ついに勝負は最後の第5ポイントへ。
単純明快な速度勝負だが、素直に考えればビスマルクチームが大有利?
だけどそこで作戦を練るのも、また1つの戦術なのである!
まずは後ろから……やっちゃいますっ!?
『現在トップの金剛ちゃんが、埠頭方向へ向かって爆走中!』
『2位の北上ちゃんとの差はおおよそ30メートルほどありますが、決して安心できない距離ですわー!』
「「「ワアァァァッ!」」」
最後のポイントは単純明快な速度勝負。見ただけで状況が判断できるため、盛り上がりかたもひと塩だ。
「後ろにいる北上の速さはそれほどでもなさそうネー。
これなら気を抜かなければ、私のトップは間違いなしデース!」
後ろをチラチラと伺いながら、金剛は何度も含み笑いを浮かべている。おそらく勝利した後のことを考えているんだろうが、その油断が命取りになることを理解していないのだろうか。
もちろん俺としてはチームの勝利が1番なので、金剛にはその調子で油断しまくって欲しいところなんだけれど、以外に抜目ない部分もあることを知っている。ただ、2位を走る北上と金剛の差があまり変わっていないところから、このまま何事もなければ順位が入れ代わる状況は生まれないだろうが……、
「んー……、前をどうにかしなきゃいけないんだけど、その前に後ろかなぁ……」
俺は期待を向けた眼差しで北上の方を伺ったところ、右手を顎元に当ててなにかを考えるように呟いていた。
「ヲ級や雷はともかくとして、マックスがこのままきちゃったら追い抜かれるのは確実なんだよねー……」
言って、大きく首を傾げる北上。
正直、競技中の行動とは思えないほど考え込んでいるが、作戦を練っているように見えるので、あまり口を挟まない方が良いだろう。
「おそらく前はたぶん………………だろうし、ひとまず妨害を……しておこうかな」
小さ過ぎる北上の呟きが聞き取れなかったが、どうやら考えはまとまったようだ。
考える素振りをやめた北上は顔を上げ、後ろにいるマックスの位置を確認しながら、急に蛇行をし始めた。
『おおっと、2位の北上ちゃんの動きに変化がありましたが……』
『なにやら蛇行を繰り返しているようですけど、もしかして艤装にトラブルでもあったんですの……?』
心配する熊野の声に、観客たちからどよめきが上がる。
しかし当の本人である北上の表情は焦っている様子もなく、むしろ笑みさえ浮かべていた。
「フッフフーン、フーンフーン♪」
鼻歌交じりに蛇行を繰り返す北上。いくら順位が上位とはいえ、争奪戦の行方がかかっている俺としては、もうちょっと気迫がこもった行動というか、頑張りを表に出して欲しいんだけど。
『北上ちゃんの表情を見る限り、トラブルが起こったようには見受けられませんねー』
『そうなると、わざと蛇行を繰り返しているということですの……?』
『うーん、そうなるんですかねぇー』
疑問の声を上げる青葉と熊野に、観客たちの中にはよく分からないといった風に首を傾げる者もいた。
しかしそんな中、S席の端っこにいる俺に敵意を見せていたモデル体型女性たちの集団が、感心するように頷き始める。
「なるほど……、ここでその手を取るとはね」
「どうやら北上ちゃんは、ガチでトップ取りに集中しているでゴザルな」
「……は?
あの蛇行を見て、どうしてその考えに行き着くんだ?
ぶっちゃけ、意味がないどころか完全にタイムロスじゃねぇの?」
「これだから低脳は……」
「ああっ!?
いくらあんたでも、言って良いことと悪いことくらい……」
ジロリ……ッ!
「……あ、なんでもないです。なんでも」
……弱っ!
