嫌な予感がしながらも、霧島の言葉に耳を傾ける。
3年前にあった、総合合同演習の出来事を。
まずは、昼での戦いです。
「合同総合演習って、ビスマルクも参加したっていう……」
「ええ、先生のおっしゃる通り、私とビスマルク、比叡姉様、龍驤、摩耶、五月雨の6人が佐世保の代表として参加しました」
それらの名前を聞いてすべての顔が浮かんでくるあたり、濃いメンツだなぁと思ってしまうのはいかがなものか。
しかし、その中に伊勢と日向の名前がないのが若干気になるが、どうしてなんだろうか。
「先生のその顔は……おそらく、安西提督の秘書艦である日向と伊勢のコンビが参加していないことが気になっているのでしょうか?」
「……ま、まぁ、そうと言われたら頷くしかないんだけれど」
どうして分かったんだろう……。
顔に出やすいと言われることの多い俺であるが、表情だけで2人の名前が出てくるなんて想像がつかないのだが。
しかしまぁ。
そんな俺の考えも余所に、霧島は気にせず話を続けていく。
「伊勢はともかく、日向の方が乗り気でなかったために霧島と比叡姉様が代わりに参加しました。
このときの演習は、きたる大きな作戦を想定したものであったため、戦艦が3人以上必要とされていました。
他にも指定があり、それに合わせて編成を組んだ結果、このメンバーになったということです」
「なるほど……。
つまり、この演習の出来事で比叡にトラウマが刻まれた……ということなのか?」
「おそらくは……」
そう答えた霧島が俺から視線を逸らし、両手で自らを抱きしめる。見れば身体は小刻みに震えており、比叡だけではなく霧島にとっても思い出しただけで恐れてしまう出来事だったのだろう。
そんな記憶を思い出させるのは、さすがに少々酷だろうか。
「あのさ……、霧島。
もし思い出すのがしんどいようだったら……」
「いえ、心配には及びません。
それに、あの出来事は未だにハッキリとしていない部分もありますので、先生にも聞いてほしいのです」
「そ、そうか……」
話すことで気が少しでも楽になるのなら、聞いてあげるべきだろう。
しかし、今の言葉の中になんだか違和感があったような、なかったような。
まぁ、話を聞いていればそれも分かってくるだろうし、今は聞くことに集中しよう。
「それでは聞いてください……。
3年前の総合合同演習――絶望の5分間を」
<<以下、霧島視点>>
総合合同演習当日。
この演習では、近く行われる予定の大規模作戦を想定したものとして、舞鶴鎮守府から少し離れたところにある島を深海棲艦泊地とし、霧島たち佐世保鎮守府の艦隊が防衛側、そして舞鶴鎮守府の艦隊が攻撃側に分かれていました。
さらにこの演習には編成条件がつけられていて、空母を旗艦とし、戦艦を3人以上要するというものでしたので、霧島たちは旗艦に軽空母の龍驤、そして戦艦として霧島と比叡姉様、ビスマルクが参加しています。
舞鶴鎮守府の艦隊メンバーは知らされていなかったため、霧島たちは事前に考察を練り、防空の要として摩耶を、そして潜水艦の襲撃に備えてソナーと爆雷を装備した五月雨を編成しました。
「……よし、停泊地の確認は完了だ。
これで準備は大丈夫だぜ」
「了解や。
それじゃあ早速、偵察の時間やねー」
先に島に到着していた摩耶が付近の偵察を終え、報告をするために戻ってきたところを出迎えます。
「そしたら予定通り、ビスマルクは3時、霧島は6時、比叡は9時の方向に偵察機を飛ばしたってや」
「「「了解」」」
龍驤の指揮によって、私たちは言われた通りに偵察機を飛ばしました。続けて前もって決めていた陣形を取るため、各自が移動を開始します。
「今回はウチらが深海棲艦の役で舞鶴の代表を迎え撃つんやけど、作戦はしっかり頭に入ってるやんね?」
「ああ、もちろんだぜ。
あたしは敵の艦載機を片っ端から落としまくれば良いんだろ」
「相手さんの編成は分からんけど、こっちはウチしか空母がおらへんから防空に不安があるさかい、しっかり頑張ってや」
「まかせとけって。
防空巡洋艦の力を見せつけてやるから、あたしの後ろに隠れてな!」
お気楽にニカッと笑った摩耶でしたが、その力はメンバーの誰もが認める対空性能を有しています。多少の爆撃機なら直上にくる前に落としてくれるでしょうから、心配はない……と思っていました。
「戦艦の3人はウチを囲むようにして、あとは五月雨やねんけど……」
「わ、私は潜水艦の襲撃に備えて、しっかりと海中を睨みます!」
少し緊張した面持ちで両手を握り混む五月雨に、龍驤は安心させるように笑いかけます。
「頼んだで、五月雨。
そやけど、あんまり張り切り過ぎて転んだりせえへんようになー」
「だ、大丈夫です!
