ついに始まる本番ーー、先生VS元帥の火蓋が切って落とされる。
思った以上に良い試合が繰り広げられていると思っていたら、なにやら変な視線が。
あの艦娘がーー、ついに登場?
「さて、どうするか……」
赤コーナーの前でステップを踏む元帥に向かって駆け出したものの、どういった手を取るか決めかねていた。
元帥のすぐ後ろには安西提督がいるので組技はおそらくカットされるだろうが、コーナーを背にしているというのは格闘技において逃げ道を絶つことになるので、打撃の方が有効だと思う。
問題は作業員をしっかりと罠にはめたことであり、今も明らかに誘っていると見えるところに突っ込むのは気がひけるんだけどなぁ。
『一気に距離を詰める先生を待ち受ける元帥!』
『いったいどんな攻防が繰り出されるのか、注目ですわーーーっ!』
「「「うおぉぉぉっ!」」」
観客からの視線も分かるくらいに伝わってくるし、自爆の汚名を返上しなければいけないとこだ。
元帥までの距離はあと3歩。このまま駆ければ体当たりが一番やりやすいが、堂々と正面からぶつかるのはさすがに悪手だろうし、フェイントとしてやってみよう。
「おりゃあ!」
『先生がそのまま突撃ーーーっ!』
『コーナーにいる元帥に逃げ場はありませんわーーーっ!』
「たしかに熊野の言う通り、左右に逃げるのは手遅れかもしれないけどね」
元帥は余裕の笑みを浮かべたまま軽く後ろにジャンプすると、両足を一番下のロープに乗せる。
「とうっ!」
そして反動を利用した元帥が俺の頭上を飛び越えようと、高く舞った。
『と、飛んだーーーっ!』
なぜかどこぞのヒーローのように右手を前に突き出したポーズを取る元帥だが、ぶっちゃけて恰好をつけたいだけなんだろう。
そして元帥がいたコーナー後ろに控えていた安西提督が、ロープの間から俺に向かって前蹴りを繰り出してくる。
『そしてまたもや元帥の罠ですわーーーっ!』
「せ、先生、危ないデース!」
観客席から聞こえてくる金剛の悲鳴にも似た助言よりも早く俺は急ブレーキをかけた俺は、クルリと反転して空中に舞う元帥の姿を視界に捉えた。
「むっ!?」
後ろから安西提督の声が聞こえるが、今は気にしなくて良い。
若干背中に風圧のようなモノが感じられたけど……って、もしかしてギリギリだったのか?
『辛うじて踏み止まった先生が安西提督の前蹴りを回避ーーーっ!』
『そうすると、空中にいる元帥が無防備になるのではありませんことーーーっ!?』
すでに元帥の身体は浮力を失い、リングに向かって落ちている。
あと1秒もしないうちに着地できるだろうが、後ろを取った俺が有利になるのは間違いない。隙を狙うのは定石であり、ミスをしたのは元帥なのだ。
「いけー、先生ーーーっ!」
今度は天龍の応援が聞こえ、俺の背中を後押しする。
非常に嬉しいけれど、おもらしをしていたんだったら着替えに行った方が良いぞ?
『青鬼こと元帥が大ピンチ!
ついに世代交代の瞬間が訪れるんでしょうかーーーっ!?』
青葉の熱がこもった実況で観客たちの視線が集中する中、俺は元帥の背に向かって走り出した。
急ブレーキから加速をつけるために、おもいっきり踏ん張った左足が力強くリングを蹴る。
大きく跳躍した俺は元帥との距離を縮め、あと2歩ほどで射程圏内に入るだろう。
空中にいる元帥は、未だ俺の姿を視界に捉えていない。着地と同時に振り返ったところを強襲できれば、まず間違いなく優位に立てる。
タックルをかましてテイクダウンを奪い、打撃を与えつつマウントポジションを取る。作業員はまんまと元帥の罠にかかってしまったが、安西提督は俺の後方側にいるので誘導は難しいはずだ。
サブミッションを習得している訳ではないけれど、佐世保で何度もビスマルクに襲われた経験を持ってすれば善戦はできるだろう。
思い返しただけで寒気がするくらい、恐ろしい攻防を何十回とやったからな……。
「……っと、こんなことを考えている余裕は……っ!?」
戦いの最中だというのに考えごとをしてしまい、元帥から視線を逸らしてしまったことに気づいた俺はとっさに顔を上げた。
「………………っ!」
元帥が顔を半分こちらに向けているのが見える。
そしてすぐさま空中で身体を捻り、大きく足が泳いだ。
「そう来ることは……読めてたよっ!」
「くそっ!」
突如放たれるローリングソバットによって、俺の背中に一瞬で嫌な汗が吹き出しまくる。
すでにタックルの体制に入ってしまっていたために回避することは難しく、両足を刈るために伸ばしかけていた両手を顔の前に出した。
ゲシィッ!
