艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 龍田がなんか……変化した?
果たして見間違いだったのか、それともまたまた元帥の罠なのか。
訳が分からないまま競技は進み、第4ポイントへと向かう子供たち。

 しかしまたしても、問題が発生したのだが……、これは……、うん、予想できなかったよね。


その64「ドジというレベルじゃない」

 

「よし、このリードがあれば、このまま第5ポイントまでいけそうですっ!」

 

 単独で先頭に立つ五月雨が気合を入れた声を上げながら、借り物競争の指令書である封筒が浮かべられた場所のすぐ近くまでやってきた。

 

『2位争いに視線が集まる中、いつの間にか先頭を行く五月雨ちゃんがこんなところまでやってきたーーーっ!』

 

 青葉の実況によって五月雨へと視線が向けられると、観客の方からため息にも似た声が漏れ出してきた。

 

「おいおい、これだけの差が開いちまったら、いくらなんでも追い抜くのは難しくないか……?」

 

「いや、しかし今の港湾チームの選手は五月雨ちゃんだからな……。

 第1競技と同じようにトラブルを起こしてしまったら、どうなるかは分からないぜ?」

 

「それにあれだろ。

 さっき実況解説が話していた通り、このポイントも元帥が仕切っているんだったら……」

 

「いったいどんな罠が仕掛けられているか分からないわね。

 もし子供たちが酷い目に遭うようだったら、高雄秘書艦だけに任してはおけないわ」

 

「確かに、おそらく高確率で厄介ごとを持ち込むのは予想できる。

 だが、第1競技が始まる前に行ったエキシビションを思い出してみると……どうじゃ?」

 

「「「……はっ!」」」

 

 なにやらS席の端っこの方で話し合っている集団が、一斉に顔を上げる。

 

 ちなみに全員が元帥と同じ白い軍服を着込んでいるところから、ほぼ間違いなく別の鎮守府に属する提督なのだろう。しかし、その衣服以外はてんでバラバラであり、小太りの中年男性から茶髪のチンピラ風に、サングラスをかけた筋肉質なおっさん、モデル体系のすらっとした長身女性に、真っ白な髭をたくさん蓄えた初老の男性と、まったくもって共通点が見当たらない。

 

 だが、ここに居るS席の観客は、おそらく観艦式と子供たちを見にきた人たちであり、提督という立場と共に共通点があるのだろう。

 

 俺のこの考えが間違いであればどれほど嬉しいかとも思ったが、その考えは次の会話で見事に打ち砕かれる。

 

「ま、まさか、子供たちに卑猥なお使いをさせるとでも……っ!?」

 

「もしそうだったのなら、元帥のアレを力任せにブチ切るわよ!」

 

「いやいや、さすがの元帥もそんなことはさせんじゃろうが、それとなしにアクシデントを誘発させることも考えられるのう……」

 

「くっ……、さすがは元帥。

 子供たちに酷い目を合わせるのは許せないが、アクシデントなら仕方ないぜ……っ!」

 

「ちくしょう……。ポロリもあるよ的な展開とは……ヤルじゃねぇか……」

 

 そう言って、初老の男性とモデル体系の女性を除く男性3人が、ジュルリと鳴らしながら口元を袖で拭いていた。

 

 おいこら、ちょっと待て。

 

 いくらなんでも、子供たちを前提にして変な想像をするんじゃない。

 

 さすがに俺にも立場というものもあるが、それを除いたとしても聞き捨てておけるほど人間ができちゃいないんだぜ?

 

 片やどこかの鎮守府の提督勢。そしてこちらは幼稚園に所属する教育者。

 

 立場を比べればとてつもなく低い位置には居るが、子供たちを思う気持ちは誰にも負けないつもりなんだからな!

 

「ともあれ……じゃ。

 今は子供たちを応援し、ことを見守ることが先決じゃろう」

 

「まぁ、そうね。

 いつでも元帥を襲撃できるよう準備は済ませてあるから、今のところ問題はないわ」

 

「そうだな。

 それじゃあ俺は、五月雨ちゃんを見守りながら応援するぜ」

 

「ふふふ……。

 私の比叡ちゃんに対する愛の応援に、敵うとでもお思いか?」

 

「おいおい、それって俺に喧嘩を売ってるってことで良いんだよな?」

 

「……ほぅ。

 青二才が一丁前に言葉を話すとはなぁ」

 

「んだと、コラァ!」

 

 プッツンしそうになったチンピラ風と小太りが一触即発の雰囲気になった途端、モデル体系の女性が即座に立ち上がり、

 

