金剛にいったいなにがあったのか。
それはあまりにもありがちで、空いた口が塞がらなくなってしまいそうだった。
更にお約束の言葉も飛び出して、一気に転落すると思いきや……?
後方の子供たちが戦略を練り、様々な手を取っている間、トップの金剛は悠々自適にゴールを目指している。
――そう、観客や熊野は思いながら視線を雷よりさらに前へと向けた。
「むふふふ……デース」
2位の北上は蛇行を繰り返してマックスを妨害し、なんの影響も受けなかったはず。だけど、北上を追い抜いた雷と金剛の差は、第5ポイントに入ったときとあまり変わっていないのだ。
それは何故か。
雷がとんでもない速度で追いかけることで、一気に差を縮めたのだろうか?
答えは否。雷の速度はヲ級と並行していたのを見たので、佐世保チームのようなレベルではないと思う。
それでは、金剛になにかトラブルが発生したのだろうか?
そう――としか考えられないのだが、その答えは金剛を見ることですぐに判明することになる。
「このまま行けば、先生は私のモノ……」
俯き気味に金剛は口元に手を当てながら、肩を上下に揺れ動かしていた。
その姿は、ドラマか何かで悪巧みをしている小物のようであり、下手をすれば死亡フラグが立ったと思えてしまうレベルのテンプレ行動だ。
「今から笑いが止まりまセーン。
頭の中で妄想がひしめいてマスネー……」
手で隠しきれていない部分から、ニヤニヤと笑みを浮かべる金剛の顔が見えてしまう。
これはもう、完全に油断ってやつです。
そして、こういったことをしているうちに追い詰められてしまうのもパターンみたいで、
「こ、金剛お姉様!
後ろっ、後ろーーーっ!」
「why……?」
後ろからオバケが迫ってくるまで気づかないコントのような、下手をすれば宇宙人に忍び寄られてパックリやられてしまうオペレーターのような。
つまり、見事なくらいテンプレな行動をしちゃっていたって訳なんですよね。
「てりゃーーーっ!」
「ヒエーーーッ!?」
雷の姿と大声に驚いた金剛は、妹である次女の口癖を奪うどころか「シェーッ!」と叫びながら変なポーズをして飛び上がり、パニックを起こしたのかワタワタと両手を動かして着水する。
「い、いいいっ、いつの間にこんな近くに……ッ!?」
慌てて前を向きながら加速を開始するも、速度に乗った状態の雷に勝てるはずもなく、みるみるうちに追いつかれてしまった。
「こ、こうなったらっ!」
圧倒的有利だったにもかかわらず、自分が油断をしていたせいでトップを奪われてしまう訳にはいかないと、金剛は雷に体当たりをしようと考えたのだが、
「甘いわっ!」
ヲ級がマックスを妨害していたのを目の前で見ていた雷は、その行動をしっかりと予測していたようにヒラリと避けた。
「……し、しまったデース!」
「油断した挙げ句に追い詰められて焦った後の行動なんて、私には全部お見通しなんだからっ!」
「だ、だけど、ここで諦めるわけにはいきまセーン!」
勝ち誇ろうとする雷に向かって、再度体当たりをする金剛。少しは冷静さを取り戻したのか、体重移動や速度が乗ったこともあり、雷もうかうかしていられる状況ではないことが分かったようで、表情に緊張感が伺い見られる。
「セリャーッ!」
「そ、そんな攻撃、当たんないわよっ!」
避けながら叫ぶ雷だが、自分から金剛に攻撃をしかける様子は見えない。
おそらくは、駆逐艦クラスの雷が体当たりをしても、戦艦クラスである金剛には敵わないと思っているのだろうか。
『今度はトップ争いが一気に激化し始めましたねー』
『圧倒的に有利だった金剛ちゃんが、追いかけてきた雷ちゃんに幾度となく体当たりを見舞ってますわー』
『今のところ雷ちゃんは上手く避けてますけど、そのせいなのか速度が少し落ちてきてますねー』
『このままだとせっかく追いついたのに、追い抜けなくなるんじゃなくって……?』
『そうですねぇ……。なにか有効な手を考えないと、雷ちゃんとしては厳しくなっちゃいますねー』
2人の様子を的確に判断して伝える青葉と熊野だが、この内容については俺も同意見だ。
金剛の体当たりを避けているだけでは雷に勝機は見えないし、かといって一度落ちてしまった速度を上げてやり過ごさせてくれるほど甘くもないだろう。
