艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

304 / 382

 天性のドジっ子だからって、いくらなんでもヤバ過ぎだよ!
……と思った港湾チームの面々だったかもしれないが、競技は続きます。

 青葉と熊野の助言によって、ルールを理解した五月雨。
しかし、その隙を逃さないと他の子供たちもやってくる。
借り物競走で誰が出し抜くのか……、それはまだ分からない?


その65「指令書、ゲットだぜ!」

 

『あー……、五月雨ちゃん。

 このポイントで行っているのは借り物競争なので、近くにいる人に借りてくれば良いんですよー』

 

「ええっ!

 そ、そうなんですか……っ!?」

 

 あまりの固まりっぷりにヤバいと思った青葉が助言をした途端、五月雨が大きく口を開けたのを手で隠すようにしながら、大きな声を上げた。

 

『で、ですので、観客席に居る方々や、チームのメンバーとかに借りてきてから、次の交代場所へ向かえばよろしいんですよ……?』

 

 続けた熊野の声も、心なしか元気がない……というよりかは、道端で段ボール箱に捨てられている可哀相な子犬を見て、手をさしのべているような優しさが感じて取れる。

 

 しかし、五月雨は子供の姿だといっても、元は佐世保鎮守府に所属していた艦娘。とある事情で小さくなってしまったのだが、知識までもが幼くなってしまったはずではないんだけれど。

 

「さ、五月雨、またしてもドジっちゃいましたぁっ!?」

 

 大慌ての五月雨は指令書を持ったままバタバタと手を振り、どこに向かうべきかと顔を激しく動かして辺りを見回している。

 

 そんなことをしているうちに時間は刻一刻と過ぎていき、後を追いかけてきた時雨が海に浮かぶ封筒の1つを手に取っているのが見えた。

 

「さて、いったいどんな指令が書かれているのかな……?」

 

 中を見てしまえば代えが効かないと分かっているはずだが、時雨は戸惑うことなく封を破る。

 

 さすがは幼稚園一の頭脳を持つ時雨。ルールに恐れていてはなにも始まらないということくらい、簡単にお見通しという訳だ。

 

 そして中に入っている紙を広げて目を落とすと、小さく口を開けて呟いた。

 

「ふむ……。鉢巻きを借りてくれば良いってことなんだけど、誰か持っている人がいるのかな……?」

 

 そう言って、時雨はキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 封筒が浮かんでいる地点から観客がいる埠頭までの距離はすぐ近くであり、その中から鉢巻きをしている人物を探しているのだろう。

 

 運動会といえば応援団――と真っ先に浮かんでくるのだが、あいにく幼稚園にそのような組織やクラブはない。しかし、観客の中には応援団と変わらない人物も居るようで、

 

「おっと、あそこの辺りが良さそうだね。

 それじゃあ、手早く済ませてしまおうかな」

 

 少しだけ口元を吊り上げた時雨は指令書をポケットにねじ込んで、倉庫がある方向へと加速を始めた。

 

「あああっ!

 いつの間にか追い抜かれちゃってますっ!?」

 

 時雨が倉庫の方へと向かうのを見た五月雨は更に慌て具合が増し、手に持った指令書を食い入るように読み直す。

 

「やっぱり書かれているのは腕時計だけですし、青場さんや熊野さんが教えてくれた通り、誰かに借りに行かなきゃいけませんよねっ!」

 

 なんとか自分のやるべきことを理解しきった五月雨は、もう1度キョロキョロと顔を動かしてから大きく頷いた。

 

「ひ、ひとまず、チームの待機場所に行ってみます!」

 

 言い聞かせるように叫んでから加速を始めてみるものの、

 

「わわっ!?」

 

 急加速でバランスを崩しかけた五月雨が、両手をワタワタと激しく動かしながら転倒しないように頑張っていた。

 

 うぅむ……。第1競技の時といい、五月雨は懲りないタイプなんだろうか?

 

 いくらドジっ子だとしても、経験があればそれなりにサポートできるはずなんだけどなぁ……。

 

 ましてや元は第一線にいた艦娘のはずなのに……と、内心ため息を吐きそうになったが、明日以降にちゃんと教えてあげれば良いだろうということで納得しておくことにする。

 

 ……まぁ、今日の結果次第では、どうなるか分からないけどね。

 

 今のところ、俺のチームメンバーである大井は最下位にいるし、ここから大逆転をしなければ望みはかなり薄くなる。

 

 ならばこそ、ここは1つ大井に向かって大きな声援を送らなければならないのだ。

 

 俺は両手をメガホンのように口元に添え、「大井、頑張れーーーっ!」と声を上げた。

 

 その後、「いちいち言わなくても分かってます!」と言い返され、涙目になってしまったのは、少々酷い気がするんですが。

 

 

 

 

 

『現在、五月雨ちゃんと時雨ちゃんが指令書をゲットし、指定されたモノを探しに向かっております!』

 

『残るは3人ですが、レーベちゃんと比叡ちゃんがそろそろ封筒が浮かんでいるポイントに到着しそうですわ!』

 

『しかし、最下位の大井ちゃんもそれほど差は大きくなく、どうやら混戦になりそうな予感です!』

 

『第4ポイントに入った時点で先頭だった五月雨ちゃんも、今では時雨ちゃんとの差はほとんどないか、抜かれてしまった模様!

