いきなり響いた大きな声に、しおいたちは振り返った。
するとそこには、ここでは場違いといえる人物が立っていた。
そして、まるゆちゃんが……大ピンチっ!?
「やっと見つけたぞ、まるゆ!」
早足で近づいてきた男性はしおいの横を通り過ぎ、まるゆに向かって一直線。いきなり名前を呼ばれてビックリしたまるゆは、身体を硬直させていた。
「さあ、今すぐ基地に帰るぞ!」
「ふ、ふえっ!?」
まるゆの腕をガッチリと掴んだ男性は、有無を言わさずに来た道へと戻ろうとする。
……って、このままだとまるゆが連れ去られちゃうんなじゃない!?
「ちょっ、ちょっと待つでち!」
「そうなの! いきなりまるゆを連れ去ろうとするなんて、そんな勝手は許さないなの!」
「ふんっ、何が許さないだ! その言葉はむしろ、私が言うべきだろうっ!」
そう言った男性はゴーヤやイクを睨みつけ、空いた方の手を大きく水平に振りかざしたの。
「まるゆは手違いでここに配属されたように思われているが、本来は陸軍の潜航輸送艇として私の基地にくる予定だったのだ! それを我が物のように許さないとは、どういう了見だ!」
「そ、そんなの知らないわよっ! 勝手にそっちがミスっちゃっただけじゃない!」
「まるゆはもう、はっちゃんたちの仲間です! それでも文句を言うなら、20mm連装機銃が火を噴くわ!」
「な、なんだとっ!?」
イムヤとハチも負けじと、男性に向かって声を荒らげたの。
こ、このままじゃ乱闘になっちゃうし、せっかく説得したのが無駄になっちゃうよ!?
それに男性の服の色は完全に……問題を起こしちゃダメな相手だよねっ!
「ちょっと待ってくれないかな」
焦ったしおいの心が通じたのか、元帥はスタスタと男性の前まで歩いていったの。
「こんなところで喧嘩をされては困るから、話し合いの場を設けたいと思うんだけど……」
「あんたは誰だ?」
「これは失礼。僕は舞鶴鎮守府に所属する、元帥なんだけどね」
「……っ、そ、そうか。それは失礼した」
男性は元帥の階級を聞いた瞬間に顔をしかめ、焦ったような表情へと変えた。
雰囲気とか、そういうので元帥のことを見くびっていたのかもしれないけれど、肩章とか見てなかったのかな……?
まぁ、今の元帥は真っ白な軍服が所々汚れちゃっているし、頬も腫れちゃって威厳みたいなのは全然ないんだけどね。
「私は第二潜航輸送隊を指揮している陸軍大佐だ。ここにきたのは先ほど伝えた通り、手違いでこちらに配属されたまるゆを返してもらうために……」
「ああ、それは聞いたから分かっている。ただ、それを証明する物がなければ、話にならないと思うんだけど?」
「そ、それは……陸軍本部の方から追って連絡が……」
「ふむ。それでは大佐は、命令書や配属書などの書類もなしに独断で先行し、ここにやって来たってことかな?」
「……ぐっ!」
普段の元帥とは思いもつかない言動に、しおいや他のみんなもポカーンと口を大きく開けて固まっていたの。
「どうやら話にならないようだね。こんな状態なら、話し合いの場を設ける必要もなさそうだ」
「し、しかし、陸軍本部からは……」
「大佐が陸軍本部からそう聞いたと言われても、僕たちにその情報はきていないんだよ。まさかとは思うけれど、大佐が嘘をついてまるゆを連れ去ろうとしている可能性だって、ないとは言えないからね」
「そ、そんなことをするはずがないだろうっ!」
「僕はあくまで可能性の話をしただけなんだけど、そんなに慌ててしまうってことは、大佐の身に覚えがあると言うことなのかな?」
「そ、そんなことは……」
もはや言い返すこともできなくなった陸軍大佐は、元帥から後ずさるようにたたずを踏んでいた。これで一見落着……と、思いきや、更なる追い撃ちが陸軍大佐の背中に向けられたんだよね。
「それでは、この書類でぐうの音も出ない……と、いきましょうか」
「……え?」
陸軍大佐が振り返った先には、高雄秘書艦が堂々と立っていた。両腕を組んで、蔑むような目を浮かべながら……って、目茶苦茶怖いんですけどっ!
指令室で元帥に向けていたのとは比べ物にならないくらい半端じゃないよっ! これこそパナイレベルの眼力ですよっ!
「あなたが言っていた書類とは、このことでしょうか?」
「……っ、そ、そうだ! 陸軍の正式な書類の………………え……?」
高雄秘書艦が突き出した書類に目を通した陸軍大佐は、急に言葉を詰まらせた後に、顔を真っ青に変えていたの。
「な、な、な……なんだこれはっ!?」
「つい先ほど、こちらに届いた正式な書類ですわ」
「そ、そんな……っ! これでは私が聞いた話と……」
「違う……と、おっしゃりたいのでしょうか?」
そう言った瞬間、高雄秘書艦の目がキラリと光った気がした。そして、なぜか屋外にもかかわらず気温が急激に下がっていくような感じに、しおいは身体を震わせちゃったんだよね。
それはみんなも同じようで、高雄秘書艦の前に居る陸軍大佐どころか、イクやまるゆたちも小刻みに身体を震わせていたんだけれど……
「や、やばい……鬼神が……鬼神が……」
元帥だけが私たちとは比べ物にならない震え方で、なんだかよく分からない言葉を繰り返し呟いていた。
……き、鬼神って……なんなの……かな?
