またもや海に落ちてしまった主人公。
今回もある意味とばっちり。でも不幸だから仕方ないね。
ここで大井に対する周りの目が厳しいモノとなり、更にチームの輪が乱れまくりそうになり……。
海へと吹っ飛んだ俺だったが、さすがに2度目となると焦りも少なく、なんとか埠頭に這い上がった。
大井に蹴られた腹部が少々痛むが動けないほどではないので、冷えた身体を早く温める為にテントへ戻ろうとする。
その際、観客から『いったいなにをしているんだろう……』的な目で見られていたが、弁解をする時間がもったいないので小走りで駆け抜けた。
そうしてチームの待機場所であるテントに戻った俺の目には、またもや厄介な状況が映ったのである。
「………………」
「「「………………」」」
簡潔に説明しよう。
大井、地面に正座。ただし、もの凄くぶっきらぼうな顔。
夕立とあきつ丸が、大井の正面で立ち尽くす。かなりお怒りな様子。
潮、夕立の影に隠れながらも、やっぱり不機嫌そうな顔。
北上、大井の横で腕を組んで立っているが、表情はのほほんとした感じ。
こんな光景を見た俺が思うことは、やり過ぎた大井に対して怒った夕立らが説教をしている……という感じだろうけれど。
その前に、誰か1人でも俺を助けようって考えてくれないのかなぁ……。
なんだか俺、悲し過ぎて涙が出ちゃうよ?
……まぁ、いつものことと言えばそうだけどさ。
「あんなことをしでかしたのですから、弁解くらいはあるのでしょうな?」
あきつ丸が淡々とした冷たい声で問いかけるが、大井は顔をプイッと逸らして口を開こうともしない。
「さすがにさっきのはやり過ぎっぽい。
それに、あんな言い方をされちゃったら、せっかくの運動会が全然楽しめそうにないっぽい!」
夕立はあきつ丸と正反対で、感情を表に出した声で怒鳴るように言う。
「………………」
影に隠れている潮は喋ろうとしないが、表情を見る限り怒っているのは明白だ。
そして北上はこの様子を見てから、ジッと大井の方に視線を向けた。
「き、北上……さん……?」
視線に気づいた大井が問いかけるも、北上は一切口を開かない。ただし、表情が怒っている訳ではなく、感情を全く出していない……という風に見える。
このような状況を見れば、どう頑張ってもチームワークを取れるというレベルではなく、運動会が始まる前から詰んでしまったのではないか……と、へこんでしまうのだが、こんなところでつまずいてしまう訳にはいかないのだ。
なにがなんでもチームに勝利をもたらし、今回の争奪戦も切り抜ける。
その為には子供たちの仲を取り持って、全力を出せるようにしなければならないのだが……、
「あっ、せ、先生……」
どのようにすれば良いかと考えているうちに、俺が戻ってきたことに気づいた潮がボソリと呟く。
そして大井を除いた子供たち全員が、一斉にこちらを向いた。
「……え、えっと、ただいま」
いきなり注目を浴びてしまったせいか、気の抜けた返事しかできなかった俺ではあるが、身体の冷えもあるのでストーブへと向かう。
温かい熱を受けながら上着を脱ぎ、絞ってからテントの骨格に引っ掛けて干しておいた。
あとはズボンだが、さすがに公衆の面前なので脱ぐ訳にもいかず、ストーブにギリギリまで近づいて早く乾かそうとするしかない。
「先生、大丈夫でありますか?」
「ん、あ、あぁ。海に落ちてしまったからずぶ濡れだけど、今回は2回目だから慣れちゃったかな」
あきつ丸に軽い言葉を返して気にしていないという風に答え、できる限り大井への影響を少なくしようとするが、当の本人は未だにそっぽを向いたまま。
全くもって反省の色なし。
しかし、ここは俺が大人の態度を取って、なんとか場を収めないといけないのだ。
「大井も俺がいきなり北上の手を掴んじゃったから、驚いちゃったんだよな?」
「………………」
返事がない。ただのしかばねのよう……ではないが。
完全にだんまりモードです。ありがとうございません。
やられた側はこっちなんだけどなぁ……。
「先生ったら、どうして怒らないっぽい?」
「怒るもなにも、俺が踏ん張れなくて海に落っこちたんだから自業自得だろ?」
「……ほ、本当にそう思ってるっぽい?」
