※ラストシーンで漣を五月雨と誤表記しておりました。申し訳ありません。
レーベがダントツで1着を取る。
誰もがそう思っていたが、やはり一筋縄でいかないのがあたりまえ?
油断は足元をすくわれる。
そして、焦りもまた……。
レースは遂に中盤戦。
青葉の実況と共に観客や子供たちから声援が飛び交い、一層の盛り上がりを見せる。
先頭のレーベが折り返し地点であるターン用のブイ前に差し掛かった。
「後ろとの距離は充分だから、このターンを決めれば先生はボクのモノに……」
遠目でも分かるくらいに、レーベがニヤリと笑みを浮かべた。
直線での勝負では完全に5人の中で群を抜いている。
ならば、この180度ターンさえ決めてしまえば、勝利は揺るがない……と思ったのだろう。
実際に、俺もレーベが1着を取るだろうと半ば諦めているが、北上が言ったことが微妙に気がかりだったりする。
でも、やっぱりどう考えても、他の4人がレーベを抜くなんてことは難しいと思うんだけどなぁ……。
チームを監督し、勝利を目指す立場の俺としてはなんとも不甲斐ないのだが、俺ができることは夕立を応援するのみであり、目の前の現実は変わらない。
――そう、考えた矢先のことだった。
『おおっと、レーベちゃんが大きな弧を描いてターン用のブイを折り返しているが、ちょっと速度が出過ぎではないでしょうかーーーっ!?』
青葉の実況に観客がざわつき、一斉に視線がレーベの方へと集中する。
しかし、当の本人であるレーベの顔色は変わらず、さっきよりも更に余裕がある風に見えた。
「こんな速度で驚くなんて、ヤーパンのレベルも落ちたモノだね。
僕たちがやってきた訓練を考えればこの程度のことくらい、へっちゃらなんだから」
レーベが身体を傾斜させ、ほとんど速度を落とさずにカーブを続ける。
その動きはフィギュアスケーターのように優雅で、傍から見ればどこも不安視するところがないように見えたのだが、
「……っ!」
180度のターンを8割がた終えたところで、急にレーベの身体がグラリと揺れた。
「な、なんで……っ!?」
慌ててバランスを取り戻そうとするが、速度が出過ぎていたせいで上手く制御ができないように見える。
「くっ!」
『おおおおおっと、いきなりレーベちゃんがバランスを崩して危険な状態にーーーっ!
コースからどんどん離れて、明後日の方向に向かっちゃってますっ!』
スピーカーから青葉の声と共に、バンバンと机を叩いているような音が何度も聞こえてきた。
テンションが上がり過ぎているからだろうけれど、艦娘の力って半端じゃないんだから加減をしろよと言いたい。
そうじゃないと、また高雄や愛宕に怒られる……って、今はそんなことを考えている場合じゃないよな。
「ど、どうして……っ!?
こんなことって……っ!」
青くなった顔を浮かばせたレーベが、わたわたと腕を振る。
いくら敵チームとはいえ、大事な教え子であるレーベが危険な目にあって喜ぶなんて俺にはできないが、かといってアドバイスを送ろうとすれば自分のチームに対する裏切り行為になってしまう。
葛藤が生まれる中、せめて怪我をしないように……と、俺は心の中で強く願った。
「こ、こうなったら、速度を落とすしか……」
焦りにまみれた表情をしていたレーベだが、なんとかバランスを取り戻したおかげで冷静になることができ、コースに復帰しようとする。
『完全にダントツだったレーベちゃんがまさかのアクシデント!
いったいこれはどういうことなんでしょうかっ!?』
『うーん、これはアレだね。おそらく、エキシビションマッチのときの波がまだ残ってたんだろうね』
『……と、言うと?』
『あの波は海中にある装置から発生させていたんだけれど、おそらく埠頭部分に当たったせいで反射しまくったおかげで、海上の状態が不安定じゃないかな』
『しかしそれだと、最初から影響が出るのでは?』
『たぶん、波自体は小さかったから直線では影響しにくかったんだろうね。
だけど、カーブのときは身体を傾斜させるから、バランスを崩しやすくなった……と考えられるよ』
『なるほどっ!
