恐る恐る声をかける主人公に、驚きの表情を浮かべる伊勢。
そして、行動が加速して……?
なんとか伊勢が安西提督と話をする前に追い付こうと思った俺は、通路を全速力で駆けて先にある角を曲る。
「……っ、居たっ!」
すると、20mほど先の扉の前で、体育座りをしながら顔を伏せている伊勢の姿を発見し、俺は少し安心しながら近づいて行く。
日向と別れてからそれほど時間も経っていないので、安西提督と話をする時間はなかったはずだ。今のうちに誤解を解けば、二次被害だけは免れるだろう。
……いや、すでに二次と言えるレベルじゃないとは思うけど。
子供たちから攻められて甲板に行き、日向の爆弾発言で安西提督に余波し、更に船内でからかわれたと思ったら伊勢が勘違い……って、今日だけで何度目の不幸なんだろう。
さすがの俺もへとへとです。この調子のままだったら、舞鶴に着く前にぶっ倒れるんじゃないだろうか。
――と、色んな意味でへこみまくりながらも伊勢に近づくと、予想だにしていなかった状況になっていた。
「うっ……、ひっく……」
………………。
伊勢が、泣いてるんですが。
扉を背もたれにして座りながら、涙をポロポロとこぼしているんですよ。
頬と耳は真っ赤で、服の袖は涙で濡れてビショビショだし、一体なんでこんなことになってるんだろう。
「うぅ……、日向のばかぁ……」
近寄ってきた俺に気づくことなく、伊勢は泣きながら呟いている。その姿があまりにも衝撃的で、声をかけることができなかった。
明石の誘拐騒動があったとき、俺は伊勢から尋問を受けた。未だに思い出しただけで身震いがしてしまいそうになるほど怖かったことを覚えている。
しかし、俺のすぐ前に居る伊勢は、俺の記憶にある姿とは同一人物とは思えないのだ。
目の前で、か弱い女性が床に座って泣いている。
俺がもし元帥だったとしたら、ここがチャンスとばかりに優しい言葉を投げかけるかもしれない。
だけど俺はそうではなく、ただ純粋に慰めてあげようと声をかける。
「だいじょうぶ……かな……?」
ぱっと見れば大丈夫じゃないことくらい分かるのだが、気のきいた言葉が頭の中に浮かばなかったのだから仕方がない。ならば、せめて手を差し伸べてあげるだけでも違うだろうと、伊勢の前にゆっくりと右手を伸ばした。
「………………」
声に気づいた伊勢は肩をピクリと震わせ、ゆっくりと顔を上げる。
目の前には俺の手が見え、少し考えるように首を傾げた。
そして数秒の後、言葉の意味を理解した伊勢は俺の手を掴もうと手を伸ばして、同時に顔を上げる。
「……っ!?」
視線が重なりあった瞬間、伊勢は大きく目を見開くのと同時に、頬を更に真っ赤にさせた。
「なななななっ、なんで先生がここに居るのよっ!?」
「な、なんでって……、誤解を解こうと思って追いかけてきたんだけど……」
「ご、誤解ってなによっ!
わ、私……、先生が日向とイチャイチャしていたのを見ていたんだからっ!」
「だ、だから、それが誤解だって言いにきたんだってば……」
まずは落ち着いてくれと、俺は両手の平を下に向けて上下に揺らす。しかし、伊勢の興奮は冷めることなく、ヒステリーを起こしたかのように叫び続けた。
「日向も日向よっ!
私の気持ちを知ってる癖に、先生とキスをするなんて……っ!」
「だからさっきのはそうじゃなくて、日向に怒られていただけだってばっ!」
「どうせキスが下手だって怒られてたんでしょっ!」
「どうしてそっち方面の思考にしかならないのかなっ!?」
「だって、先生と日向があんなに顔を近づけてたら、どこからどう見てもそうとしか思えないじゃないっ!」
伊勢は俺の話を全く聞く気がないのか、何度も手を振り払いながら叫ぶ。目から大粒の涙がボロボロとこぼれているのにも関わらず、なりふり構わないその姿は、まるで幼稚園の中で喧嘩をする子供たちのように見えた。
思い通りにならなかったから。
あまりにも悲しいできごとがあったから。
それに自分が耐えられず、泣き叫びながら訴える。
いつもは仲の良い友達同士でも、譲れないときはある。
例えそれが姉妹であっても。
………………。
……あれ?
もし、俺の考えが合っているのなら、
伊勢は何故、俺と日向がキスをしていたという勘違いをして、
どうしてこんなになるまで怒り、泣いているんだろう……?
「……あっ」
さっき、伊勢が俺にこう言った。
『日向も日向よっ!
私の気持ちを知ってる癖に、先生とキスをするなんて……っ!』
私の気持ちを知っている癖に……と。
つまりそれは、
「い、伊勢……?」
俺のことが……、その、なんだ……、
「もう先生なんか大嫌いなんだからっ!
馬に蹴られて豆腐の角に顔面から突っ込んで窒息死すればいいのよっ!」
そう叫んだ伊勢は、何度も空を振り払っていた手をギュッと握り、
ブオンッ!
「うおっ!?」
見事な右フックを俺の顔面にお見舞いしてきたのだ。
「あ、危ねぇっ!」
「避けないでよっ!」
「よ、避けなきゃ死んじゃうだろうがっ!」
「殺す気で殴ったんだから、当り前でしょっ!」
………………。
いやいやいや、それはさすがにやり過ぎだよねっ!?