 借り物をゲットするタイミングによっては順位がどうなるか、全く分かりませんわね!』

 

 青葉と熊野の説明を聞き、俄然観客たちの応援が大きくなる。

 

 ある者は目当ての子供を応援し、ある者はみんなに向かって声を上げていた。

 

 そして、それらを耳に入れた子供たちの表情にも気合いが表れ、追いかける気力もどんどんと高くなる……はずなのだが、

 

「……よし、ここに浮かんでいる封筒のどれかを拾えば良いんだよね」

 

 比叡よりも少し早く到着したレーベは、辺りを見回しながらどれを拾おうかとスピードを落とした。

 

「この距離なら逆転は十分可能です!

 ここは選ぼうとはせず、一番近い封筒をゲットすれば……」

 

 すると後ろから追いかけてきた比叡がレーベの姿を見て呟き、前方に見える封筒へと手を伸ばそうとしたところ、

 

「ふふ……、残念だけど、これは僕がいただくね」

 

「ひえぇっ!?」

 

 レーベはまるで比叡の邪魔をするかのように狙いをつけていた封筒を奪い去り、ビリビリと封を切った。

 

「むむむっ!

 今の動きは、私に挑戦を叩きつけたんですねっ!」

 

「……さぁ、どうだろうね。

 たまたま目に入った封筒を取ろうとして、それが被っただけかもしれないでしょう?」

 

 そう答えたレーベだが、表情は明らかに不適な笑み……と表現できるくらい、いやらしさが見て取れた。

 

「……くぅっ!

 し、しかし、ここで時間を取られる訳にはいきませんっ!」

 

 タイムロスは避けたいと、比叡は少し離れた場所に浮いていた封筒へ目掛けて走り出す。

 

 それを見たレーベは更に口元を吊り上げながら、封筒の中に入っている紙を広げてみたのだが、

 

「………………」

 

 なぜか、いきなり固まるレーベ。

 

 その変化は遠目でも明らかで、全くと言って良いほどピクリとも動かない。

 

『おやおや、今度はレーベちゃんの方に怪しげな雰囲気が感じ取れますが、いったいどうしたんでしょうか……?』

 

『ま、まさか、ついに元帥の罠が発動したんですのっ!?』

 

 バタンッ! と机を叩く大きな音と熊野の声が聞こえ、続けて遠くの方で男性の「ギャアアア……ッ!」という悲鳴のようなモノが聞こえた気がした……が、気にしないでおく。

 

「ど、どうしよう……」

 

 そして、やっと動いたレーベは悲壮な顔をしながら、ボソリと呟いた。

 

「私に対して嫌がらせなんかをするから、そういう目に遭うんですよ!」

 

 そんな様子を見ていた比叡は、拾った封筒の中に入っている指令書を開けて笑みを浮かべる。

 

「そして、この勝負は……私の勝ちです!

 目指すは先生の所有権。気合い、入れて、いただきます!」

 

 大きく叫んだ比叡は両手をパンッ! と胸の前で叩き、即座に加速をし始めた。

 

「こ、こんなことになるなんて……。

 で、でも、これってどうしたら良いんだろう……?」

 

 苦虫をかみつぶしたような顔をしたレーベは、大きなため息を吐きながら再び紙へと視線を落とす。

 

 残念ながら遠目では内容が見えず、それは青葉たちにも同様なようで、

 

『ど、どうやら、卑猥な感じには見えなさそうですが……』

 

『いいえ、元帥のことですから、どんな嫌がらせを仕込んでいるか分かったもんじゃありませんわ!』

 

 熊野がそう言うと、再び遠くから悲鳴が上がる。

 

 もちろん誰も気にしていないし、そんな必要もないんだろうけれど。

 

「と、とにかく行動しなきゃ、どうにもならないよね……っ!」

 

 五月雨と違い大きく慌てなかったレーベは紙を持ったまま加速をし、俺が居る方向へと走り始めた。

 

 

 

 

 

「私以外はすでに指令書を手に入れたみたいですね。

 先生を助ける気はさらさらないですけど、北上さんの為には頑張らないといけませんし……」

 

