ヲ級ちゃんが隠し通す謎。
僕たちはそれが何かと気になりながら、昼食の時間を迎えることになった。
そして、いつもの騒ぎが今日も起こる。
※書籍印刷による縦書きと違い、読みやすいように行間処理を行っております。
書籍のサンプルは別途通販サイトにて後日アップ致しますので、宜しくお願い致します。
■ 03
午前中の授業が終わり、お昼ご飯の時間になった。その間ヲ級ちゃんは隠しごとについて語ろうとしなかったけれど、先生が近くに居たのだから仕方がなかったのかもしれない。初めのうちはみんなもソワソワとしていたけれど、次第にヲ級ちゃんから言い出すまで待とうという雰囲気になっていた。
「は~い、みなさ~ん。お弁当はちゃんと行き渡りましたか~?」
「「「はーい」」」
僕たちは並べられた机の前に座り、手をあげながら愛宕先生に返事をする。何人かは我慢ができないといった表情を浮かべて、口元からよだれを垂らしていた。
うーん……、その気持ちは分からなくもないんだけれど、ちょっぴりお行儀が良くないよね。
でもまぁ、これも歳相当と考えれば仕方がないのかもしれないね――と、思いながら、愛宕先生の隣に座っているしおい先生を見たところ、
「じゅるり……。まだかな……まだかな……?」
これでもかってくらいにキラキラとさせた目をお弁当箱に向けながら、お箸を構えてよだれをボタボタと机の上に垂らしていた。
仮にも先生なんだから、もうちょっと僕たちのお手本として振舞って欲しいんだけど、鳳翔さんが作るお弁当の魔力には逆らえないのかもしれない。
いや、それを踏まえたとしても、しおい先生の反応は限度を超えちゃっている気がするよね。
「それでは、いただきま~す」
「「「いただきまーっす!」」」
愛宕先生のかけ声の後に僕たちは一斉に手を合わせてお辞儀をし、お弁当包みの結び目を解いて蓋を開けた。
「ワォッ! 今日のお弁当は中華一色デース!」
「すっげーっ! こりゃあ、旨そうだぜっ!」
金剛ちゃんと天龍ちゃんが歓声をあげると、他のみんなもワイワイと騒ぎだした。食事のときに大きな声を出すのはあまり良くないとは思うけれど、ここでは日常茶飯事であって、先生たちは注意をしない。僕は以前に気になって一度だけ愛宕先生に聞いてみたんだけれど、みんなが仲良く楽しそうにしているのならばそれに越したことはないという理由から、とがめないらしい。
ただ、それでも例外というモノがあって……
「こ、これはーーーっ!」
――と、僕が危惧していたことが即座に起こってしまい、小さくため息を吐いた。
「な、なんということでありますかっ! この唐揚げの味はまさに絶品っ! 一度タレに浸けて冷蔵庫に半日寝かしておいてから衣をつけ、まずはじっくり低温の油で火を通してから高温の油で二度揚げするという手間のかかりようっ! 更にうっすらとかかっているパウダー状のスパイスで食欲を刺激し、噛みしめるほどに溢れ出てくる肉汁はまさに歓喜の極みでありますっっっ!」
突然立ち上がったあきつ丸ちゃんは、ほっぺたに唐揚げを放り込んだまま料理漫画の登場人物顔負けのレビューを熱弁し、言い終えると同時にゴクリと飲み込んだ。
「唐揚げも美味しいデスケド、こっちのチンジャオロースも絶品デース! 細切りのピーマンとタケノコのシャキシャキ食感と、片栗粉をまぶして一度揚げた豚肉のジューシーさが合わさっただけでなく、みじん切りにした玉ねぎがアクセントとなってご飯が止まりまセーン!」
あきつ丸ちゃんに触発され、金剛ちゃんも同じように誉め称えながら口へと運ぶと、モグモグと口を動かしながら隣に座っているヲ級ちゃんの方へと視線を向けた。いつもならばここでヲ級ちゃんも乗ってくる……はずなんだけど、やっぱりどこか呆けているというか、考えごとをしているみたいで……