「ちょっと前まで金剛のタックルを受け止めていたのに、俺も鈍ったもんだよなぁ」
そう言って、後頭部をポリポリと掻きながら苦笑を浮かべる俺。
あきつ丸と夕立は呆気にとられたような顔を浮かべ、潮は心配そうにこちらを見つめている。
そして、いつの間にか大井が俺の方を向く……と思いきや、その隣に居た北上が大きなため息を吐いた。
「あのさ、先生。こういうときは、ちゃんと怒った方が良いと思うんだけど」
「い、いや。大井も俺を海に落とそうと故意に蹴った訳じゃないだろうし……」
「それって、本気で言ってんの?」
「む……、そ、それは……」
半ば呆れた顔で問いかける北上から、俺は思わず視線をそらしてしまう。
図星にもほどがあるし、教育のことを考えたら叱るべきはずなのだ。
しかし、俺にはそうすることができない理由があるものの、それを子供たちに伝えて良いかを未だに決めかねている。
「それじゃあ今度は大井っちの番だね」
言って、北上は顔を大井の方へと向けた。
「どうして私が怒っているのか分かってるかな?」
「………………」
問いかける北上に対してもだんまりを決め込んでいる大井だが、気まずさから伏せた顔が若干青くなったように見える。
「ふうん……。それじゃあ質問を変えるけど……」
目を少しだけ細めた北上は、もう一度ため息を吐いてから口を開いた。
「大井っちが先生を蹴った理由は、私を守ろうとしてくれたんだよね?」
「……っ、そ、そうなんですっ!」
パッと表情が明るくなった大井は、すぐさま大きな声で返事をしながら顔を上げた。
しかし、北上の表情を見た瞬間、ビクリと身体を震わせる。
「き、きた……かみ……さん?」
「それじゃあどうして、他のみんなのことを蔑ろにするのさ」
「そ、それは、私にとって北上さんが1番だから……」
「ふうん……。それじゃあ大井っちは、私以外はどうでも良いって言うのかな?
幼稚園のお友達や、愛宕先生やしおい先生に、ちょっぴりコワモテだけどとっても優しい港湾先生のことも、大井っちにとっては生きるに値しないってことなんだね?」
「………………」
北上の言葉を聞いて、大井は顔を伏せながら黙り込んだ。
そんな様子を見た俺に、少し言わせて欲しいことがある。
なんでそこで黙り込むんだよ……と。
そして、北上の言葉もかなりきついモノがあるんだが。
生きるに値しないって、かなり酷くね……?
「黙ってるってことは、そうだって言ってるのと同じなんだよ?」
頼むから否定してくれないかなぁ。
「ここに居る先生だって、みんなや大井っちのことを考えた上で、あえて怒らなかったんだよ?」
「別に先生がどうなろうと、私には関係ありませんから」
そう言いながら顔を上げ、俺を一瞬だけ見た大井がすぐさま横を向く。
いや、なんで俺のときだけすぐに言い返すんだよ……。
俺って、そんなに嫌われているんですか……?
マジで泣きたくなってきたんだけど、誰か慰めてくれる相手がいないかなぁ……。
「あ、あの……、先生。身体がガタガタ震えているみたいだけど……、本当に大丈夫……ですか……?」
そんな俺の心を読みとってか、潮が心配そうな面持ちで裾を掴みながら話しかけてくる。
ちなみに震えているのは未だに寒いからです。
ストーブの熱気にあたっているとはいえ、背中側は暖まり難い。
……だ、だから別に、悲しくなったからとかそういうんじゃないんだからねっ!
「あ、あぁ。ありがとな……、潮」
テンプレ思考は置いておき、もの凄く嬉しくなったので、潮の頭を撫で撫で。
「わわっ……、そ、その、ありがとう……ございます……」
恥ずかしそうに頬を染めた潮が俯きながら礼を言い、ジッと俺に撫でられていた。
うむ、可愛い。
そして非常に素直で優しく、良い子である。
このように潮や夕立、あきつ丸たちは懐いてくれているのに、どうして大井は俺を嫌っているのだろう。
やっぱり、俺の班で教えてきたことが影響しているのかなぁ……。
いや、仮にそうだったとしても、別の班であるからといって嫌われる理由にはならないと思うんだけど。
「大井っちがそんなんじゃ、私たちのチームが運動会で勝つことなんて無理になっちゃうじゃん」
「どうして……ですか?
