艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 牢屋を脱走した主人公は、夜の佐世保鎮守府を潜みながらある場所へと向かう。
自らの無実を証明するために、約束をしたあの場所へ。

 そして再び出会ったあいつと共に、調査を開始したのだが……


その7「急上昇から大転落」

 

 外に出ると空は真っ暗だった。

 

 仕事の後に明石の部屋に行き、そこで拘束されてから大分と時間が経ったのだからその筈である。

 

 それよりも問題なのは、さっきからお腹がぐぅぐぅと音を鳴らしている点であるが、牢屋に居る間に食事はなかったので仕方がない。

 

 普通ならば差し入れなんかをしてくれても良さそうなのだが、やっぱり伊勢に相当嫌われていたのだろうか。

 

 しかしそこまで嫌われるなんて、身に覚えはないんだけどなぁ。

 

 そんなことを考えつつ、俺は誰にも見つからないように鎮守府内を移動する。

 

 灯りが少ない場所を選び、植え込みや木の影を利用して目的の場所へと向かって行く。

 

 頭の中にはピンク色の豹と全身タイツの大泥棒のテーマ曲が交互に流れているが、そんな余裕は全くない。

 

 まず間違いなく鎮守府内に俺のことは伝わっているだろうから、ひとたび見つかれば騒ぎになってしまうのは明白である。

 

 そうなってしまったら最後、目的を達成することは難しくなり、逃亡の日々が開始されてしまう。迷惑がかかる以上舞鶴に戻る訳にもいかないだろうし、取れる手段はかなり限られてくる。

 

 いや、それどころか、俺という個人が国レベルの相手と渡り合うなんてことは到底無理だろうし、数日と経たずに捕まってしまうだろう。

 

 つまり、ここはなんとしても目的の場所まで誰にも見つかることなく移動し、明石の行方が分かる何かを見つけ出さなくてはいけないのだ。

 

 俺は過去にやったのと同じように両頬をパシンと叩いて気合を入れ、植え込みの影から辺りを注意深く観察しながら移動をし続けた。

 

 

 

 こういうときこそ、段ボールなんだけどなぁ……。

 

 

 

 ……え、違う?

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ある建物の中に入り込んだ俺は、外を移動するよりも更に注意をしながら移動を続けていた。

 

 夜も更けて人や艦娘が寝泊まりする場所でないとしても、建物内に1人や2人は居るらしく明かりがついている。

 

 こんなところでバッタリと誰かに会ってしまえば簡単に見つかるのは当たり前だろうが、通路の明かりを消す訳にもいかず、壁や床に耳を当てて物音を探りながら人が居ないことを確認し、ようやく目的の場所に着いたときには日が変わる寸前になっていた。

 

「よし、ここだな……」

 

 扉の前で屈んだ俺は、拳を丸めてノックをする。

 

 

 

 コン……コンコン……コン……

 

 

 

 前もって決めていた回数を叩き、中からの返事を待つ。

 

 すると小さく開いた扉の隙間から人差し指で入るようにと促され、俺は黙ったまま素早く部屋に侵入する。

 

 そして扉を静かに閉めて振り返ると、想像していた通りの――艦娘が俺を見下ろしていた。

 

「ふぅ……。遅かったから心配したじゃない」

 

「見つかる訳にはいかないから、慎重に移動していたんだ。おかげで誰にも見つからずに来れたけど……、こっちの方は大丈夫だったか?」

 

「ええ、今のところ問題はないわ。ただ……」

 

 言って、少し俯き気味になったビスマルクは小さなため息を吐く。

 

「この部屋の状況は、どう考えてもおかしいわよね……」

 

「ああ、確かに……な」

 

 返事をしながら、俺は部屋を大きく見渡した。

 

 壁につけられた大きな傷跡。

 

 至る所に見える赤いシミ。

 

 大きく形を変えてしまい、本来の使い方を望めない変わり果てた椅子や机。

 

 誰が見ても正常と判断できるはずもない室内には、息苦しくなってしまうような重い空気が漂っていた。

 

「………………」

 

 無言のまま部屋の様子を伺うビスマルクの額には大粒の汗が滲み出ており、この異質な空間がどれだけヤバいかを物語っているようだ。

 

 しかし、俺の脳裏には別のことが浮かんでいた。

 

 伊勢と日向に捕まる前に見た光景とは少しだけ変わったように見えるのだが、おそらくは調査によって転がった椅子や机の位置が動いたのだろう。

 

 つまり、伊勢や日向は既にこの部屋の情報を得たことになるのだが、それを踏まえてもなお、俺を犯人と仕立て上げる気なのだろうか……?

