私は先生に言われた通り、ちゃんと話をしようとスタッフルームへ向かう。
そして、一世一代の告白をするつもりが……。
次の日。
先生が言った通り、ビスマルク姉さまがお休みしたのは1日だけだった。
いつもと同じようにしているビスマルク姉さまだけど、つい先日私と喧嘩をしてしまったせいで視線をあまり合わせてくれなかった。
でもこれは仕方がない。狙いがあったとはいえ、悪いのは私なのだから。
だから、今日こそはきちんと話をする。
そしてビスマルク姉さまに私の本当の気持ちを伝えるのだ……と、気合を入れてタイミングを見計らっていたのだけれど。
気づけば幼稚園の終業時間になってしまったんだよね……。
「こ、このままでは……マズイ……ッ」
終礼が済み、いつもならば誰かと一緒に寮へと戻る流れ。
だけど私にはビスマルク姉さまと話をするというミッションがあり、このままおずおずと帰る訳にもいかない。
私は何とか勇気を振り絞って廊下を進み、玄関とは違う方向にある部屋――スタッフルームの扉の前に立った。
「すぅ……はぁ……」
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、震える手をなんとか動かして扉を叩く。
するとすぐに「どうぞー」と先生の声が聞こえてきたので、私はしっかりと前を向きながら扉を開けた。
「し、失礼しますっ!」
「や、やぁ。プリンツ……」
出迎えてくれた先生は少し疲れたような顔だった。
朝から夕方までどのタイミングで私がビスマルク姉さまに話しかけるのか心配してくれていたのだとすれば、先生の疲労も溜まっているかもしれない。
悪いことをしたなぁ……と思いながらも、私のことを本当に気にかけてくれたのだと嬉しい気持にもなる。
だけど今、私はビスマルク姉さまに告白をしなければならないので、先生のことは後回しにする。
先生もそれは分かってくれているみたいで、私をスタッフルームの奥――ビスマルク姉さまが座っているソファーへ誘導してくれた。
「………………」
ごくり……と唾を飲み込む私。
目の前にはコーヒーカップに口をつけているビスマルク姉さまが居る。
視線は私の顔に向けられ、ほんの少し気まずそうな表情にも見えた。
「あ、あら、プリンツじゃない……」
「あ、あの……その……」
作り笑いと簡単に見て取れるビスマルク姉さまの顔に、私は一瞬戸惑ってしまう。
なぜこんな顔をするのだろう。
もしかして、先生が今から私が告白すると事前に教えたのだろうか?
いや……、それはない。
断言することはできないけれど、先生がそんなことをするとは思えないのだ。
おそらくビスマルク姉さまは、私と喧嘩をしたことを気にかけてこんな表情をしたのだろう。
ならば私のすることは、まず謝らないといけない。
「こ、この間はごめんなさいでしたっ!」
私はビスマルク姉さまに深々と頭を下げ、大きな声で謝罪をする。
「べ、別に良いのよ……。そ、その……、私も少し言い過ぎたから……」
「い、いえっ。私もビスマルク姉さまの気持ちを考えないで色々と言い過ぎちゃいました。本当にごめんなさいっ!」
私はそう言って、ビスマルク姉さまの顔を伺ってみる。
するとその顔は作り笑いではなく、
頬を少しだけ赤らめた、嬉しそうな微笑を浮かべていた。
その顔はとっても綺麗で、
見とれてしまうほど優しくて、
時折見える凛々しさが私の心を鷲掴む。
そして私は勇気を振り絞って言う。
「私は……ビスマルク姉さまが、大好きです」
「ありがとう。私もプリンツのことは好いているわよ」
笑みを浮かべたビスマルク姉さまが答えた。
しかしそれを見た私は、顔面蒼白といった感じで立ち尽くしてしまう。
言葉だけを聞けば成就したように思えるだろう。
しかしビスマルク姉さまの視線は私ではなく、
私の後ろにいる先生に向けられていたのだ。
「わ、私は……っ!」
だけどここで引きさがるなんてできる訳がない。
私は今度こそ本当の気持ちを……、ビスマルク姉さまに理解してもらわなければいけないのだ。
おそらくビスマルク姉さまは私が言った『好き』という意味を、友人や先生と園児の間柄としてしか思っていないであろう。
ならばちゃんと伝えなければ、サポートしてくれた先生にも申し訳がたたない。
なのに……、それなのに……、
私の口よりも早く、ビスマルク姉さまが言葉を紡ぐ。
「でもね……、プリンツ。私がプリンツに向けている好きという気持ちは、あなたと少しだけ違うわ……」
首を左右に振りながら、明らかに見て取れる仕草。
「あくまで仲間として……、プリンツのことを好いているつもりよ」
そしてこの言葉で、私の心は砕け散りそうになった。
膝が震え、床にうずくまりそうになる。
それに気づいた先生は急いで私に駆け寄り、手を差し伸べようとしてくれた。
だけどその優しさが、今の私には辛くて……、
言いかえれば、癪に障ってしまって……、
またも、心にもない言葉を吐いてしまう。
「……触らないで下さい」
「い、いや、だけど……」
「お願いします……。私のことは、放っておいて下さい……」
目尻に涙が浮かびあがり、そんな顔を見せないように俯きながら私は言う。
おそらく先生はどうして良いのか分からず、うろたえているのだと思う。
そんな状況にもかかわらず……、ビスマルク姉さまからとんでもない発言が飛び出てきた。
「私が本当に好き……いえ、愛しているのは、先生だからね。
だから、プリンツの気持ちには答えられないわ」
ハッキリと言ったビスマルク姉さま。
私とは違い、何の苦労もなく、
ビスマルク姉さまは淡々と答えてしまった。
その瞬間、私は振られてしまったという気持ちよりも更に大きな挫折を知り、
自暴自棄とも取れる方法を、取ってしまったのだ。
「……ら……」
「「……え?」」
「それ……なら、」
私は顔をあげてビスマルク姉さまを見る。
そして今度は後ろへと振り返り、先生の顔に右手の人差し指を突きつけて、
「それなら、その先生と決闘ですっ!