私と北上さんがいれば、他のチームなんて……」
「どうやってコテンパンにするのさ?」
大井の言葉を遮った北上は、すぐさま言葉を畳み掛けた。
「言っとくけど、私と大井っちがどんなに頑張ったって、みんなで協力し合わなきゃ他のチームに勝つことは難しいよ。
私と大井っちだけじゃ、個人や2人でやる競技なら大丈夫かもしれないけど、全員で頑張る競技だったら数的に不利なのは分かるよね?」
「そ、それはさっきも言ったように、私が3人分頑張れば……」
「どうやってもそれは無理だよ。
それに今回の運動会で一番大切なことを、大井っちは全く分かってないよ」
北上は呆れながら顔を左右に振ってから、深いため息を吐いて再度口を開く。
「この運動会は、私たちが将来艦娘として海上に出られるかどうかを確かめる為に行うモノだよね。
そりゃあ、ここでダメだったとしても私たちはまだ小さいからチャンスはいっぱいあるかもしれないけれど、それ以上に大切なのは、チームという括りで艦隊を組むことによって擬似的な演習を行ってるんだよ」
人差し指を立てた北上が目を瞑りながら大井に聞かせているのだが、色んな意味でツッコミどころが多い。
まず1つ。北上って本当に幼稚園児なのか?
どう考えても思考がそれじゃないんだけれど、よく考えてみたら時雨も同レベルかもしれないか。
それともう1つだが、今回の運動会が擬似的な演習というのは初耳だ。
そんな話は誰からも聞いていないし、少し前にしおいから見せて貰った運動会のしおりにも書かれていなかった。
どうしてそれを北上が知っているのかは全くもって不明だが、本人がそう考えた上で話したのか、それとも別の情報網を持っているのか……。
どちらにしても、やっぱり幼稚園児の思考だとは思えないんだけど。
「つまり私たち5人はチームであり、1つの艦隊なんだよね。
それなのに大井っちが輪を乱していたら、勝てるモノも勝てなくなっちゃうんだよ?」
「うっ……。そ、それは……、その……」
言葉を詰まらせた大井だが、それ以上に北上の話を理解しきれていないという風に、もの凄く曖昧な表情になっていた。
「う、潮ちゃん。今の話、分かるっぽい……?」
「え、えっと……、あんまり……分からなかったです……」
「それじゃあ、あきつ丸ちゃんは……、あれっ?」
「ぷしゅー……、であります……」
あきつ丸の頭から白い湯気が上がり……って、尋常じゃない量なんですけどっ!
つーか、あきつ丸って陸軍の英才教育を受けてきたんじゃなかったっけ!?
今の姿じゃ、完全にギャグキャラ扱いになっちゃってるよっ!
……と、俺はあきつ丸を解放するべく頭を撫でながら、北上と大井を見る。
ここで良い言葉を投げかけて場をまとめるのが教育者としての仕事だろうが、俺が話しかけると大井が反論する恐れがある。
つまり、様子を伺うしかないんだけれど、やっぱり俺っていらない子じゃね?
すでにチームを監督することも、子供たちを導くこともできていないです。
それどころか、子供たちだけ……というか、北上だけで解決しそうなんだよね。
ダメだ。やっぱりどう考えても、俺にできることがない。
しいて言うなれば、潮や夕立、あきつ丸を慰めるくらいで、後は衣服を乾かす為にストーブにあたるだけ。
いや、むしろ俺が慰められたいんですけどね……と思っていると、
「呼んだかしらっ!」
「いや、全くもって呼んでもないし、ビスマルクがこの場に現れたら余計に話がややこしくなるのでこっちにくるな」
「くっ……、もの凄い言われようねっ!
けれど見てなさい。後で思いっきり吠え面をかかせてやるんだからっ!」
そう言って、ビスマルクはスタコラと走って行った。
………………。
マジでなにをしにきたんだよビスマルクは。
「偵察でもしにきたっぽい?」
「……あっ」
夕立の言葉にハッとした俺は、子供たちの様子を見る。
みんなの表情は困惑し、一様に肩を落としていた。
「しまった……。そういうことか……」
今の状況を見たビスマルクは、こう思うだろう。
俺のチームはまとまっておらず、簡単にやっつけられるだろう……と。
ならばどうすれば良いか。
答えは簡単。みんなの意思を統一し、勝てるチームに仕上げれば良い。
だけどそれが1番難しいのだが、やらなければならないのならば……、
俺がここで踏ん張るしかないのだと意を決し、みんなに向かって大きく口を開いた。
次回予告
まさかビスマルクが偵察をしにくるとは……。
焦る主人公だったが、こうなったらやるしかないと決心して子供たちに争奪戦のことを話し始めた。
しかし、主人公の思いとは裏腹に子供たちにはすでに知られていたようで……
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その36「戯言先生」
乞うご期待!
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