大事な演習でドジなんて踏みませんからっ!」
気合いが空回りしているようにも見えましたが、龍驤はコクリと頷きます。すると五月雨は陣形から少し離れ、ソナーを使って潜水艦を見逃さぬように偵察を開始し始めました。
「これで準備は完了やね。
相手さんも本気でくるやろうけど、こっちも負けてられへん。
返り討ちにして、一泡吹かせたるでーっ!」
「「「了解!」」」
こうして、佐世保VS舞鶴の演習が始まったのです。
「6時の方向から敵艦載機を確認!」
「早速きたみたいやね。
ほな、ウチの艦載機も発艦や!」
偵察機からの通信を受けて報告し、私たちは即座に対空防御の姿勢を取りました。
「艦載機のみんな、お仕事お仕事ー!」
龍驤の巻物艤装からお札が浮かび、艦載機の姿となってプロペラが風を切り裂き、エンジン音を鳴らしながら空に舞い上がります。それらが充分な高度に上がったところで、摩耶から「きた……、やるぞぉぉぉっ!」と叫び声が上がると同時に対空砲から火が噴きました。
遠目の空には多数の敵艦載機が見え、摩耶の発射した砲弾が飛んでいきます。距離はまだ遠いですが、いくつかは命中したようで、小さな黒煙が所々に浮かんでいるのが見えました。
「摩耶は全弾を撃ち尽くすつもりで!
戦艦のみんなは三式弾を発射!
五月雨は敵艦載機の攻撃に気をつけつつやけど、潜水艦への注意を逸らしたらあかんで!」
「「「了解!」」」
「りょ、了解です!」
各自が気合いの篭った声を上げ、対空防御に全力を向けます。
これからしばらくは敵艦載機の襲撃が続きましたが、霧島たちの奮戦もあって大きな被害もない……と思っていたのですが、
「あかんっ!
1匹逃したっ!」
龍驤の焦る声に気づき、霧島は空を見上げます。するとそこには被弾してきびすを返す艦載機の間をすり抜け、急降下する1つの影が見えました。
「くっ、太陽で目が……っ!」
風を切り裂く鋭い音が近づいてくるのが分かり、背筋に嫌な汗が吹き出します。しかし霧島の視界は直射日光により使い物にならず、どちらに回避して良いのか分からず固まってしまいました。
「き、霧島!」
比叡姉様の声が聞こえ、霧島は反射的にそちらの方へ身体を傾けたのですが……、
「そっちはあかんでぇっ!」
龍驤の叫び声と同時に、体温が一気に低下するのが分かりました。
このままでは直撃してしまう。
下手をすれば大破となり、みんなの足を引っ張ることになる。もしこれが演習ではなく実践だったのなら、轟沈すらありえるかもしれない。
とてつもなく嫌な考えが頭いっぱいに埋め尽くし、思わず吐き気をもよおしてしまいそうになった途端、
「……シィッ!」
ガキンッ! と大きな音がすぐ側から聞こえ、耳鳴りのような嫌な感じが頭に響き渡りました。しかしここで目を閉じてしまえばさらに状況は悪化してしまうかもしれないと思った霧島は、恐る恐る音のする方へ視線を向けたのです。
「ビ、ビスマルク……!?」
「気をつけなさい。
相手の熟練度は相当のものよ」
そう言って、ビスマルクは元の配置に戻りながら空を見上げ、三式弾を発射していました。
気づけば右手の甲が赤みを帯び、うっすらと煤のようなモノが付着しているのが分かります。おそらくビスマルクは、私に着弾する寸前の爆弾を素手ではじき飛ばしたのでしょうが……、
いやいや、とんでもなくありえないんですけど。
爆発させないで吹っ飛ばすなんて、いったいどうやればできるんでしょうか。
しかし今は、そんなことを考えている暇なんてありません。