「ングング……ングング……」
無言でお弁当を食べながらニヤリと不敵な笑みを浮かべたと思ったら、いきなり難しそう表情に変えるなど、明らかに怪しさ満点だった。
いや、そもそも漫才コンビ――とは言い過ぎかもしれないけれど、一番仲が良くて相方である金剛ちゃんの視線に全く気づかない時点で異常なんだよね。
もしかしたら無視をしているかもしれないけれど、二人の様子が険悪な感じには見えないし、もしそうだったら金剛ちゃんがさっきのように話を振るとは考えにくい。そうなると、やっぱり隠しごとをしている件が大きくかかわっているとは思うんだよね。
「あきつ丸ちゃんに金剛ちゃ~ん。お食事中に大きな声を出すのはダメですよ~?」
「あ、こ、これは失礼した……でありますっ」
「そ、ソーリーデース……」
愛宕先生に注意された二人はしょんぼりとしながら席についたんだけど、これもいつものことだ。いや、いつもと言うのは、毎回鳳翔さんのお弁当を食べる際に感動しまくってしまうあきつ丸ちゃんの方だけで、金剛ちゃんがへこんじゃったのはヲ級ちゃんが原因なんだろう。
どうやらヲ級ちゃんの様子がいつもと違うことは今の反応で他のクラスのみんなも気づいたらしく、お弁当を食べながらチラチラと視線を向けていた。特に先生は先程の授業の時点でかなり怪しんでいたんだけれど、僕たちの冷たい視線による牽制が効いたのか、口を開くのをためらっているような感じだった。
「先生~、どうかしたんですか~?」
先生のお箸が止まっているのを不審に思ったのか、愛宕先生が声をかける。
「えっ、あ、い、いえっ、なんでもないですっ!」
「そうなんですか~? なんだか金剛ちゃんかヲ級ちゃんの方をジッと見ている感じに見えましたけど~」
「ワォッ! もしかして先生は、私に熱い視線を送ってくれていたんデスカーッ!?」
「ち、違う違うっ、そんなことはしていないっ!」
「ガーーーンッ! そこまで否定されるとちょっぴりショックデース……」
「あら~、金剛ちゃんが更にしょげちゃっているわ~」
「先生ったら酷いっぽいっ!」
「あ、う、あ……、そ、その……そうじゃなくてだな……」
龍田ちゃんの声が切っ掛けとなり、数人から一斉に非難された先生は慌てふためきながら言葉を詰まらせる。
「大丈夫よ先生っ! みんなが何を言っても、私に頼ってくれれば良いんだからっ!」
「……いやいや、それって結局誤解は解けてないんだけど」
「別にいつものことだから問題ないじゃない」
「ちょっ、それってかなり酷過ぎないかっ!?」
「でも実際、先生はもうちょっとデリカシーというモノを学ぶべきだね」
響ちゃんに同調した数人がウンウンと頷き、先生はガックリと肩を落としながら金剛ちゃんの顔を見た。
「す、すまん……金剛。さっきは言い過ぎた……」
「分かってくれれば良いデース。ついでにほっぺにチューなんかしてくれると完璧デース!」
「おいおい、それは聞き捨てならねえぜ金剛。先生のチューは俺様のもんだからよぉ」
金剛ちゃんの言葉に対抗するかのように、天龍ちゃんが席から立ち上がって声をあげた。
ただし、耳まで真っ赤にしながらなんだけど。
「天龍の言葉にはいささか問題がありますが、金剛お姉さま一人に先生のチューを独占させる訳にはいきません!」
「比叡お姉さまの言う通りです! 榛名も見逃す訳には参りませんっ!」
「霧島も先生にチューの要望をしますっ!」
「い、電もチューしてほしいのですっ!」
次々に立ち上がって声をあげるみんなの様子を見て、先生がどんどん追い詰められていく。金剛ちゃんや天龍ちゃんだけでも大変なのに、ここまで人数が増えてしまっては簡単に収拾がつくとは思えなかった。
