HUNTER×HUNTER 霊光波動拳の◯◯   作:ニラ

2 / 9
01話

 

 

 

 ユーマが幻海の元で過ごすようになって、早1ヶ月半が経過していた。早いもので季節は冬から春へと移り変わっている。

 当初は1週間程で施設、もしくは親戚縁者の元にでも送るつもりであった幻海だったが、ユーマの強い希望によって今ではここで丁稚のような生活を送っている。

 親戚縁者に心辺りのないユーマは、訳の解らない施設に向かうよりも幻海の元に居ることを望んだのかもしれない。

 とは言え幻海は何もなく子供を養ってくれるほどのお人好しではなく、この場所に留まる条件として奉公仕事――ようは、雑務全般を行うことを言いつけたのである。

 

 今までとは全く異なる生活を送ることになったユーマであるが、どうやら其の事自体に意見や文句などは無いらしい。

 そんな事よりも、幻海に出会った日に見せられ、自分自身でも僅かだが扱うことの出来る『念』。

 この場所に居さえすれば、その扱い方を身に付けられるのではないか? といった考えもあるのだろう。

 

 ユーマは現在、この頃では日課となった山門前の掃き掃除をしていた。

 白い道着に黒のアンダーシャツ、リストバンドとアンクルバンドといった出で立ちで、初めてこの場所に来た時とは随分と雰囲気も違っている。

 山門前はそれ程に汚れてい訳でもなく、ゴミや落ち葉がある訳でもないが、それでも掃除をするのが最早習慣になってしまっていた。

 

 もっとも、こうしてユーマが山門前で掃除をしているのは、何もそれが習慣だからという理由だけではない。

 

「たのも~っ!!」

「…………」

 

 力強い声と、その巨躯で周囲を圧倒するような大男が、ユーマの前に仁王立ちをしている。ツルツルの頭部と、そしてボサボサの無精髭をした人物である。

 ボロボロに擦り切れた道着のよな服装をしており、何ヶ月も風呂に入っていないのだろうか? その体臭は、ユーマの鼻を嫌でも刺激してくる。

 

「何のようだ、オッサン?」

 

 半ば相手の訪問理由を予想しているユーマだったが、もしかしたら違う理由で来たのかもしれない――との可能性もあるため質問をする。

 

「霊光波動拳の幻海に、試合を申し込みに来た! 小僧、幻海に合わせて貰おうか!」

 

 ユーマの顔を覗き込むように腰を屈めながら言ってきた男に、ユーマは内心で大きな溜め息を吐いていた。

 

(またかぁ……)

 

 何故なら、行き成りにやって来て、このような事を言ってくる相手は初めてではないからだ。多い時は週に二回。少なくとも10日以上の空きなど無く、この手の輩が現れるのだ。ユーマでなくとも、慣れてしまうのは仕方がないだろう。

 

「婆さんからの言い付をそのまま伝えるぞ。『何かしらの仕事依頼であれば、条件次第で話を聞く。試合の申し込みに関しては、一勝負100万ジェニーから請け負う』、だってさ」

「……あん、なんだって?」

「依頼の場合は最低1000万ジェニーから。試合の場合は、100万ジェニーだと普通に速攻でブッ飛ばす。1000万ジェニーなら見せ場を作ってからブッ飛ばす。1億ジェニーなら、いい勝負を演出した後にブッ飛ばすってさ」

「…………はぁ?」

 

 ユーマの言葉に、大男は眼を丸くして聞き返してきた。

 とは言えユーマ自身、ソレも仕方がないだろうな――と思っている。

 ユーマの持っている常識としては、修行を積んだ格闘家道士の戦いは

 

『勝負だ』

『かかって来い』

 

 的な、サッパリしたものだと思っていたからだ。

 しかし幻海は試合自体は拒否しないが、勝負したいならば金を積めと言ってくるのだ。

 コレは幻海曰く、『次々と無条件で勝負をしていたら、次々と阿呆共が集まってくる可能性があるだろうが』とのことである。まぁ序に言えば、『いったい何処から、お前の食費やら何やらが出てると思っているんだい?』とまで言われては、ユーマには従う以外の選択肢は無いだろう。

 