「では、この書類は偽物だと決め付けるわけですね?」
そんなしおいの考えを余所に、高雄秘書艦は陸軍大佐に詰めよっていた。
「そ、そうとは言っていない!」
「なら、あなたはどうしたいのでしょうか?」
「わ、私は……私はただ、陸軍本部からまるゆを取り返してこいと命令されただけで……」
「しかし、その件について私たちには何も知らされていないどころか、こういった書類があるのですが?」
「そ、それは……私にも……」
「分からない……と?」
言って、大きくため息を吐いた高雄秘書艦は、陸軍大佐に向かって軽蔑するような目で威嚇をして、大きく口を開いたの。
「お、と、と、い、き、や、が、れ……ですわね」
「……っ!?」
大きく目を見開いた陸軍大佐は顔を真っ赤にさせていたけれど、何も言い返すことができずに両手を大きく震わせた後、
「し、失礼するっ!」
大きな声でそう言いながら慌ててきびすを返し、逃げるようにこの場から去っていったんだよね。
ちなみに、最後の台詞を言った高雄秘書艦の顔を見た瞬間、火傷が特徴のロシアンマフィアの幹部が頭の中に浮かんじゃったんだけど……気のせいだよね?
うん、きっと気のせいだ。そうじゃないと色々と大変……と、言うか、忘れてしまいたい。
思い出しただけでガタガタ震えそうだし……って、まるゆちゃんがそうなっちゃっているんだけど。
「ふ、ふえええええ……」
「ま、まるゆ、もう大丈夫でち! 悪い奴は高雄秘書艦がやっつけてくれたでち!」
「そうなの! さすがは高雄秘書艦なの!」
満面の笑みでまるゆを慰めているみんなを見て、しおいもホッと胸を撫で下ろしたんだよね。
これで一見落着。いきなり起こった一騒動……じゃなくて、二つも騒動があったけれど、なんとかなったって感じだよね。
「……お、おかしいな。僕も最初の方は頑張っていたはずなんだけど……」
ガックリと肩を落としてうなだれていた元帥は、笑みを浮かべているみんなから視線を離していたの。
ちょっとばかり可愛そう……とは思ったけれど、やっぱり背負っていたときのセクハラを考えたら許してあげる気にはならないよね。
「ふぅ……なんとかなりましたわ」
「あっ、高雄秘書艦。ありがとうございました」
しおいは感謝をこめて高雄秘書艦に頭を下げたの。
「いえいえ、これも秘書艦として当たり前ですから」
そう言った高雄秘書艦は、フルフルと首を横に振っていたんだよね。
「でも、このタイミングでその書類が出てくるなんて、ビックリですよねー」
「ああ、この書類は……元帥が用意した物なんですよ?」
「……えっ!?」
「情報通の私の部下が陸軍の動きを察知していましてね。その報告を聞いた元帥が、陸軍の知り合いに声をかけて用意させたみたいで……」
「そ、そうだったんですか……」
しおいはそう言って元帥の方を見る。さっきと同じようにへこんじゃっているけれど、表情はなんだか嬉しそうだった。
もしかすると元帥は、みんなから少し離れることによって普段通りにできるようにしているのかもしれない。
そう思ったしおいは「ありがとうございます」と、声を出さずに心の中でお礼を言う。そうしないと、なんだかんだと元帥が浮かれちゃうような気がしたからね。
高雄秘書艦も分かってくれているだろうし、さっきの指令室での一件も修復しそうな予感……と、勝手に思っていたんだけれど……
「いやー、これで白スクの確保ができたから、みんなハッピーってことだねー。まさにこれこそ、ウィンウィンの関係……なんちゃってー」
「………………」
独り言を呟いていた元帥に、冷たい視線を向ける高雄秘書艦。
ああ、たぶんこれは、指令室でもう一悶着ありそうだね……
何があっても懲りないんだなぁ……と、思ったしおいは、大きくため息を吐きながら、ワイワイと騒いでいるみんなに合流することにしたの。
せっかくの休みなんだから、ちょっとくらい……はしゃがないとねっ。
なーんて思いながら、しおいの休日は過ぎていったのでした。
追伸。
その後、指令室から大きな悲鳴が何度か上がったんだけど、誰も気にしなかったみたいだね。
まぁ、そんなのは舞鶴鎮守府において普段の日常だし、問題ない。みんなの待遇も改善されたって聞いたから、これでしおいも安心して子供たちを見ることができるかな。
それじゃあ、今日も張り切って頑張っていきましょー!
終わり
これにて「しおい編」は終了。
そして、最後のスピンオフは同人誌で頒布予定ですっ。
ということで、6月21日にインテックス大阪で開催されます「我、夜戦に突入す!3獄炎」にて頒布予定の「時雨編」サンプルを次回に公開いたしますっ。
(まだ当落とか決まってないので、確定ではないのですけれども)
次回予告
ある日、ヲ級ちゃんが持ってきた1枚の紙。
もしかすると、これは宝の地図かもしれない……。
そんな思いが僕たちを動かし、舞鶴幼稚園捜索隊が結成される。
はたして、僕たちは何を見つけられるのかっ!?
艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『幼稚園児時雨のお宝事件簿!?』(仮)
同人誌サンプル編
(現在修正作業中の為、完成時に変更があるかもしれません)
そしてこの後は、ついに艦娘幼稚園の第二部が開始っ!
まさかの展開に、驚きの連鎖が貴方を襲う!?
乞うご期待!
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