もちろん、僕だって何かアプローチを考えなければ危ないかもしれけれど、それじゃあ更に状況を悪化させるだけなんだよね。
でも、危機感を覚えない訳じゃない。僕だって何かをしなければ本当に危ないんじゃないか……と、思い始めていたんだけれど、
「あらあら~、先生ったらモテモテですね~」
「あ……愛宕先生……っ?」
「ほ~んと、どこかの誰かさんにそっくりです~」
「い、いやいや、ですからこれは違うんですよっ!」
「そうなんですか~? 子供たちに好かれるのがダメなんですか~?」
「だ、だからそうじゃなくて……っ!」
みんなからの猛烈アタックによって気恥ずかしさで赤くなっていた先生の顔が一気に真っ青になり、両手をワタワタと動かしながら愛宕先生に弁明を繰り返していた。そんな様子を見た僕たちは、怒ったりクスクスと笑っていたりするんだけれど、これもいつもの幼稚園なんだよね。
ただ、なんとなくなんだけど、僕はほんの少しの違和感を覚えた。ハッキリとは言えない、いつもと違う何かが僕の心に引っかかったんだ。
とはいっても、未だ無言でお弁当を食べているヲ級ちゃんが変だというのはすぐに分かるんだけどね。
先生と愛宕先生の雰囲気がいつもより親密になっているように感じたのは、気のせいだと信じたかった。
それから僕たちは、愛宕先生に注意されない程度のお喋りをしながらお弁当を平らげた。あきつ丸ちゃんは一口ごとに声をあげたくなるような仕草をしながら必死に我慢をしていたし、愛宕先生はニコニコしながら凄い速さでお弁当を食べていた。隣に座っている先生はさっきの弁解を繰り返し行い、時折笑顔を浮かべている。
ちなみに後の二人の先生はというと……
「うみゅー、相変わらず鳳翔さんのお弁当は美味しいよー♪」
「本当ニ、コノ料理ハ素晴ラシイ。コレダケデモ、停戦シタ甲斐ガアッタト、言ウモノダ」
しおい先生も港湾先生も、目をキラキラ――どころじゃなくて、瞳の中にハートマークを浮かべているように見えた。
傍から見ると、お弁当に恋する乙女って感じに見えちゃうんだけど、分からなくもないよね。
それ程までに、鳳翔さんの料理は美味しいってこと。男の人をゲットするには胃袋を掴めって聞いたことがあるけれど、どうやら性別は関係ないのかもしれないね。
僕も今からいっぱい料理の勉強をして、先生の胃袋を掴めばいずれは……何てことも考えたりしたんだけれど、厨房では火を使ったりもするから、もう少し大きくなってからと鳳翔さんに言われてしまった。ちょっぴり残念だけど、他の人に迷惑をかけてしまうのは良くないから仕方ながい。鳳翔さんの言うように、もう少し大きくなってからお願いしようと思っている。
「時雨、チョット良イ、カナ?」
「……え?」
背中の辺りが引っぱられている気がしたので振りかえってみると、そこにはレ級ちゃんとほっぽちゃんが立っていた。
「ど、どうかしたのかな?」
先生のクラスである僕とは違い、港湾先生のクラスであるレ級ちゃんとほっぽちゃんとはそれほど深く話したことはない。二人が深海棲艦だからという理由なんてモノはないんだけれど、接点があまりなかったので、いきなり話しかけられてくるとは思わなかった。
「ア、アノ……ネ、ヲ級ノ様子ガ……ナンダカ、変……」
「ソウソウ。レ級モソレガ気ニナッテ、仕方ガナインダヨネ」
心配そうに言ったほっぽちゃんに、頷きながら話すレ級ちゃん。いつもの様子とは明らかに違い、黙ったまま食事を食べているヲ級ちゃんのことが気になるのは、同じ深海棲艦として見逃せないんだろうね。
「あぁ……そうだね。確かにちょっと変だけど……」