「エイッ、ヤアッ、ファイヤーッ!」
「うっ、くぅ……っ!」
そしていつしか金剛の体当たりを避け切れなくなった雷が、苦痛の表情を浮かべながら両腕を使ってガードをする。なんとか直撃だけは免れているが、これで完全に雷の方が不利な状況になってしまっただろう。
『おおっと、ついに金剛ちゃんの体当たりが雷ちゃんにヒットー!』
『厳しい状況に追い詰められた雷ちゃんですわー!』
『ですが、直接攻撃によって雷ちゃんが転倒してしまうことがあれば、金剛ちゃんにペナルティーが課せられるので気をつけましょうねー』
「ウムム……、それはちょっと困りますネ……」
釘を指す青葉の言葉に躊躇したのか、体当たりをする金剛の動きが一瞬だけ止まった。
「……っ、今よっ!」
その隙を見逃さないと、雷が一気に加速を開始する。
「逃しはしませんヨー!」
しかし、今度はこちらが読み切っていたと言わんばかりの笑みを浮かべた金剛も急加速をし、並走状態で競り合っていた。
「やっぱり、純粋な速度はあまり変わらないわね……」
「フッフッフ……。高速戦艦の名は伊達ではないネー!」
歯ぎしりをしながら悔しがる雷に、さきほどとは真逆に勝ち誇った様子の金剛。
こうなると雷に勝機は訪れない……と思いきや、油断をしまくっていた金剛がなにかをしでかす可能性が全くないとも言えないが、
「さっきは油断しちゃったケド、もうそんなことはしないデスヨー?」
面と向かって言い放った以上、雷に対して油断をすることはないのだろう。
金剛はしっかりと雷を視界の中心に見据え、一挙手一投足を見逃すまいと目を光らせている。
完全に詰んだ状況に追い詰められ、成すすべがない雷。
一度後方に下がって体勢を整えるか、それとも意地を張って金剛と戦い続けるか。
引けば少しは楽になる。しかし、マックスを抑えるために頑張っているヲ級や北上の気持ちを蔑ろにすることもできないのだろう。
「……それなら、正面からぶつかるのみよっ!」
「その心意気……、褒めてあげますネー!」
2人は叫び合ったと同時に身体を大きく傾ける。
左側を走っていた雷が大きく左へと弧を描き、右側を走っていた金剛は大きく右へと弧を描く。
そして勢いをつけた両者は相手に向かって走り、グッと脇を締めてぶつかり合った。
『雷ちゃんと金剛ちゃんが大激突ーーーっ!』
『あまりの激しさに、艤装がぶつかり合う大きな金属音が鳴り響いてますわーーーっ!』
激化する状況に驚きと歓声が上がり、合わせて心配する声も至るところから聞こえてくる。
「行けー、金剛ちゃーんっ!」
「負けるな雷ちゃん!
がんばれ、がんばれーーーっ!」
「怪我だけはするんじゃないぞーっ!」
「中破して脱げるのは大歓げ……ぶへらっ!」
なにやら少々聞き逃せない声が上がったと思いきや、埠頭から1人の観客が海へと放り投げられた……というよりも、蹴飛ばされてそのまま落ちて水柱が立った様子を見て固まってしまう俺。
「あれあれー、誰か落ちちゃったんですかー?」
そして近くの埠頭に立っている見知った艦娘らしき姿が視界に映り、一気に冷や汗が身体中に吹き上がった。
す、少し前に声が聞こえた気がしたんだけれど、やっぱり来ていたんだな……。
お、おそるべし、ヤン……いや、この名を出すのは止めておこう……。
なにが切っ掛けでスイッチが入るか分かったもんじゃないからね。
雷と金剛が激しくぶつかり合うと、艤装から火花が散り、耳をつんざく音が響く。
始めの1、2回は両者ともに互角と見えていたのだが、5回目の衝突が起こったところで雷の体勢が大きく崩れた。
「くぅ……、でもまだ……っ!」
「思った以上に耐えますネー。
それじゃあ、これならどうデスカー?」
離れて助走をつける動きをせず、金剛がそのまま雷に向かって押し込むように身体を寄せる。
「うぅ……っ!」
踏ん張りきれない雷は苦悶の表情を浮かべながら金剛に押され、進路が左へと傾いていった。
ガリガリと艤装が擦れ合い、更に雷の表情が辛いモノへと変わる。観客たちはその様子を見て声援を送るものの、状況は明らかに金剛が有利になっていた。
「おっと、このままじゃあ少々危ないデスネー」
