急に艦娘からかけられた言葉。
そこには、一つ気になることがある。
『噂』という言葉が。
そう――。とんでもない、噂が。
目の前を立ち塞がった軽空母の龍驤と思われる艦娘が俺に問う。
「えーっと、キミが……噂の先生かな?」
「う、噂……?」
いきなりそんなことを聞かれても分かる訳がないのだが……と、俺は大きく首を傾げて聞く。
「ああ、そっか。ゴメンゴメン。いきなりそんなことを聞いても、分かる訳があらへんよね」
龍驤は後頭部を掻きながらそう言った。
しかしなんだ、龍驤の微妙に怪しい関西弁が気になりまくる。昨日まで舞鶴に居た俺としてはそれなりに聞き慣れた言葉だけれど、やっぱり違和感があるよなぁ……。
ツッコミを入れるのは簡単だが、初対面相手にそれはどうかと思う。向こうから話しかけてきたんだし、関西弁を喋る者はノリやすい性質だから大丈夫――なんて考えは、無責任にも程があるだろう。
しかし、関西生まれの俺としては少々見過ごせない。好奇心は身を滅ぼすと言われようとも、気になったことを放置できる大人でもないのだ。
はいそこ、大人気ないとか言わないように。
とりあえずここは一つ、俺も同じようにやってみることにする。
「そりゃそうやで。なんにも聞いとらへんのに分かる訳がないやんか。それにあんたアレやで、微妙にイントネーションがおかしいで?」
「……え?」
「なんや、いきなりけったいな顔してからに。それとも、化けの皮が剥がれてしもうたんか?」
「んなっ!? ちょっ、いきなりなに言いはんのっ?」
……おい。
今のは、関西弁と言うより京都弁だろ。
というか、俺も生粋の大阪生まれでもないし、関西弁の区切りが良く分かっていないのでハッキリと言いきれないけどさ。
まあ別にええけど……って、このまま続けると話が逸れまくるだろうから、今のはなかったことにして、言葉も元に戻しておく。
「いやまぁ、冗談ですけどね」
「な、なんや……、冗談かいな。怒るでしかし」
やっさんか。やっさんだな。やっさんなんだな。
ついつい三段活用をしてしまったが、このままではダメだ。何をやっても話が逸れてしまう。
自重自重。
「それで、俺にいったい何の用ですか、龍譲さん」
「いきなり改まられるとそれはそれで怖いんやけど……まぁ、ええか」
ゴホンと咳払いをした龍驤は、ほんのりと頬を染めながら口を開こうとして固まった。
「あれっ? なんでキミはうちの名前を知ってるん?」
「そりゃまぁ、外見的特徴を見ればなんとなくは……」
「それって……、どこを見た上で言ってるんかな?」
「そりゃあもちろん……」
そう言って、俺は龍驤の胸部装甲……ではなく、つま先から頭まで視線を動かしていく。俺の視線が胸部装甲の近くを通った瞬間、龍驤の眼力が強くなっていたのは御愛嬌だろう。
いや、愛嬌なんかで済まされないレベルだったかもしれないけど。
「特徴的な服装に、被っている帽子ですぐに分かりました」
「そっか……なら、かまへんよ」
龍驤は小さくため息を吐いてから微笑んだ。
ちなみに首元にある勾玉も言おうかと思ったが、胸部装甲からほど近いこともあってやめておいた。
好奇心はあれども、危うきに近寄らずは俺のモットーだからね。
「話を戻してもかまへんかな?」
「ええ、お願いします」
龍驤の問いに俺は頷くが、先に逸らしたのはそっちなんだけどね。
「実は……ここに居るビスマルクっつー戦艦が居るんやけど、その彼氏が遥々遠いとっからやってくるって噂が流れてんねん」
「ほほう……って、彼氏っ!?」
「そう、彼氏。どうせでまかせなんやろうと思ってたんやけど、ところがどっこいビスマルクの機嫌が数日前から快晴になっとってな。こりゃあ、マジもんかもしれんと思ってたところに、キミがやって来たんや」
なるほど。つまりタイミングが被ったってことか……って、そうじゃなくてっ!
「いやいやいや、俺はビスマルクの彼氏じゃないよっ!」
「あれ、そうなん? ビスマルクから聞いていた感じにそっくりやったから、てっきりそうやと思ったんやけど……」
首を傾げた龍驤は、なぜだろうと言わんばかりの顔を浮かべている。しかし、どんな顔をされても、俺はビスマルクの彼氏ではない。
しかし、ビスマルクの彼氏か……。ちょっとばかり気になってしまうのはなぜだろうか。龍譲曰く、俺と感じがにそっくりだと言っているから、何か特徴が同じなのかもしれないが、それにしたって良い気分ではない。
舞鶴にやって来たときや、ちょくちょく電話をかけてきたときに何度も口説かれていたから、てっきり俺に気があると思っていただけに残念だ。
まぁ、俺には愛宕という女性が居るから、ずっと断っていたんだけれど。
それで痺れを切らしたビスマルクが俺に似た彼氏をつくった。そう考えれば辻褄は合うし、怒る筋合いもない。むしろ祝福してあげるべきだろう。
だが、噂が気になるのもまた事実。俺は龍驤にそのことを聞いてみる。
「ちなみにその噂による彼氏って、どんな感じなんだ?」
「ちょっと頼りなさそうな感じやけど、芯はしっかりしてるって聞いてるで」
「そうか……」
頼りないというのは若干問題かもしれないが、ビスマルクの性格を考えれば良い関係になるのかもしれない。むしろ、その噂を聞いて俺と似ていると思われた方が問題のような気がするが。
とりあえずはひと安心……と、思った矢先、龍驤は続けて口を開いた。
「あ、でもアレや。ものごっつう苛めがいがありそうで、磨いたら絶対スケコマシになるとも言っとったな」
何その元帥みたいなの。
そんなやつと俺を間違えるって……、どういう目をしているんだよ龍驤はっ!
