艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 しおいの暴走が止まりません。

●艦載機の件でご指摘を受けました通り、天龍と龍田は偵察機を装備できないことをすっかり失念してました。
 現在は修正済みです。申し訳ありませんでした。


その4「お約束 パート2」

「さて、それじゃあ特訓を始めようか」

 

 しおいを正気に戻した俺は、再び椅子に座ってから本を開いた。

 

「とりあえず、座学の授業の流れを見たいから、いつもの通りにやってくれるかな?」

 

「は、はい。

 分かりました」

 

 緊張した面持ちで教壇の上に本を開いたしおいは、ペラペラとページをめくる。

 

「えっと、それじゃあ今日は32ページから始めていきましょう」

 

 そう言って、しおいは本を手に持ちながら文章を読み始めた。

 

「海上において偵察は非常に大事であり、軽視していると非常に危険です」

 

 ちなみにしおいが持っている本は、子供たちが後に成長して戦う際にためになる内容が多く載っており、愛宕が戦術書を分かりやすくまとめた本である。

 

 どうやら俺が佐世保にいる間に導入したらしいのだが、しおいから聞いた話によると、子供たちの受けはあまり良くないようだ。

 

「偵察には艦載機を使って妖精さんに偵察をしてもらったり、目視でやったりするんですが……」

 

「しおい先生、質問です」

 

「あ、はい。

 なんでしょうか?」

 

「目視……とは、いったい何でしょうか?」

 

「え……」

 

 俺の問い掛けに固まるしおい。

 

 うむむ、こういった質問は授業であり得るだけに、すぐに答えられないとスムーズに進めることができなくなるのだが……、

 

「せ、先生……、目視って知らないんですか……?」

 

「……いやいやいや、そうじゃなくて」

 

 思わず椅子からズッ転びそうになるのをこらえた俺は、顔の前で右手を大袈裟に振りながら言葉を足す。

 

「子供たちが質問してくるかもしれないのを想定した訳であって、俺が目視を知らないってことじゃないからね?」

 

「あ、あぁ、なるほど。

 そういうことでしたかー」

 

 後頭部をポリポリと掻いたしおいは苦笑いを浮かべながら、額に浮かんだ汗を拭き取って口を開く。

 

「目視はですねー、えっと、そのー……そう、目で見ることです」

 

「なるほど」

 

 若干詰まったが、その辺りは慣れていけば良いだろうし、質問を想定して答えを用意しておく経験にもなるだろう。

 

 しかし、ここで終わってはもったいないので……と、俺はさらに質問を投げかける。

 

「それじゃあ、艦載機で妖精さんに偵察をしてもらうって言っていたけど、班の子供たちが装備できるのはいったいどんなものか……答えてよ」

 

「えっと、それは……ですね……」

 

 いきなり応用を振られて焦ったのか、しおいは本を見ながら顔中に大量の汗を吹き出し始めた。

 

「まず、班にいる子供たちは、天龍、龍田、潮、夕立、時雨、金剛、榛名だよね?」

 

「あっ、はい。

 そ、そうです……」

 

 返事をするものの、視線は完全に本へと向けられている。

 

 しかし、その答えが32ページ付近に書かれていないのは調べ済みであり、しおい自信の知識が必要になってくるのだが……、

 

 いや、そもそもしおいって幼稚園で教師をする前はちゃんと艦娘として活動していたんだよね?

 

 それなら普通に知っているはずだし、これくらいのことは艦娘として当たり前だと思うんだけど。

 

 ちなみに答えは駆逐艦の潮、夕立、時雨、それに艦載機を搭載していない天龍、龍田を除いた、金剛、榛名が装備できる水上偵察機であり、これは潜水母艦でもあるしおいも装備できたはずだ。

 

 この辺りの知識は提督を目指していた俺にとって何度も勉強した内容であるから、今も忘れてはいないんだけど。

 

「分からないのかな、しおい先生?」

 

「そ、それは、その、うーんと、ええっと……」

 

 しおいの顔色が赤くなったり青くなったりと、色んな意味で危ない感じに見えるのだが。

 

 これはどうにも焦ったらダメになるパターンみたいだけれど、よくもまぁ今までやってこられたと感心してしまう。

 

 ……いや、今日の授業を見ていた限り、全くダメだったから特訓を開始したんだけどさ。

 

 子供たちもダメダメだって言っていたし、しおいに早いところ一人前になってもらわないといけないんだよな。

 

「あっ、そうです!