「くう……っ!」
『なんと元帥が空中でローリングソバットを放ったーーーっ!』
『まさかの逆襲によって、先生が苦悶の表情を浮かべていますわーーーっ!』
なんとかガードはできたものの、俺自身の勢いがついていたこともあって威力が増大しており、両腕がジンジンと痛む。
「とうっ!」
対して、ローリングソバットを放った元帥は俺の腕を踏み台にする形で再度空中を舞い、無駄に1回転してからリング中央辺りに着地した……と思ったら、
「おわっ!?」
ゴンッ!
足を滑らせた元帥はリングの上でも見事な1回転を披露し、綺麗に後頭部を叩きつけた。
「ぐおおおおお……」
「………………」
『………………』
『………………』
「「「………………」」」
完全に固まりまくる空気、そして観客、選手とセコンドに実況の2人。
ついさっき、俺が同じ感じのことをしていたと思うと、今になって赤面しそうなんですが。
ちなみに自爆した元帥は頭を抱えてのたうち回っているんだけれど、よく見れば辺りがベチャベチャに湿っていた。
あー、あれか。
作業員と安西提督がボディビル合戦をした際にあふれ出た、触れたくない汗だな。
着地した足がそれで滑って、見事なまでに転んだということなんだが、これって追い撃ちしちゃって良いんだろうか……?
『え、えーっと……、今度は元帥が自爆しちゃいましたねぇ……』
『で、ですけど、今回のは先生のタックルに対して元帥がローリングソバットをした際に足を痛めた可能性もあるんじゃなくって……?』
『ふむう……、そうなるとここはチャンス……ですよね?』
疑問を投げかける青葉なんだけど、本当にどうしたら良いんだろう。
とりあえずセコンドの夕張の方を見てみたが、両手を上に向けてお手上げというポーズを返されちゃったし、作業員は目を合わせようともしなかった。
それならば……と、レフェリーに向かって問い掛けようとしたところ、
「はぁはぁ……。
観客席にいる幼女ちゃんが可愛いですねぇ……」
おいこらちょっと待て。
お前はどうして試合を見ずに、観客席を物色しているんだよっ!
つーか、今の台詞は完全に不審者じゃねぇか!
憲兵さん、こっちです! 早くこのレフェリーを逮捕してください!
「……とまぁ、冗談は置いときまして。
今の私は観客席を物色するので忙しいから、リング上は何も見ていませんよー?」
「………………」
それはそれで大問題なんだけど、つまりやっちゃって良いってことでファイナルアンサー?
「オーディエンスでお願いしますー」
「いや、心の中を読んだ挙げ句に答えるのを放棄するのは、なしですよね……」
「どうしてですかー?
プロレスはショーなんですから、観客のみなさんが楽しんでこそですよね?」
「もはやグダグダすぎて、ショーかどうかも分からない状況なんですけどね……」
とはいえ、レフェリーが言おうとしていることも一理あるのだが、未だに固まったままの観客席から大きな声が上がるはずもなく、俺は仕方なく肩を落とす。
さっき俺が自爆したときは追い撃ちをくらわなかったし、元帥が回復するまで休憩するしかないよね。
……と思った数秒後、
「フハハハハ!
僕、ふっかーーーつ!」
重力を無視したかのように何の反動もつけないで急に起き上がった元帥に唖然とした顔を浮かべながら、俺は深いため息を吐く。
『あー……、元帥が復活したみたいですね……』
『さすがは元祖、不死身の名を持つ元帥ですわ……』
「「「お……おぉぉ……」」」
テンションが低すぎる実況と観客の声を聞き、やる気が完全に消沈しそうになるのをこらえながら構えを取った。
「追い撃ちをしないとは見上げた根性だ!