1番前を走っていたレーベちゃんが、その影響をもろに受けてしまったんですねっ!』
『そういうことだろうねー』
『『あっはっはー』』
またもやスピーカーから聞こえてきた青葉と元帥の笑い声に、さすがに洒落に済まないんじゃ……と思っていたところ、
『結局元帥が悪いんじゃないですかっ!
ちょっとは反省しなさいっっっ!』
『ちょっ、高雄っ!?
そ、そんな方向に僕の身体が曲がるわけ……ぎにゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!』
バキボキ……と、なにかが折れるような大きな音が辺り一帯に響き渡った瞬間、観客や子供たち、そして俺の顔が一気に青ざめたのは言うまでもない。
でも実際のところ、元帥が原因なんだから仕方がないですよねー。
俺は1度視線を下に向けてから大きなため息を吐き、再びレースの状況を確認する為に顔を上げた。
「今がチャンスねっ!」
レーベの様子を見て判断した暁は、ターン用のブイに差し掛かったところで少し速度を抑えてカーブに入る。
バランスを崩さなければ充分にレーベに追い付くことができ、更には追い抜くこともできるだろう……と踏んだのだろう。
そして、カーブに対して暁よりも外側に並行していた夕立が、海面をチラリと見た瞬間、
「……ぽいっ!」
ニヤリと笑みを浮かべながらいつもの口癖を叫び、いきなり速度を上げた。
「ちょっ、それは悪手じゃないのか……っ!?」
思わず叫び声を上げる俺と同時に、観客からもざわつきが聞こえてくる。
インにいる暁をカーブで抜く場合、夕立の基本となる手はアウトに少し振ってから速度を落として先に暁を行かせ、膨らんだところでインを突くという『差し』の手が有効だろう。
この手を使えば、速度を落としていた暁よりもカーブを脱出する夕立の方が加速するのが早くなり、直線で追い抜けるはずなのだ。
しかし、夕立の取った手は暁よりも大きく膨らむ速度でカーブを切る。
『差し』だと先に暁を行かせる為、どうしても夕立は引き波を越えなければならない。
そうすると、速度とバランスを失う可能性があるのもまた確かなのだが、レーベのアクシデントを見てこの手を取った夕立の勇気は計り知れないモノがあるだろう。
つまり夕立は、暁の更に外側を高速で追い抜こうとする『まくり』の手を取り、勝負に出たのである。
『おおっと、ここで安全策を取った暁ちゃんに夕立ちゃんが襲いかかろうとするっ!
しかし、これだと今度は夕立ちゃんが大丈夫なのかーーーっ!?』
すぐ横で元帥が懲らしめられているだろうはずなのに、ちゃんと実況をする青葉はなにげに偉いと思うのだが、今はとりあえず放っておこう。
「……っ!
抜かさせない……、抜かさせないんだからっ!」
外側から追い抜いてきた夕立の姿を確認し、カーブ中にもかかわらず速度を上げようとする暁。
元々安定する速度を取っていた為、少しくらいは加速しても大丈夫だと踏んだのかもしれないが、ここでまたもや夕立が不敵ともいえる笑みを浮かべた。
「ふふふ……。ソロモンの悪夢じゃないけど、見せてあげる……っ!」
「……えっ!?」
思いもしなかった言葉を聞き、一瞬だけ戸惑いを見せる暁。
「そ、そんな脅しになんて……って、なんなのよこれっ!?」
大きな声をあげた暁が、自らの足元を見ながら顔を青く染める。
足元への違和感と共に、明らかな速度低下を感じたのだ。
「どうして……、どうしてなの……っ!?」
カーブをしながらも加速をしたはずなのに、なぜこんなことが起きるのか。
理解が追いつかない暁はパニック状態になり、声をあげ続けるしかなかった。
「こ、これは……、まさかツケマイかっ!?」
そんな状況を見ていた俺は驚きのあまり、絶叫とも言える大声をあげてしまう。
そして更にざわめく観客勢に、そばに居た潮やあきつ丸がボソボソと話し合っていた。
「あ、あの……、さっきから先生って、なにを言っているのかな……?」
「あ、あきつ丸にも、分からないであります……」
首を大きく傾げる潮に、両手を上に向けながらアメリカンなジェスチャーをするあきつ丸。
「先生が言ってるのは、ボートレース用語だねー」
「そうなんですか、北上さん?」
「主に決まり手を叫んじゃってるけど、ちょっとかじったら分かるレベルのことだよー。
あ、ちなみにツケマイってのは付けて回るという名称の短縮語なんだけど、抜こうとする相手の外側ギリギリを走ることで引き波を相手のプロペラに直撃させ、速度を落とさせるテクニックなんだよねー」
「さ、さすがは北上さん。知識も半端じゃないですっ!
