HUNTER×HUNTER 霊光波動拳の◯◯   作:ニラ

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03話

 

 

 

「ふぅ、相変わらず無駄に長い階段だわね」

「……ん?」

 

 ある日の午後のこと。

 いつも通りに山門前の掃き掃除をしていたユーマは、突然聞こえてきた声に困惑の表情を浮かべた。

 疑問に感じながら首を回して見ると、その視線の先には一人の少女が立っている。

 誰だ? そう考えるユーマだったが、直ぐに先日も現われた道場破りの類か? と考え直した。しかし、それにしては

 

「子供……だよな」

 

 ボソッと呟いたユーマの言葉通り、その人物は若すぎた。年の頃は、ユーマよりも若干上くらいだろうか?

 色の濃い金髪を左右で縛ってツインテールにしており、多数のレースをあしらったフリフリのゴシック系ドレスに身を包んだ少女。

 ……正直、その格好はこの場所にミスマッチすぎて、酷く浮いて目立ち過ぎる。

 

「――ちょいと、アンタ。幻海は中に居るのかしら?」

 

 小さく呟いたユーマの言葉が耳に届いていたのか、その少女は腕を腰に当てて、ムスッとした態度で訪ねてくる。

 ユーマは軽く首を傾げると、頬を掻くようにしながら質問に応える。

 

「幻海の婆さんなら、多分中で、茶ぁでもしばいてるんじゃないの? 今日に限らず、普段から殆ど外出はしないからな」

「……婆さん?」

「え? ――幻海って、ここに住んでる婆さんのことだよな?」

「そうだけど……アンタ、そんな格好してるってことは、幻海の身内ってことなんじゃないの?」

「弟子だけど?」

「…………」

 

 少女は目を半開きのようにして、変なモノを見るような視線をユーマへと向けてきた。そしてジロジロと品定めでもするように、視線を上下に動かしている。

 

「一応は使えてるのか」

 

 『ふーん』と鼻を鳴らしながら言ってくる少女の言葉の意味は、詰まりは念を使える――と言うことなのだろう。現に今のユーマは身体をオーラでグルっと覆うように、纏を行なっている。

 

「何処の誰かは知らねぇけどさ、婆さんの挑戦するんなら100万ジェニー払えってさ」

「は?」

「嫌ならそれでも構わないらしいけど、俺は払ったほうが良いと思うぜ?」

 

 ユーマはそれで、今までに来た挑戦者達の末路を説明していく。それは主に、支払いの無かった相手に対しての説明だったが、如何に幻海が相手を叩きのめしたのかを話していく。まぁ、見た目が自分と歳も変わらなそうな少女が、そんな目に合うのは可哀想だと思ってのことかもしれない。

 少女はその話を目を丸くしながら聞いていると、突然

 

「――うふふ、あはははは!」

 

 声を出して笑い出した。

 今度は逆にユーマはそのことに驚いて、目を丸くしてしまう。

 

「そっか、そうかぁ。幻海ってば相変わらずなのね。ちょっと安心したわさ。アンタみたいな妙なのが弟子だなんて言うから、てっきり死にかけて耄碌し始めたのかと思っちゃったわよ」

 

 カラカラと笑う少女は、笑顔のままにそんなことを言ってくる。

 その内容にはユーマを馬鹿にする内容も含まれていたのだが、残念ながらユーマにはソレが理解できていなかった。

 

 少女の反応に首を傾げているユーマに、少女は笑みを向けたまま口を開く。

 

「なに勘違いしてるのか知らないけど、私は何も幻海に挑みにきたんじゃないわよ。ただ単に、あのバーさんに呼ばれたから来ただけだわさ」

「呼ばれたって……あの婆さんに?」

「そうだわよ」

 

 自信満々に言ってくる少女だが、ユーマは首を傾げて疑問を浮かべている。実のところ、ユーマは幻海から、この日に来客があることを知らされていた。

 普通に考えれば、『幻海に呼ばれた――』と言っている少女が来て居るのだ、その人物が件の相手だと考えるのが妥当だろう。

 しかし、ユーマは幻海が言っていた人物像と、目の前の少女とがどうしても結びつかないでいる。

 

「なに? 幻海から聞いてないの?」

「いや……婆さんからは、『今日は客が来る』って聞いちゃいるけど……」

「けど――なんなの?」

 