 

 それって、何も見つからなかったと同義のような気がするんだけれど。

 

 ……ってことは、やっぱり俺、嵌められてないか?

 

「それで、これからどうするのかしら?」

 

「とりあえずは部屋の調査だな。

 反撃をするには少しでも情報が欲しいし、片っ端から調べてみようと思う」

 

「そう……。なら、あなたに従うけれど……」

 

 そう言ってゆっくりと目を閉じたビスマルクは、暫くしてから意を決したように俺を見る。

 

「私は最後まであなたと付き合うと決めたのだから、自らを犠牲にしたり、1人で逃げようとしたりなんてことは考えないでよね」

 

 その目は真剣で――

 

 全く曇りのない綺麗な瞳が俺に向けられていた。

 

「ビスマルク……」

 

 思わずジワリと目尻が熱くなる。

 

 抱かれたいランキングの順位がどんどんと上がってきているのだが、このままいくとトップが入れ替わってしまう勢いである……のだが、

 

「そのまま私と一緒に愛の逃避行……。

 そして安住の地を見つけた後、めくるめく官能の日々が……フフフ……」

 

 うん。見事に台無しである。

 

 そのニヤケまくった笑い顔は、既に放送禁止レベル。子供たちには一切見せられない。

 

 ついでにビスマルクの抱かれたいランキング順位は圏外へ落下していった模様なので、一安心といったところだろう。

 

「考えていたら興奮してきたわっ! もうこの際この場で……」

 

「寝言は寝てから言えっ!」

 

 突っ込みと同時に回転蹴りをビスマルクの頭部に見舞うも、上半身を軽く反らして簡単に避けられてしまった。

 

「フフフ……、まだまだ青いわね」

 

「クッ……。こういうときだけ頼りがいがありそうでも、全く意味がないのに……」

 

 拳を地面に叩きつける……って、何をやっているんだ俺は。

 

 調査をするどころか、周りに聞こえてしまう大声をあげた挙句に漫才をしているって、もはや緊張感の欠片もないんですが。

 

「さて、それじゃあさっさと調査をするわよ」

 

「……ビスマルクに言われるとは夢にも思わなかったけど、突っ込んだら負けだと思うから素直にそうするか」

 

「あら、別に突っ込んでも良いのよ?」

 

「後々面倒なので止めておくよ……」

 

「そう。残念ね……」

 

 本当に残念そうな顔を浮かべたビスマルクだが、俺は無視を決め込んで調査を開始する。

 

 前に来たときは余りの現状に驚いてしまい、ほとんど調べることができなかった。

 

 伊勢や日向たちの調査で重要な手掛かりは失われている可能性があるかもしれないが、それでもやらないよりは良いだろう。

 

 できれば査問会で抵抗できる情報を。

 

 望むべきは、俺が無実であるという証拠を。

 

「まぁ、さすがに高望かもしれないが……」

 

 独り言を呟きながら、傷だらけの壁に触れてみる。

 

 大振りの刃物で斬りつけたような、斜めに入った一直線の傷。

 

 どれだけの力を加えればこんなにも深い傷ができるのだろうと思えるくらい壁紙は破かれ、下地の合板もパックリと裂けていた。

 

 そして近くには血のような赤い液体が付着し、惨劇があったのだと物語る。

 

 どう考えても1人が流せば死に直面する量であるそれは、明石の生存を絶望視させる。

 

 艦娘がどれだけの血を流せば命を失うのかは分からないが、それでもこの量は尋常ではない。

 

「……無事であれば……良いんだけどな」

 

