艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 夕立の追い打ちで瀕死の重傷を負った主人公。
しかし次の競技は待ってくれない。最終競技が始まります。

 まずはパン食い競争……開始!


その54「泣いても笑っても」

 心に大きな傷を負ってしまった俺だけど、子供たちを次の競技へと向かわせることだけはしっかりと済ませてから椅子に座る。

 

『さて、次が最後の競技ですが、少しばかり準備に時間が必要になりますので、完了するまでの間はトークタイムと参りましょうー』

 

『どんどんぱふぱふー……ですわー』

 

 いきなり始まった青葉と熊野のトークタイムに耳を寄せる観客一同。

 

 未だにノリノリな熊野に、どうしてそうなった……と聞きたくもあるのだけれど、放送席に向かう気力も体力もがないので休んでおくことにする。

 

『それでは熊野に聞いてみましょう。

 今までの競技を振り返って、なにか思いつくことはあるでしょうか?』

 

『そう……ですわね。

 速度勝負の個人レースから始まって、全員参加の対空玉入れ。そして今度は運貨筒転がしに続き、「ドキッ! 元帥に向かって魚雷命中! もしかすると爆発しちゃうかも!?」が終わりましたが、どの競技も子供たちが精一杯頑張って、取っても見栄えがありましたわ!』

 

『そうだよねー。

 子供たちの頑張りがとっても良かったんだけど……って、どうして最後のだけ深夜番組みたいな感じなの?』

 

『確かにそれは青葉も思いますねー。

 ……で、いつの間にか戻ってきた元帥ですが、まずはお疲れ様でしたー』

 

『お疲れ様ですわ、元帥。

 ちなみに第4競技だけタイトルっぽいモノをつけたのは、ただの戯れですわ』

 

『あ、そうなんだ。

 てっきり僕になにか恨みでもあったのかと……』

 

『あら、それならたっぷりありますけど、今更って感じがしますわよねぇ……』

 

『酷っ!』

 

 絶叫する元帥の姿が簡単に想像できてしまうのか、話を聞いていた観客からドッと笑い声があがった。

 

 まぁ、この辺りはいつものことなので、俺としては半ば白け気味なんだけど。

 

 ちなみにこの後のパターンは、秘書艦である高雄から物理攻撃が飛んでくるのだが……、

 

『青葉も煽るような実況をしていたし、そんなに僕って恨まれているのっ!?』

 

『『そりゃあ……ねぇ……』』

 

 青葉と熊野の完璧と言える返しに更に観客が盛り上がり、スピーカーからドンガラガッシャーン! と、大きな音が流れてきた。

 

 おそらくこの音は元帥が椅子から転げ落ちて、ついでに機材を巻き込んだって感じだろう。

 

『あーあーあー!

 こんな無茶苦茶に荒らしちゃったら、進行に差し支えちゃうじゃないですかー!』

 

『し、仕方ないでしょ!

 あまりに酷い対応をされたんだからさぁっ!』

 

『普段の行動が悪いのが原因ですから、それこそ自業自得でしてよ?』

 

『更に追い打ちって、マジでへこんじゃうんだけどさぁ……』

 

 しょげこむ元帥に笑う青葉と熊野。

 

 もはや完全にトリオ芸となっているのだが、観客の楽しんでいる顔を見る限り、空き時間の余興としては悪くないようだ。

 

『しかしそれにしてもですね……、あ、はい。分かりましたー』

 

『おっ、そろそろ準備ができたって?』

 

『へこんでいたと思ったら、ちゃんと話は聞いているのですね』

 

『そ、そりゃあ、それくらいのことはできないと、解説は務まらないからさ』

 

『あら、解説は熊野が承りましたから、放送席の隅っこの方で存分にへこんでいてよろしくてよ?』

 

『どこまで僕を追い詰めたら気が済むのさぁっ!?』

 

『それは……、立ち直れないくらいでしょうか』

 

『あ、あはは……。

 さすがにそれは酷過ぎる気もしますが、準備ができたと連絡が入ったので元帥の件はスルーしておいて、早速競技説明に入りましょう!』

 

『青葉の対応が一番堪えるんですけど!』

 

『ツッコミを入れるのは構いませんが、後ろの方で怖ーい秘書艦が睨んでいるのをお忘れになって……?』

 

『………………』

 

 熊野の言葉に少しだけ無言の間が流れ、小さな唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 

『……さて、元帥も静かになったところで進めちゃいますね!

