第5ポイントへの交代をする為、必死に走る子供たち。
いつも通りの展開に呆れながらも、このまますんなりいくと思いきや……、
いや、今回で何回目なんだろうね。
第4ポイントも佳境に入り、先頭の時雨が交代を待つ子供たちのすぐ近くまでやってきた。
『ついに先頭の時雨ちゃんが交代場所に到着!
しかしすぐ後ろには大井ちゃんもやってきているぞーーーっ!』
未だに鼻血を出し続けながらとんでもないスピードで駆ける大井だが、最後尾からではさすがに追いつけることができないようだった。
しかし、それでも順位を3つ上げたのは非常に喜ばしいし、最後の第5ポイントで1位を取れる可能性も出てきた。上手くいけば争奪戦の行方も良い方に進むかもしれないと思うと、無意識に頬が釣り上がりそうになる。
「時雨、こっちデスヨー!」
ブンブンと大きく右手を振る金剛を見て頷いた時雨は、後方をチラリと伺って大井との差を確かめる。
そして再度前を向き、しっかりと金剛の位置を確認した時雨は無駄のない動きで近寄ってハイタッチを交わす。
「金剛ちゃん、後は頼んだよ」
「任せるネー!
ここでしっかりとトップを維持して、先生をゲットするヨー!」
自信満々な笑みを浮かべた金剛はそう言って、時雨に手を振りながら加速をし始める。さすがは高速戦艦というだけあって、みるみるうちに目を見張るような速度を出していた。
「北上さーーーん!
大丈夫ですかーーーっ!?」
「あー、うん。私は大丈夫なんだけど、大井っちの方がそうは見えないよ……?」
「わ、私のことを心配してくれるだなんて、さすがは北上さんですっ!」
「い、いや、たきつけたのは私の方だけど、ちょっと怖くなっちゃうかな……」
鼻血をボタボタと垂れ流しながら笑顔を振り撒く大井の様子は、下手をすればホラーと間違えてしまいそうな感じであり、さすがの観客たちも心配そうな表情を浮かべていた。
「と、とにかく後は私に任せて、大井っちは鼻の治療に行ってきなよ」
「なにを言うんですか北上さん!
そんなことよりも、熱中症の方は大丈夫なんですかっ!?」
「う、うん。少し休んでたら治ったみたいだから、心配しなくて良いんだけど……」
「ダメです!
熱中症は治ったと思っても安心はできないんですから、今すぐ一緒に医務室へ行きましょう!」
「い、いやいや、ここから離れちゃったら、競技はどうなっちゃうのさ……」
「そんなことより、北上さんの身体の方が大切ですから!」
「そ、それはさすがにダメだって……」
断固として引かない大井に、北上は冷や汗をかきながら焦った表情で困り果てている。
せっかく順位を上げたのに、ここでまさかのリタイアなんていくらなんでも勘弁してほしいのだが、大井の方も頑固だからなぁ……。
いや、というか、こんなところで止まっている場合じゃないんだけど。
早くしないと、1位の金剛を追い抜くどころか、五月雨や比叡にまで追いつかれちゃうってばっ!
『おおっと、なにやら2位の大井ちゃんがトラブルを起こしているんでしょうかー?』
『あれはいつもの通りに戯れているだけに見えますけれど、今は競技中ということを忘れているんじゃなくって……?』
『あー……。まぁ、いつものことですからねー』
『正直、少々目に余るものがないとは言いませんけれど……』
『あ、あはは……』
ボソリと呟く熊野の一言に、思わず濁そうとする青葉の乾いた笑い声が上がる。どうやら大井の調子は通常運転と見られているようなんだけれど、愛宕はこのことに関して注意とかしなかったんだろうか……。
「なんだか前の方がトラブっているみたいなので、今がチャンスですねっ!」
「金剛お姉様に追いつくためにも、ここは見逃せませんっ!」
そうこうしている間に五月雨と比叡がやってきて、俺の恐れていたことが現実になってしまった。
このままではマジでヤバいから、なんとかしてくれよ北上ーーーっ!
「ほらほら、北上さーん。
一緒に医務室へ向かいましょうよー」
「あー、もう、大井っち!
ちょっと良いから手を貸して!」
「はっ、それはお手々を繋いでランランラン……ってやつですねっ!」
感極まった声を上げながら喜ぶ大井が、即座に北上に向けて手を伸ばす。
「はい、これでタッチは完了。
それじゃあ行ってくるね、大井っち」
「あああっ!