 言い難そうに言葉を濁すユーマに、少女は続きを促す。

 ユーマは眉間に皺を寄せて、言っても良いかどうか思案するが、恐らく目の前の少女とは別人だろうと考えて言うことにした。

 

「婆さんが言うには、確かビスケットだか、クッキーだか言う奴が訪ねてくるって言ってたんだよ」

「なんだ、ちゃんと聞いてるじゃ――」

「婆さんが言うには、酷く目を引く背格好。筋肉と言う名の鎧を身に纏っていて、その身長は大きく、大凡で3mは有るのではないか? と言うような『女版ゴリアテ』。別名『人間山脈』とか、『一人民族大移動』とも形容できるような人物だと――」

 

 饒舌に語るユーマだが、目の前の少女は言葉が進むに連れて表情を怒ったようなものへと変化させ、プルプルと肩を震わせ始めた。ユーマは少女の反応に気が付くと、若干心配そうに声を掛けた。

 

「どうしたんだよ?」

「……れが」

「うん?」

「誰が大巨人かーーーッ!!」

「アッがぃ!?」

 

 瞬間、ユーマの頭の中で、眩い星が煌めいた。

 少女は大きな声で激昂すると、凄まじい速度と威力を兼ね備えたアッパーを打ち放つ。ユーマはその攻撃に反応することも出来ずに、無防備に宙を舞うことに成るのだった。

 

 アッサリとユーマに一撃を見舞ったこの少女の名前は、ビスケット・クルーガー。

 ユーマが幻海より来訪を知らされていた人物で、通称ハンターと呼ばれる特殊職に就いている人物である。

 

 

 ※

 

 

「よく来たね、ビスケ」

 

 応接用の和室にて、幻海は先程の少女と向かい合いながら座っていた。

 少女――ビスケは、目の前に出された緑茶を一口だけ飲み込むと、ムスッとした顔で幻海に返す。

 

「頼みたいことが有るって言うから来たんだけどね。……やっぱり、耄碌したって訳じゃないか」

「耄碌?」

「門の前に居た子供のことよ。幻海のこと、『婆さん』なんて言ってるから、鬼の幻海がよくもまぁ、そんな礼儀知らずを弟子にしたと思ってね」

「だから耄碌した――か。やっとオシメが取れたような鼻垂れに言われるとは思わなかったね」

「そりゃ、ネテロのジジイとタメ張るような人間から見れば、大抵は皆がガキでしょうさ」

「フン、言うじゃないか」

 

 鼻を鳴らして目を細める幻海だが、ビスケはそんな幻海の視線を受けながらものほほんとしている。大抵の人間なら竦み上がってしまうような迫力だが、ビスケはそれが振りであることを良く解っているのだろう。

 

「まぁ良いさ。なにも世間話するために、わざわざオマエさんを呼びつけた訳じゃあ無いんだ。仕事の話をしようじゃないか」

 

 幻海がそう言うと、ビスケは幾分表情を正して視線を向けた。

 

「門前でオマエも会ったようだが、その小僧……ユーマの念を鍛える為に、オマエの能力を使いたい」

「私のクッキーちゃんを?」

「そうさ。確か、あの能力には、疲労回復の効果も有ったはずだろ?」

「そりゃそうだけど……」

 

 幻海がビスケを呼んだ理由は、どうやらユーマの修行に関連することであったようだ。呼び出し理由をスラスラと語る幻海であるが、しかし、ビスケの方は幾分困惑した表情である。

 

「幻海、一つ聞いてもいいかしら?」

「なんだい?」

「貴女が、あの子供の念を鍛えるために私を呼んだのは理解したけれどもさ、どうしてあの子供なのさ?」

「まぁ、確かにユーマの奴は礼儀がなっちゃいないけどね」

 

 ビスケの困惑の理由……それは、幻海という人物の人柄と、そして僅かとはいえやり取りしてみせた、ユーマの人柄が原因である。

 ビスケの知る幻海という人物は、偏屈で堅物。しかし道理を弁えた人間で、礼にも五月蝿い人間である。

 逆にユーマに関しては、先ほどの短いやり取りで感じた感想だと、粗野で大雑把。礼を失して考えが足りないイメージが有る。

 どう考えても、幻海が嫌がる様な人物像に思えるのだ。

 

「理由をあげるとするなら幾つがあるが――」

 

 幻海がビスケに説明をしようとすると

 

 ドタドタドタドタ――ッ!

