最後の競技が始まった。
まずはパン食い競争……のはずが、なんとなく嫌な予感がするのは気のせいではないそうです。
そりゃあ、だって……ねぇ。
あのコンビがやらかします。
「夕立、1番乗りっぽい!」
直線を戦闘で走り、パンが釣られているポイントに到着した夕立がジャンプをしようと両足に力を込める。
「ていーーーっ!」
狙いを定め、大声を上げて空を舞う。水上スケートのような動きに回転はつかないが、夕立の口はパンに向かって一直線……に思われた。
「はむ……って、えええっ!?」
大きく開いた口を閉じた瞬間、ゲットできたと思っていたパンは夕立の頭上に浮き、愕然とした表情を浮かべながら水面へと着地する。
『真っ先にパンへと到着した夕立ちゃんですが、まさかのゲットならずーーーっ!』
「ど、どうしてっぽい!?」
夕立は慌てて後ろへ振り返り頭を上げる。そして今度はパンを浮かせる為に両側を持つ艦娘、赤城と加賀の顔を交互に見た。
「……ふふ。そう簡単に取らせる訳にはいきませんよね?」
「赤城さんがそう言うなら、従うべきだわ」
ニヤリと笑みを浮かべる赤城に、澄ました表情でジッと前を見続ける加賀。そんな2人を見て、夕立は抗議の声を上げる。
「そんな邪魔をしたら、競技にならないっぽい!」
「あら、こういったアクシデントも海上では付き物なんですよ?」
首を傾げる赤城に納得できず不満な表情を浮かべた夕立は、更に講義をしようと口を開けようとしたのだが、
『夕立ちゃんが戸惑っているうちに、天龍ちゃんと電ちゃん、そしてろーちゃんも到着だーーーっ!』
「……っ!
こ、こんなことをしている暇なんてないっぽい!」
焦る夕立は赤城からパンへと視線を移し、再びジャンプをしようと体勢を屈めた。
「おりゃーーーっ!」
しかし、そんな夕立よりも1歩早く空へと飛び上がった天龍が、パンを加えようと口を閉じたのだが、
ヒョイッ
「んなぁっ!?」
夕立とまったく同じように空振りとなってしまい、ビックリした表情で着水する。
「はわわわわっ!
と、取れないのですっ!」
「パ……、パンが上下に動きますって!」
先にジャンプをした夕立や天龍を見た電とろーは、スピードを落としてタイミングをはかりつつパンをゲットしようと宙を舞ったのだが、赤城と加賀の紐使いには歯が立たず、悔しそうな顔を浮かべていた。
『ここでいきなりのアクシデント発生ーーーっ!
子供たちがパンをゲットできずに、ピョンピョンと飛び跳ねちゃっているーーーっ!』
『心がピョンピョンしちゃいますわ……とは言いませんけど、この光景は可愛過ぎますわね』
『しかし、これはなんとも大人気ない気がしますよ?』
『確かに、いくらなんでも難易度が高過ぎる気がしますわ……』
そしてこの状況を解説していた青葉と熊野も想定外の展開だったらしく、若干不安げな声で放送をしている。
てっきり赤城と加賀の行動は元帥の差し金だと思っていたのだが、それなら高雄がサクッと絞めて止めさせているだろうし、そうじゃないのならどうしてなんだろうと考えて視線を向けてみると、
「なんと言われようとも、このパンを制限時間まで守り切れば私たちのモノに……」
「……お腹が空きました」
ぐきゅるるる……と、大きな音を腹部から鳴らしながら、よだれを口元からあふれさせる赤城と加賀の姿が遠目からでもハッキリと見え、俺は大きなため息を吐きながら頭を抱えてしまう。
つまり、このコンビは運動会を円滑に進める気がまったくないということが良く分かり、その被害を被っているのが子供たちだということである。
つーか、飲食物が絡む競技なんだから、完全に人選ミスだよねぇっ!
責任者は誰だ……って、どうせ元帥なんだけれどっ!
