艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 座った伊勢は、噂について語り出す。
それは聞いたことのあるモノであり、誤解であることがすぐに分かる。
否定をし、語る主人公だが、いつしか伊勢の行動が……?


その10「その嘘、本当?」

 

 一方的なバトルを一時中断した伊勢は、俺が佐世保鎮守府にやってくる前に流れた噂について話し始めた。

 

「1番最初に流れたのは、幼稚園に新しい先生がやってくるという噂だったわ」

 

「それは……、問題ないと思うんだけど?」

 

「ええ。この噂自体にはなんの問題もないし、これだけなら注意もしなかったわね」

 

 伊勢はそう言いながら丸い窓の外を見る。

 

「だけど、その2日後に新しい噂が流れたの。

 どうやらその先生は、ビスマルクの彼氏らしいって」

 

「あー、うん。それについては何度か聞いたことがあるんだけど……ね」

 

 その噂のせいで俺は佐世保についた途端に奇異の目で見られることとなり、興味本位で話しかけてきた龍驤から内容を聞かされた。ビスマルクの彼氏=俺であるという噂だと聞いた俺は即座に否定し、そうではないことを伝えたんだよね。

 

 しかし実際のところ、幼稚園でビスマルクとひと悶着を起こしたことによって色々と判明し、自分の身に起きている恐ろしい状況をそれなりに理解することができた。

 

 つまり、ビスマルクが希望する内容の噂を自ら流したせいで、着任早々障害だらけになってしまった訳である。

 

 もちろん俺はことある毎に否定し、あくまで噂と現実は違うのだと説明したのだが、持ち前の不幸体質のせいで更なる噂を生み出してしまったのは……忘れてしまいたいんだけど。

 

「あれ、でもそれだったら、別に俺のことを注意する必要はない気がするんだけど……」

 

「……それって、本気で言ってるの?」

 

 驚いている……と言うよりかは嫌そうな感じに見える伊勢の表情に戸惑いつつも、俺は「う、うん……」と答えながら小さく頷いた。

 

「あのさ……、あのビスマルクの彼氏って段階で、どう考えても変態しか考えられないじゃない」

 

「……何気に酷いことを言っているって、分かっているのかな?」

 

「別に事実を述べただけなんだけど、先生ってやけにビスマルクの肩を持つわよね」

 

「人として普通のことを言っているだけだよっ!?」

 

 ジト目を浮かべる伊勢の方がおかしいと思うのだが、言おうとしていることは分からなくもない。佐世保で過ごしているうちにビスマルクの評価はある程度分かったのだが、結局のところ日頃の行いが悪かっただけである。

 

 戦艦としての能力は素晴らしい。

 

 ただし艦娘としてではなく、普段の行動が問題だらけだったのだ。

 

 それは幼稚園の中でも変わりがなかった。

 

 責任感の欠片もない。自分勝手に行動する。

 

 つまりビスマルクは、超が付くほどマイペースなのだ。

 

 艦娘たちは、そのほとんどが艦隊で出撃する。最大で6艦編成だが、戦闘でも遠征でも重要なのはチームワークである。

 

 しかし、その1番大事なことをビスマルクは重要視せず、自らが思うがままに行動し、仲間を危険に晒すことが多々あったらしい。

 

 その結果、ビスマルクは艦隊から外され、体よく幼稚園の教育者として働くように命ぜられた……と、明石から聞いた。

 

 それらを考慮すれば伊勢の言葉も頷けなくはないのだけれど、幼稚園で働いているうちにビスマルクの性格がそれなりに分かってきた俺にとっては、突っ込まざるを得なくなる。

 

 まぁ、情が湧いた……と言い換えられなくもないんだけどね。

 

「やっぱり先生って、ビスマルクの彼氏だから……なのかな?」

 

「い、いや……、そうじゃなくて……」

 

 そう言いかけた途端、俺は言葉を飲み込んだ。

 

 窓の外を見ていた伊勢が、いつの間にか俺の方へと顔を向けている。

 

 その目は非常に悲しげで、

 

 ほんの少しの衝撃でこぼれそうなくらい、涙を溜めていた。

 

「い……、伊勢……?」

 

