そしてさらなる暴走のビスマルクも、同じく……。
ーーと思ったら、まだ終わりじゃなかったです。
「………………」
あえて言おう。
どうしてこうなった。
無言で佇む俺のすぐ側には、床でぶっ倒れているビスマルクの姿。
そしてその横でニコニコと笑う愛宕に、ガタガタと震える港湾棲姫としおいがアヒル座りで固まっている。
「あまり騒いでいると、朝礼の時間に間に合いませんからね~」
いや、だからといって、ビスマルクを気絶させるのもどうかと思うんですけど。
助かったのは間違いないが、後頭部にワンパンって結構危ない気がするんだよね。
しかも、愛宕の腕の動きが速過ぎて、ほとんど見えなかったし……。
倒れたビスマルクはピクリとも動かないんだけれど、本当に大丈夫なんだろうか。
「とりあえずこっちの介抱はやっておきますので、先生はしおい先生をお願いいたしますね~」
「あ、はい。
わかりました……」
「ああ、一応言っておきますけど、新聞に書かれているようなことはダメですよ~?」
「そんなことをするつもりはない……というかですね、そもそも記事自体がほとんど捏造ですから……」
「それはしおい先生に確認を取ったので分かっているんですけど、万が一ということもありえますから~」
何だか俺、信用ないなぁ……。
「まぁ、先生のことですので、そんな根性もないと思いますが~」
「分かっているなら、言わないでくださいよ……」
二重の意味でへこんでしまうだけに、本当に勘弁願いたい。
つーか、鳳翔さんの食堂でも同じことを言われただけに、俺ってそこまでヘタレだと思われているんだろうか。
プロレスでは結構頑張ったつもりなんだけど、まだまだ汚点は拭い切れていないのかなぁ……。
ガックリとうなだれつつ、俺は言われた通りにしおいを介抱すべくソファーへと誘導する。
「港湾先生、それじゃあ足の方を持っていただけますか~?」
「ウ、ウム。
シカシ、ビスマルク先生ヲドコニ連レテイクノダロウカ?」
「かる~く脳を揺さぶっただけですから、冷たい水をぶっかければすぐに目を覚ましますよ~」
「………………」
なかなかに物騒な発言が聞こえた気がするが、ツッコミを入れたら命が危ないと思うので気にしないでおこう。
「それでは先生。
朝礼までによろしくお願いいたしますね~」
「は、はい……」
愛宕がビスマルクの頭を、そして港湾が足を持ってスタッフルームを出て行ったのを目で追ってから、俺は小さくため息を吐く。
せめて、担架で運んであげても良いと思うんだけどなぁ。
そんな助言を発言する勇気すら出ないのだから、根性無しだと言われても仕方がない。
目の前のしおいを早く立ち直らせて、朝礼に間に合わせなければ……と、小さく気合いを入れたのであった。
結論。
しおいの介抱はすぐに済みました。
――というのも、恐怖の対象であろうと思われる愛宕がスタッフルームを去ったことで、しおいは勝手に復帰したんだよね。
ただし、しおいに何があったのかを聞くことは難しく、完全にトラウマ化していたので触れないようにしておいたけど。
まぁ、聞かない方が身のためだとも思うし。
それでも俺は愛宕が好きだけどな!
……と、公言できればどれだけ楽になれることか。
そんな、根性なしである俺ですが、昨日の目的はまだ終わっていない。
しおいの特訓は未達成のままなので、今日の授業でどこまでできるかを見極めつつ、対策を考えないといけないのだ。
ということで、昨日に引き続いてしおい班の授業時間になったのだが、
「浮気者は許しまセーーーンッ!」
授業をする部屋に入った途端、またもや襲いくるバーニングミキサーも、ちゃんと予測していたので問題ない。
素早い動きで横に避けつつ、安全な位置へ逃げようと思ったのだが、
「はい、捕まえた~」
「……へ?」
腰の辺りに圧迫感を覚え振り返る俺。そこにはニコニコと笑みを浮かべつつも、愛宕に負けるとも劣らないオーラを背に纏わせた龍田がいた。
「天龍ちゃ~ん」
「おうっ!」
呼びかけに答えた天龍が野球のピッチャーのように振りかぶり、何かを投げようと……って、ちょっと待てぇぇぇっ!
「ちょっ、それ、龍田がたまに振り回している棒ーーーっ!」
「そうだぜ先生!
龍田に借りた、正真正銘の棒だぜ!」
「しかも今日は、先っぽが研いであるわよ~」
「嘘ーーーっ!?」
そんなのを喰らったらマジで洒落にならないだろうがーーーっ!
「天龍!
さすがにそれはマジでやばいからストップだ!」
「残念ながら答えはノーだ!