 

 勢い良く廊下を走る音が二人の耳に届く、程なくして

 

「テメェ! 一体何しやがんだよ!」

 

 スパーン! と、勢い良く開かれる麩。

 ビスケと幻海がそれぞれ視線を向けると、其処には怒った顔をしたユーマが立っていた。

 

「あぁ、目が覚めたのね? 思ったよりも早かったわ」

「目が覚めたのね? ――じゃねぇ!!」

 

 怒鳴りながらビスケへと詰め寄るユーマ。だが怒り心頭のユーマとは裏腹に、ビスケは落ち着き払った態度で溜め息を吐く。

 チラッと、ビスケは幻海に視線を向けるが、幻海は特に何も言わずに御茶へと手を伸ばす。

 

「聞いてんのか、このっ!」

 

 掴みかかろうと手を伸ばすユーマだが、ビスケはそのユーマの腕に軽く手を添えると――

 

 ギュルンッ!

 

 一瞬で、ユーマの視界が反転していた。

 いつの間にか視線の先が回転し、見ていた景色が逆さまになる。

 

「どわぁっ、ギャンッ!?」

 

 反転した視界に驚いて声を上げたユーマは、続けて頭から畳に落ちたことで情けない声を漏らす。

 

「本当に、コレに修行つけるの?」

「中々に面白い奴だからねぇ」

「――……いっつぅ、何だってんだクソ!」

 

 頭から落ちたユーマを指差して、呆れるように幻海に尋ねるビスケ。幻海はズズッとお茶をすすり、ユーマは頭や首を抑えながら勢い良く立ち上がるのであった。

 

「オイ婆さん! 何なんだよ、このへんな女は!」

「誰が変な女だって! 本っ当に礼儀のなってない奴だわね!」

「あのなぁ! 礼儀ってのは、いきなり人の顎にアッパーかますこと言うのかよ!」

「む、アレは不可抗力だわさ」

「巫山戯んなっ! て――どぁ!?」

 

 言いながら再び挑みかかるユーマだが、再びその身体は軽々と中を舞った。

 

「グフっ!?」

 

 今度は先程とは違い、錐揉み状に回転しながら落下するユーマ。

 一度目とは違って畳の上を独楽のように数回転するが、口から零れた声が情けないものだったのは一緒であった。

 

「ふん。か弱い乙女に手を上げようとするから、そうなるんだわよ」

「か弱い? 乙女?」

 

 腕をクルッと一回転させて胸を反らせるビスケに、幻海は思わず眉間に皺を寄せて口に出してしまう。

 

「なによ、幻海? 私はまだまだ若――」

「――ぁったま来た! 女だって関係有るか! 絶対にぶっ飛ばしてやる!」

 

 ガバァ! っと再び立ち上がるユーマに、どうやら先程の投げによるダメージは無いようである。相変わらず怒ったような表情を浮かべるユーマは、腕を上げて構えをとった。

 

「ユーマ」

「止めんな婆さん!」

「別に止めやしないけどね」

 

 ビスケを睨みつけながら、ジリジリと迫るユーマに幻海が声をかける。だがユーマはその声にも動きを止めず、ビスケの隙を伺おうと意識を向けている。

 ……だが、

 

「その女の名前はビスケット・クルーガー……。今日、此処に来ることになっていた客だよ」

 

 幻海がそう言うと、ユーマの動きがピタッと止まった。

 そして一度だけ幻海へと視線を向けると、再び視線をビスケへと戻す。

 

 ビスケはそんなユーマの反応にスッと立ち上がると、真っ直ぐに見つめ返してきた。ユーマは驚いたのか、目を見開いて表情を変化させる。

 ……まぁ、この後の不用意な発言で、再びビスケに――

 

「それじゃ、この女が人間山脈のビスケ――」

「フンッ!」

「おっごッ!?」

 

 しばかれることになった。

 額に青筋を浮かべたビスケが一瞬で詰め寄り、ユーマの腹部に深々と拳を突き立て、ユーマは呼吸困難になって崩れ落ちるのであった。

 