この場で叫びたくなる衝動を抑えつつ、俺は放送をしているところへ抗議をしに行こうと椅子から立ち上がったところ、
「……ナルホドネ。コレハチョット、普通ジャ骨ガ折レルカナ」
最後尾を走っていたヲ級がパンを釣っている紐の近くまでやってきたのが見え、俺はふと走り出すのを止めた。
「コノ手ハ最後ニト思ッテイタンダケレド、四ノ五ノ言ッテイル場合デモナサソウダカラ……」
言って、ヲ級は頭部の艤装……つまり、大きな歯のついた口をパックリと開けた。
「奥ノ手ヲ、出サセテモラウヨ……ッ!」
そして発艦する複数の艦載機が風を切り、大きく空へと舞って行った。
………………。
いや、それって大丈夫なのか……?
アクシデントが発生したとはいえ、やっていることはパン食い競争。
どう考えても艦載機を使用する必要性は感じないけど……って、まさかっ!?
第3競技の際にレ級が砲弾を撃とうとしたことがあったのを思い出した俺は、焦った表情を浮かべながら艦載機を視線で追う。
今までの競技で港湾チームが1位を取ったのは対空砲玉入れだけであり、総合順位の方は良い結果であるとは言えないはず。
ヲ級のことだから無茶はしないと思うけれど、もしもの可能性がゼロではない。艦載機を放って自らが突撃という、どこぞの航空戦艦のような戦術を取り入れて被害を出そうものなら、運動会が最悪の結果になってしまうかもしれないのだ。
これは、ヲ級が人間のときだったころを良く知っている俺だからこそ気がかりになる部分。
あいつは俺と同じように、キレたらなにをするか……分からないのだ。
『おおっと、ここで最後尾のヲ級ちゃんがパンに近づくと思いきや、手前で立ち止まってから……艦載機を発艦ーーーっ!?』
『そういえば第2競技で艦載機の使用は禁止していましたけど、この競技におけるルールはどうでしたかしら?』
『基本的には禁止していませんねー。
なので、危ないことをしなければ無問題な訳ですが……』
そう言って、青葉も熊野も黙りこむ。
おそらく艦載機を眼で追っているのだろうが、解説がそれでは具合が悪いと思うんだよね。
「……今ダッ!」
そしてヲ級が叫び声を上げた途端、艦載機のエンジン音が大きく鳴る。
「「……くっ!?」」
音がする空へと顔を上げる赤城と加賀だったが、ちょうど太陽の光が目に入ったのか眩しそうな表情を浮かべ、空いた方の手を額に当てた。
「赤城さん、直上っ!」
焦った加賀は額に当てた手を背中へと回すが、艤装を装着していないために空を切る。
「まさか……、急降下爆撃っ!?」
とっさにそう判断した赤城だが、紐を持った手を離すべきかどうかを迷ったせいで空白の時間ができてしまった。
『ヲ級ちゃんの艦載機が紐を持つ赤城へ急降下ーーーっ!
これは危険! もの凄く危険ですよーーーっ!』
青葉の実況に周りの観客たちもざわつき始め、完全に艦載機へと視線が集中する。
このままでは非常に危ういと思った俺は、今すぐ止めるように叫ぼうとした瞬間……、不敵な笑みを浮かべるヲ級の顔が眼に映った。
この顔は……、どこかで見たぞ……?
確か、そう……だ。第1回の争奪戦だ!
ペイントボールを装着した艦載機を連続で飛ばしてきたヲ級は、最後の最後に急降下爆撃という手を使って俺を倒そうとした。
しかし、今回はいきなり初手から使い、赤城に攻撃をしかけている。第3競技のときはレ級を止めたはずなのに、いきなり問答無用だなんてヲ級らしくもない。
これは……、なにかほかに手が……あるんじゃないのだろうか。
そう思った瞬間、俺は艦載機を放ったヲ級の姿を思い出した。
大きく口が開き、複数の艦載機が発艦した。
………………。
……複数?