 其のため、勝負の受け付け料として最低で100万ジェニー。

 受付料を支払った者は適当にあしらって、「もう少し頑張れば手が届くのでは?」といった淡い希望を抱かせて叩きのめし、次回にまた100万ジェニーを運んできて貰うのだとか。

 

 もっとも、100万ジェニーといえば結構な金額である。

 そうそうに、ポンと払える金額でもなく

 

「巫山戯るな! 儂は真剣勝負を挑みに来たのだ! 幻海とやらは腰抜けか!」

 

 このように、金など払わん! といった輩も決して少なくはない。

 大男はユーマの脇を素通りすると、勝手に山門を潜って中へと入って行ってしまう。

 

「あぁ、バカだな」

 

 ユーマはそう小さな声で呟くと、肩を落として溜め息を吐いた。

 そして先を進んでいった大男を追いかけると、『金払いの悪い相手のためのマニュアル』を実行するのである。

 

「解ったよオッサン。それじゃあ婆さんを呼んでくるから、先ずは道場に来いよ」

 

 ユーマは親指をクイッと動かして大男に言うと、先導するように歩いて行く。

 そして事が済んだ後のことを思うと、再び大きなため息を吐くのであった。もっとも、ユーマのその溜息の理由は大男には解らなかったが。

 

 大男を敷地内の道場へと案内したユーマは、今度は幻海にその事を伝えるべく急いで移動をする。とはいえ、幻海は誰かが来たことを既に知っていたようで、部屋に飛び込んできたユーマに一瞥くれると歩きだすのだった。

 

「試合希望者かい?」

「あぁ。何処の誰かは知らないけど、えらい臭かった。風呂入ってないんじゃないのかな?」

「ヤル気が削がれるねぇ。金は払ったのかい?」

「全然。巫山戯るなってさ」

「全く、礼儀を知らない奴だねぇ」

 

 道場へと向かう道すがら、幻海とユーマはそんな会話をしていた。

 程なくして道場へと到着すると、幻海は相手を見るなり溜息を吐いた。

 

「やれやれ、ユーマの奴が言った通りだね」

 

 幻海は軽く眉を顰めてみせる。

 鼻につく悪臭を感じたからだ。

 

「やっと来たなぁ、幻海!」

 

 大男は現れた幻海に対して、唾を撒き散らしながら声をあげる。

 ユーマは其の様に、

 

(後で、俺が掃除しなくちゃいけないのに……)

 

 と、考えていた。

 

「約束も無しに勝手に来ておいて、『やっと来た』もないだろうが。しかも手土産も無ければ金もない……。無い無い尽くしで、私からすれば面倒極まるだけなんだがね」

「ガハハハハ、心配するな。儂が今日まで練りに練った技の数々。ソレを貴様に馳走してやるわい」

「嬉しかぁ無いよ」

 

 幻海は呆れたように息を吐くと、スタスタと歩いて相手の正面に立った。相手の大男もソレに合わせて立ち上がり、幻海を相手に構えをとる。

 

 こうしていると、二人の体格差は圧倒的である。

 

 大男は何を食べて育ったのだろうか? その身長は優に2mを超えていてかなりの長身である。一方の幻海はというと、お世辞にも背が高いとはいえない身長で、流石に今のユーマよりは高いだろうが、150も無さそうである。……もしかしたら140も怪しいか?

 

「どうした幻海、臆したか? さっさと構えを取らぬか!」

「ヒヨッコが一端の口を聞くじゃないか。お前程度の腕前で、私をどうにか出来ると本気で思ってるのかい?」

「な、なんだと!」

 

 幻海は、相手の大男を挑発するように悪態をついた。

 大男は途端に顔を怒りで真赤に染めて、眉を吊り上げ幻海を睨みつける。

 

「有名になると、お前みたいな勘違いしたような奴が出てくるから始末が悪い。こっちの言うことを黙って聞いてりゃ、それなりの対応をしてやろうってもんだが、そうじゃないんなら話は別さ。そういった輩には容赦しないよ、私は」

 

 後ろ手に手を組み、とても戦闘態勢には見えない格好でいる幻海であるが、少なくともソレを見ているユーマには、構えている大男以上に戦闘準備の整った状態に見ていていた。

 

「年寄りと思い手加減でもしてやろうと思ったが、そこまで馬鹿にされて黙っていられるか! ギタギタにしてくれるぞ! 幻海ぃ!!」

 

 吠えるように声を上げた大男は、未だに腕を後ろに回した状態の幻海に向かって駆け出していった。

 

「ふぅ、やれやれ」

「喰らえぇい! 幻海!!」

 

 呆れたように言葉を漏らす幻海に、大男は大きく振りかぶった拳を叩きつけようと打ち下ろしてくる。しかし

 

 ブオンっ!