「あ、あれ……、ど、どうしたんだろう……、私ってば……」

 

 俺の声にハッとした伊勢は、素早く服の袖で顔を拭う。

 

 恥ずかしげに笑うその表情が、あまりにも作っていると見え見えで、

 

 目は更に充血し、一筋の滴が頬を伝っていた。

 

「お、おかしいよね……。別に悲しくなんか……、ないはずなのに……」

 

 そう言った伊勢の顔は作り笑いが崩れてしまい、もはや繕える限界を超えていて、

 

 増水した川が決壊したかのように、涙と嗚咽を流し始めた。

 

「うぅ……、こんなんじゃ……、なかったのにぃ……」

 

 伊勢は顔を隠そうともせず、俺を見ながら口を開く。

 

「どうして……、どうして日向は……、先生とキスをしたのよぉ……」

 

「だ、だからあれは……、違うんだって……」

 

 ちゃんと説明をして、誤解であると伝えなければならない。

 

 だけど、目の前で泣き続ける伊勢があまりにも不憫に見え、言葉を続けることができなかった。

 

「先生が……、ビスマルクの彼氏じゃないことくらい……分かっていたはずなのに、気づいたら良い感じになってるって噂が……流れちゃうし……」

 

「………………」

 

「更に……、幼稚園の子供たちと怪しい関係になってるって……」

 

「いや、それは違うから。マジで違うから。絶対違うからね?」

 

 さすがにここは黙っておけないので、ハッキリと言う俺。

 

 最後のだけ語尾が怪しかったのは……、自分でも良く分からないのだが。

 

「挙句の果てに……ヤン鯨まできちゃうし、先生が危ないからどうにかしてあげようって思ったのに……」

 

「……その割には、滅茶苦茶なことをされまくった気がするんですけど?」

 

「あ、あれは……、助けようと思ったんだけど……」

 

「踏んだり蹴ったりな記憶しか残ってない気がするのはなぜなのかなっ!?」

 

 気づけば思いっきりツッコミを入れていたんだけど、泣いている女性相手にするべきではない。

 

「ぷっ、くくく……」

 

「………………へ?」

 

 ――と思っていたら、いつしか伊勢の顔が笑っていて、俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

「あは、あははははっ!

 せ、先生ったら、本気にしちゃってる……」

 

「え、えっと……、い、伊勢……?」

 

「先生って騙されやすいと思ってたけどけど、ここまでだとは想像がつかなかったわ」

 

 そう言った伊勢は急に立ち上がり、ニヤリと笑いながら俺を見降ろした。

 

「あー、面白かった。

 日向の仕込みも完璧だったし、話のネタにバッチリよねー」

 

「………………」

 

 俺はなにも言えず、ただ伊勢の顔を見上げるだけ。

 

「そろそろ護衛に戻らないと怒られちゃうから話はおしまい。

 先生も早く子供たちの元に戻りなさいよね」

 

「あ、あぁ……」

 

「それじゃあ先生、またねー」

 

 人差し指と中指を揃えた伊勢は、即頭部の辺りくっつけてから俺に向かって素早く振る。

 

 だけど、その目は未だ充血したままで、浮かんだ涙はポロリと頬を伝っていた。

 

「………………」

 

 俺は去っていく伊勢の後ろ姿をジッと見つめながら、心の中でボソリと呟く。

 

 

 

 嘘が……、下手だよな……と。

 

 

 

 

 

 ここでことが終わればたいした被害はない……と思っていた。

 

 伊勢の気持ちに応えるのは難しいが、少しずつ話していけば良い。

 

 そう――考えながら、この場から立ち去ろうとしたのだけれど、

 

「……っ!?」

 

 急に視線のようなモノを感じた俺は、顔を上げて辺りを見回した。

 

 この感じは以前何度も味わったことのある、恐怖への序章……。

 

 しかしここは佐世保から舞鶴に向かう輸送船であり、青葉が居るとは思えないんだけど……、

 

「おわっ!?」

 

 俺が居るすぐ側にある扉の隙間からうっすらと見えた人影に、俺は大きく驚きながら後ずさる。

 

 すると、扉がゆっくりと開かれ、不適な笑みを浮かべた人物が口を開いた。

 

「安西は見ていたりして……。伊勢とチチクリあっていた先生を……」

 

「完全にキャラが変わっていませんかーーーっ!?」

 

「私、実は昔ベースを弾いてましてですね……」

 

「純粋に音楽を嗜んでいたで良いんですよねっ!?