「いやいや、さすがに俺もちょっと機嫌を損ねるんですが」
「そやけど、実際にキミはビスマルクの彼氏じゃないんやろ?」
「俺が言っているのは、そんなやつと俺を見間違えたってことなんですよ」
「ああ、それは勘忍や。でも、うちが見る限りキミも同じように見えとるで?」
「ぶふーーーっ!?」
いきなり吹き出した俺を見て、龍驤はケラケラとお腹を抱えて笑っていた。
こいつ、絶対わざとやってるだろ……。
「まぁ、キミ自身が違うって言ってるんやから、うちの勘違いってやつやなー」
そう言って、滅茶苦茶フレンドリーな感じで近づいてきた龍驤は、俺の肩をポンポンと叩いてから「これでも舐めて機嫌直しーや」と、不敵な笑みを浮かべながらポケットから取り出した飴玉を渡してくれた。
こ、こんなんで許すと思わないでよねっ!
――と、思いつつも、包み紙を取って口の中に放り込む。
程良い甘さが口いっぱいに広がると同時に、ほんのりと心温まるような感じがした。
………………。
いやいや、ポケットの中からって、完全に大阪のおばちゃんやん。
龍驤と別れた俺は、再び安西提督から聞いた場所へと向かって歩き出した。その間も艦娘や作業員からチラチラと名札と顔を見られるのに耐えながら、なんとか目的の場所へとたどり着いたのである。
「ここ……かな?」
目の前に見える建物は、真っ白な壁で覆い尽くされて汚れがほとんど見えず、最近建ったのだろうと予想できるほど綺麗な佇まいだった。
……おや、なんだろう。
なぜだか分からないが、昔にも同じようなことがあったような気がする。しかし、喉元まで上がってきている感じにもかかわらず、正解であろう言葉が出てこない。
ずいぶん前でもないと思うんだけど、いったい何だったのだろうか……。
凄く大切な……いや、大変なことがあったような……?
「まぁ、入ってみれば分かることだよな」
ただでさえ艦娘たちの視線を集めているのだから、この場でジッと立ち尽くしていると変質者と間違われる恐れがあるだろう。俺は軽く両頬を叩いて気合を入れ、入口のガラス扉をゆっくりと開けて中に入った。
「あら、遅かったわね」
入ってすぐの玄関に、なぜか自慢気な顔を浮かべていたビスマルクが立っていた。
「あっ、そうか……」
俺は目の前の光景を見た瞬間、初めて舞鶴鎮守府にやって来て、幼稚園の建物に入ったときのことを思い出した。
あのときは愛宕が立っていて、「ぱんぱかぱーん」の連打に色々と大変な思いをしたんだっけ。
……まぁ、非常に嬉しいイベントだったんだけど。
「そんなところで立ち尽くしてないで、早く入りなさいよ」
「あ、あぁ。そうだな……」
俺はそう言って、玄関周りに視線を移す。外観と同様に新築同然の綺麗な内装からは、真新しい塗装の匂いがした。
「しかし、この感じは……」
「いったい何をブツブツと言っているのかしら?」
独り言を呟く俺を不審そうに見るビスマルクは、首を傾げている。
「なあ、ビスマルク。ちょっとだけ……聞いても良いかな?」
「あなたの願いなら何でも聞いてあげるわよ?」
「い、いや、そこまで大それたことじゃないんだけど……」
言って、俺は息を飲んでからビスマルクの顔をしっかりと見つめ、質問する。
「この建物って……、何という名前なんだ?」
「よくぞ聞いてくれたわ。ここは2日前に完成した、佐世保鎮守府艦娘幼稚園よっ!」
「………………」
「あら、どうしたの? 間抜けそうな顔なんかしてたら、即座にさらってお持ち帰りするわよ?」
「いやいや、それはさすがに……って、えええええっ!?」
俺の絶叫が建物内にこだまする。
ビスマルクは自慢気に胸を張って笑みを浮かべ、そんな俺を嬉しそうに眺めていた。
――そう。
つまり、俺がここに呼ばれた理由とは、佐世保鎮守府に新たに建てられた艦娘幼稚園の先生として、勤務することだったのだ。
次回予告
転勤と呼び出しの理由を知った主人公。
ビスマルクは以前から誘っていたことを、現実にしたのであった。
しかし、そうなれば問題が。
障害がなくなったビスマルクは、ここぞとばかりに暴走し……
艦娘幼稚園 第二部
~流されて佐世保鎮守府~ その5「逆源氏計画」
乞うご期待!
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