艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 第2ポイントへ突入した子供たち。
そこでいきなりあの子が爆走し始める。
全ては勝利の為。そして、報酬の為……なのだが、少々やり過ぎじゃないですかね……?


その57「プリンツ無双」

 

「レッレレノレー!」

 

 言葉が通じなかった海底での出会いの際、ちょくちょく言っていた懐かしい口癖を叫びながら海上を駆けるレ級。

 

 ちなみに箒を持ったおじさんが掃除をしている方が浮かんだ場合も間違っていないので大丈夫。

 

 ……いや、なにが大丈夫かは分からないが、とりあえずレ級はいつも通りだということだ。

 

「申し訳ありませんが、抜かせてもらいますっ!」

 

「くっ……、流石に直線では敵わないでありますか……っ!」

 

 後方にいた榛名に追い抜かれ、歯噛みしながら悔しそうな表情を浮かべるあきつ丸だが、完全に諦めているという感じではなく、どこか余裕があるようにも見える。

 

 単純な速度では明らかに分が悪いというのは分かっているし、このポイントでは少々難しいとも思っていた。しかし、あえて俺がこのポイントにあきつ丸を採用した理由を、どうやら本人はちゃんと理解しているようだ。

 

『先頭を走るのは変わらずレ級ちゃん!

 後に続くあきつ丸ちゃんが榛名ちゃんに抜かれて3位に後退ーーーっ!』

 

「今がチャンスだね……。行くよ!」

 

『その後ろからも響ちゃんがあきつ丸ちゃんとの差をドンドンと縮めていますわーーーっ!』

 

 実況解説の青葉と熊野にも熱が入り、観客からの声援も大きくなる。

 

 そんな中、どこからともなく誰かの驚く声が聞こえた途端、周りから大きなどよめきが上がった。

 

「ふぁいやあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」

 

「な……っ!?」

 

 あきつ丸を追い抜こうとしていた響のすぐ横を、大きな水しぶきをあげながら高速で駆け抜けていく1人の子供。

 

 最後尾にいたプリンツが、怒とうの追い上げで響とあきつ丸をごぼう抜きにしていた。

 

『なんとここでプリンツちゃんがとんでもないスピードで2人抜きーーーっ!』

 

『第1競技でのレーベちゃんもそうでしたけど、ビスマルクチームの子供たちの性能は化け物ですわっ!』

 

 感嘆が混じる声を上げた熊野に観客一同も頷き、更に応援に加速がかかる。

 

 そして、遠くにある別のテントからは……、

 

「おーっほっほっほ!

 さすがはプリンツ。これで私のチームに優勝が転がり込んでくるわっ!」

 

 ――と、どこぞのきわどいボンテージ風の衣装とマントを身にまとった魔法使いとか、骸骨の形をした石を盗み出そうとする泥棒みたいな高笑いが聞こえてきた。

 

 ぶっちゃけ、あまりに想像できてしまったせいか頭痛が酷い。

 

 なにげに似合いそうだけにたちが悪いし、おっちょこちょいなところも含めてピッタリなんだよね。

 

「くっ……。ですが、榛名は負けません……っ!」

 

 振り返った榛名は後ろから迫ってくるプリンツを一瞥し、更に加速をしようと前傾姿勢を取りながら表情を強張らせた。

 

 前方に見えるレ級の背を追うよりも、プリンツの方が脅威と判断したのだろう。何度もチラチラと後ろを見ながら、自らの身体で航路をブロックしようと小さく蛇行し始めた。

 

「フッ……、甘いですね!」

 

 そんな榛名の様子を見たプリンツは小さく笑みを浮かべながら重心を右側に倒し、スピードスケート選手がコーナーを曲るかのような体勢を取った。

 

『おおっと、ここでプリンツちゃんが急に方向転換!?』

 

『直線だというのに、いきなり右方向にカーブだなんて……どういうことですのっ!?』

 

『まさか運貨筒転がしのように、体当たりをするつもりでしょうか!?』

 

『しかしあれは、金剛ちゃんのブラフだったですわ!』

 

 プリンツの動きを見た青葉と熊野が憶測を交えた声を上げると、観客からも様々な意見が飛び交い始める。

 

「プリンツちゃんの勢いでダンプしたら、いくら榛名ちゃんでもやばいんじゃないかっ!?」

 

「いやいや、いくらなんでも体当たりはヤバいだろっ!」

 

「だけど、最後尾からごぼう抜きをするなら、その手もありなんじゃないかっ!?」

 

「おいおい、これは運動会……ましてや子供たちなんだぜ?