 間違っても頭部を強打する為の武器じゃないですよねっ!?」

 

 空から襲来するシンカーボールを打ち返すものでもないし、銃弾が発射できたり、ベースに乗って空を飛べたりもしません。

 

「いやはや、以前にお聞きしたときは冗談かと思っていましたが、舞鶴の元帥から女性を奪い取ったと言うだけのことはありますね……」

 

「それとなしには言いましたけど……って、さっきの伊勢とはそんなんじゃないですからっ!」

 

「そうなのですか……?

 私にはどう見ても、恋人同士でじゃれあっているとしか……」

 

「ち、ちなみにどこから見て……なんでしょうか?」

 

 どこから見ていたのかは分からないけれど、伊勢から一方的に攻撃されていた時点で気づいていたのなら、助けて欲しかったのが本音であるのだが、

 

「伊勢が扉を背にして泣いているところへ、先生がやってきた辺りですね」

 

「最初からじゃないですかっ!

 途中からどう考えても伊勢が一方的に殴ってきましたよねぇっ!?」

 

「いやぁ……、初々しいなぁと……」

 

「どこをどう見たら初々しく見えるのか、その根拠が分からないっ!」

 

 まともに食らえば1発で病院送りになってしまうレベルの打撃が繰り出されている段階で、なれ合いで済まされることじゃないんですよっ!

 

「おや、てっきり先生はそういう趣味かと思っていたのですが……」

 

「……はい?」

 

 なにを言っているんだ……と、俺は頭を傾げるが、安西提督は全く気にすることなく言葉を続ける。

 

「先生はビスマルクの彼氏なのですから、相当のドMか……、若しくは変態であると……」

 

「ちょっと待って下さいぃぃぃっ!」

 

 なんだよそれっ!

 

 いつの間に安西提督に対する俺の評価がとんでもないことになっちゃってんのっ!?

 

「俺はビスマルクの彼氏でもなければ、ドMでも変態でもありませんっ!」

 

「またまた、そんな謙遜をしなくても……」

 

「謙遜する必要性がないって言うか、全力で否定させて頂きますっ!

 そもそも先日執務室でお話した通り、付き合うような仲ではないとハッキリと言ったはずです!

 それに、もし仮に俺がビスマルクの彼氏だったとしたら、伊勢とそういう関係になった時点でヤバいことになっちゃいますよねっ!?」

 

「そうですな……。間違いなくビスマルクが憤怒することでしょう」

 

「俺がそんな危険なことをするような人間に見えますかっ!?」

 

「ですから、相当のドMか変態であると……」

 

「ここにきてドンピシャに当てはまりそうだけど、全く違う事実ですからーーーっ!」

 

「まぁまぁ、若いときは誰しも、道の1つや2つくらい踏み外しますから……」

 

 そう言いながら俺の肩をポンポンと叩いて慰めてくれる安西提督だけど、完全に俺の話は素通りしちゃっていますよね……。

 

 優しい目を浮かばせてはいるけれど、今の俺にとってはとんでもなく恐ろしいモノに見えています。

 

 そして、子供たちや伊勢のときもそうだけど、勘違いが多発し過ぎている気がするんですが。

 

 まさかこの状況が誰かによって誘導されたモノ……なんてことは考え過ぎかもしれないけれど、いくらなんでも異常だと思う。

 

 とにかく舞鶴へ到着するまでにどうにかして分かってもらえるよう、俺は根気よく説明していかなければ……と、大きなため息を吐くと共に、肩を落としたのであった。

 




次回予告

 安西提督からまさかの口撃に大きなダメージを受けながらも、なんとか舞鶴に到着した一行。
しかし、子供たちの機嫌は未だ悪いままで、主人公の顔には焦りの色が残っていた。

 更にはちょっとした問題が発生し、新たな仕事が増えてしまったのだが……


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その11「選択ミスが命取り?」


 乞うご期待!

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