浮気者の先生には、お灸を据えろって龍田が言っていたんだぜ!」
「どう考えてもお灸レベルじゃなくて、死んじゃうから!」
「大丈夫、大丈夫。
多少の怪我だったらバケツで治るからさ!」
「俺は艦娘じゃないよーーーっ!?」
ガチで絶体絶命のピンチなのに、龍田の拘束から逃れなれない俺は本気で大慌て。
このままでは命にかかわる……と思った瞬間、天龍が振りかぶった棒に1つの手が添えられた。
「そうだよ、天龍ちゃん」
「んがっ!?」
負荷がかかったことでバランスを崩した天龍はつんのめり、慌てて振り返りながら口を開ける。
「な、何をするんだよ時雨!」
「何……って、もちろん天龍ちゃんが投げようとする棒を止めただけさ」
そう言った時雨はニコリと笑い……もせず、真顔で俺の方を見る。
「先生は、い・ち・お・う、人間なんだから、後遺症が残らない程度に懲らしめないとダメなんだよね」
「………………え?」
いやいやいや、時雨まで何を言っちゃってんの?
俺はれっきとした普通の人間だから、ささいなことでも大怪我とかしちゃうんですよ……?
それ以前に、時雨まで俺を懲らしめようだなんて……、
「それじゃあいったい、時雨はどうすれば良いっていうんだよ?」
「それはもちろん、先生が浮気をしないように身をもって知ることが大切だから……」
言って、ポケットから何かを取り出す時雨。
………………。
いや、なんですかね……、それ。
どう見ても、小さい魚雷のようなんですが。
「僕たちが練習用に使う模擬魚雷を使って、ギャフンと言わせなきゃね」
ギャフンって、また古いなぁ……。
「そんなもんで先生をギャフンと言わせられるのか?」
「うん、もちろんだよ」
答えた時雨は、模擬魚雷を持つ手を振る。すると、小さな振動音とともにプロペラ部分が回転をし始めた。
「この回転するプロペラを先生に近づけて……」
「洒落にならないくらい、切れちゃうんですけどぉぉぉっ!」
完全にヤン化しているじゃねぇかっ!
ガチで流血沙汰になるから、誰か止めてぇぇぇぇぇっ!
「……というのは、冗談だけどね」
てへっ、と舌を出しておどける時雨。
な、なんだ……、冗談か……。
俺はホッと胸を撫で下ろしつつ、額に浮かんだ大量の汗を袖で拭き取ろうとする。
「だけど、この振動する魚雷を使って先生を虜にすれば……」
………………。
え、えっと、それはどういう意味なのかなー?
「振動……?
虜……?」
「天龍ちゃんには、まだ必要がないわよ~」
「そうなのか……?」
頭を傾げる天龍に、いつの間にか俺から離れていた龍田。
拘束から逃れられたが、まだ安心することはできない。
「だけど、その模擬魚雷をどうすれば先生を虜にできるっていうんだよ?」
「それはね、この模擬魚雷を先生の……」
「アーーーーーッ!
これ以上の会話は禁止ーーーっ!」
嫌な予感では済まされない時雨の危険発言を止めるべく、俺は大声で叫んだのだが、
「凝り過ぎた肩を、解すために使うんだけどね」
「あ、なるほど。
マッサージ機ってヤツかー」
「………………」
そ、そういうことね……。
俺は再度胸を撫で下ろし、ガクリと肩を大きく落とす。
「はいはい、授業の時間になったから、ちゃんと席についてねー」
「「「はーい」」」
そして、しおいに授業の特訓をさせる前に、まず俺を助ける行動を教えなければいけないなぁと反省するのであった……。
席に戻った子供たちに、俺はしおいと一緒に昨日の出来事と新聞のガセ情報について説明したところ、
「やっぱり、そういうことだったんデスネー」
「まぁ、そんなことだろうとは思ったけどよぉ……」
「だ、だから潮は……、そうじゃないかって言ったよね……」
「あら~、そうだったかしら~」
「ちゃんと言ってたっぽい!」
ウンウンと頷く金剛に、呆れ顔の天龍。そして気まずそうに声をかける潮と、全く悪びれた様子のない龍田に少し怒り気味の夕立が騒いでいた。
……新聞の記事がガセだって分かっていたら、さっきのような危ないことは止めておいて欲しかったんだけど。
「榛名は止めたのですが……」
「まぁ、先生も無自覚で色々と起こしちゃうんだから、少しくらい僕たちの気持ちを伝えるべきだと思って行動に移したんだよね」
……とまぁ、こういう風に言われてしまっては叱ることもできず、俺が折れることになった。
「とりあえず理解はしたけど、危険な行動はできる限り避けるようにな」
「「「はーい!」」」
返事だけは元気で素直なんだけど。
まぁ、ここにヲ級がいないだけマシだと思えば、少しは気も晴れるかな。
「……ふむ」
そこで、ふと考えてみる。
