「ほら、どうした! そんなんじゃ蝿が止まるわさ!」
「チンタラやってる様だと、ぶっ飛ばすぞ! 小僧!」
「正確にやれって言ってるでしょ! 適当にやって良い事なんか何もないのよ!」
「その程度で、ちょっとでも出来てるなんて、調子に乗るんじゃあ無いよ! このタコスケが!」
とある山奥にある、霊光波動拳を扱う幻海の道場にて、今日も今日とて2つの怒声が響き渡っている。
一方はこの道場の主である幻海その人。
もう一方は、幻海が招聘したビスケット・クルーガーである。
ビスケが此の道場にて寝泊まりをするように成ってから、既に2週間ほどが経過している。彼女の持つ能力である『魔法美容師(マジカルエステ)のクッキィちゃん』によって、それこそ寝る間も惜しんでの修行が行われているのだ。
まぁ、そのかいもあってか、二人の指導を受けているユーマはメキメキと実力を付けて行っている訳なのだが……
「ぬ、ぐぐぐぐぐぐ――ッ!」
それと比例するかのように、順調にストレスを溜め込んでもいるのであった。
※
ストレスか、それとも著しい体力の低下か、または睡眠不足が原因なのか? その日のユーマは目の下に隈を作りながら、現在の上役と呼べる幻海とビスケの前に立っていた。
ユーマの心的状況を二人は把握しているのだろうが、しかしそれでも表情には全く出しもせずにその日も二人は指導内容を告げる。
「さぁ、先ずは基礎の纏からやってみな」
「その後は続けて練から堅に繋げて、そのままぶっ倒れるまでだわね」
「また基礎か……」
イライラを隠そうともしないで、ユーマは溜息と一緒に言った。
幻海とビスケは、そんなユーマに鼻で笑うようにして返してくる。
「当たり前だ! 基礎を飛ばして何が出来る!」
「ま、確かにアンタはソコソコの速度で成長をしてるけどね……だからって、基礎がいらないってことは無いのだわよ」
「(……無いのだわよって、何語だよ。人間山脈言語か)」
「な~にか言ったかしら? ユーマくん?」
「ぐ……! な、なんでもねぇよ」
思わずブツブツと文句を口にしたユーマに、ビスケはニコニコ笑顔を向けながら指をボキボキと鳴らした。
ユーマはそんなビスケの放つ威圧感に言葉を詰まらせると、黙って纏をやり始める。
「それじゃあ、そのまま練から堅に移行! そのままの状態を維持しな!」
「……了解」
幻海の指示に従って全身からオーラを吹き出させるユーマだが、その表情はかなり硬い。その様は、『やる気が無い』と言われても仕方がないほどだ。
「……」
「…………やれやれ」
暫く堅を維持していたユーマだが、幻海はそんなユーマの態度や雰囲気に大きく溜め息を吐いた。そしてスタスタとユーマの前に歩いて行くと、眉間に皺を寄せて睨みつけた。
「ユーマ。チョイと両手を前に出して構えてみな」
「前に?」
怪訝そうな表情を浮かべながらも、前に向かって両手を突き出したユーマ。幻海はその掌に向かって手を重ねると
「破ァ!!」
声を発するのと同時に、ユーマに対して『念』を叩きつけた。
ドンッ!!!
「ぐぁあっ!?」
幻海にしてみれば殆ど力も入れても居ないのだろうが、放たれた念の威力に押し負けたユーマは壁に向かって弾かれていった。
ゴロゴロと床の上を転がり、壁に激突してやっと止まる。
「いってぇえええ!!」
ユーマは直接に念を受け止めた手を振りながら、ガバっと立ち上がって幻海に食って掛かった。
「おい! イキナリ何しやがるんだ! 婆さん!!」
「何じゃないよ! 私の全力の十分の一にも満たないような念に押し負けちまうような小僧の分際で、舐めた態度してるのが悪いのさ」
「んなっ!? だ、だっていきなり――!」
「お前は、目の前に戦う相手が居たとして、ソイツが『今から攻撃しますよ』なんて言ってくれるとでも思ってるのかい?」
「…………」
呆れたような雰囲気を漏らしながら言う幻海の言葉に、ユーマは言葉を失ってしまった。それはそうだ――と、アッサリと理解出来たからだ。
まぁ、それとコレとは違うのではないか? なんて、思いもしているのだが。
「ユーマ、お前は堅の状態を、どれくらい持続出来ているのか理解してるか?」
「……1時間」
「せめてその時間を、今の3倍にまで増やしな。そうすれば、次の段階の修行をつけてやる」
「3時間!? チョット待ってくれよ! だって、これを3時間って――」
「ソレくらい出来なくちゃ、お話しにならないってことなのよ」
「ビ、ビスケぇ……」
ユーマは幻海の言葉を受け継いで説明するビスケに、恨みがましいような視線を向けた。見た目普通の少女にしか見えないビスケは、現在ユーマの中での『ムカつくランキング』TOPに君臨している。
「文句を言ってる暇があるなら、さっさと身体中のオーラを吐き出しちゃいなさいよ」
「……解ってる」
ビシッと人差し指を突き立てながら言うビスケに、ユーマは不承不承に頷いて返した。幻海の言う、『次の段階』とやらに期待することにしたのだろう。