 

 その拳が幻海に触れることはなく、虚しい空振りをしてしまう。

 

「――っ? 居ない、だと?」

 

 自身の拳に手応えを感じなかった大男は、そのことに疑問を感じて辺りを見渡す。

 

「後ろ」

 

 ボソッとユーマが呟いた瞬間

 

 ドンッ

 

「んなぁ!?」

 

 ピョンと跳躍をした幻海が、大男の尻の辺りに軽い前蹴りを御見舞いする。

 大男はその事に驚き、飛び上がるような反応をしてから後ろへと向き直った。

 

「今のは警告だよ。次は拳を叩きこむからね」

 

 ギロッと睨みつけながら言う幻海の迫力は、下手なマフィアなんかよりもずっと心胆が冷えるほどの迫力がある。大抵の相手の場合はこれだけで事足りてしまう程だ。

 だが

 

「――……ふふ、ふはははは! 流石は幻海。全力で当たらねば、勝つことは出来ぬか」

 

 相手の大男は、色々な意味で普通では無いらしい。

 

「あわよくば全力を出さずに終わらせたかったが、そうもイカンのであれば仕方がない。儂の本当の実力を見せてやろうではないかぃ」

 

 未だに自信満々な大男に、幻海は溜息を吐きたくなってしまう。

 

「さぁ、見るが良い。儂の本当の力をな!!」

 

 大男は言って腕を左右に広げると、軽く力を込めるような仕草をしてみせる。すると次の瞬間

 

 ゴッ!!

 

 大男の身体から、勢い良くオーラが噴き出してきた。

 

「アレは!?」

「ほう……」

 

 驚くユーマと、そしてほんの少しばかり感心したような幻海。

 

「ふははは! どうだ! 見たか幻海! コレこそが儂の実力! 儂の本当の力だ! 貴様のような老いぼれには、到底真似ることは出来んだろう。フハハハハ!」

 

 大男は大きな声で幻海に色々と言ってくるが、しかしオーラが勢いよく吹き上がったのは一瞬だけ。今ではそれは鳴りを潜めて、身体の周囲を漂う状態へと変わってしまっている。

 

「誰かに習ったのか、それとも独学かは兎も角、取り敢えず念を形だけとはいえ使えるのは大したもんだ。だけどね……そんな蛙のションベンみたいなオーラで私を倒そうなんて、威勢が良すぎるんじゃないのかい?」

「念? ……何を言っとるのか知らんが、儂を馬鹿にしておることだけは良く解ったぞ! 十数年分の修行の重さを知れ! 幻海ぃ!!」

 

 オーラを身体に纏い、大男は先程以上の威力を持った一撃を幻海に向かって放ってきた。ユーマはその光景をドキドキした面持ちで見つめ、この後の出来事を見逃すまいと意識を集中させている。

 

 大男は幻海の胴回りほど有りそうな腕を振り回し、打撃を加えようと躍起になるが、幻海はその攻撃を難なく避けていく。

 

 ブン! ブン! と振り回される大男の攻撃は、確かに先程よりは威力があるのかも知れないが、それも当たらなければ意味が無い。

 

 正拳、前蹴り、下段蹴り、回し蹴り、裏拳、手刀、貫手――など。

 

 大男の動きは空手が主体なのだろうか? 少なくともユーマにはそれらは『綺麗な動き』に見えるのだが、大男の攻撃が幻海を捉えることは出来そうにはない。

 

「避けるな! 逃げずに戦え!!」

 

 いつまでも当たらない攻撃に業を煮やしのか、大男は巧みに避ける幻海に文句を口にする。幻海はそんな言葉に軽い溜息を吐いて、その動きをピタリと止めた。

 軽やかに動いていた足を止めて、その場に立ち尽くすようになったのだ。

 

「もらった!!」

 

 大男は好機とばかりに襲いかかる。若干大振りの目立つ拳を幻海へと放ち、その拳が幻海に直撃するかしないかといった瞬間に

 

 ズドンっ!