 

 ※

 

 

 ビスケによる無常の一撃で、アッサリと意識を消されたユーマ。もっとも幻海によって意識は直ぐに回復したのだが、だからと言ってそれで丸く収まるわけではない。

 当然のように直ぐ様挑みかかろうとしたのだが、それは幻海の

 

「ビスケには、オマエの特別コーチの為に来て貰ったんだ。余計なことするんじゃないよ」

 

 の一言で、取り敢えずは振り上げた拳を収めるに至った。

 まぁ少なくとも、前のやり取りを見る限りでは、例え拳を振り下ろしたとしても返り討ちだっただろうが。

 

 そして現在は

 

「良いかユーマ、良く聞きな」

「……おぅ」

 

 修練場内で、ムスッとした表情を浮かべたユーマの目の前に、幻海とビスケが2人揃って並んでいる。

 

「オマエが本格的に修行を始めて、だいたい半年くらいか? まぁ、体力もそこそこには付いて来ただろうから、暫くは別の事を重点的にやっていくことにする」

「別のこと? じゃあ、走ったりとかはしなくて良いのか?」

「それはそれで続けてもらう」

「え?」

「なんだい?」

「……なんでもねぇよ」

 

 一瞬、表情を変化させたユーマだったが、幻海にジロッと睨まれると直ぐに口を噤んだ。

 

「今日からは朝方の走り込みと軽い運動《筋トレ》の後で、只管に練を行なっていく」

「練を?」

「そうだ。……ま、より正確に言えば、練を維持する堅の状態を続けるんだがね」

「まぁ簡単に言えば、アンタの身体の中にあるオーラをスッカラカンに近い状態にして、オーラの総量と、それから放出量を上げるための訓練をするって訳だわさ」

 

 幻海の言葉を引き継ぐように、ビスケが人差し指を立てながら会話に入ってくる。ユーマは胡散臭そうな視線をビスケへと向けているが、ビスケの方もムッとしながらそれを受け止める。

 

「はい、アンタ今直ぐに腕立て500回やんなさい」

「はぁっ!? なんでだよ!」

「今、私は指先にオーラを使って数字を作ったのよ。勿論、普通にやったんじゃなくて陰を使ってだけどね」

 

 陰――と言うのは、簡単に言えばオーラを見え難くするための技術である。

 念を使用した闘いなどでは、非常に有用となる技術の一つだ。

 ユーマはビスケに言われてから自身の目にオーラを集めると、確かにその指先には数字の3がオーラで作られていた。

 

「これからは、私が指を立てたら空かさずに反応しなさい。遅かったらその都度に罰ゲームよ」

「んなぁっ! 何でだよ!」

「これはね、咄嗟に凝を行うための特訓でも有るんだよ。オマエはこの1年ほどを基礎ばかりやってたからね、これからは詰め込めることは何でも詰め込んでいくよ」

「マジかよ……婆さん」

「大マジさ。序に、暫くの間はビスケの言うことには絶対服従しな。ビスケが腕立てしろと言うんなら、黙って従うんだ。良いね」

「マジ……かよ」

 

 引きつったようにして言うユーマに、幻海は黙って頷いて返した。

 続いてビスケに目をやると、ビスケは

 

「ホラ、早く腕立てやんなさいよ」

 

 顎を軽く動かして促してくる。

 ユーマはワナワナと腕を震わせていたが

 

「畜生! やれば良いんだろ! やれば!」

 

 一吠えすると、その場で手を突いて腕立て伏せを始めるのであった。

 意地になっているのか、結構な速度で腕立てを行うユーマ。もっとも、だからと言って、直ぐに終わるものでもないのだが。

 

「ねぇ、幻海?」

「なんだい?」

「本当に、なんでこんな奴を弟子にしたのさ?」

「偶々さ」

 

 ビスケの問いかけに、幻海は短く返事をした。ビスケは、やはりそんな幻海に対して違和感のようなモノを感じるが、何も言わずに唯黙っているのだった。

 

「――ハァ、ハァ、おい、終わったぞ」

「よろしい」

 

 暫くして、言いつけられた回数をこなし終えたユーマにビスケは腕組しながら言ってのけた。

 