だが――
「ユーマ、堅をする前に腕立て500回やりなさい」
「んだよ、それ!」
「はいはい! グダグダ言わないでサッサとやる!」
「ぐぐぅ!」
先程人差し指を立てていたのは、オーラ文字を作っていたポーズだったらしい。
唸りながらも、言うとおりに腕立てを始めるユーマ。
……もしかしたら、少しづつビスケに依る躾が進んでいるのかもしれない。
「先ずは3時間。堅の状態を維持できるように成ったら、今度はさっきやったように相手の念を受け止める訓練をする」
「自力をつけなさいってことだわよ。良い、ユーマ。少なくともアンタは、そこいらの一般人よりはずっと才能に恵まれてるわ。でもだからと言って、一足飛びに何でも身につけられるような怪物でもない。地道にやんなさいな。幸い、アンタなら10年も修行すれば、世界中でもかなりの使い手になれるわよ」
「10年の修業?」
腕立ての最中に、ユーマは動きを止めてビスケを見上げた。
「……俺は、10年も待ってなんて居られないんだ」
ハッキリといったその言葉はどうだろうか、先ほどまでの不貞腐れたような雰囲気は鳴りを潜めており、真剣な色を感じさせていた。
「ふーん、何か理由があって強くなりたいんだ、アンタは? 幻海は理由を知ってるのかしら?」
「…………」
「幻海?」
ビスケはユーマに向けていた視線を幻海へと移すが、幻海はそんなビスケに何も告げずにただジッと見つめ返すだけだった。
「ふーん、あ、そう」
ソレで何かが理解出来たのか? ビスケは一人納得したように頷くと、ユーマの目の前にまで歩いてくる。
「あのねぇ、ユーマ。アンタが強くなりたいっていうんなら、私や幻海のやり方に口出しするのは辞めなさい。少なくとも私たちは、その気にさえなればアンタのことなんて一瞬で殺すことだって出来る実力を持ってるんだから。今の私たちとアンタには、それ程の実力の差が有るのだわよ」
上から見下ろすようにしているビスケの瞳は、威圧感のような圧力のようなモノが伴っている。ユーマはそれを見つめ返しながら、自身の眉間に皺を作っていた。
「才能って言葉があるわよね? どんな物にも才能ってのは有る。それの有無によっては他人にとっての10年を半分にも10分の1にも変えることは出来るわさ。でも、同一人物の10年を、10分の1に変えることは容易じゃない」
最初、ユーマはビスケの言葉に首を傾げたが、直ぐに言葉の意味を理解出来たようだ。――要は、一般人の10年は才能のある人間にしてみれば1年程度の修行で何とか出来るかもしれないが、元々10年は掛かる才能しかないものが、それを1年には出来ない――と、いうことなのだろう。
「それでも10分の1にしたいって言うんなら、それこそ本当に、死ぬ気で修行に明け暮れなさいよ」
「…………」
「今日の自分よりも強くなるには、いつだって限界を超える必要があるのよ? もしそれが出来ないっていうんなら、アンタが目標にしてることなんてサッサと諦めるのだわね」
「……せぇ」
ビスケの言葉に反応したのか、ユーマは小さく言葉を漏らした。
しかしそれはとても小さな、蚊の泣くような声量でしか無い。
「聞こえないわよ。なんて言ったのよ?」
「――うるせぇって言ったんだよ! この人間山脈!!」
吠えるようにして一気に立ち上がったユーマは、ワナワナと震えて今にもビスケに飛びかからんといった様子だ。
「俺は強くなるんだよ! 父さんと母さんを殺した奴らを! そのままになんてしておけないんだ!」
「……復讐でもするつもりなの?」
「やられたからやり返すんだよ……それが悪いことなのかよ!」
ビスケは吠え立てるユーマの感情と言葉に、しばし言葉を失った。もっともそれは、何もユーマの生い立ちに共感を覚えたとか、または可愛そうだと感じたわけでもない。
理由はもっと単純で――
目の前で吠えているこの子供に、果たして念を教えても良いのだろうか?
と、そう疑問に感じたからに過ぎなかった。
吠えたからか、それとも感情の高ぶりによるものなのか、ユーマは荒い呼吸をしている。ビスケは幻海の意見を聞こうかとも思ったが、
(とっくに、知っていることか……)
そう判断して自身の考えを保留、いや、無かったことにする。
先日、確かに幻海が言ったのだ。
『……まぁ、いざとなれば。私が自分でケリをつけるよ』
ビスケは頭の中で、その時の幻海の言葉を思い出し、ならば自分が余計なことを言うべきではないと判断したのだ。
「それじゃあ、さっさと残りの腕立てを終わらせちゃいなさいよ。強くなるんでしょ?」
「解ってるよ! 其処で黙って見てろ!」
怒鳴って言い返したユーマは、再び黙々と腕立て伏せを始めた。
ビスケはそんなユーマに思わず溜息を吐きたい気分になるのだが、しかしそれが元でまた騒がれては面倒だと思い直して呑み込んでしまう。
(……幻海。本当に、こんな小僧に霊光波動拳を伝承させるつもりなの?)