 

 幻海の小さな掌に依って、軽々と受け止められてしまった。

 大男は拳に衝撃を感じた瞬間ニヤリと笑みを浮かべたのだが、しかし当たったものが幻海の掌であることが解ると途端に表情を変化させて、顔色を青くさせてしまう。

 ユーマは幻海の身体を覆うようになっているオーラが、大男のそれよりも遥かに淀みなく、そして力強い動きをしていることを見てとっていた。

 

「――そ、そんな馬鹿な!」

「いいことを教えてやる。霊光波動拳を習得するには、並大抵の身体の鍛え方じゃ不可能なんだよ。お前程度の実力で私と戦おうなんてのが、そもそもの間違いだったね」

 

 言いながらも幻海は、空いている拳をギュッと強く握りしめだした。

 その動きは大男の目の前で行われているため、今の状況にパニックを起こしている大男には更なる恐怖となって映っている。

 

「ひ、ひぃ、ひぁあ!?」

「歯ぁ食いしばりなッ!!」

 

 メゴギャンっ!!!

 

 後退って逃げようとした大男に向かって跳躍をした幻海は、一切の容赦をすることなく顔面に向かって拳を叩きつけた。

 

 大男は真っ直ぐに滑空するように道場の壁へと直撃すると、その後はバタンっ! と床に仰向けに倒れてしまうのだった。

 

「全く、話にならない奴だね。ユーマ、あの木偶の坊は山門の外に放り出しておきな」

「わぁった」

 

 幻海の言葉に妙なイントネーションで答えるユーマだが、その返事を聞く前に幻海は道場から去っていく。恐らくは部屋に戻って、熱い茶でも飲むのだろう。

 

 残されたユーマは、その視線を倒れ込んでいる大男へと向けると

 

「……さっきの、オーラが一瞬吹き出したのは何だったんだ?」

 

 幻海との試合中に見せたオーラの運用方法について首を傾げるのであった。

 少なくともユーマが今まで見てきた挑戦者の中には、今回のようにオーラを使う者は居なかったのである。そういう意味では、この大男は幾分有能な分類に入るのであろう。

 しかし、大男が何をしたのか? については、此処で考えてもしかたがないだろう――と思い直し、

 

「このオッサン、さっさと外に放り出さなきゃな」

 

 そう言ってから大男の足を掴むと、

 

「よいっせ……こらっせ」

 

 ズルズルと引っ張っていくのであった。

 

 

 ※

 

 

 大男を無情にも階段下へと放り落としたユーマは、道場裏手の広場で頭を捻っていた。

 

「さっきのオッサン……一瞬だけだったけど、確かにオーラが強くなってた」

 

 疑問を口にして、ユーマはその原因について考えようとしてみる。

 当初の大男は、オーラを垂れ流しな状態で戦っていたが、幻海の実力が上だと知ると、オーラ……念を使ってきたのだ。とは言え結果は散々であり、幻海の強さが浮き彫りに成っただけであったが。

 

「……先ずは、こう」

 

 ユーマはジッと自身の身体に視線を向けて、身体から溢れているオーラを自身の肉体に留めてみせる。

 すると、外に漏れて消えるように成っていたオーラがグルっとユーマの身体を包み込み、そしてグルグルと周囲を流れるように廻っていく。念能力の基礎の一つである、纏という技術である。

 

 実のところ、ユーマは幻海の元で世話になるようになってから、この纏を毎日欠かさずに行なっている。そのためか当初の頃よりもその動き、流れ、力強さは段違いに変化していた。

 最初の頃が、出口を閉じられたオーラが漂うような状態であったのなら、今はオーラがうねるような状態だろうか?