 晴嵐さんは索敵も爆撃もできて、とーっても頼りになるんですよ!」

 

「いや、晴嵐は水上爆撃機であって、水上機母艦か航空戦艦、航空巡洋艦、それに潜水空母でしか装備できないよね?」

 

「えっ、あ、そ、そうでしたっけ……?」

 

 いや、おい、ちょっと待て。

 

 いくらなんでもその返しはないだろう。

 

 仮にも艦娘なんだから、それくらいはちゃんと頭に入れておこうよ!

 

 ……と、叫びたいところだが、ここでそんなことをしたらしおいがまたしても焦ってしまうだろうので、やらないでおく。

 

 ここは優しく諭してあげて、自信に繋がるようにしてやらないとな。

 

「駆逐艦や艦載機を積めない天龍や龍田は無理だけど、戦艦である金剛、榛名は水上偵察機を積めるでしょ?」

 

「え、えっと……確かに、先生の言う通りです!」

 

「こういったことは質問がなくても、文章を読んだあとに予備知識として追加してあげるとためになるから、本にメモをしておくことをお勧めするよ」

 

「す、凄いです……っ!

 まるで先生が賢いみたいに見えてきました!」

 

 ……おい。

 

 それじゃあ何か。

 

 俺は今まで、賢くないって思われていた訳ね?

 

 さすがに今のは、ちょっとへこむところがあったけれど、これで怒り出すのも大人気ない。

 

 ここはしっかり教育者の先輩として、できる男なんだと理解してもらう方が先決だろう。

 

「それじゃあ追加で質問だけど、水上偵察機以外に索敵を効率良くすることができる装備はあるかな?」

 

「それって、子供たちが装備できるっ……てことが前提ですよね?」

 

「うん、そうだね」

 

「それなら、えっと……」

 

 首を傾げながら考えるしおいだが、焦ってしどろもどろになるより断然良い。

 

「主砲や副砲は違うし、酸素魚雷は積みたいけど索敵には使えないですよねー。

 それ以外に装備ができる物っていったら……」

 

 首をメトロノームのように左右に傾げたしおいは、腕を組んで「うーん……」と唸る。

 

 しかし、数分経っても答えは出てこず、それどころか……、

 

 

 

 ぐうぅぅぅ……。

 

 

 

 大きな腹の虫が、しおいから鳴り響いてきた。

 

「………………」

 

「………………」

 

 微妙な空気が流れ、無言になる俺としおい。

 

 気づけばしおいの頬が若干赤くなっているし、これはあまり顔を見ない方が良いだろうか。

 

「おにぎり……、戦闘糧食は違いますよ……ね?」

 

「あれは……、違うよね」

 

「ですよねー……」

 

 苦笑を浮かべながら乾いた笑い声をあげるしおいのお腹から、またしても「ぐぅ~」と鳴り響く。

 

 窓の外はもう暗くなっているし、時計の針は夕食の時間をとっくに過ぎている。

 

 原因は言わずもかな。特訓をする前にしおいがボケをかましてくれたからなのだが、ここで止めては句切が悪いのでもう少し頑張ってもらうことにしよう。

 

「答えは電探だね。

 駆逐艦と軽巡洋艦は小型電探で、戦艦は大型電探も積めるから覚えておいてね」

 

「りょ、了解です!

 しおい、しっかりと本にメモをしておきますね!」

 

 目をキラキラとさせてメモを取りつつ、時折俺を尊敬の眼差しで見てくるしおいに若干恥ずかしくもなりながら、特訓を続けることにした。

 

 

 

 

 

 それから、俺としおいは空腹に耐えながら白熱した仮想授業を繰り返していった。

 

「ここはこうやれば良いから、どーんと……」

 

「違う違う。

 子供たちに想像させるのは良いけれど、より効率よくするには手振りだけじゃなくてホワイトボードに絵を描くことをお勧めするよ」

 

「なるほど、分かりました!」

 

「ちなみにホワイトボードのマジックは黒と赤だけじゃなくて、青や緑なんかも使ってより分かりやすくするようにね」

 

「おおー!