今、空高く舞い上がって急降下しているのは1機の艦載機。
見た目は急降下爆撃の体勢だが、その姿に爆弾もペイントボールも見当たらない。
ならば、なぜヲ級は艦載機をこのように操っているのか。
それは、争奪戦のときを思い出せば……、おのずと答えは見つかった。
「赤城さん、逃げてっ!」
加賀が大きく叫ぶが、赤城は未だ身体を硬直させて空を見上げている。
もしこれが戦場ならば、おそらく被害は免れない。
しかし、今ここで行われているのは子供たちが活躍する運動会。
危険なことは禁止しているのであれば、ルールを守っている限り被害が出ることは……ないはずだ。
「……これは、ブラフッ!?」
それに気づいたのか、それとも急降下をしてくる艦載機の姿がハッキリと見えたのか、赤城は大きく眼を広げて叫び声をあげた。
しかし、気づいたのはもう遅い――と、ヲ級はニンマリと笑みを浮かべて速度を上げる。
向かう先はチームの仲間が待つ第2ポイントへ。
その口――、実際には頭にある艤装の大きな歯の部分に、丸いパンが咥えられていた。
『技ありぃぃぃぃぃぃぃーーーーーっ!』
『いえ、これは完全に1本ですわっ!』
『急降下させた艦載機は完全にブラフッ!
赤城と加賀が焦る中、その隙をついて別の艦載機がパンをゲットする高等技術を見せたーーーっ!』
絶叫する実況と同時に観客から大きな歓声が上がる。
「ま、まさか……、そんな手を使うとは思いませんでした……」
そして、全てを知った赤城がガクリと膝を折り、意気消沈となってしまった。
「今がチャンスっぽい!」
「この隙を逃したら負けだぜっ!」
「ゲットなのですっ!」
パンを釣っていた紐の高さが下がり、夕立や天龍、電がここぞとばかりに口でキャッチする。
「あ、赤城さんっ、ひ、紐っ!」
「あぅぅぅ……。索敵を誤ってしまった為に……、パンを取られて……」
「だ、だから、落ち込んでしまっては……」
「ろーちゃんも、ゲットですって!」
そして最後のパンをろーが取り、全てのパンが子供たちに行き渡った……のだが、
「ぴゃあああああああっ!?」
「「「……っ!?」」」
いきなりろーが悲鳴を上げ、付近に居る全ての眼が一斉に向く。
「か、かかか、辛いですってーーーっ!」
パンを手で持って口から離し、中身を見るろー。舌は真っ赤になり、眼から大量の涙をボロボロとこぼしていた。
『こ、これはいったい、どうしたんでしょうか……?』
『な、なんなのですの……?』
訳が分からないといった風に戸惑う青葉と熊野。観客は更にざわつき、いたるところからろーを励ます声が上がっていた。
『あー、そっかそっか。ろーちゃんがアレを食べちゃったかー』
そして聞こえてくる元帥の声。
多少気まずそうに小さめなところが怪し過ぎる。
『あ、アレ……と言いますと?』
『いやぁー、ちょっとした遊び心というか、トラップ的なアレでさー』
『た、確かパンを1つチョイスしたと聞きましたが、まさか元帥……』
『うん、そうそう。激辛カレーパンを選んだんだけど……』
『天誅ーーー! と言って差し上げますわーーーっ!』
『ぎょへぇぇぇぇぇっ!?』
響き渡る元帥の悲鳴。そして、大量の打撃音。
10連コンボとかそんな生易しいモノではなく、原形を留めるかどうか怪しくなる程度に痛めつけられた……となるのだろう。
正に自業自得。しかし、全くもって慈悲はない。
俺も同じく、激怒しているんだからね。
次回予告
元帥の悲鳴が上がったのは置いといて、ヲ級の技ありによってパンをゲットできた子供たち。
残りは第2ポイントへ向かうだけなのだが、観客背でもひと悶着があったようで……?
それでは続いて、第2ポイントの説明です。
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その56「エキサイトな水上バイク?」
乞うご期待!
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