の中の男だー。
ただし、その前に無能って付くけどね……。
……しくしくしく。
とまぁ、そんなこんなで夜もふけ、夕食会は終わりを告げる。
あまり遅くなってしまうと子供たちに悪い影響があるので、早めに寮に帰らせることにした。
そして2階の広間では簡単に後片付けをしようとしていた俺と、霧島だけが残っていたのだが、
「……結局、先生はこの夕食会で何がしたかったのでしょうか」
「………………」
ジト目で見られると答え辛いなぁ……。
いやまぁ、良い案が浮かぶどころか霧島のトラウマを掘り返しただけになっちゃったので、その気持ちは分からなくもないんだけれど。
だがここで答えない訳にもいかないし、まったく成果がなかったのでもない。比叡と霧島は直接愛宕と戦ったうえで強さに恐れを抱き、子供たちは武勇伝として聞いたことによって尊敬を持った。
百聞は一見に如かず――とは言うけれど、実際に体験した者がどういった気持ちを抱くのかは人それぞれだ。比叡も霧島も、もしかすると龍驤や摩耶にも当てはまるかもしれないが、夜戦という状況で撃破されてしまったのだから、見えない恐怖が多くを占めているのだろう。
人は未知に対して想像を働かせる。そしてその先入観ともいえる気持ちを抱いたまま愛宕と触れ合うことになったのなら、比叡のようになるのも分かる気がするのだ。
……まぁ、実際に愛宕が怒ったときはマジで怖いからね。
しかしそれでも随時怒っている訳ではないし、ちゃんと叱らなければいけない場面でしかその姿は見せないはず。普段は優しくほんわかとした空気でなごませてくれる、尊敬できる先輩でもあり……、
「いつかは……なんだけどなぁ……」
「……何か言いましたか、先生?」
「あ、いや。
なんでもないよ」
俺は慌てて両手を振って答え、考え込むようなポーズを取る。
愛宕に対する比叡と霧島のトラウマを解消させてあげるべきで、それが今の俺の役目であるサポートなんだろう。
「……さて、食器もまとめられたし、そろそろお開きとするかな」
「霧島の問い掛けに対する返事がありませんでしたが、色々とありましたので先生もお疲れでしょうから仕方がありませんね」
「あー、うん。
ゴメンね、霧島……」
ポリポリと頬を掻きながら苦笑いを浮かべるが、ジト目はまったく緩んでいません。
完全に無能扱いです。雨の日の大佐じゃないんだけどなぁ……。
……あ、俺ってペン●ッド卿だったっけ?
それじゃあ、仕方ないね。あっはっはー。
「い……、いきなり目の前で泣かれても困るのですが……」
「い、いや、これは目から汗が出ただけだから、気にしなくても良いよ……」
「なんという言い訳ですか……まったく……」
霧島はそう言って俺に近づき、手を精一杯伸ばして俺の背中をポンポンと叩く。
「これでも霧島は先生のことを……その、期待しているのですから、落ち込まないで下さい……」
「う、うん……、ありがとね、霧島」
自信のふがいなさに呆れながら、苦笑を浮かべる俺。
その様子を見ながら同じように呆れた顔をした霧島が、クスリと笑う。
だが、1つだけ言わせてくれ。
今回、俺を追い込んじゃっているのって、大半が霧島なんだけどね……と。
おあとはよろしくないけれど、今日はこの辺にしておくよっ!
次回予告
霧島だけでなく、他の子供たちにもへこまされてしまった主人公。
これもまたいつものことなんだけれど、根本的解決はなっていない。
ところが翌日、目を疑うようなことに出くわして……?
艦娘幼稚園 第三部
~幼稚園が合併しました~ その17「グッバイ前髪?」
乞うご期待!
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