私は気を取り直して空に向き直り、再び対空防御に全力を傾けました。
そうして、しばらく空を見つめ続ける時間が過ぎていったのですが……、
「な、なんとか……撃退できたみたいだな……」
「はぁ……、はぁ……。
ウチの艦載機……、もう打ち止めやでぇ……」
「ひぇぇ……、上ばっかり見ていたせいで、首がぁ……」
「ひ、被害の方は……どうなのでしょうか……?」
へとへとになりながら、霧島は周りを見渡します。
龍驤、摩耶、比叡姉様は疲れた表情を浮かべているものの、対した被弾箇所もなく大丈夫そうでした。
「ふん……。
この程度なら、別になんともないわね」
大きく息を吐いたビスマルクが空から視線を戻し、こちらに顔を向けたところで霧島は頭を下げます。
「さきほどは、ありがとうございました」
「別に気にしなくて良いわ」
言って、ビスマルクは右手をプラプラと振り、プイッと顔を背けました。
ほんのりと頬が赤く染まっているように見えましたが、空が赤らんでいる影響なのか、それとも恥ずかしくなったのかは不明でしたが、どちらにしても思わず笑みを浮かべてしまいそうになります。
なぜなら演習時刻はすでに半分を大きく過ぎ、残るは夜戦のみ。
今までの攻撃から、舞鶴の編成はおおよその予想がつくからです。
「龍驤……、相手は次にどうすると思う……?」
「そりゃあ、夜戦しかない……と思うんやけど……」
「だろうな。
しかし、その場合だと自殺行為としか思えない……が」
龍驤は考え込むように視線を落とし、摩耶がいぶかしげな顔をします。
「何を心配しているのかしら。
相手はおそらく空母中心の編成。
夜戦に入ったところで、対したこともできずに終わるわよ」
「そう……だと良いんだけどな……」
ビスマルクの言うことはもっともで、霧島も同じ考えでした。
ですが、油断は禁物。摩耶の表情も気になりますし、慢心するにはまだ早いでしょう。
「……ところで、1人足りない気がするんだけど」
「……あっ」
……と、比叡姉様の呟きに顔を上げた龍驤が、キョロキョロと辺りを見回して見たところ、
「うぅぅ……、被弾しちゃいました……」
しょぼくれた顔に涙を浮かべた五月雨が申し訳なさそうに、霧島たちから距離をおいて肩を落としていたんですよね……。
「ま、まぁ……、小破程度で済んだんやから、良しとしよ……な?」
「ふえぇぇぇ……、すみません……」
五月雨に声をかけて慰めながら、霧島はホッと胸を撫で下ろします。
霧島たちの被害は五月雨の小破以外はたいしたことはなく、潜水艦の反応もなし。夜戦に入っても空母が全力を出すことはできませんから、勝利は近いでしょう。
もちろん舞鶴側が夜戦を行わないというならばそれもありですが、今回の演習で防衛側に被害が少ないとなれば攻撃側が負けになりますので、その選択を取ることは考えにくい。
さらにこちらは龍驤以外が夜戦で大暴れできますから、それらを踏まえれば多少笑みをこぼしても許してもらえますよね。
――そう思いながら、水平線に夕日が沈むのを見守っていたのです。
次回予告
それほど被害もなく、佐世保の艦隊は夜戦に入った。
相手はおそらく空母編成であり、気を抜かなければ負けるはずがない。
決して油断はせず、迎え撃とうと思ったのですが……。
艦娘幼稚園 第三部
~幼稚園が合併しました~ その16「絶望の5分間」
乞うご期待!
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