 それではまず今回の運動会の最終競技、全ての子供たちが参加する障害物リレーの説明ですっ!』

 

 青葉の言葉が流れると一斉に子供たちが海上に現れ、所定の位置へと進んで行く。

 

『読んで字の如く……というか、海上に並んでいる障害物の数々を見れば一目瞭然ですねー』

 

『1人が1つの障害物をクリアしていくリレー式のレースですけど、誰がどの障害を担当するのかが勝負の分かれ道となりそうですわ』

 

『その辺りはチームを指揮する手腕見せどころ!

 最後は本当の意味で全員参加の競技となっているんです!』

 

『まさに締めくくるにはふさわしい……ということですわ!』

 

 青葉と熊野の説明を聞き、観客から感心する声が聞こえてくる。

 

『それでは子供たちも所定の位置に到着しましたので、各ポイントの説明を致しましょう!』

 

『まずは第1ポイント。

 障害物と言えばそうかもしれませんけど、いきなりこれとはビックリですわ』

 

 熊野の言葉に何人かの観客が頷くが、俺も同じ気持ちである。

 

 だって、1発目からこれって……、ねぇ……。

 

『なにも言わなくてもおわかりですね!

 横に張られた紐にぶら下がる5つのパン!

 そう、これは定番中の定番、パン食い競争です!』

 

『普通はこれだけで1つの競技が成立してしまいそうですけど、色んな意味で面白くなりそうですわ』

 

『青葉もそう思いますねー。

 それでは、このポイントに参加する子供たちの名前を紹介しましょう!

 まずはビスマルクチームから、ろーちゃんです!』

 

「今度はバッチリ、決めますって!」

 

 両手を胸の前でしっかり握り、フンッ! と鼻息を荒くしてろーが気合を入れる。

 

『愛宕チームからは電ちゃんが、しおいチームからは天龍ちゃんが出場ですわ!』

 

「が、頑張るのですっ!」

 

「へへっ、早食いなら俺様に任せておきなって!」

 

 同じく両者ともに気合十分。しかし、天龍の言葉が少しばかり気になるのは俺だけじゃないと思うのだが。

 

 パン食い競争は早く食べるのが目的じゃなくて、いかにして釣られているパンを口にくわえてゲットし、ゴール地点にたどりつくかなんだけどなぁ……。

 

『続いては、港湾チームからヲ級ちゃん、先生チームからは夕立ちゃんが出場です!』

 

「ハラヘリヘリハラー」

 

「パン食い競争は初めてだけど、頑張るっぽい!」

 

 右手を上げるヲ級の言葉に突っ込むのはめんどくさいからパスにして、ここは夕立ちを応援することに集中しよう。

 

 頑張ってくれよ、夕立!

 

『以上で子供たちの紹介は終わりですが、ここでちょっとした補足です。

 今回のパン食い競争に使われるパンは、紐を持ってくれている赤城と加賀の2人がチョイスし、1つだけ元帥が追加したモノになるそうです』

 

『なるそうです……って、なにか怪しい雰囲気ですわね?』

 

『これは食べてからのお楽しみだそうですけど、果たして大丈夫なんでしょうか!?』

 

『嫌な予感がしますけど、ちょっとした刺激も必要ですわね』

 

『まぁ、問題があれば高雄秘書艦が絞めてくれるので大丈夫でしょう!』

 

 いやいや、そう言う問題じゃないんだけれど。

 

 まぁ、さすがに元帥も子供たちに危険が及ぶことはしないと思うから、そこまで心配しなくても良いのかなぁ……。

 

 でも、そう考えておいて、危ないこともあったようななかったような……?

 

『第1ポイントの説明はこの辺で終了ですが……、時間も押しているのでスタートしちゃいましょう!』

 

『そうなると、第2ポイント以降の説明はどうするんですの?』

 

『そこは随時説明を挟んでおくということで、良いんじゃないでしょうか!』

 

『なんだか、ぶっつけ本番みたいな感じで少し怖いですわね……』

 

『説明ばかりだと中だるみにもほどがある……だそうです!』

 

 完全に大人の事情じゃねぇか。

 

 確かに青葉の言うことも分からなくはないし、後々の競技はどんなのだったか忘れてしまう場合もあるからね。

 

 ……って、この思考こそいろんな事情が絡みまくっている気がするが、大目に見てもらえると助かるかな。

 