僕は午前中の授業の合間でのできごとを話すかどうか考える。二人は純粋にヲ級の体調が悪くなったのではないかと考えている気がするので、ありのままを伝えるよりも、心配を取り除いてあげた方が良いのかもしれない。
「ヲ級ちゃんは何か悪巧みを考えているだけみたいだから、調子が悪いとかそういうんじゃないと思うよ。それにもし身体の具合が悪いんだったら、先生が真っ先に医務室に運ぶだろうからね」
「ソ、ソレモソウダネ。ナンダカンダト言ッテモ、先生トヲ級ハラブラブダヨネッ!」
「……ソ、ソウ……ナノ?」
笑顔で胸を張りながらレ級ちゃんが言うと、ほっぽちゃんが少しがっかりしたような表情を浮かべていた。
正直に言えば、僕もほっぽちゃんと同じように聞き返したいところだけれど、レ級ちゃんの目には先生とヲ級ちゃんの仲はそう見えているのかもしれない。ただ、傍から見ればどう考えてもそうは思えないんだけれど。
ことあるごとに先生はヲ級ちゃんのコントや漫才に巻き込まれている。自由時間ではヲ級ちゃんが先生をストーキングしているところを見たことがあるし、授業中にちょっかいをかけることも少なくない。つまり、ヲ級ちゃんが一方的に先生にアタックしているのであって、二人が相思相愛だというのは少し語弊があると思うんだ。
それにヲ級ちゃんは転生したとはいえ、二人は元々兄弟だった。読んで字の如く、兄と弟の間柄だったんだと聞いているんだよ?
ただまぁ、先生はヲ級ちゃんの前の姿を……女の子だと勘違いしていたという噂も聞いたんだけどね。
それって、まず間違いなく秋雲お姉さん辺りが暴走しちゃうから、あまり言いふらさない方が良いと思うんだけど、なんとなく時間の問題のような気がする。だけど、わざわざ僕から伝えることじゃないし、先生にも迷惑がかかっちゃうからね。
なんだか少し思考がどうでもいい脇道に逸れちゃったけれど、僕は二人の顔を見てから言葉を続ける。
「先生とヲ級ちゃんの間柄は置いとくとして、あまり心配しなくても大丈夫だと思うよ?」
「ウ、ウン。時雨ガソウ言ウナラ、問題ナイ……ヨネ」
「シンパーイ、ナイサーッ!」
右手をあげて声高らかに……って、レ級ちゃんの行動がいかにもって感じがするんだけど、それ以前に僕の信頼度が高過ぎる気がするのはなぜなんだろう。
「え……っと、ところで二人はどうして僕にヲ級ちゃんのことを聞きにきたのかな?」
「時雨ハヲ級ト、同ジクラスダカラネ」
「ソ、ソレニ……、時雨ハ名探偵ダッテ、ミンナガ言ッテタカラ……」
「そ、そうなんだ……」
レ級ちゃんの言うことは分かるんだけれど、ほっぽちゃんの方はどうなんだろう……
お友達や先生、はたまたお姉さんたちから色んな相談を受けることはあるけれど、僕は自分のことを名探偵だと思ったことはない。みんながそう言ってくれるのは嬉しいけれど、過大評価はちょっぴり困っちゃう……かな。
もちろん僕にできることであれば手伝いたいとは思うし、頼られるのは嫌いじゃない。先生から質問されて答えると、頭をいっぱい撫でてもらえるからね。
そう考えると、名探偵というのも悪くないのかもしれない――と、思いかけた矢先、愛宕先生が両手をパンパンと叩いて声をあげた。
「はいはい~い。もう少しでお昼ごはんの時間が終わりますけど、みなさんちゃんと食べ終わりましたか~?」
「アッ! ホッポ、マダ全部、食ベテ……ナイッ!」
ビクリと身体を震わせたほっぽちゃんは、慌てながら僕に向かって「アリガトウ」と、お辞儀をしてからレ級ちゃんと一緒に席へ戻って行く。そんなほっぽちゃんの仕種が可愛らしくて、僕はつい微笑んでしまった。