「それじゃあ、早速本題の修業に――」

「――――2!」

「遅い! 私が指を立てたら即座に凝! ……まぁ、今回は良い加減に先へ進みたいから良いとして、次からは罰ゲームにするからね」

「ぐぅっ!?」

 

 良いように言われてしまっているユーマだが、しかし修行の一環、必要なことだと言われれば返す言葉はなくなってしまう。

 

「さて、今からアンタにやって貰うのはさっき幻海も言っていたように堅。要は練の状態を維持することなんだけど、今からそれを限界まで演って貰うわさ。堅は出来るんでしょ?」

「そりゃ、婆さんにみっちりと仕込まれたからな」

「んじゃ、ちょっとやってみなさいよ」

 

 ビスケに従って、ユーマは少しだけ距離を取って構えると軽く息を吐いた。

 

「……フンッ!」

 

 力を込めるような仕草をすると、ユーマの身体から一気にオーラが吹き上がる。

 勢い良く出るそのオーラは、初めて錬に成功した時とは比べ物にならないだけの力強さが有った。まぁ、

 

「へぇ、覚えて半年程度にしては上出来だわね。それじゃあそのまま、枯れ切れるまで出し尽くしなさいな」

「ケッ! 丸一日だって続けてやるっての!」

 

 軽く言ってくるビスケに、ユーマはなにも言い返さずにオーラの放出を続ける。

 ビスケと幻海はそんなユーマに不敵な笑みを浮かべると、

 

「それじゃ、気を抜かずに続けてなさいよ。私達は近くで見てるから」

「待ってる間に、テレビゲームでもしてるかい?」

「うーん、まぁ、今は必要ないんじゃない? 幾らなんでも、保って10分くらいだろうし」

 

 幻海とビスケはユーマの状態を見ながら、お互いに好き勝手に言っている。ユーマはそのやり取りをムッとしながらも聞いていたのだが、次第にその余裕がなくなっていくのであった。

 

 15分後

 

(何だってんだ……!? この疲労感は!)

 

 半ばビスケの言葉通り、10分も経った頃にはユーマはフラフラと身体をふらつかせ始めていた。全身に現れる疲労感と虚脱感。それは200kgオーバーの重りを着込んで、数時間山の中を全力疾走したよりも疲れている。

 

「思ったよりも頑張ったけど、もうそろそろ限界かしらね?」

「まぁ、ついこの前に練が出来るようになったばかりだからねぇ」

「そう言えば、そうだったわね。それを考えれば大したもの……か。でもね――」

 

 意識の朦朧としだしたユーマの耳に、二人の会話が入ってくる。一瞬、ほんの一瞬だけだが、ユーマはビスケの口にした『大したもの』という言葉に満足し、続けていた練を止めてしまおうか? と考えた。

 だが

 

「なにさ? アンタってば『丸一日続けられる』とか言っておいて、もうヘロヘロなの?」

 

 絶妙のタイミングで、ビスケの一言がそれを押しとどめる。

 ギシギシと首を動かしたユーマは、ヒクっと眉を吊り上げながらビスケを見た。

 

「なん……だと?」

「威勢の良い事を言ってた割には、随分と速すぎるリタイヤだこと」

「リ、リタイヤ、だとぉ~っ!?」

 

 一瞬ふらついたユーマだが、ギリッと歯軋りをして身体を起こすと、ビスケを必死になって睨みつけていた。

 

「へぇ、まだまだ余裕そうじゃないの? 本気になってないってことかしらね?」

「うるせぇ、この、人間山脈……!」

「オホホホ。――後でギタギタにしてやるから覚悟しときなさいよ、アンタ」

 

 青筋を浮かべながら言ってくるビスケだが、既にユーマにはそれを気にする余裕もない。体中から汗が吹き出しており、意識は朦朧としているからだ。だが、そんなユーマにふと幻海が近づいてきて声を掛けてくる。

 

「辛いかユーマ? まぁ、オマエが今やってるのは臨界行の一種だから、辛くなきゃ意味が無いんだがね」

「りんかいぎょう……?」

 

 ツカツカとユーマの周りを回るように歩きながら、幻海は『臨界行』についての説明をしていく。

 