だけどその油断が身を滅ぼす可能性だって……」
「ていっ!」
「ある……うぇい!?」
自慢げに胸を張りながら喋り続けられるのは勘弁願いたいので、俺はダッシュで元帥の両足を刈ってグラウンドに持ち込んでいく。
もちろん汗にまみれたリングの上は嫌なので、勢いをつけて青コーナー側に押し込んだんだけど。
これで安西提督からかなり離れたことになるし、元帥に救助が入る見込は薄いはずだ。
「や、やめろジョッカー、ぶっとばすぞうっ!」
「今から改造人間にする気もないし、俺はジョッカーでもないですからね」
冷めた感じで突っ込みつつ、元帥の抵抗をかい潜ってマウントポジションへ移行しようとする。
高雄との約束はフルボッコによる10カウントだったけど、ギブアップ勝利でも問題ないだろう。
『起き上がって元帥の隙を狙ってタックルを放った先生が、見事なグラウンドを披露していますっ!』
『戦闘能力が未知数でしたけど、この動きを見る限りグラウンドも期待できそうですわっ!』
グラウンドにおける絶対的な優位地――、つまりマウントポジションで上になれれば勝利が見えてくるのだが、ビスマルクを相手にしていた時はそんな状況はありえなかった。
基本的に俺が行っていたのは、いかにマウントポジションを取られないかであり、現在における元帥の立場なのだ。
つまり、俺としては初めて攻撃側に移るという訳なのだが、ほんの少し考え方を変えれば良いのである。
「ていっ」
「ごふっ!?」
『おおっと、先生の小さなパンチが元帥の横腹をえぐっていますっ!』
『い、いやらしいですわ!
とんでもなく、いやらしいですわーーーっ!』
なんだか誤解のある叫び声に聞こえるんだけど、気のせいだということにしておこう。
「ほらほら、殴られるのが嫌だからってガードをしていると、今度はこっちがヤバいですよ?」
「ちょっ、先生ったら手慣れすぎてないっ!?」
痛みに耐え兼ねた元帥がガードの手を伸ばしてきたらマウントポジションへの移行を進め、それを防ごうとすればまたしても打撃を加えていく。
もちろん単調にならないように脇腹ばかりではなく、みぞおちや太ももなんかにもパンチを散らしておいた。
「ぐうっ、く、くそっ!
なんでこんなに上手いんだよ!?」
「そりゃまぁ、毎度毎度ビスマルクが襲ってくるのを防いでいたら慣れちゃいますし」
「なにそれ!
そんなに羨ましいことを毎日やってたのか先生は!」
「いや、当の本人である俺はマジで勘弁してほしかったんですけどね……」
襲われる身にもなってみろって感じなんだが、こればっかりは経験しないと分からないだろうなぁ。
……とまぁ、こんな感じで嫌がらせも含めつつ元帥をチクチクと攻めていたんだけれど、
「あっ、良いねそのポーズ!
その角度、動かないでー……、お、そこも良いね!」
いつの間にかリングの側に鼻息を荒くした艦娘が、スケッチブックを持ってペンを走らせているんですが。
「ちょっと待って、資料用に写真を撮りたいから……、青葉こっちに来てお願い!」
『いやいや、青葉は実況で忙しいから無理ですよー』
「そんなっ!
こんなに良いパースを逃したら、次の同人誌に影響が出ちゃうじゃん!」
愕然とした表情で顎が外れるくらいに口を大きく開け、悲鳴を上げる艦娘。
つーか、なんでいきなりスケッチしていたり、写真を撮ろうとしていたりするんだよ……。
「大丈夫ですよー。
私がこのスパイカメラで、ちゃんと撮影していますからー」
言って、胸元に取りつけたマイクっぽい物体を指差すレフェリー……って、なんですとぉぉぉっ!?
「おおっ、それはナイス!
お礼に牛缶あげるから、後でよろしくっ!」
「了解ですー」
勝手に了解しているんじゃねぇよ、レフェリィィィィィッ!
『青葉も何枚かお願いしますねー』
『ああっ、こっちにも宜しくお願いしますっ!』
ついでに青葉とセコンドの夕張も乗っかるんじゃねぇぇぇっ!
「……っ、今だ!」
「はっ、しまった!」
心の中で絶叫している隙に元帥が素早く俺の手から逃れ、大きく距離を取ってから立ち上がる。
「ふぅ……、危ない危ない」
「くそっ、何たる不覚……っ!」
俺は悔しすぎてリングを握りこぶしで叩きながら立ち上がり、スケッチをしていた艦娘を睨みつける。
「うっひょひょ~、有りだね、その表情っ!」
俺の視線に懲りもせず、艦娘はサラサラとペンを走らせてから、
「あっ、スケブいる?」
「いらねぇよっ!」
悪びれた顔を一切見せず、ニッコリと笑ってスケッチブックを俺に向けてきた。
あれ、何だかその絵……、どこかで見たような……。
もしかして、鳳翔さんの食堂で千代田が持っていた……同人誌の……?
次回予告
やっと秋雲を出すことができました。
厄介な邪魔によって元帥を逃してしまった先生。
バトルは激しさを増し、遂に終結の時が近づいていく。
艦娘幼稚園 第二部 番外編
燃えよ、男たちの狂演 その8「一か八か」
乞うご期待!
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