 4色もあったなんて、しおい驚きです!」

 

 知らなかったのは元より、この程度で驚かれても困るんだけど。

 

「もちろん、しおい先生が身振りで子供たちに伝えるのも大切だし、少し大袈裟気味にやるのも良いかもね。

 なんだかんだと言っても、子供たちも楽しいことが大好きだからさ」

 

「確かにその通りですよね。

 それじゃあしおい、もっともっと頑張ってみます!」

 

「うんうん。

 あ、でも、あんまりやり過ぎちゃって、怪我とかしちゃったらダメだよ?」

 

「その辺は大丈夫です。

 しおいは艦娘なんですから、ちょっとやそっとの衝撃くらいでは怪我なんてしないです!」

 

 そう言って、なぜかしおいはクルクルとその場で回転し始めた。

 

「……な、なにやってんの?」

 

「フィギュアスケートの真似です!」

 

「いや、だからなんで……?」

 

「ノリです!」

 

「………………」

 

 そっかー、ノリだったら仕方がないねー。

 

 なんて言うとでも思ったか!

 

「いや、マジで危ないからすぐに止めて!」

 

「あははー、大丈夫ですよー」

 

 ケラケラと笑ったしおいは、それから1分ほど回り続け、

 

「ほら、言った通りでしょ?」

 

 ピタリと止まってから、俺にニッコリと笑いかけた……んだけど、

 

「……ありぇ?」

 

「うおっ、危ない!」

 

 急によろめいたしおいを助けるべく、俺は慌ててしおいに駆け寄り倒れないようにする。

 

 ただ、あまりに咄嗟だったのと慌てたこともあってか、俺の両手はしおいの肩を掴んで支えようとしたのに目測を誤ってしまって、

 

 

 

 むにょん。

 

 

 

 しおいの背中を――、つまり、向かい合ってギュッと抱きしめる形となってしまったのであった。

 

「わわっ、ご、ごめんっ!」

 

 俺は慌ててしおいから離れ、何度も頭を下げて謝る。

 

「い、いえ……、先生はしおいを助けてくれたんですから、謝らなくても……」

 

 そう答えたしおいは頬を真っ赤に染め、チラチラと上目遣いで俺の顔を見て……って、なんだこれ。

 

 なんだか一昔前のラブコメみたいな雰囲気なんですけど、いったいどうしてこうなった。

 

 どうせだったら愛宕とだったら良かったのにと思うけれど、なんだかそれはしおいに悪い気がする。

 

 しかし、この空気は少々どころではなく気まずい感じがするので、話を切り替えないといけない。

 

「そ、そろそろ切りも良いし、お腹も減ったから夕食を取りに行こうか……な?」

 

「そ、そう……ですね。

 それじゃあ早速、鳳翔さんの食堂にでも……」

 

「う、うん、そうだね。

 もしかすると、愛宕先生や港湾先生、それにビスマルクもいるかもだし……」

 

 そう言ったものの、どうせ食事は残っていないだろうけれど。

 

 それどころか、下手をすればできあがったビスマルクを解放しなければならないかもしれないと思うと、若干気が重くなる。

 

 ただそれでも、今の空気のまま特訓を続けるのは色んな意味で危ういと思うので、早いところ向かった方が良さそうだ。

 

「も、もしかして、特製料理が残っているかも……?」

 

「うーん、それは行ってみないとどうにも……」

 

 ほぼ100%無いと思って良いけどね。

 

 ともあれ、今日の特訓はここまでにしようと強引に切り上げて、後片付けを済まることにした。

 

 

 

 もしこの時、少しでも違和感に気づいていたら……と思うと、悔やんでも悔やみきれない。

 

 

 

 完全に、事故だったのに……ね。

 




次回予告

 朝っぱらからなにやら視線が痛い。
しまいには罵倒されたり……って、いくらなんでもおかしいと思うんだけど、理由はすぐに分かりました。

 ……慈悲はない。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その5「暴走の果てに」

 乞うご期待!

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