深海棲艦であるほっぽちゃんやレ級ちゃんも、何の問題もなく僕たちと一緒に幼稚園で過ごしている。これも先生が頑張ってくれたおかげなんだと、感謝の気持ちを込めながら視線を向けた。
「もぐもぐ……うむ、んまい……」
先生がお弁当を食べている姿は、ヲ級ちゃんとそっくりだった。種族や姿形は変わっても、二人が兄弟であることが一目で分かってしまう。
ただ、先生にだけ違うところがあると言えるのは……
「………………」
先生がお箸を動かしながらも、チラチラと見つめる視線の先。それは紛れもなく、愛宕先生の胸部装甲の辺りだった。
ニヤニヤと鼻の下を伸ばしている先生の顔は、ハッキリ言って情けないったらありゃしない。さすがに温厚な僕でも少しだけイラッとしちゃうけれど、それでも大好きな先生のことを嫌いになる気はない。
先生にはこんな一面があることも、僕にはちゃんと分かっているからね。
小さくため息を吐きながら食べ終わったお弁当箱の蓋を閉じた僕は、お箸を添えて包み直してから「ごちそうさまでした」と、両手を合わせて小さくお辞儀をした。
昼食の終了時間を告げるチャイムが鳴ると、愛宕先生はみんなに声をかけた。先生は僕たちが食べ終えたお弁当箱を回収し、しおい先生と港湾先生が机を綺麗に拭いている。清掃くらいは自分でしたい――と、思うんだけれど、僕たちにはこれからやらなければいけないことがある。
「それじゃあみなさんは、きちんと歯磨きをして下さいね~」
「「「はーい」」」
愛宕先生は微笑んでから立ち上がって扉を開けると、僕たちも後に続いて部屋から出る。昼食を食べ終えた次の時間割は、お昼寝の時間と決まっているんだよね。
途中の通路で愛宕先生は布団を敷きにお昼寝の部屋へ。僕たちは洗面所に向かって自分の歯ブラシとコップを棚から取り出して、お友達と二人一組で歯を磨く。
「時雨ちゃん。夕立の歯磨き、大丈夫っぽい?」
口をゆすぎ終わった夕立ちゃんの開けた口内を見ながら、僕は隅々までチェックをする。
「うーん……右側の奥歯の辺りが少し残っているかな」
「了解っぽい!」
指摘されたにもかかわらず、夕立ちゃんは嫌な顔一つせずに歯ブラシを持ち直してゴシゴシと磨く。僕も鏡を見ながら同じようにしていると、近くの話し声が聞こえてきた。
「暁ちゃん、電の歯はちゃんと磨けているですか?」
「んー……そうね。パッと見た感じ問題ないわ」
「ありがとなのですっ」
「暁、響のチェックもよろしく頼む」
「うんうん。響も大丈夫よ」
「暁ー、私のチェックもお願いするわ」
「雷は……前歯の裏の辺りが少し残っているわね」
長女である暁ちゃんに、響ちゃん、雷ちゃん、電ちゃんたちが磨き残しのチェックを頼んでいた。二人一組でチェックすれば効率が良いと思うんだけれど、これはたぶん暁ちゃんを持ち上げるためにやっているんだろうね。
「さすが暁ちゃんなのです」
「そうだね。さすがレディなだけはあるね」
「歯磨きのときは暁が一番ね」
そう言いながらおざなり感がある拍手をしている三人を見れば、そうだとすぐに分かるんだけど……
「うふふ……、暁はレディなんだから、これくらいは当たり前なの。もっと私に頼って良いのよ?」
暁ちゃんはまんざらでもないようで、胸を張りながらお嬢様っぽく高笑いをしそうなポーズを取っていた。
「……暁、私の台詞は取らないで欲しいんだけど」
「レディなのに、大人げないね」
「がっかりなのです……」
三人が残念そうな表情で口々に言うと、暁ちゃんが顔を真っ赤にしながら焦っていた。
「べ、べべっ、別にそんなつもりは……!」
「あれ……、暁ちゃんの前歯が少し汚れているのです」
「ええっ!?」
電ちゃんの指摘を受けて鏡を見ながら大きく口を開けた暁ちゃんは、汚れを発見するや否や急いで歯ブラシを手に持ってゴシゴシと磨いていた。そんな姿を見ていた三人は、クスクスと笑いながらも温かい目で見守っている。