そこに痺れる憧れまーーーすっ!」
「い、いきなり抱きつくなんて、やめてよ大井っちー」
……とまぁ、こっちはこっちで変わらない感じなんだけど、夕立があまりにも凄いので全くもって目が離せない。
これで暁を抜き、更に加速がついた夕立なら、コースに復帰しようとするレーベを追い抜くことだって、できるかもしれない。
つまりそれは、このレースに勝利するということ。
俺の所有権を争う戦いに、1歩前進することができるのだ。
「行けーーー、夕立ーーーっ!」
テンションが急上昇した俺は、更なる大きな声で声援を送る。
そして釣られるように、周りの観客からも歓声と声援が上がり、ボルテージはMAXとなったのであった。
「そんな、そんな……っ!」
「ふっふーん。夕立の凄さ、思い知ったっぽい?」
180度のカーブを半分過ぎたところで暁が完全に失速し、夕立が単独の2番手に躍り出た。
「……っ!」
そして更にコースに戻ろうとするレーベを夕立が追い抜き、後に続く暁にも先を越されてしまう。
直線では完全に勝利を確信していたレーベが、まさかの3番手に転落。
この結果は当の本人であるレーベだけでなく観客までもが驚き、感嘆の声をあげる。
「くっ……、だけどまだ……っ!」
だが、まだレーベは諦めない。
直線では僕が有利なんだからと、2人の後を追う為に加速する。
しかし、更に後ろからなにかがやってくる気配に驚き、ハッと後ろを見た。
「やあぁぁぁーーーっ!」
大きく身体を斜めに傾かせ、スピードスケートの選手のように海面スレスレに手を添える体勢でカーブを切っていたのは、4番手についていた五月雨だった。
「さ、五月雨だって、元は大きかったんですからこれくらい……っ!」
明らかにオーバースピードに見えるそれも、経験が五月雨の体勢を無理矢理安定させる。
直線では失敗してしまったけれど、ここで挽回するんだという気迫が全身に見え、大きな声をあげていたのだが……、
「これでやっと1人抜きで……すぅぅぅっ!?」
だが、またしてもバランスを崩してしまう五月雨。そして今度はカーブにオーバースピード、更には海面の乱れも重なって……、
「うあ、あぁぁぁーーーっ!」
体勢が大きく崩れ、片足が海面から離れた瞬間、五月雨の身体がキリモミしながら宙に浮く。
まるでその姿は、フィギュアスケートの男子プロを超える回転で、
バッシャーーーンッ!
そのまま見事に海面へと身体が叩きつけられ、大きな水柱をあげてしまったのであった。
レーベの二の舞どころか更に上を行くなんて……、さすがはドジっ子という名を持つ元艦娘。
『ここで五月雨ちゃんが転覆ーーーっ!
救護班はすぐに向かって下さーーーいっ!』
「ほいさっさーっ!」
「弥生、了解……」
待機していたピンク色と紫色の髪の毛をした2人の艦娘が五月雨の転覆地点へと急ぎ、救護活動に勤しんでいた。
その間、「ウウウゥーーー!」と叫びながら肩の上辺りに両手首を回転させていたのだが。
いや、なんで警●庁24時なんだよ……と、心の中で突っ込んだのは俺だけじゃなかったと思いたい。
つーか、漣はともかくとして、弥生の方はシュール過ぎてなんだか怖いんだけど。
「………………」
そして、呆気に取られていたレーベがレースの途中だったと気づいたのは、それから数秒が経ってからだった。
次回予告
見事吹っ飛んだ五月雨。そして驚き固まってしまったレーベ。
レースはまだ終わっておらず、誰が1位を奪取するのか分からない……。
果たして誰が勝ったのか。そして、実況席の方ではとんでもないことが……?
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その42「レース終了!」
乞うご期待!
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