ちっちゃな天龍と龍田に振り回される主人公をお楽しみください。
前編
龍田は普段、手が掛からなくておとなしい感じの子どもである。だいたいは天龍と一緒にいることが多く、室内外問わずに遊び、楽しみ、元気いっぱいの幼稚園生活を送っているように――見える。
言葉を詰まらせたのには理由がある。と言うのも、それにはいくつかの問題があるからなのだ。以前にも触れたと思うが、幼稚園を廃止しようともくろむ中将に対して、後頭部にメジャーリーガー並のストレートを投げ込み、すぐに泣いてる振りをして隠れ、結果、怒りの矛先が天龍に向くという結果になった。他にも、いつも一緒にいる姉の天龍に対して、よくいたずらをして困らせているようなことがあり、この間も、昼寝の時間に寝ている天龍を呼び起こし、リアルな馬のかぶりものをした状態の自分を見させた瞬間に、下から懐中電灯を当ててビックリさせ、おねしょを誘発させた事件が発生した。
しかし、それらの龍田行動を冷静に分析してみると、中将に対して行った行動は、怖がる子どもたち……特に、天龍のためにやったことと思えば、勇気のある妹が姉を思ってしたことであると考えられるし、天龍に対していたずらをするのも、好きな子に対する愛情表現として見受けられる行動に当てはまる。まぁ、それが姉に対する行動としてどうなのかと問われれば、やっぱり言葉を濁してしまうのだが。
それらのことに対し、注意を促したはずなのだけれど、龍田は全く気にする素振りも見せず、一向に改善されないのは問題であると考えた。今回、俺は先生として、龍田の行動をある程度把握しておくべきなのではないかと思うのだ。
しかし、小さな子どもとしては考えられないほどの圧力を持ち、勘も鋭い龍田のことである。生半可な観察はすぐにばれてしまう恐れがあるので、あくまで仕事の合間にそれとなく行うのがベストだろう。
龍田の気を損ねると、天龍へのいたずらが俺へと向く可能性もあるし、変な誤解を生んで命を縮めることがあっては目も当てられない。小さな子どもに恐れをなす先生なんて、なんて情けないのだ――と、思うかもしれないけれど、実際に今までのことを目にしてきた俺にとって、それほどまでに注意しなければならないと、本能が告げているのだ。
それ故に、細心の注意を持ちつつ、普段の仕事をこなしながら龍田の観察を行うことが必要である。まだまだ見習い先生の俺にとっては、かなりハードルが高いことをしなければならないが、これも艦娘幼稚園の子どもたちが楽しく元気に過ごせるために、一肌脱ぐのべきなのだ。
この行動の結果、俺の身に想像もしなかったことが起きるなんて少しも考えなかったのだけれど、今思えば、やっぱり軽率だったのだろうなぁと思う。だけど、俺は先生として、みんなのことを思って行動したのであるから、少しも後悔はしていない――と思う。
たぶん、していないと――思いたい。
いや、実際には、大問題じゃないかと思ったりも出来るわけで。
見方によっては、問題にすらならないんだけれど。
普通なら、羨ましがられる方だし。
――たぶん、だけどね。
「それでね~、天龍ちゃんは、もう少し頑張るべきと思うのよ~」
「いや、俺別に、おっぱいがどーとか考えたことねーんだけど……」
「あらあらダメよ、天龍ちゃ~ん。大きくなったら、ぼっきゅんぼーんってのが良いらしいのよ~」
「そ、そうなのか? よく分かんないけどさ……」
女性同士の会話に聞き耳を立てるクラスメイトの男子みたいな状況が、今の俺の姿である。小さな子どもたちの面倒を見ながら、それとなしに聞こえる会話は、小さな姿をした幼稚園児である龍田と天龍の方から聞こえてくる。今から考える内容にしてはちょっと早すぎる気もするが、女性の悩みは年齢を問わずと言ったところなのだろうか。とはいえ、相づちを打っている天龍の方は、まだまだよく分かっていないというよりも、気にしていないといった感じであり、龍田が一方的に説得している感じに聞き取れる。あと、ぼっきゅんぼーんに関しては激しく同意出来るので、心の中で何度も頷いておく。
愛宕最高だよねっ!