「簡単に言えば、死ぬギリギリまで身体を追い詰めて、その先の力を絞り出すための修行さ。火事場のバカ力ってのがあるだろ? そういった限界に近づくことで、初めて発揮される力を体得するための修行でも有るんだよ、コレは。もっと安全なやり方も有るには有るが、そんなオママゴトみたいなやり方じゃあ、修行の完成までにどれだけの時間がかかるのか解ったもんじゃあない。だからより効率的で効果的な方法として、今回のような事をしてるわけだが……。まぁ」

 

 早口で捲し立てるように幻海は口にしていたが、ふと何かに気が付いたようでそこで言葉を止める。そして「はぁ」と溜息を吐くと、ユーマを軽く押した。

 

「もう聞こえちゃいないか」

 

 途端に力が抜けたように、ガクッと崩れ落ちていくユーマ。

 床の上に沈み込んだユーマは白目を剥き、トテモではないが睡眠中とはいえないような有様である。

 

「ビスケ、やっとくれ」

「解ってるわよさ」

 

 ビスケは若干呆れ気味な態度で返事をすると、ユーマの横に立ってオーラを放出し始める。すると――

 

「…………」

「魔法美容師(マジカルエステ)のクッキィちゃん」

 

 次の瞬間、ビスケの横にミニスカ姿の女性が具現化されていた。

 彼女の名前はクッキィちゃん。

 ビスケの創りだした夢のある能力だが、クッキィちゃんはオーラを変質させた特殊ローションを用いることで、美容と健康を維持促進させる事が可能なハンドマッサージをしてくれるのだ。

 

 クッキィちゃんは倒れて白目を剥いているユーマの横に座ると、優しい手触りでマッサージを施していく。

 

「相変わらず、闘いの役には立ちそうにない能力だねぇ」

「五月蝿いわね。その御蔭で、こんな無茶な修行が出来るんじゃないのよ」

「それについては感謝してるよ」

 

 殆ど変わらない表情で言ってくる幻海だが、恐らく本当に感謝はしているのだろう。少なくともビスケにはそれが解るし、判断も付く。しかし

 

「でもだからって、こんな修行を続けてたら……この坊主は死ぬかもしれないよ?」

「そうかもね」

「――幻海!?」

「大きな声を出すんじゃないよ、耳に響くじゃないか。……私はオマエよりも年寄りなんだからね」

 

 心臓に悪いとでも言うように、幻海は顔を顰めて愚痴を言った。

 

「私も、流石に長く生き過ぎたからね。そろそろ次の事を考えなくちゃならないだろ」

「次? 次ってなにさ?」

 

 ビスケはクッキィちゃんを自動で動かしつつ、幻海に問いかける。幻海は腕を後ろで組むと、暫く間を置いてから口を開くのだった。

 

「決まってるだろ。霊光波動拳の継承者だよ」

「……冗談?」

「…………」

「じゃ、無さそうだわね」

 

 ビスケの疑問は、幻海の表情が本気だと教えてくれた。

 

 念を扱う人間――所謂『念能力者』。

 その能力者の中でも、間違いなくトップクラスに位置するだろう人物。

 

 霊光波動拳の幻海

 

 幻海の能力を身に付けたい、または幻海の師事を受けたい――といった輩は、それこそ世の中には数多く居る。しかし幻海は極希に弟子をとることは有っても、完璧な内弟子は一人も居なかったし、ましてや奥義を授ける――なんてことも有りはしなかった。

 

 それが何故? いまこの眼の前でダウンしている子供なのか? ビスケには、それが理解できなかった。

 

「基本部外者の私が言うことじゃないけど、この坊主は大丈夫なわけ? 肉体的には勿論だけど、心の方もさ」

「多少曲がった奴だが、そう心配をする必要はないだろう」

「勘ってわけ?」

「そりゃそうさ。私がコイツの面倒を見るようになって、まだ半年程度しか経っちゃ居ないんだ」

 

 なんとも正しい言葉なのだろうが、やはり少しばかり納得の行かないビスケである。クッキィちゃんの桃色吐息を受けているユーマを、ジィっと見つめていると

 

「……まぁ、いざとなれば。私が自分でケリをつけるよ」

 

 不意に幻海の放った言葉にビスケは目を見開いたが、少しだけ哀しそうに幻海を見るだけで何も口にはしないのであった。

 

 

 


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