私が勝ったら、ビスマルク姉さまを頂きますっ!」
幼稚園内に響き渡る、大きな声を張り上げたのだった。
「いやいやいやっ、なんでそうなるのっ!?」
大慌ての先生が両手を前で交差しながら大きく首を振る。
しかし言い出してしまった私は後には引けず、更に言葉を畳みかけた。
「ビスマルク姉様がダメなら先生に聞いてもらうしかないんですっ!」
「全く理屈が通ってないよっ!?」
全くもってその通りだ。
誰がどう聞いてもおかしいはず。
それを私は分かっているはずなのに、頭より先に口が動いてしまう。
「問答無用っ! もしここで逃げるなら、ビスマルク姉さまは私のモノですっ!」
「あ、いや、それは……えっと、うーん……」
戸惑いながら考えだした先生だけど、それはちょっと具合が悪いんじゃあ……。
「……先生、どうして悩む必要があるのかしら?」
「そ、それは……、どうやってこの場の収拾をつけようかと思ってだな……」
「それは本当かしら? なにやら不穏な空気を感じたのだけれど……?」
「き、気のせいじゃないかな……?」
ビスマルク姉さまからジト目を向けられて焦る先生。
これだけ不甲斐ないのだから、ビスマルク姉さまもさっさと先生を見限ってくれれば良いのに……と、私の心の中で黒いなにかが囁いている。
だけどこれは完全に悪手。
私はビスマルク姉さまが大好きだけど、先生を酷い目にあわせてというのは後味が悪い。
………………。
……あれ?
私はどうしてこんなことを思っているのだろうか。
先生が初めて幼稚園にきたときは、さっさと居なくなれば良いと思っていたのに。
これってやっぱり、この前のことが関係して……?
「とにかく、プリンツはこうなったら言い聞かせるのは至難の業よ。ここは先生が決闘を受けて頑張るしかないわね」
「そ、そんな他人事みたいに……」
「それともなに? 私のことなんてどうでも良いから、決闘なんて受けられる訳がないとでも言いたいのかしら?」
「そ、そういうんじゃなくて、そもそも教育者と教え子が決闘ってことがおかしいだろっ!?」
「あら。私の祖国では珍しいことではないわよ?」
「そうなのぉぉぉっ!?」
本気でビックリしている先生が、何やら変なポーズでその場から飛び上がったんだけど……、その、凄く変ですよそれ……。
まるで「シェーッ!?」とでも言い出しそうな雰囲気に……って、なんでこんな言葉が出てきたのだろう?
「基本的に決闘は禁止されているけれど、一部地域では未だに残っているところがあるわね。
あと、議会でも決闘が行われかけたこともあるわよ?」
「ま、マジか……」
「まぁ、これに関しては途中で撤回されたけれど、祖国では珍しくないと言っておくわ……」
「それはその……って、そうじゃなくて、やっぱり俺が決闘を受ける理由がないよっ!?」
「グダグダ言っていないで、さっさと受けなさいっ!」
「なんて理不尽っ!」
先生はビスマルク姉さまにお尻を思いっきり蹴られ、飛び上がりながら私の前にやってくる。
その表情は明らかに困惑し、どうするべきかと考えている。
それがどうにも我慢できなくなってしまった私は、ビスマルク姉さまの件を別にしてでも決闘をするべきだと思い、重心を落とした。
「……っ!?」
私の身体が沈みこんだ瞬間、先生は咄嗟に構えを取る。
幾度となく繰り返してきた、先生への体当たり。
心の中のモヤモヤがいったい何であるかを問い掛けるように、私は足を踏み出していく。
ビスマルク姉さまへの思いとは違う、先生に向けられるなにかを知る為に。
次回予告
無理矢理決めた先生との決闘。
そして放つ、渾身のタックル。
はたしてこの先に何が待っているのか……、私には分かっていたはずなのに。
艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
~プリンツ編~ その4「先生だからこそ」(完)
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