って、叫びながら、親指を立ててポーズを決める俺。もちろん心の中でだけど。
「とりあえず~、今から牛乳とかいっぱい飲んだ方がいいと思うの~。電ちゃんも結構前からそうしてるって言ってたわ~」
「その割には全然成長してるようには見えないんだけど……」
「確かにそうよね~」
電が聞いてたら「ひ、ひどいのですっ!」と、大泣きしそうであるが、愛宕が担当している子どもたちは別の部屋で遊んでいるので、その心配はなさそうだ。
「方法には個人差があるらしいから、天龍ちゃんには有効かも知れないわよ~」
「うーん、別に大きくならなくてもいいんだけどなぁー」
天龍のおっきいバージョンと、ちっぱいバージョンを想像してみる俺。
うむ、やっぱり大きい方がいいッス。
あ、もちろん、成長してからってことですよ?
「あとは、揉めば大きくなるって聞いたわよ~」
「揉むって……なんだかめんどくさそうだなぁ……」
「大丈夫よ~、天龍ちゃんお~きくな~あれ~って言いながら、私が揉んであげるから~」
にっこりと満面の笑みを浮かべた龍田が、両手を広げ、わきわきと指を動かして天龍に向ける。
「そ、それは、もの凄く……不安になるんだけど……」
じりじりと近づいてくる龍田に、一歩、二歩と後ずさる天龍だが、すぐ後ろには壁が迫り、逃げ場を失いかけていた。
「うふふ~、天龍ちゃ~ん……」
「や、やめろっ、龍田! まったくもって、嫌な予感しかしないって!」
「大丈夫よ~、優しくしてあげるから~」
「はいはい、ストーップ」
さすがに見ていられなくなった俺は、ボクシングのレフェリーのごとく、2人の間に身体を入れて龍田の動きを止める。
「ダメだろ龍田。天龍が困っているじゃないか」
「ええ~、そんなことないと思うんだけど~?」
何で? と言わんばかりの表情を浮かべた龍田だが、さすがに分が悪いと思ったのか、ポーズを取るのは止めたようだ。
「ふぅ……助かったぜ、先生」
ほっと胸をなで下ろした天龍は、額に浮かんだ汗を袖でぬぐい取りながら俺に礼を言う。
「ちぇ~、天龍ちゃんったら~」
そんな天龍を見た龍田は、そっぽを向いて離れていった。
「大丈夫か、天龍?」
「あ、あぁ、大丈夫なんだけど……」
「龍田が心配か?」
「ばっ、バカっ! そ、そんなんじゃねーよっ!」
先生をバカ扱いする天龍だが、これはいつもの照れ隠しなのでスルーしておく。
「け、けど……ちょっと悪い気もしなくもないんだ。さっきのも、俺の将来を思って言ってくれたんだろうし、ウソを言うことも多いけど、大切なことも教えてくれるから……」
天龍は遠目で部屋の隅の方を眺めている。その先には、一人で積み木を組み立てている龍田の姿があった。顔は先ほどと同じ笑顔のままなのだけれど、背中にうっすらと哀愁のようなものが漂っているように見えた。
「それに、龍田はああ見えても寂しがり屋だからさ。俺がそばにいてやらないと、ダメなんだよ」
「そっか……お姉ちゃんだもんな」
「……っ!」
俺の言葉に赤面する天龍だが、声を上げずに押し黙りながら、もう一度龍田の方を見た。
「俺、龍田の近くに行くよ。さっきは助けてくれてありがとな、先生」
「いや、気にすることないよ。ただ、もしやばいって思ったら、声を上げてくれればいいから」
「そん時は、お願いするぜ!」
ニコッと笑って親指を立てた天龍は、俺に背を向けて龍田元へと走っていく。
いたずらされたり、いじられたり、時には慰められたりするんだろうけれど、あれはあれで良い姉妹なんだろう。あまり気にすることは無いのかもしれない――と、思いかけていた矢先、
「せ、先生ーっ! だずげでぇぇぇっ!」
「天龍ちゃ~あんっ、もみもみしましょうねぇ~」
いやいや、やっぱその歳でそれはマズいって!
泣き叫ぶ天龍の元へ、すぐさまダッシュで救出に向かう俺であった。
今回は3つに分けて更新いたしますので、宜しくお願い致します。