 そんなに危ないことをやらせちまったら……」

 

「おーっほっほっほっ!

 行きなさいプリンツ! やっておしまいーーーっ!」

 

 観客に交じってビスマルクが煽りまくる発言をし、俺の頭痛が更に悪化する。

 

 このままだとビスマルクの両隣に「アラホラサッサー」とか叫び出す男性が増えたりしないだろうな……。

 

 そのあまりの酷さに、頭を抱えながら海にドボンしたくなっちまったぜ……。

 

 まぁ、さすがに4回目はやりたくないけど。

 

 あとついでに言っておくが、ダンプとは体当たりをして進路を確保する競艇テクニックの用語だ。

 

「ビスマルク姉さまの応援……っ!

 プリンツ、頑張ります。ふぉあいやあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」

 

 そして見事なまでに鼓舞されてしまったプリンツがとんでもない速度を出しながら、弧を描いて榛名に向い水上を駆けて行く。

 

「そ、そんな大きな声を上げても榛名は………………ひっ!?」

 

 榛名が焦りながらも距離をはかろうと後ろへ振り返った瞬間、プリンツの身体が眼と鼻の先に見え、驚きの表情を浮かべながらビクリと身体を震わせた。

 

『あ、危ない! ぶつかっちゃいますーーーっ!』

 

「さ、避けるんだ榛名ちゃーーーん!」

 

「ぶっ飛ばしなさい、プリンツーーーッ!」

 

「ウソダドンドコドーーーン!」

 

 青葉が、観客が、ビスマルクが思い思いの声を上げ、視線が2人に向けられる。

 

「やめろーーーっ!」

 

 そして俺もプリンツへと叫び声を上げた瞬間、少しだけ釣り上がる口元を見て大きく眼を見開いた。

 

 プリンツは身体を更に低重心にするべく、大きく屈んだ体勢を取る。

 

 それはまるで、佐世保幼稚園で俺に向かって放ちまくった、プリンツミキサーの予備動作。

 

 これは本当に榛名が危ないと思ったのも束の間、プリンツはとんでもない行動を取ったのだ。

 

「とりゃあああぁぁぁぁぁーーーっ!」

 

『と、飛んだーーーーーっ!?』

 

 榛名とぶつかる寸前、プリンツは両足に溜めていた力を解放してバネのように足を伸ばした。

 

 タックルの場合は水平方向に。しかし、今プリンツが行ったのは、上方向へなのだ。

 

 結果、スピードが乗っていたことによって大ジャンプとなったプリンツは宙を舞い、カーブを描いていた慣性も重なって身体がクルクルと回転をする。

 

『そ、そしてなんと空中で1、2、3……4アクセルですわーーーっ!』

 

 バッシャーーンッ! と大きな水しぶきをあげたプリンツだが、完璧といえる着水と同時に加速を再開し、ほとんど速度を落とすことなく先頭を見据えていた。

 

『なんとまかさかの記録達成ーーーっ!?』

 

『これが女子フィギュアスケートでしたら、ギネスはもとより大ニュースになりますわーーーっ!』

 

『子供ながらに4アクセル!

 これでこの国のフィギュアスケート界は安泰ですーーーっ!』

 

 ウオォォォッ! と、観客も大盛り上がりを見せまくるが、そもそもプリンツは艦娘であるし、舞台は氷の上じゃなくて海上なんだけど。

 

 もはやなんでもありの状態だが、確かにやったことは半端じゃないし、騒ぎ立てるのも無理はない。

 

 ただ、こんな中で俺が最も問題だと思ったのは、

 

「なによ……。せっかくのチャンスだったから、空の彼方まで吹き飛ばしたら良かったのに……」

 

 ……と、こんな風に愚痴をこぼすビスマルクの声が聞こえ、問答無用のハイキックをかましたくなったのは仕方がないことだろう。

 

 つーか、ビスマルクって榛名と面識あったよね?

 

 それと観客の叫び声に、ちょっとしたヒーローが混じっていなかったか……?