 またしてもへこみそうな言葉が聞こえた気がするが、毎回落ち込んでいたらキリがない。

 

 つーか、なんで呟くレベルでいい内容を、俺の耳にまで聞こえる声量で言っちゃうのかなぁ……。

 

「さきほどの青葉さんと熊野さんの会話を聞いていると、元帥がなにかを仕込んでいる可能性はゼロじゃありませんし、なにより北上さんから聞いたヒントになるようなモノがどこかに……」

 

 キョロキョロと海上を見渡しながら封筒をチェックしていく大井だが、なにやら不振な内容を言っていた気がするんだけど。

 

 北上から聞いた、ヒント……って、いったいなんなのだろうか。

 

 まさかとは思うが、北上が元帥の思考を読んで罠があると判断し、更に封を開けずとも中身が分かるようなヒントがあると想像していたのなら、それはもう半端じゃないほど想像力に長けているというか、子供ながらでは済まされないレベルなんだよね。

 

 先に行動をした時雨でさえ、そういった仕種は見受けられなかったし、もし北上の考えが合っていたのならば、人外の為せる技と言ってしまってもおかしくないのかもしれない。

 

「……っ、時間に余裕もありませんし、これにしておきましょう」

 

 遠くなっていく別の子供たちの背を見た大井は、妥協するような言葉を吐きながら素早い動きで1つの封筒を拾い上げた。

 

「えっと、中に入っている指令書は……」

 

 封を破って中に入っている紙を広げ、マジマジと読む間もなくポケットへねじ込み、顔を左右に向ける。

 

「………………」

 

 埠頭を端から端まで見回していた大井が急に眼をキラーンと光らせると、「よしっ!」と気合いを入れるように叫んでから、急加速を開始した。

 

 残念ながら紙に書かれている文字は見えず、どんな内容だったのかは分からない。

 

 ただ、なんともいえない嫌な予感と、これから起こってしまう不幸の臭いが、生暖かい空気と共に感じたのは気のせいであって欲しい。

 

 まさかとは思うけれど、またしても海に落とされる……なんてことは、もう勘弁したいからね。

 

 でも、明らかに大井が向かって来ているのは、こっちの方向なんだよなぁ……。

 

『さて、どうやら5人の子供たちは全員指令書を手に入れ、思い思いに走り出していますねー』

 

『今のところ分かっているのは、五月雨ちゃんの腕時計と、時雨ちゃんの鉢巻きでしたわよね?』

 

『ええ、その通りです。

 残念ながら、他の3人の指令書は不明ですが……』

 

『せめて、元帥の罠でなければ良いのですけれど……』

 

『『はぁぁぁ……』』

 

 2人揃って大きなため息を吐き、スピーカーを通して辺り一帯に響き渡る。

 

 一応、実況解説なんだから、そういったことはしない方が良いと思うんだけど、色々と心労も溜まっちゃっているんだろうなぁ。

 

 これが最後の競技だし、ポイントも次でおしまいだから仕事も残り少ないはず。終わった後に少しばかりねぎらってあげても良いのかもしれない。

 

 ただし、青葉の言動に対して問題もあったので、どちらかと言えば説教の方が大きくなるかもしれないけれど。

 

 ……それに、俺だけじゃないかもしれないけどさ。

 

 まぁ、これも元帥と同じで自業自得なところがあるし、青葉だから仕方がないよね。

 

『そ、それでは、各子供たちの様子を伺いながら、実況していきましょう!』

 

 そんな俺の思考を読み取ったのか、それとも高雄辺りに脅されたのか、突如焦ったような青葉が話し始めた。

 

『今、行動を起こしている子供たちの中で、大きな動きがありそうなのは……』

 

『どうやら時雨ちゃんが、倉庫側の埠頭に近づいているようですわ!』

 

『なるほど。

 それでは早速、様子を見てみましょう!』

 

 

 

『『それでは次回、時雨ちゃんの借り物競争でお送りいたします(わ)!』』

 

 

 

 ……いや、なんで次回予告っぽいんだ?

 

 なんてツッコミも、心の中で済ませておけるくらい、慣れてしまった俺だった。

 




次回予告

 借り物競走によってばらける子供たち。
まずは先頭の時雨の様子を伺おうとしていると、なにやら不穏な空気が漂って……?

 那珂ちゃんのファン VS 時雨

 レディー、ファイトッ!


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その66「時雨の底力」


 乞うご期待!

 感想、評価、励みになってます!
 お気軽に宜しくお願いしますっ!

 最新情報はツイッターで随時更新してます。
 たまに執筆中のネタ情報が飛び出るかもっ?
 書籍情報もちらほらと?
「@ryukaikurama」
 是非フォロー宜しくですー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。