まずはしおい班。以前は自分が受け持っていただけに、思い入れもあると思っていたら……。
はい。お約束のシーンですよー。
その2「帰ってきたよ!」
愛宕の胸に惑わされたりとか、あだ名がチョロ先だとか言われたりもしたが、俺は各班の担任をサポートする遊撃部隊のような役回りをすることになった。
舞鶴幼稚園にやってきてからしばらくは愛宕の下についていたのだから、元に戻ったと言えば聞こえは良い。しかし、実質的に降格とも思えてしまうのは、いささかいただけない気分になってしまう。
しかし良く考えてみれば、運動会における子供たちのテーマが俺の争奪戦だったことを考えると、1つの班を持つと危険とかもしれない。ましてや結果が全チーム引き分けだったので、下手をすれば子供たちが再加熱をしてしまうということもありえるだろう。
それらを踏まえた俺は納得することにし、気分を一新して舞鶴と佐世保が合併した幼稚園の初日を迎えたのである。
そして今日は、しおいの班のサポートをすることになったのだが、
「バーーーニングーーー、ラアァァァァァブゥゥゥゥゥーーーッ!」
「うおっ!?」
授業を行う予定の部屋に入った途端、懐かしい叫び声が襲いかかってきたのである。
しかし、伊達に何度も佐世保でプリンツのタックルを受け続けてきた訳じゃない。久々に戻ってきたとはいえ、もしかすると……と予想していただけに、ちゃんと身構えていたのだ。
とはいえ、扉を開けてすぐという状況に避ける動作は少々やり辛い。さらに言えば、俺の後ろにはしおいが続いているので、変に避ければ巻きこんでしまうかもしれないのだ。
「ふんっ!」
そこで俺は、真正面から金剛を受け止めることにする。子供とは言え艦娘。普通の人間とは思えない力を持っているのは重々承知しているが、コツさえつかめば何とかなる。
「……ナッ!?」
まともに全身で受けるのではなく、金剛が直接ぶつける部分――、つまり頭のてっぺんを両手で止め、勢いを殺す。そして素早く横に回ってから、金剛の身体をギュッと抱きしめた。
「よし、これで捕まえたから、もうタックルはできないぞ。
残念だったな、金剛」
「ホ……、why!?
いったいぜんたい、どういうことデスカー!?」
過去に見せたことのない動きでバーニングタックルを封じた俺に、金剛は全身をワナワナと震わせて驚愕の表情を浮かべている。
「俺も佐世保で少しは学んだってことだよ。
そうじゃなかったら、元帥とサシでやって勝てる訳がないだろう?」
少しばかりドヤ顔を浮かべて金剛を見る。
すると金剛の頬がみるみるうちに真っ赤となり、耳まで染まった。
「ほ……、ほ、ほ……」
「ほ……?」
なにやら金剛が同じ言葉を呟いているが、何を言いたいのだろうか……と思っていたところ、
「惚れ直してしまうデェェェェェスッ!」
「うおっ、耳が痛ぇっ!」
すぐ側で大声を叫ばれてしまい、思わず耳をふさごうと両手を離す。すると金剛は真っ赤になった顔を背けて、猛ダッシュで離れて行ったのだが、
「あら~、金剛ちゃん~。
そこは『惚れもうしたーーーっ!』の方が良いわよ~?」
そう言いつつ、なぜか龍田が振りかぶるような素振りを見せていた。
あれ、このポーズはどこかで見たことがあるような……。
ああ、そうだ。確か、中将が幼稚園にやってきた際に、ボールを投げたときの……、
ドムッ!
「あがっ!?」
うおおおおおおおおおおおおおおおおいぃぃぃぃぃっ、超絶痛えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
なんか下腹部に刺さったんですけどーーーーーっ!
「せ、先生に……、龍田ちゃんが投げたボールが……」
「やった、クリーンヒット♪」
ちょっと待てぇぇぇぇぇっ!
なんで龍田が俺に向かってボールを投げているんだよぉぉぉぉぉっ!?