うんうん。これもいつもの光景だよね。
僕は一通り磨き終えた歯を鏡でチェックしてから、夕立ちゃんに見てもらって口をゆすぐ。すると、暁ちゃんたちとは反対側の洗面台が空いたところに、ヲ級ちゃんがやってきて歯を磨きだした。
「ヲ……ヲヲ……」
ヲ級ちゃんは一人でも問題がないくらい歯磨きが上手だ。右手で持った歯ブラシでゴシゴシと磨く様子は傍から見ても完璧で、チェックの必要がない……と、思えるんだけど、
ゴシゴシ……ガシガシ……
問題があるとすれば、もう一つの方かもしれない。
――そう。ヲ級ちゃんが磨かなければいけない歯は二カ所ある。一つは僕たちと同じで気にすることはないんだけれど、ヲ級ちゃんには頭の上についている大きな口があるんだよね。
「ヲッヲ~♪」
それでもヲ級ちゃんは面倒くさそうどころか、嬉しそうな顔を浮かべて楽しそうに歯を磨く。右手と同じように触手で持った歯ブラシで、力が強過ぎるんじゃないかと思ってしまうくらいの音をたてながら隅々まで磨いていた。
ちなみに、ヲ級ちゃんの歯磨きチェックは自分一人で行っている。いつも一緒に居る金剛ちゃんが歯磨きのときだけ離れているのは、頭の上の方が問題だからだ。
えっ、どうしてかって?
それは、チェックをしてみれば分かると思うんだけど……
「ヲ~~~♪」
まずは顔の方の口を大きく開けながら鏡を見てチェックをするヲ級ちゃん。ここまでは全く問題がないし、金剛ちゃんも嫌がらないだろう。
「ヲヲ……?」
問題となるのは上の方。頭の上にある大きな口がパックリと開くと、鏡に大きな歯がこれでもかと言わんばかりに映しだされた。
正直に言うと、滅茶苦茶怖い。かわいらしいヲ級ちゃんの本体と違い、頭部の『アレ』は完全に深海棲艦そのもので、大人が対峙してすら怯む程の迫力を備えている。もし、潮ちゃんや天龍ちゃんが目の前で見たのなら絶叫&お漏らしコースは間違いないだろう。
金剛ちゃんが初めてヲ級ちゃんからチェックを頼まれたとき、とんでもない悲鳴があがったことがある。後で半泣きになりながら金剛ちゃんはフォローをしていたけれど、それ以来ヲ級ちゃんは一人で歯磨きのチェックをしている。先生の手が空いているのなら嫌な顔を一つもせずに見てあげるかもしれないけれど、布団を敷くのに忙しいから仕方がないよね。
ちなみに僕は一度だけ見たことがあるけど、その日の晩にうなされてしまったから、できれば避けておきたいかな。
薄情かもしれないけれど、ヲ級ちゃんも分かってくれているみたいだから、みんなの暗黙の了解という風になっている。でも、レ級ちゃんとほっぽちゃんがいるんだから、二人に頼めば良いんじゃないだろうか……?
まぁ、その辺りはヲ級ちゃんが考えることだから、僕がとやかく言うのは筋違いかもしれない。聞かれたときにはちゃんと答えてあげようと思いながら、コップの水を口に含んでガラガラとうがいをした。
次回予告
お昼寝の時間。
先生の視線は見当たらない。ならば、今度こそヲ級ちゃんから話を聞けるはず。
そうして僕たちは、ヲ級ちゃんから隠していることを聞くことになる。
舞鶴幼稚園捜索隊ヲ設立シマス。
艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『幼稚園児時雨のお宝事件簿!?』(仮)
同人誌サンプル編 その3(サンプルはここで終了です)
(現在修正作業中の為、完成時に変更があるかもしれません)
乞うご期待!
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