いくらなんでも、殺す気だったはないでしょうがっ!
そして同時に、俺の考えが間違っていたことに気づく。
もし俺のことが気になっていたのだったら、殺す気でぶん殴るようなことはしないだろう。
勘違いしなくて良かった……と思うのと同時に、死に直面しかけていたことに身体を震わせる。
「と、とにかく、そんな物騒なことは止してくれっ!」
「それじゃあ私の気持ちはどうすればいいのよっ!?」
叫びながら繰り出された左ストレートに顔を逸らして避けた俺は、続けさまに襲いくる右フックを屈んで避ける。その度に風を切り裂く音が耳に聞こえ、ゾクリとした寒気が背筋を駆け巡った。
そんな状況なのに、俺の心はそれほど焦っていなかった。毎日ビスマルクを撃退してきたおかげで、回避能力と心の強さが以前と比べ物にならないくらい上達したおかげなのかもしれない。
もし、呉で中将と殴り合ったときにこの動きができれば、無茶苦茶楽だったんじゃないかと思えるくらいだ。
「こんのぉっ!」
伊勢の渾身を込めたハイキックを上体逸らしで避けた俺は、バックステップで距離を取って息を整える。
伊勢が身体を回転させる一連の動きの途中で、ちょっとばかり下着が見えてしまったが、これは不可抗力だから仕方がない。
……白……か。
やっぱり和服には、純白が似合うよね。
あっ、でも、黒と言うのも捨てがたい気がしなくもない……が。
………………。
いやいや、戦いの途中でなにを考えているんだ俺は。
平常心を保て。そうじゃないと、マジでヤバいことになる。
相手は航空戦艦なんだから、1発当たれば洒落になりかねない。
「どうして……、どうしてそんなに避けられるのっ!?」
顔全体を真っ赤に染めた伊勢は、俺の顔を睨みつけながら大きく叫ぶ。しかし、その額には大粒の汗がにじみ、肩が何度も上下するほど呼吸が荒れていた。
今の伊勢は明らかに正常心を失っている。そんな状態では正確な打撃を繰りだすことはできず、コンビネーションもバラバラだった。
今の俺にとってそれらを避けるのはそれほど難しいことではなく、1対1ならば負ける気がしない。
下着について考察していなければ……ではあるが。
あとついでに、俺から攻撃をする気はないので、勝つ気もないんだけど。
……と言うか、俺ごときの力で伊勢にダメージを与えられるとも思えない。ついでに、もし伊勢が艤装をつけていたら、確実に瞬殺だったろうけどね。
いくら上達したと言っても、さすがに砲弾は避けられない。
むしろ避けたら避けたで、それはもう人間レベルじゃないだろうし。
「はぁ……、はぁ……」
何度も伊勢の吐息が俺の耳に届き、それと同時に鋭い視線が突き刺さる。
どうして伊勢は俺をここまで嫌うのだろう。
初めて会ったときから敵視されていた感があるし、尋問も結構酷かった記憶がある。
もちろん恨みを買うようなことをした覚えはないのだが、知らず知らずの間になにかをしてしまったのだろうか?
もしそうだったとしたら、その誤解も解いておきたいと思った俺は、伊勢と間合いをとったまま話しかけた。
「な、なぁ、伊勢。
ちょっとだけ、話につき合ってくれないか?」
「話って……なによ?」
鋭い視線はそのままに、伊勢は俺の言葉に耳を傾ける。
疲れているのもあるのだろうが、会話をできることはありがたい。
「なんで伊勢は、俺をそんなに憎んでいるんだ……?」
「……憎む……ですって?」
「あ、あぁ。
初めて会ったときから凄く敵視されていた感じがするし、今もこうやって殺されかけているんだけど」
「そ、それは……、その……、えっと……」
言葉を詰まらせた伊勢は、急に視線をキョロキョロとあちらこちらに向ける。表情を見る限り、なにかを考えている――と言うよりかは、思い出している感じだ。
「俺が伊勢と会う以前に、なにか恨みを買うようなことをしたのかな……?」
「恨み……、あっ、そうだ……」
そう言った途端、伊勢は急に肩の力を抜いて構えを解いた。あまりにも唐突だったので戸惑いそうになってしまったが、危険でなくなったのならばありがたいことである。
「先生を恨むなんてことはなかったわ。
ただ、噂を聞いた時点で注意しなければならないと思っただけよ」
「う、噂……?」
「先生が佐世保にくる1週間ほど前から流れた噂なんだけど……、聞いたことはないの?」
「お、思い当たる節はあるんだけど……、き、聞いちゃっても良いかな……?」
「別に良いけど……、さっきまで戦っていた同士の会話じゃない気がしない?」
そう言って頭を傾げる伊勢なんだけど、一方的に殴りかかってきたのはそっちなんだからね――と叫びたい。
まぁ、それを言ったら事態が悪化しかねないので避けておくけれど。
「と、とりあえず休憩ってことで……」
「ふうん……。まぁ、良いけどね」
大きく息を吐いた伊勢はその場で腰を下ろし、壁に背を預けて語り出した。
次回予告
座った伊勢は、噂について語り出す。
それは聞いたことのあるモノであり、誤解であることがすぐに分かる。
否定をし、語る主人公だが、いつしか伊勢の行動が……?
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その10「その嘘、本当?」
乞うご期待!
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