「なんだか投げたい気分だったのよね~」
「こ、心の中の……叫び声を読みながら……返事をするんじゃ……な……い……」
そこまで言い終えた俺の意識は痛みで分断されてしまい、その場で倒れてしまうことになったのである。
「先生、大丈夫かな?」
「あ、あぁ……。
なんとか痛みも和らいできたよ……」
部屋の片隅で前屈みになっている俺に、時雨がポンポンと腰の辺りを叩いてくれていた。
「龍田……、さすがにさっきのはやり過ぎだぜ」
「そうですよ龍田ちゃん。
いくらそういう気分になったからといって、先生に全力でボールを投げちゃうのは危ないと思います」
「ゴメンね~、ちょっぴり反省しちゃうわ~」
天龍と榛名に言われた龍田は申し訳なさそうな顔を一切見せず、ニコニコとしながら呟いていた。
「龍田ちゃんは先生に久しぶりに会えて嬉しかったかもしれないけど、みんなが言うように危険なことはしちゃダメだからね」
「は~い。
気をつけます~」
注意をするしおいだが、懲りていないのが明白だ。
だが、なんとなく龍田の耳のてっぺんが赤く染まっている気がするのは……気のせいだろうか?
「さっき龍田が先生に投げたボールなんだけど、これってあんまり見たことがないような……」
俺の下腹部につき刺さったボールを手に持った天龍が、首を傾げながらマジマジと見る。
「それって、野球のボールっぽい」
「確かに似ているけど、柔らかいゴムのやつじゃないよな?」
「そういえば、赤い紐みたいなものがついているっぽい……」
「そ、それって、硬式野球で使うボールじゃないかな……」
俺の後ろから顔を覗かせた時雨が、ボソリと呟いたんだけど……って、ちょっと待って!?
「こ、硬球って、まさかそんな……」
俺はそう言いながら天龍の持つボールを見るが、時雨の言う通りで間違いなさそうだ。
中将の後頭部を的確にヒットした際、悲鳴を上げながら驚きまくっていた威力を持つ龍田のスローイング。それを硬球でやったとなれば、喰らった俺の下腹部って……マジでヤバくないだろうか……?
え、またしてもED疑惑が発生ですか?
もしかして、今度こそ治療不可なんですかね……?
そんなの、マジで勘弁して欲しいんですけどーーーっ!
「でもなんかさ、これって表面がツルツルしてるよなー」
「えっ、ツルツルしてる……?」
疑問に思った時雨は俺の腰を叩くのを止め、天龍に近づきボールを受け取って調べだした。
「……なるほど。
これは硬球に似せたプラスチック製のボールだね」
「あっ、そうなのか。
だからそんなに軽かったんだな」
納得したように顔をほころばせた天龍に、ホッとした感じで胸を撫で下ろす時雨。
同じく安心したように潮や金剛も息を吐く姿が見えたけれど、未だに痛いのは取れていないんだよね……。
「当たり前でしょ~。
さすがに硬球を先生に向かって投げないわよ~」
「そうだよなー。
いくら龍田でも、さすがにそんな危ないことはしないよなー」
「もちろんよ、天龍ちゃん~。
だけど、オイタをし過ぎちゃったら……どうなるかは分からないけどね~」
「……ひっ!?」
そっぽを向いて怖いことを呟く龍田の顔が見えてしまった潮が、身体をビクリと大きく震わせる。
気づけば天龍の膝もガクガクと小刻みに震えているが、全くもって冗談で済まされないんですが。
プラスチック製のボールでこの痛み。
硬球だったら確実に死んじゃっていますもんねー。
あっはっはー……って、洒落になんねぇよコンチクショウッ!