北上さーーーん!?」
大井の手に触れた北上は即座にきびすを返して加速を初め、大井は愕然とした顔でその背を見送ったのだが、
「……あっ、なるほど。
こんなに人がいる前だと、恥ずかしいって訳ですねー。
そんなこと考えなくても良いですのにー。うふふふふー」
自分の両頬に手を当てた大井は、目を閉じてなにかを妄想するようにクネクネと動いていた。
……うん。ぶっちゃけ、ちょっと気持ち悪いです。
でもそれを言葉にしたら、またドロップキックが飛んできそうなので言わないけどね。
ともあれ、なんとか2位という順位で第5ポイントに入ることができたし、北上が頑張ってくれればトップを取るのも難しくないかもしれない。
あとはレースの展開次第だが、可能性は0でなくかなり大きくなったと思えば応援する身にも力が入る。
「北上ー、頑張れーーーっ!」
ここが最後の踏ん張りどころだと自分にも言い聞かせるように叫んだ俺に、北上は小さく会釈をするように手を振って答え、金剛の背を追いかけて行った。
「あああっ!
もうちょっとで追いつけそうだったのに……」
「それでも距離はかなり縮められたはずっ!
この調子でいけば、必ず逆転できますっ!」
「そ、そうですね!」
3位争いを繰り広げていた五月雨と比叡は、お互いに頷き合いながら前を向く。
戦いながらも仲が良いように会話ができるのは、元佐世保鎮守負の艦娘だったおかげなのか、それとも競い合うことによるライバル心が良い方向に影響したのだろうか。
どちらにしても教育者としての立場で言えば、嬉しいことこの上ない。運動会によって子供たちが成長しているのだと考えれば、このイベントも成功だったのだろう。
……ただし、いろんな被害はあっただろうけれど。
「五月雨、早ク、早ク!」
「私に交代すれば、後は全部任せちゃって良いのよ!」
2人は交代場所に立っているチームメンバーのヲ級と雷が手を振って呼んでいるのを見て、再度気合いが入り直したようだ。
『現在2位の大井ちゃんまで交代が済み、残っているのは3位争いの五月雨ちゃんと比叡ちゃん!』
『しかしその後ろから、レーベちゃんがとんでもない速度で追いかけてきますわ!』
青葉と熊野の解説を聞き、五月雨と比叡が後ろを伺い見る。一時は茫然自失状態であったレーベの表情は気迫に満ちており、2人を焦らせるには十分だった。
「さっきは簡単に抜かされちゃったけれど、今度はこっちの番だよ……っ!」
更に畳みかけるようにレーベが叫ぶと、五月雨と比叡は慌てて前に向き直し、必死で交代場所へと急ぐ。
しかしそれでも速度に大きな差があるのか、徐々にその差が縮まっていった。
「こ、このままじゃあ、追いつかれちゃいます!」
「その前に、早く交代しなければっ!」
2人のすぐ目の前には交代場所で待つヲ級と雷がいる。レーベに追いつかれる前になんとか交代しようと、出せる全ての力を振り絞って前へと進んだ。
「ここまできて、逃がすわけにはいかないよ!」
そしてレーベもまた、次の選手であるマックスにできる限り早く交代しようと最高速度を出す。自分のミスで順位を落としてしまった落ち度を返上するため、限界ギリギリまで力を込めた。
『3位争いの五月雨ちゃんと比叡ちゃんがデッドヒート!
そして5位のレーベちゃんの速度が半端じゃない!』
『誰が先に交代できるのか、全く分かりませんわ!』
並行して走る五月雨と比叡に、2人よりも明らかに速い速度で追いかけてくるレーベを見て、観客の盛り上がりも激しくなり多くの歓声がいたるところから聞こえてきた。
「五月雨ッ!」
「比叡!」
「レーベ!」
交代を待つ3人もチームメンバーに向けて声をかけながら、いつでも加速ができるように体勢を整え、タッチをしやすいように後ろに手を伸ばした。
「やぁーっ!」
「せやぁーっ!」
大きく叫んだ五月雨と比叡は、並んで待つヲ級と雷の間をすり抜けるようにしてタッチをする。
そして、あとのことはチームメンバーに任せるために声をかけようと振り返った瞬間、
「「……あっ!」」
五月雨は右足を、比叡は左足をつんのめらせた2人は、見事にシンクロした感じで身体を空中へと浮かせ、そのまま海面へと落下した。
バッシャーーーンッ!