「……私のレーベちゃんに対する応援の邪魔をするなら、先にブチ切ってあげても良いのよ?」

 

 そう言いながら、2人の頭を鷲掴みにして凄んでいた。

 

 なお、その眼は過去に何人もの人を殺してそうな感じです。

 

 ある意味龍田より怖い。マジパナイ。

 

「わ、分かってるって……。

 冗談だよ、冗談……」

 

「あ、あんたに言われなくても分かって……って、痛いでゴザルーーーッ!」

 

「私に逆らおうなんて、馬鹿なのかしら……?」

 

「そ、そんな気はないから、マジで勘弁ーーーっ!」

 

 モデル体系の女性がガン決まりの視線を向けて手の力を更に込めると、小太りの男性から悲鳴とミシミシと鈍い音が頭の方から聞こえてくるんだけど、いったいどんな握力をしているんだよっ!?

 

 つーか、このままだとマジでヤバイんじゃないかと思ったところで、初老の男性が小さく口を開いた。

 

「多少の馴れ合いは構わんが、そろそろお目当ての子の出番がくるんじゃなかろうかのぅ?」

 

「……っ、私としたことが、少し頭に血が上ってしまったようね」

 

「ひ……ぃ、ひぃ……、いて、いてて……で、ゴザル」

 

 手を離したモデル体系の女性は自分の椅子へと戻って済ました顔を浮かべ、小太りの男性はその場でうずくまりながら両手で頭を抱えていた。

 

 なお、チンピラ風の男性は早めに引いたので助かったようだが、椅子の上で小刻みに身体を震わせていたので、トラウマになっちゃってしまったんだろうなぁと思う。

 

 あと、なんで語尾がゴザルなんだろうね……。

 

 

 

 

 

 そうこうしている間に、3位以下の3人が次々と交代場所に到着した。

 

「お待たせし過ぎてすみません!

 レーベ、後はお願いします!」

 

「了解したよ、霧島。

 先頭との差はそこそこあるけど、これくらいなら抜けない距離じゃないね」

 

 気まずそうな表情を浮かべる霧島に対し、交代したレーベは余裕を浮かべていた。

 

「暁ちゃん、早く早く!」

 

「もうっ!

 そんなに叫ばなくても、分かっているってばぁっ!」

 

 暁はそう言いうものの、表情は焦りにまみれている。必死になって伸ばした手で比叡タッチをすると、その場で崩れ落ちそうになるのを必死にこらえながら、肩で大きく息をしていた。

 

「後は比叡に任せて下さい!

 気合、入れて、行きます!」

 

 暁を心配する声をかけてから加速を始めた比叡は、真剣な顔で前に居るレーベの背中を見つめている。

 

「ここで勝たなければ、先生の所有権が手に入りません!」

 

 自分たちのチームの総得点がかなり後れを取っているのを理解してか、比叡の気合の入り方が半端じゃない。

 

 できればこれが俺に関して居なければと思うのだが、今更なのでへこむのは止めにしておこう。

 

「潮、早くしなさいっ!」

 

「う、うん、もう少し……っ!」

 

 そして少し遅れて最後尾の暁が大井とタッチを交わし、交代を済ませたのだが、

 

「お、大井ちゃん……、ご、ごめんなさい……」

 

「謝っても現実は変わりません……。

 ですけど、最後まで頑張ったことは褒めてあげます」

 

 そう言って、大井は潮の頭を軽く撫でてから前を向き、急加速で4人を追い始めた。

 

「お、大井ちゃん……」

 

 泣き出しそうな潮は服の裾で顔を拭い、大井の背中を見る。

 

「後は……、お願いします。

 頑張って……、そして、先生を……」

 

 小さく呟きながら眼を閉じ、祈るように天を仰ぐ潮は、暫くその場で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

『さて、これで全ての子供たちが第3ポイントを終えました!』

 

『先頭は港湾チームの五月雨ちゃん。

 2位はしおいチームの時雨ちゃん。

 3位はビスマルクチームのレーベちゃん。

 4位は愛宕チームの比叡ちゃん。

 そして最後尾は先生チームの大井ちゃんになっていますわ!』

 

『先頭の五月雨ちゃんは2位以下を大きく引き離し、その距離はおおよそ100メートル以上!』

 

『2位の龍田ちゃんと3位以下の差も50メートルほどありますので、先頭と最後尾の差はかなりありますわね』

 

『だがしかし、これから拾う封筒の中身によっては、これだけのリードがあったとしても油断は禁物!』

 

『もちろん今回も元帥が考案したギミックですから、なにが起こるかなんて、まったく分かりませんわーーー!』

 

 熊野が締めくくったところで観客から大きな声が上がったんだけど、その大半はブーイングという結果に、少々可哀想な感じになってきた。

 

 あ、もちろん可哀想だと思った対象は子供たちであって、元帥じゃないです。

 

 自業自得に関しては気にする必要がないからね。

 

『今、頑張っているのは子供たちです!