「……あなたを不能に陥れた艦娘なのよ?」

 

「それでも……、やっぱり心配にはなるさ」

 

「そう……」

 

 互いに顔は合わさずに言葉を交わす。

 

 ビスマルクの声は冷たく感じるが、全く心配していないという感じには聞こえない。

 

 以前に聞いたときは明石を苦手であるような感じだったけれど、同じ鎮守府に所属する仲間としては心配しないという方がおかしいのだろう。

 

「……ふむ」

 

 壁を一通り調べてみたが、傷と血のりらしきモノ以外は何も見つからない。これ以上の調査をしても何も得られないと判断した俺は、次に椅子と机の方に向かった。

 

「………………」

 

 目の前にして改めて分かる。

 

 大きくひしゃげた……といえば簡単ではあるが、どうすればこんな形になってしまうのだろうと、首を傾げるしかない。

 

 椅子の中心にある軸は上下を引きちぎるように捻じ曲げられ、背もたれ部分はほんの少しの力を加えただけで折れてしまいそうだ。

 

 実はこれ、アートなんです――と、言われた方が納得できてしまうかもしれないそれに、俺は固唾を飲みながらも調べていく。

 

「……ここにも血のり……か」

 

 座る部分はおろかその裏でさえも、血が飛び散ったような跡が残っている。曲がり切った軸も、背もたれの両側も、どこもかしこも真っ赤に染まっているのだが……。

 

 これって、明らかにおかしいよな……。

 

 調べた内容を頭の中にしっかりと記憶させ、続いて机の方をチェックする。

 

 こちらも椅子と同じように4本の足はグニャリと曲がり、鎮座しているのが凄いと感心してしまえる程だ。

 

 そして、どこもかしこも赤い血のようなモノが付着している。

 

「外見は同じ。ならば、引きだしは……と」

 

 机の天板にある長細い引きだしに手をかけるが、予想通り開かなかった。

 

 そりゃあ、これだけ大きく歪みまくっていたら、引き出しが素直に開くはずもない。

 

 ……となると、伊勢や日向もこの中は調べていないということだろうか?

 

「ビスマルク、ちょっと良いか」

 

「どうしたのかしら?」

 

「この引き出しなんだけど、開けられるかな?」

 

「ええ、任せておいて」

 

 俺は机を指差して引き出しを指定すると、ビスマルクは小さく頷きながら手をかけて腰を落とす。

 

「むぐ……っ」

 

 ギシギシと金属が軋む音がするが、引き出しはなかなか開かない。ビスマルクの身体が小刻みに揺れ、顔が少し赤くなってきた。

 

「ふん……むぅ……っ!」

 

 渾身の力を加えたビスマルクが頬を膨らませる。

 

 ギギギ……と、音がするのと同時に、少しずつ引き出しが開かれてきた。

 

「おお……っ!」

 

 感心する俺の声があがった瞬間、ビスマルクの腕が勢いよく動き、

 

 

 

 ガッシャーーーンッ!

 

 

 

「「……あっ」」

 

 引き出しの中身が、部屋中に散乱してしまった。

 

「「………………」」

 

 それはもう、見事なくらいバラバラに。

 

 ボールペンとかメモ帳とか、カルテが挟んであったバインダーなんかも飛び放題。

 

 現状保存とかいうレベルじゃなくなった光景に、俺は何も言うことができずに立ち尽くしてしまったのであるが……、

 

「こ、こんなサービス、滅多にしないんだからっ!」

 

 頬を赤く染めて、プイッ……と、顔を逸らす歌姫……ではなくビスマルク。

 

 頼んだのは俺であるだけに、文句を言うのは難しいのではあるが……。

 

 

 

 ちょっとくらいは反省して欲しいよね……と、心の中で呟く俺だった。

 





次回予告

 見事に机の中身が散乱し、現場保存は諦めた(ぇ
しかし、後片付けはしておかなければと2人はいそいそと作業をする。
そこであるモノを見つけたビスマルクが、驚愕の顔を浮かべたのだった……。


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その8「メッセージカード」

 乞うご期待!

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