『五月雨ちゃんと比叡ちゃんが揃って転倒ーーーっ!』
『至急、救護班は向かってくださいーーーっ!』
「あいあいさー」
「……了解」
青葉と熊野が叫ぶよりも早く動き出していた救護班の漣と弥生が、第1競技と同じように両手を上に向けて「ウウウーーー」と言いながら現場に急いでいた。
「五月雨……、君ノ犠牲ハ忘レナイヨッ!」
「別に死んだ訳じゃないと思うんだけど、その方が気合入っちゃうわね」
嘘臭い涙を見せるヲ級と、呆れながらジト目を浮かべた雷は、転倒地点を見ながら加速を始める。
「わっぷ……って、勝手に殺さないで下さいよぉっ!」
「私のことは大丈夫ですから、後はよろしくお願いしま……ぶくぶく……」
半泣きでヲ級に突っ込む五月雨はバタバタと両手を動かしながら沈まないようにし、比叡は雷に頑張ってもらおうと……って、結構沈んじゃってないかっ!?
「アイルビー……ぶくぶくぶく……」
右手の親指を立てて海中へと消えていく比叡がなんか言っていたけど、楽観視できる状態じゃないよねっ!?
「わわわわわっ!?
ひ、比叡さんっ、沈んじゃダメですーーーっ!」
すぐ側で頑張っていた五月雨は慌てて比叡の手を掴み、なんとか沈まないように引き上げようとする。
「お、重いです……」
自分だけでも厳しい状況だったのに、更に比叡を抱えて浮かび上がることは難しい。
さすがにこの状況はマズイと思ったのか、加速し始めたヲ級と雷が助けに向かおうとしたとき、
「救護班到着しましたー!」
「あとは弥生たちに任せて、2人は競技に戻って……」
言って、ヲ級と雷の肩をポンと叩いた五月雨と弥生が、五月雨と比叡が転倒したところへと急ぐ。
「……分カッタ。ヨロシクオ願イスルヨ」
「2人のこと、よろしくね!」
コクリと頷いたヲ級と雷が漣と弥生に声をかけてから、金剛と北上を追おうとした……のだが、
「お先に……失礼するわ」
「「……っ!?」」
いつの間にかレーベと交代を済ませていたマックスが2人のすぐ横を通り過ぎ、一気に加速して行った。
『転倒した五月雨ちゃんと比叡ちゃんを心配している間に、マックスちゃんが3位に浮上ーーーっ!』
『勝負では、ときに情け無用なんですわーーーっ!』
どよめきと歓声が入り乱れ、観客のボルテージも一気に加速する。
「コ、コウシチャイラレナイッ!
早ク追イカケナケレバ……ッ!」
「わ、わわわ、私に任せちゃっていいって言ったばかりなのにーっ!」
焦る2人は慌てて加速を再開し、マックスの背を追いかけようと必死に体勢を低くした。
『これで全ての子供たちが第5ポイントに突入しました!』
『現在トップは金剛ちゃん。
2位は少し離れて北上ちゃん。
3位はマックスちゃんで、ヲ級ちゃんと雷ちゃんが4位を争う形になりそうですわ!』
『果たして最後の第5ポイントで、どのような展開が待ち受けるのでしょうか!?』
『まだまだ見逃せない場面がありそうで、全く目が離せませんわね!』
煽りに煽った青葉と熊野により、どよめきは消えて歓声だけが辺りを覆いつくす。
トップの金剛は、高速戦艦である速度を活かしてゴールへと逃げる。
2位の北上は、時雨並の頭脳による作戦を実行するかもしれない。
3位のマックスは、目を見張る強さを発揮する佐世保組の実力を発揮できるのか。
4位を争うヲ級も抜け目ないところがありまくるし、雷もただでは転ばないだろうと思う。
どちらにしても、これが最後の勝負。
俺の争奪戦の行方も、ここでついに決着がついてしまうのだ。
願わくは北上が勝ってくれるとありがたいのだが、こればかりは願うほかない。
だから俺は精一杯できることをやり切ろうと、北上に向かって大きな声援を送った。
次回予告
ついに勝負は最後の第5ポイントへ。
単純明快な速度勝負だが、素直に考えればビスマルクチームが大有利?
だけどそこで作戦を練るのも、また1つの戦術なのである!
まずは後ろから……やっちゃいますっ!?
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その72「共同作戦」
乞うご期待!
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