 ですので、皆さんは精一杯応援してあげて下さい!』

 

『苦情などは後で元帥が身を持って答えてくれますので、それまで我慢しておいて下さいですわ!』

 

『え、ちょっと、聞いてないよそんなことっ!?』

 

 ……あ、生きていたっぽいな。

 

『元帥!

 まだオシオキが終わっていないんですから、口出ししないで下さい!』

 

『ちょっ、まだ終わってないのっ!?』

 

『当り前でしょうが!

 これから両足にコンクリートブロックをくくりつけて、海にダイブするんですよ!』

 

『それって間違いなく死んじゃうやつだよねっ!?』

 

 ……うん。確実に処刑ですよ、それ。

 

 まぁ、どうせいつも通りの不死身スキルを発揮するんだろうから、ちゃっかりどこかで沸いてくるんだろうけれど。

 

『ヘルプ!

 ヘルプミィィィィィ………………』

 

 そして元帥の声が遠のいていくが、やっぱり誰も気にしないようです。

 

 高雄のことだから、寸前のところで止めるだろうし大丈夫だと思っているんだろうね。

 

 かくいう俺も同じように思っているし、気にするだけ無駄ってことなんじゃないかな。

 

 ……と、そうこうしている間に、先頭の五月雨が速度を落として身を屈め始めるのが見えた。

 

「い、いっぱい封筒がありますけど、どれを選んだらいいのかな……?」

 

 五月雨の周りには防水加工をされた封筒が無数にあり、あまりの多さに迷ってしまっているようだ。

 

「五月雨!

 迷ッテイナイデ、早ク、早クッ!」

 

 すると港湾チームの待機場所の方からレ級の急かす声が聞こえ、五月雨は慌てて近くにあった1つの封筒を拾い上げた。

 

『あ、ちなみになんですが、封筒を開けたら変更は不可になっちゃいますので肝に銘じて下さいねー』

 

『ただし、あまりに酷い内容とこちらが判断した場合のみ、変更は可能になっていますわー』

 

 ドンピシャのタイミングで青葉と熊野の説明が入り、封筒の封を切ろうとした五月雨の手が止まる。

 

「こ、これで本当に、良い……のかな……?」

 

 焦る五月雨の耳には観客から多くの歓声と、レ級の急かす声が入り混じり、眼がグルグル巻きのようになってしまいそうなくらいに混乱していたものの、

 

「で、でも、このままジッとしていたら追いつかれちゃいますし、開けるしかないですよね……っ!」

 

 そう言って、五月雨は勢いよく封筒の上部をビリリと破る。

 

 そして中に入っていた紙を広げた途端、首を傾げて固まった。

 

『……五月雨ちゃんが固まっていますが、どうしたんでしょうか?』

 

『も、もしや、恐れていた卑猥な内容が……っ!?』

 

 その言葉に戸惑う観客勢からざわつきが上がるが、それらを解消する言葉が五月雨の口から発せられた。

 

「あ、あのぅ……、五月雨……、腕時計をしていないんですけど……」

 

「「「「「………………」」」」」

 

 みんなに見えやすいようにと、広げた紙を頭の上でヒラヒラと振る。

 

 そこには確かに、腕時計と書かれていたんだが……、

 

「持っていない場合って、どうなるんですか……?」

 

 その言葉に、観客全員の目が点になった。

 

 ……いや、おそらく観客だけでなく、ここに居る全てで間違いないだろう。

 

「あ、あれ……。

 五月雨、なにか変なことを言いました……?」

 

 そう、つまり――

 

 

 

 五月雨は、借り物競走をちゃんと理解していなかった……ということである。

 

 

 

 さ、参加が決まった時点で、ちゃんと聞いておこうよね。

 





次回予告

 天性のドジっ子だからって、いくらなんでもヤバ過ぎだよ!
……と思った港湾チームの面々だったかもしれないが、競技は続きます。

 青葉と熊野の助言によって、ルールを理解した五月雨。
しかし、その隙を逃さないと他の子供たちもやってくる。
借り物競走で誰が出し抜くのか……、それはまだ分からない?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その65「指令書、ゲットだぜ!」


 乞うご期待!

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