「はいはーい。
先生が心配なのは分かるけど、授業の時間は始まっているんだからねー」
パンパンと手を叩いたしおいが机の上に置かれた本を手に持つと、ペラペラとページをめくり出す。
「みんなも席に座って、早く本を開きましょうー」
「「「はーい」」」
口々に返事をした子供たちは、しおいに言われた通り席に着くため歩き出す。
さすがに若干酷いような気もしなくはないが、俺のせいで授業が遅れるのも具合が悪い。痛みも和らいできたので、無理をしなければ大丈夫だろう。
「先生、悪いんだけど僕も行くね」
「あぁ。
ありがとな、時雨」
申し訳なさそうに言う時雨に振り向いた俺は、優しく頭を撫でてあげながら痛みに耐えて笑顔を浮かべる。
ニッコリと微笑んだ時雨は「うん」と言いながら頷き、席へと向かって行く。
初っ端からトラブルに見舞われてしまったが、こうして舞鶴に戻って初めての授業が開始されたのであった……のだが、
「はい、それではこの前の続きを読んでいくよー。
おじいさんとジェノサイダーおばあさんは大きなパイナップルボムを割ろうとチェーンソーのエンジンを点けたんですが……」
「しおい先生ー、そのページはすでに読み終えたっぽいー」
「あれ、そうだっけ?」
「ちなみになんだけれど、今日の授業で読むのは『桃・ザンギ・太郎の活躍劇』じゃなくて、『浦島青年タイムスリップをしてロトの1等賞を当てちゃったけど、周囲の人たちが妬みまくったので海に逃げてきた』じゃなかったかな」
「あー、そうだった、そうだった。
うっかりしちゃって間違っちゃったよー」
そう言って、机の中から本を取り出そうとゴソゴソ漁るしおい。
なんだか頼りない気がするんだけど、それ以前に読む本のチョイスがなんか凄くない……?
タイトルだけで半端じゃないB級臭がすると同時に、子供たちが読むような内容じゃないと思うんだよね。
「あれー、見つからないなぁ……」
「おいおい、またかよしおい先生ー」
「ま、まぁ、しおい先生だって1つのミスくらいはしちゃうでしょうし……」
からかうように言う天龍に、若干気まずそうな顔を浮かべながらフォローをする榛名だが、
「前の授業でも同じことしていたっぽい」
「毎回なにかしらのミスをしちゃってマスネー……」
「う゛っ……、そ、そんなことは……ないと思うんだけど……」
夕立と金剛の言葉を受けて焦った声を上げるしおいだが、肝心の本はまだ見つからないようだ。
「おかしいなぁ……。
用意して机に入れといたはずなんだけど……」
「先生、良かったら僕の本を使うかな?」
「えっ、でもそれじゃあ、時雨ちゃんの読む本が……」
「僕は大丈夫。
夕立ちゃんと机を並べて一緒に読むから、気にしないで受け取ってよ」
「そ、そう……?
それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかなっ」
時雨から本を借りたしおいは、机に戻ってページをめくる。
「えーっと……、浦島青年はビルの屋上から転落した途端、腕時計の針が逆回転してタイムスリップし、60年代のアメリカマンハッタンに……」
「しおい先生、そこだと前の章を飛ばしちゃってるぜー」
「えっ、そ、そうだっけ……?」
「あら~、もしかしてしおい先生ったらボケちゃったのかしら~?」
「そ、そんなことはないよっ!」
頬っぺたを膨らませて抗議の声を上げるが、その仕種が可愛らしくて子供たちがクスクスと笑っている。
ううむ、これはまずいな……。
完全にしおいがミスをしまくって浮足立っている。このままだと完全に子供たちにからかわれてしまうだろうし、そうならなかったとしても授業が円滑に進まないだろう。
「けれど、なんだか先生が幼稚園に来たときと同じ感じに見えマスネー」
「……いや、さすがにあそこまでは酷くなかったと思うぞ?」
「そうかしら~。
どっちもどっちな感じだけどね~」
「「酷っ!」」
龍田の言葉に反応する俺としおいの声が、見事に丸被りしてしまう。
「ほらね~。
似たもの同士じゃない~」
最後の締めと言わんばかりに龍田が煽ると、子供たちから爆笑が上がる。
しおいは頬を真っ赤に染めながら恥ずかしそうに俯き、俺は頬をポリポリと掻きながら乾いた笑い声を上げることになってしまったのだった。
これはちょっと、考えないといけないかなぁ……。
次回予告
教育者としてのしおいがダメな点について。
ーーということで、特訓することに決めました。
夕食前の時間に2人幼稚園で居残り特訓。
そんな状況になったら、どうなるかって……ねぇ。
艦娘幼稚園 第三部
~幼稚園が合併しました~ その3「お約束?」
乞うご期待!
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