チャラそうな外見同様に、中身まで軽いのかよこいつは。
そんなんでよく提督をやっていられるな……と思ってみたりもするが、モデル体型の女性が飛び抜けて怖いんだから仕方がないかもしれない。
「まぁまぁ、こんなところで言い争っていても始まらんじゃろう。
あの蛇行の意味があるとすれば……、ほれ、あそこを見てみい」
言って、初老の提督が左手で自分の髭を撫でながら、右手で北上の後方を走るマックスを指した。
「なんだか前を行く北上が変な動きをしているけれど、差は徐々に縮まっているわね……。
コースはまだ序盤だし、このままの調子でいけば十分にトップは確実だとしても、後ろの2人……得にヲ級は気が抜けない相手だから……」
ブツブツと呟くマックスは、前を走る北上よりもヲ級の方に意識を向けている様だった。前日の幼稚園でどんなひと悶着があったのかは見ていない俺としては分からないのだけれど、ヲ級が取るであろう行動を考えれば想像するのはそれほど難しくはない。
「………………」
それに加えて、今のヲ級はなんというか、負のオーラみたいなモノをまとっているように感じられたりする。雷と4位争いをしているのにも関わらず、一切口を開かずに前を向いて走っているなんて、どう考えても怪しさ満点なのだ。
「……な、なんだか、ヲ級の雰囲気が変……よね」
1番近くいる雷もそれが分かっているのか変に行動を起こし辛いらしく、額に汗を浮かばせながら戸惑っているようだった。
そしてその様子を見ていたマックスの視線は完全にヲ級に向けられたままであり、前方に注意を払わなかった結果……、
「……っ!?」
急にマックスの身体がグラリと揺れ、大きくバランスを崩したのだ。
『あ、危ないですわっ!』
『いきなり3位のマックスちゃんにトラブル発生かーっ!?』
マックスは慌てて前を向き、転倒しないように両足を少し広げる。
「な、なんなのっ!?」
大きな声を上げながら自分の艤装を確認し、どこに問題があるのかをチェックし始めた。しかし故障しているような箇所は見つからず、ホッと胸を撫で下ろそうとため息を吐こうとした瞬間、
「……っ、ま、またっ!?」
またもや大きく身体が傾いたマックスは、慌てて視線を下へと向けた。
「艤装に問題はない……。だけど、こんなにバランスを崩すということは、他に問題が……」
マックスはそう言いながら、視線を少し前へと向ける。前方に見えるのは北上の背だが、なぜか大きく蛇行を繰り返し続けている。
「どうして北上はあんな行動を取っているのかしら……?
もしトラブルが発生したのなら、もっと焦った表情をしてもおかしくないはず……」
頭を傾げつつ必死にバランスを取るマックスは、続けて海面へと視線を向けた。
「蛇行を繰り返すなんて、速度勝負には不必要……。それなのにあんな行動を取るってことは、やっぱりトラブルが起きた以外に……はっ!」
またもや大きく身体が揺れたのを感じ、同時に複数の小さな波が自分の足に触れるのを確認したマックスは大きな声を上げながら北上を睨みつけた。
「そうか……、これを狙って……っ!」
「フッフーン。どうやら気づいたみたいだけれど、ちょっとばかり遅かったんじゃないかなー」
ニヤリと笑みを浮かべた北上がマックスの方に顔を向けた後、右手の人さし指をクイクイと揺らす。それを挑発だと受け取ったマックスは不機嫌な顔を浮かべようとしたものの、突如後ろから聞こえてきた水切り音に気づき、慌てて振り返った。
「やっと追いついたわよっ!」
「……っ、し、しまった!」
マックスのすぐ後ろには、4位争いをしていた雷とヲ級の姿がいる。マックスが北上の蛇行による波に足を取られてバランスを崩している間に、距離を縮めていたのだ。
「………………(ニマァ」
「……っ!?」
そして雷の横を走るヲ級が顔を上げた瞬間、不敵と表現するだけでは生易しいレベルの笑みを浮かべ、マックスが身震いをするように身体を震わせる。
「ココデ会ッタガ100年目……。
アノトキノ恨ミ、ハラサセテモラウヨ……ッ!」
ヲ級が叫んだ途端、身体の周りからブワリと黒いオーラが放出された……ような気がした。
そしてヲ級により近くにいるマックスにはその影響は色濃いらしく、顔中が汗にまみれて緊迫した表情を浮かべている。
い、いったいなにが起きたのかは分からないが、ヲ級がなにかをしたのは間違いないようだ。
まさかとは思うが、違反行為に手を染めたりしちゃっていないだろうな……?
『マックスちゃんがトラブルに巻き込まれている間に、4位争いをしていたヲ級ちゃんと雷ちゃんが強襲ーーーっ!』
『これによって3位争いが大白熱ですわーーーっ!』
「「「うおぉぉぉっ!」」」
第5ポイントのコース序盤に関わらず、北上の作戦によっていきなりの展開にテンションが上がりまくる実況解説の2人と観客たち。
「マーーーックス!
そんな2人に手間取っていないで、さっさとトップを取りなさーーーいっ!」
一方別チームの待機場所から上がった大きな怒号が辺り一帯に響き渡り、マックスが再度身震いをした。
もちろん声の主はビスマルクなんだけれど、こういうときは応援するべきだと思うんだけどなぁ。
今のはどう考えても叱っている感じにしか聞こえないし、萎縮しちゃったら元も子もないんだけれど。
しかし、俺の思いはどこへやら。マックスは一瞬だけビスマルクが居る待機場所の方に視線を向けると、小さなため息を吐いてからヲ級と雷を交互に見つめた。
「……そう言われても、まずはこの2人をなんとかしなきゃ、前に行くことは難しそうね」
「クックック……。
コノ僕ヲ相手ニ、ナントカデキルト思ッテイルノカ………………ウワァッ!?」
マックスの言葉に反論しながら笑みを浮かべたヲ級だったが、北上が起こした波によって足を取られ、大きくバランスを崩しかける。
「い、いったいなんなのっ!?」
同じく雷も焦った表情を浮かべて転倒しないように体勢を低くし、海面に発生した波を見つめて驚愕していた。
「そうか、これが原因で……っ!」
北上の動きと足元の波を交互に見て理由を察知した雷は、巻き込まれないようにと少し左側へ進路を変える。マックスも同じ方法を取ろうと、雷とは反対方向である右側に逃れようとしたのだが、
「ドコニ行コウト言ウノカネ?」
「……くっ!」
その動きを察知していたのか、ヲ級はマックスの右側に回り込んで進路を妨害する。
それ自体は戦略だから問題はないとして、どうして言葉使いが空中に浮かぶ都市で追いかけっこをする王族みたいなんだ……?