雷の限界が近いと見たのか、金剛は一旦押し込んでいた力を抑え、少し間隔を空ける。やり過ぎてしまえば雷が転倒するおそれがあるし、ペナルティを課されてしまうのは避けたいのだろう。
「はぁ……、はぁ……」
身体への負担がなくなり、大きく肩で息をする雷。俯きながらも金剛の方に視線を向けるその目は、まだ諦めているようには見えなかった。
「フムー、まだ心は折れていないって感じみたいデスネー。
もう少し疲労させて、追いかける気力を削ぎたいところなんデスケド……」
言って、金剛は雷の頭からゆっくりと足元へ視線を流して様子を伺う。
表情は険しいものの、未だに気迫は失われていない。しかし、腕のところどころが赤くなり、膝にいたってはガクガクと震えて限界が近いように見える。
「下手にぶつかれば、そのまま吹っ飛んでしまう可能性がありますネ……。
転倒させてしまったら、ペナルティは確実でしょうシ……」
雷から目を離さずに考え込む金剛は、うむむ……と小さく唸り声を上げた。
自分から仕掛けて相手を転ばせるとペナルティを受ける。それならば、相手から攻めさせれば良いのではないのだろうか。
しかし、雷はすでに満身創痍寸前の身体なので、その方法はなかなかに難しい……と思ったところで、金剛は自分の手を合わせてポンッと音を出した。
「これだけ疲労していたラ、速度はあまりでませんよネー?」
「……っ!」
雷の驚く表情を見て、金剛はニヤリと笑みを浮かべる。
なんてことはない。すでに雷はダメージを受けているので全力を出せないのだから金剛には敵わないはず。それならば、雷のことは無視してゴールに向かえば良いだけのことなのだ。
考えがまとまった金剛は雷から目を離し、笑みを浮かべたまま加速をしようとした。
「行かせ……ないわっ!」
しかしそれを阻止しようと、雷は痛む身体を動かしながら金剛へ体当たりをしようと助走を取る。
そして脇をガッチリと締めて肩を金剛に向け、持てる力を振り絞ってぶつかろうとした。
「かかった……デスネ!」
「え……っ!?」
口元を吊り上げた金剛はスッ……と重心を落とした。その瞬間、雷は金剛に嵌められたことに気づいたものの、すでに引き返せるような状況ではない。
対して金剛は重心を落とした状態から突っ込んでくる雷を肩でカチ上げようと、タイミングを計っていた。
こうすることで自己防衛の末に雷が返り討ちに遭ったと見なされれば、金剛がペナルティを受けることはない。
「しまった……っ!」
「いまさら気づいても、もう遅いデスネー!」
絶体絶命の状況に置かれた雷は悔しさのあまり目をつむり、その後に襲ってくる衝撃に少しでも耐えられるようにと息を吸い込んだところ、
「おっまたせー」
「えっ……、わわわっ!?」
「why!?」
雷の左手が何者かに引っ張られ、大きく進路が変わることで衝突を免れることができた。
「いやー、ここまで粘ってくれるとは思わなかったよー。
さすがの北上様でも、これは予想外だったなー」
まったく驚いていない口調で言う北上に、ぽかんと口を上げて固まる雷。
「き、北上が追いついてきてるなんて……予想外デース!」
「そりゃあ、あんなにぶつかり合ってたら速度も出ないだろうし、追いつくのも苦労はないよねー。
あ、それとなんだけど、私だけが追いついたとは思わない方が良いかもねー」
「そ、それってどういう……」
言いかけたところで北上が指を後方に向ける仕種をすると、金剛は冷や汗を額に浮かばせながらゆっくりと顔を動かしていく。
そして視界にそれらが映った瞬間、金剛は辺りに響き渡ってしまうほどの大きな歯ぎしりをギリギリと鳴らしたのであった。
次回予告
油断大敵ってレベルじゃない?
まぁ、やっぱりというかなんというか、金剛も子供だからね。
追いついてきた北上の指摘によって振りかえった金剛に新たなる壁が立ちふさがる。
はたして最後の第5ポイントはどうなってしまうのか。
そろそろ終わりも近い……はずっ!
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その75「最終兵器」
乞うご期待!
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