思わずにはいられないそんな考えを視線に乗せて、ビスケは幻海に向けるのだが、当の幻海は只々ジッとユーマの様子を観察しているだけなのであった。
※
その日の修行が滞り無く終わったころ、ほとんど息も絶え絶えで大の字になっているユーマに幻海が声をかけてきた。
「ユーマ、まだオーラは残ってるだろ? 今日はお前が眠っちまう前に、一つだけ違うことをやってもらうよ」
「……なに、させるつもりだよ」
正真正銘、精も根も尽き果てているのだろう。
昼間と比べると随分と大人しい反応を、ユーマは返している。
「別に大したことじゃないよ、ほんのちょっとだけ練をやって貰うだけさ」
「……眠い」
「ボケたこと言ってないで、サッサと起きな、このデレスケが!」
「アイタッ!?」
「起きたら、さっさと付いて来な」
そのまま寝そうに成ったユーマの頭を幻海は軽く蹴飛ばして、無理矢理に意識を覚醒させる。ユーマは蹴られた頭を擦りながら起き上がると、幻海に従って付いて行くのだった。
ユーマが連れて来られたのは、道場の外。
其処にはビスケが仁王立ちして待っており、何に使うのか水の注がれたグラスが置かれている。
「ビスケが来てから、今日で2週間。私がお前の指導をするように成ってからの期間も含めて考えれば、そろそろ調べておいても良いだろう」
「調べるって、なにをさ?」
「念の系統を調べるのよさ」
最初は何を言っているのか理解が出来なかったユーマだったが、次第に何のことを言っているのか見当がついた。
それは、その者が持っているオーラの質が、果たしてどんな利用方法に向いているのか? ということである。
「そういえば、前にそんな事を聞いたかも……」
「今からやるのは心源流という流派で行われる、水見式という方法だわさ」
首を傾げるユーマを他所に、ビスケは葉っぱを一枚グラスの水に浮かべた。
「準備は終わり。後はアンタが練をやって、このグラスに手をかざすだけよ。そうすればその時のグラスの反応で、アンタの念の系統が解るから」
「矢継ぎ早すぎて、理解が追いつかない部分が多すぎる」
「ツベコベ言わずにサッサトやれ! タコスケ!」
「……解ったよ」
ユーマは若干納得がいかなそうに首を捻るも、用意されていたグラスに手をかざして練を行っていく。
「……む」
「へぇ」
ユーマが練を行ってから数秒、不可思議そうな声を幻海とビスケの二人がそれぞれ漏らす。しかし、訳の解らないユーマは勝手に練を止める訳にもいかず、只管にオーラを吐き出し続けている。
なにせ、見たところは何処にも変化があるように見えなかったからだ。
「オマエの系統は放出系だね」
「放出系?」
練をしながら、目の前のグラスに手を翳しているユーマに、幻海はそう言ってきた。グラスには波々と水が注がれており、その上には葉っぱが一枚。
しかし、確かに水であった筈の中身は、現在色がついて無色透明とはいえない状態である。
「放出系というのは呼んで字のごとく、オーラを自分の体から外へ出す事が得意――ってことだわさ」
「外へ出すってのは、練とかみたいなってことか?」
「そうじゃなくて、自分と切り離してってこと。例えばオーラを弾丸みたいに造って、それを飛ばして攻撃をするとかが得意な能力ってことだわさ」
「弾丸……銃」
「因みに、アンタの師匠である幻海も、一応は放出系よ」
ビスケがユーマの指導に関わるようになってから、既に2週間。
ユーマは毎日、毎日、只管にオーラを放出しすぎては、白目を向いて倒れる――といった日々を過ごしていた。そのかいも有ってか、練の持続時間は驚異的に伸びはしたのだが、それ以外の訓練に関しては未だ体力つくりしかしていない。
それもあって昼間はユーマも切れてしまったのだが、今回の系統調べは気分転換と言う意味も有ったのかもしれない。
「ま、自分の系統が解ったといっても、基本的にやることは大差ないわさ。日々の体力作りと、オーラ量の増強。それに追加して各系統毎の修行を熟すようになるくらかしらね~」
ニヤニヤと笑っているビスケだが、今のユーマにはそんなビスケの反応も大して問題ではないらしい。
自身の身体に溢れるオーラを見つめながら、小さな声で
「切り離して使う……必殺技」
と、自分の目指すべき必殺技へと、思いを馳せるのであった。