「雷!
ココハ僕ニ、協力スルンダッ!」
「きょ、協力……?」
「マックスニ真ッ向カラ速度デ勝負ヲスルノハ具ノ骨頂!
ソレナラ今ノチャンスヲ利用シテ、最下位ニ落トスベキナンダヨッ!」
「な、なんだってーーー!?
……って、いったいどうするのよ?」
なにげにノリが良かった雷がどこぞの編集部みたいな驚きっぷりをしてから、首を傾げてヲ級に問う。
「マックスノ位置ハ、僕ト雷ノ丁度中間……。
ソコマデ言エバ、アトハ分カルヨネ?」
言って、ニンマリと笑みを浮かべたヲ級を見た雷は、ハッと気づくように顔を上げた。
「なるほど!
そういうことね!」
理解を示して嬉々とした雷は、再度進路を変更する。その方向はもちろん左ではなく右……つまり、マックスに向かってだ。
「くっ……、このままでは……っ!」
状況を理解したマックスだが、北上が起こしつづける波に足を取られた状態ではバランスを取るだけでも難しく、妨害してくるヲ級から身を守るだけで精一杯だった。その間に雷が移動を終えてマックスのすぐ左隣に並行し、3人による単縦陣が完成した。
「フフフ……。コレデモウ、取レル手段ハ1ツダケダネ……」
「……っ」
なんとかこの場から逃れて波の影響を受けない場所へ移動したいマックスだが、そうは問屋が卸さないとヲ級と雷がキッチリとブロックをする。
「よしよし。見事なくらいに作戦がハマったねー」
そんな状況をしっかりと見ていた北上は、マックスだけに波の影響が濃くなるように蛇行の幅を狭めた。
「……っ、くぅぅ……っ!」
バランスが大きく崩れるも逃れることができないマックスは、ギリリ……と歯ぎしりをして苦悶の表情を浮かべる。
「ホラホラ、ドウスルノカナ……?」
「さ、作戦とはいえちょっと可哀相な気もするけれど、仕方ないわよね?」
愉悦に入ったヲ級と、少しばかり気まずい表情を浮かべる雷。
だが、これも勝負事では起こりうること……なんだけれど、危険度はかなり高めなので止めるべきかどうか迷うところ。
しかし、実況解説の青葉と熊野や運動会を取り仕切っている高雄からなにも通達がない以上、ギリギリセーフと見なされているんじゃないだろうか。
一応、ヲ級や雷がマックスと直接ぶつかっている訳じゃないんだし、北上も蛇行による波を起こしているだけなんだよなぁ。
仮に危険だからと言って乱入しようものなら、妨害工作と取られてしまう可能性が高過ぎる。もしそんなことになってしまったら、せっかく北上が2位に居たのにと言われるだけではなく、大井からどんな仕打ちを受けるのか分かったモノじゃない。
今日だけで何度海中水泳したのか覚えていないし、もうあんな思いは懲り懲りだからね。
『トラブルに見回れていたマックスちゃんが、ヲ級ちゃんと雷ちゃんに挟まれ大ピンチーーーっ!』
『まさに絶体絶命ですけれど、どうやってこの局面を乗り切るんですのーーーっ!?』
青葉と熊野が煽り、観客たちが子供たちに声援を送る。
「な、なるほど。そういうことだったのか……」
「見事な作戦、そしてそれに反応したヲ級ちゃんと雷ちゃんも見事でゴザルな」
「マックスちゃんには悪いけれど、ああなったらかなり厳しいわね……」
S席の端にいる提督たちが感心の混じった会話をしながら、周りと同じように思い思いの子供たちに向けて声援を送っていく。
そして、完全に不利な状況に陥ってしまったマックスが少しだけ目を閉じた後、小さなため息を吐いて顔を上げた。
次回予告
北上の作戦に賛同する形でヲ級と雷が加わった。
さすがのマックスも3対1では不利と見込んだのか、一度下がろうとしたのだが……。
なにやら、色んな思案が入り組んでいる予感……?
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その73「自己犠牲なのか否か」
乞うご期待!
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