 

 

 

 

 

「あ、あのような抜かれ方をされてしまっては、榛名には太刀打ちできません……」

 

 ガックリと肩を落としてうなだれる榛名だが、更に後ろから聞こえてくる声に気づきハッと顔を上げる。

 

「ま、負けないでありますっ!」

 

「ypaaaaa!」

 

 最下位を争っているあきつ丸と響がすぐ近くに迫っており、ここで抜かれては非常にマズイと、榛名は焦りながら加速を再開した。

 

「これ以上は……抜かせませんっ!」

 

「なんのっ! あきつ丸も、全力で走るであります!」

 

「響だって負けてはいられないさ……っ!」

 

 速度が乗っていたあきつ丸と響が、榛名との差をドンドンと縮めていく。しかし榛名も高速戦艦であるという自負があるのか、真剣な表情で前を向きながら速度を上げていった。

 

『プリンツちゃんに抜かれてしまったものの、3位から5位の三つ巴争いがデッドヒートッ!』

 

「第1ポイントで頑張ってくれた電……、そしてチームのみんなの為に負ける訳にはいかないさ!」

 

「うぅ……っ!」

 

 ビリを争っていたあきつ丸と響だが、ここで徐々に差が開いてしまう。

 

 真剣な表情で榛名の背を見つめる響。そして、悔しそうな表情を浮かべながらも決してあきらめないあきつ丸。

 

「あなたたちの頑張りは認めます……。ですが、榛名にだって負けられない理由があるんです……っ!」

 

 しかし、その2人を置いていくかのように、加速しきった榛名が響との差を少しずつ開けていった。

 

「くっ……。だが、ここで諦める訳には……っ!」

 

「あきつ丸に……、あきつ丸に力を……っ!」

 

 できる限り空気抵抗を抑えて速度を上げようとする響きが前傾姿勢を取ったが、その後ろを追いかけるあきつ丸はなぜか両手を空に高々と上げた。

 

 ……え、なんだそれ。元●玉でも溜めているのか?

 

 この状況でそれは……、笑いにしかならないんだけれど。

 

「ああっ、しまったでありますっ!」

 

 予想通り響との差がみるみるうちに開いてしまったあきつ丸は、大慌てで手を下ろし、真面目に後を追いかける。

 

『現在3位は榛名ちゃん、4位は響ちゃん、5位はあきつ丸ちゃんになっています!』

 

「がんばれー!」

 

「まだまだ諦めるなー!」

 

 盛り上がる観客の応援が飛び交い、子供たちもそれに答えるように真剣な表情を浮かべていた。

 

 

 

『そして2位のプリンツちゃんが、レ級ちゃんに襲いかかろうとしていますわっ!』

 熊野の実況を聞き、今度は視線をトップ争いへと向けた。

 

「あと1人抜けば……、私の勝ちです!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたプリンツだが、その気持ちも分からなくはない。

 

 榛名を飛び越えてから更に速度を上げ、レ級との差がかなり縮まってきているのだ。

 

「レレッ! ソウ簡単ニ、イケルカナー?」

 

 顔を半分後ろに向けたレ級がプリンツに向かってそう言い、同じようにニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……むむっ。その顔は挑発してるんですねっ!」

 

 眉間にしわを寄せて返したものの、レ級はまったく聞こえないといった風に前を向いた。

 

「……っ!」

 

 その仕草が癇に障ったのか、プリンツはムッとした顔で前傾姿勢を取り、更に速度を上げようとする。

 

 レ級との差は10mもない。あともう少しで追い抜けるはず。

 

 そして振り向きざまに挑発をやり返し、勝ち誇ってやるんだ……と、プリンツが決意を込めたように小さく頷いた。

 

 レ級の前方には斜めになった台――第2ポイントのメインとなるジャンプ台があり、着水時には必ず速度を落とすはず。

 

 プリンツは先ほどの大ジャンプでやった通り、ミスさえなければ追い抜くチャンスは何度もある。

 

 つまり、どう考えてもレ級よりもプリンツに分がある――と、思っていた。

 

 もちろん青葉や熊野、そして観客も同じ考えだったかもしれない。

 

 だが、俺たちの目の前で繰り広げられた光景は、想像を絶するモノだったのである。

 




次回予告

 無双状態のプリンツに立ちはだかるレ級!
果たして2人はジャンプ台を無事に乗り越えられることができるのか……。
それとも、またなにかをやらかしてしまうのだろうか……。

 全ては、色んなヤツのせいでこうなってしまったのである。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その58「カットバックド●ップターン」


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