『ではでは、そろそろ準備はよろしいですかーーーっ!?』

 

 青葉の一言が聞こえた瞬間、第1ポイントを前にした子供たちの表情がガラリと変わる。

 

 その雰囲気に飲まれたのか、観客たちのざわつきも収まった。

 

 スタートの合図が鳴るまでの間、緊張が辺りを包み込み、張りつめた空気が漂っているのが分かり、俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 

 これが、最後の競技。

 

 泣いても笑っても、全てが決まってしまう。

 

 チームの子供たちをポイントに割り振り終えた俺にできることは、精いっぱいの応援をするのみだ。

 

 たとえどんな結果になっても後悔したくないからこそ、できることの全てをする。

 

 そりゃあ、優勝するに越したことはないけれど、全力を出し切って負けてしまったのなら仕方がないだろう?

 

 それを気づかせてくれたのはチームの子供たちだし、この前向きな思考を持ってすればこれから起こるかもしれない苦難だって乗り越えられるはず。

 

 だから……、だから今は、チームの子供たちだけでなく、

 

『位置についてー……』

 

 運動会に参加する全ての子供たちに、声援を送るべきなのだ。

 

『よーい……』

 

 感謝の気持ちを込めて、元気いっぱいの大きな声で。

 

『……スタートッ!』

 

 

 

 パァァァンッ!

 

 

 

「行けぇぇぇ、みんなぁぁぁーーーっ!」

 

 空砲が鳴った瞬間に叫んだ俺は、5人の子供たちが海上を駆ける姿をしっかりと眼に焼き付けようとする。

 

『スタートの合図と同時に一斉にスタート!

 最初に飛び出すのは……いったい誰でしょうか!?』

 

『熊野は第1競技で活躍した夕立ちゃんが気になりますけれど、他の子供たちも侮れませんわ』

 

『確かにこの競技ではスピードも大事ですが、パンを空中でゲットできる身軽さも必要です!

 果たして5人の子供たちの中で、真っ先にお魚を咥えられるのは誰なんでしょう!』

 

『……いや、なんで国民的アニメのオープニングなのかな?』

 

『おっと、いきなり復活してきた元帥がツッコミを入れましたが、ここはスルーして実況に集中します!』

 

『ひ、酷いよ青葉ェ……』

 

 しくしくとすすり泣く声が聞こえてくるが、誰も全く気にしない。

 

 今、大事なのは子供たちの活躍で、ギャグ担当の元帥は必要ないのだから。

 

「最初っから、飛ばすっぽい!」

 

 そうこうしているうちに5人の中で頭一つリードし始めたのは、熊野が予想した通り夕立だった。

 

「第1競技では負けちまったが、同じことを繰り返す天龍様じゃないぜっ!」

 

 夕立のすぐ後ろにつけた天龍が、プレッシャーをかけるかのように笑みを浮かべながら声をかけていた。

 

「電も負けていられないのですっ!」

 

「ろーちゃんも、いっぱい頑張りますって!」

 

 続いて電は水上を走り、ろーは水面に顔を出した状態で進んでいるが、差があるのかどうかが分かり難いところである。

 

『おおっと、ここでヲ級ちゃんだけが少し遅れているぞーーーっ!』

 

 そんな中、最後方につけていたヲ級だけが徐々に4人から離れだした。

 

『空母の特性上、やや速度が遅い……ということでしょうか?』

 

『むむむ、そうなると港湾チームには痛い出だしとなっちゃいますが……、まだまだ序盤ですから分かりませんっ!』

 

 青葉と熊野の実況解説に多くの観客が思い思いの声を上げ、大きな盛り上がりを見せる。

 

 先頭を行く夕立を応援する者や、遅れたヲ級を励ます者。

 

 それらはみんな笑みや真剣な表情を浮かべ、まるで自分のことみたいに白熱していた。

 

 艦娘だろうと、深海棲艦だろうと、人間だろうと差別なく。

 

 俺の目指す場所が、すぐ目の前に広がっていたのだ。

 

 

 

 ……って、なんだか終わりそうな雰囲気だけど、まだ第5競技が始まったばかりだからね?

 




次回予告

 最後の競技が始まった。
まずはパン食い競争……のはずが、なんとなく嫌な予感がするのは気のせいではないそうです。

 そりゃあ、だって……ねぇ。
 あのコンビがやらかします。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その55「一航戦の誇りは地に堕ちた……?」


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