なんだかんだといって、頭の回る時雨と龍田。そして元気いっぱいの金剛に天龍と夕立。ちゃんとした常識を持つ潮と榛名と、信頼がおける子供たちであることは間違いないと思う。
だからこそ、色々と頼りがない部分も多いしおいがやってこられたというのであれば、方向性を変えてみればどうなのだろうか。
「それじゃあ、そろそろ授業を始めるよー」
子供たちに声をかけて教壇に立つしおいを見ながら、俺は時雨に近づき1つのお願いをすることにした。
「今日の授業では、海上における行動について勉強するよー」
言って、しおいは教本を開けながら読み始めた。
この内容は昨日の特訓で練習したところだから、しっかりと覚えていれば問題なく進めることができるだろう。
「え……っと、海上に出たらまずは偵察が大切になるんだけれど、どういう風にするか分かるかな?」
「そりゃあもちろん、バランスを取ることが大事だよな」
「う、うん。
天龍ちゃんの言う通り、海上に波がたっていたら危ないからね」
「でもそれって、海上に出れるようになっていたらできるはずっぽい」
「た、確かに、ちゃんと練習を積んでから出撃するんだけど……」
「敵の気配を察知すれば良いのよ~」
「そ、それは、かなり難しいんじゃないかな……」
「あれ~、私は簡単にできちゃうんだけどなぁ~」
「う……、うぐぅ……」
次々に返答が帰ってくるが、しおいの処理が追いつかないため、どんどん顔色が悪くなっている。
「時雨、頼む」
「うん。
分かったよ、先生」
合図を出した俺に時雨は頷き、手をあげながら口を開いた。
「しおい先生。
質問して良いかな?」
「え、あっ、う、うん」
戸惑いつつも返事をするしおいに、時雨は1つの咳払いをしてから息を整えるように間を置いた。
「僕たちが海上に出てから、偵察をどうすれば良いのかを話しているんだよね?」
「うんうん」
コクコクと頷くしおい。
どうやら時雨が一息つく間を作ってくれたことで、良い塩梅になったようだ。
「それだったら僕はまず、目で周りを見渡そうとするかな」
「そう……だね。
でも、もしそれで何も見つからなかったら、どうしたら良いと思うかな?」
「うーん……。
僕たちがいくら艦娘だったとしても、目で見れる距離に限界はあるから……」
そう言った時雨は無言になり、考えるような素振りをする。しかし、その目はチラチラと俺の方に向けられており、答えて良いかどうかを確認しているようだ。
ここで時雨が全部答えると、あまり良い結果にならないと思う。
授業を円滑に。かつ、しおいに自信を持たせるのならば、ここは時雨に答えさせないのが最良だろうと、俺は首を小さく横に振った。
「何か、良い方法があれば良いんだけど……分からないかな」
時雨は両手を上に向けてお手上げのポーズを取り、静かに席へ座る。
「時雨に分からないことがあるなんて、珍しいこともあるんデスネー」
「それじゃあ、その答えをしおいがみんなに教えてあげるね。」
金剛が驚いたように声を上げると、しおいは嬉しそうな顔でみんなに顔を向けてから話し始めた。
「目で見えない距離の場合、艦載機で偵察する方法があるんだよね。
他にも電探を使って敵を索敵したり、海中にいる潜水艦を探す場合はソナーを使ったりするんだけど……」
まるでずっと私のターンという風に、しおいはペラペラと話し続ける。
どうやら昨日の特訓でメモを取ったことだけでなく、ちゃんと予習もしていたようだ。
気づけば子供たちもしおいの言葉に耳を傾け、ノートにメモを取り始めている子もいる。
騒ぎ立てる感じもなさそうだし、今のところ良い感じだろう。
しおいの顔を見れば少しは自信を持てたみたいだし、こういった風に何度か繰り返せば、おのずと良い方へ向かうだろう。
「時雨、ありがとうな」
「ううん。
こんなことで良ければ、僕に任せてよ」
子供らしくない言葉を返す時雨だが、俺を見上げてくるその顔は期待に満ちている。
「ああ、これからも頼むな」
そう言って、俺は優しく時雨の頭を撫でながら、しおいの授業を見守っていった。
これで、一仕事は完了……ってことかな。
次回予告
しおいのターン……ではなく、サポートは終わりました。
ということで、次は愛宕班のサポートに入った先生だけど、しおいとは比べものにならないくらいキッチリとした授業に、やることはあるんでしょうか?
艦娘幼稚園 第三部
~幼稚園が合併しました~ その7「うっかりな汚点」
乞うご期待!
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