 

 しかし

 

「コレじゃないな。あのオッサンのオーラも最終的にこうなってたけど、その前にドンッ! と膨らんだからな」

 

 今の、纏といった状態ではなく、目指すのは違う状態である。

 ユーマは目を瞑って、先程の大男の様子を思い出してみた。

 

「感覚からすると……オーラが身体の奥から出てきてるから、ソレを押し止めてから出すって感じかな?」

 

 首を捻りながら、意識をオーラへと傾け始めるユーマ。すると徐々にではあるが、自身の身体を覆っていたオーラが減少し始め、スゥっと消え失せてしまった。イメージの問題であるが、身体中に存在するだろうオーラの溢れてくる穴に、栓をした感覚をユーマは感じていた。

 ユーマはその状態のまま暫く居ると、次いで全身の押し留めていたオーラを表に出し始める。

 

 すると途切れていたものが吹き上がり、ユーマの全身をアッという間にオーラが包み込んだ。とはいえ

 

「……なんか違うな」

 

 その結果は、ユーマの思っていたものとは違うようである。

 

「今のは、止められてたモノが流れだしたって感じだしな」

 

 ブツブツと口にしながら、眉間に皺を寄せているユーマ。

 ユーマが先ほど見たモノから察すると、もっとこう……『押し留める』では足りないようである。

 

「婆さんに聞けば、教えてくんのかな」

「教えて欲しいのかい?」

「でぁっ!?」

 

 ボソッと呟いたユーマの背中から、突然幻海が声を掛けてきた。

 ユーマはソレに驚き、変な声を出して飛び跳ねる。

 

「ば、婆さんっ!? いきなり驚かすなよな!」

「お前が勝手に驚いたんじゃないか。後ろから声を掛けられたくらいで、いちいち大げさなんだよ」

「いや、そうかも知んないけど」

 

 自分でも驚き過ぎだと思うユーマだが、とは言え幻海の言葉には理不尽さを感じてしまう。

 

「おい、ユーマ。今の纏は兎も角として、絶はいつから出来るように成ったんだい?」

「え? 『ぜつ』?」

「表に出るオーラを消すことだよ」

「…………?」

 

 先ほど、ユーマがやっていた事だと説明をする幻海だが、当のユーマは理解出来ないのか首を傾げている。

 

「自分が何をしてたのかも解らずにやってるのか、お前は?」

「いやだって、目、閉じてたから」

「はぁ……ちょいと見てな」

 

 幻海は溜息を吐くと、少しだけユーマから距離をとった。

 

「見な。コレがさっき、お前がやって見せた絶だよ」

「オーラが、綺麗に消えちゃった。……婆さんのキャラも薄くなった」

「存在感だ、ドアホウが!」

 

 幻海は確かに目の前に、ユーマの前に立っているというのに、不思議とソレがあやふやである。視線を逸らせば、その瞬間には認識出来なくなってしまうような、そんな希薄さなのだ。

 

「お前もさっき、コレをやってみせたんだが……いつ頃から出来ていたのか」

「……多分、さっきのが初めてだと思うけど」

「なんだって?」

 

 恐る恐るといった風に返事をしたユーマに、幻海は聞き返してきた。

 

「ほら、さっきのオッサンがさ、一瞬だけオーラを増やしたじゃないか。それで俺もそれをやってみようと思って、消して出せば出来るんじゃないかって」

「消して出したくらいじゃ勢いは変わらないよ。……だが」

「婆さん?」

 

 幻海は口元に手をやって、考える素振りを見せた。

 そして次いで、ジィっとユーマに視線を向ける。

 

「……ユーマ。お前、ちょいと纏をしてみな」

「『てん』?」

「オーラが身体から逃げない様にするやつだよ」

「あぁ、アレね」

 

 ユーマは幻海の言葉に頷くと、言われたとおりに身体にオーラを纏う。

 すると全身にオーラは行き渡り、ユックリと畝るように、そして流れて循環するようにユーマの身体を包み込む。

 

「一ヶ月でコレか……」

 

 僅かに言葉を零した幻海は、眉間に皺を寄せて表情を顰めている。ユーマは幻海の言葉の意味も、そして表情の理由も解らずに首を傾げていた。

 

「お前、私の弟子に成る気はあるかい?」

「弟子? なんで急に?」

「放っておくと、お前は取り返しの付かないことを、知らず知らずに仕出かしてしまいそうだからだよ」

「俺、そこまで考え無しじゃねぇよ?」

「…………」

「キャッチなし?」

 

 ムスッとして反論するユーマだが、しかし幻海はソレに対する返事をしては来なかった。幻海が聞きたいことは、そういう事ではないのだ。

 ユーマは幻海の無言の意味と、そして弟子に――といった言葉の意味を考えてみる。

 もっとも、幻海が何を思って言ってきたのかを正確に把握することなど、ユーマには出来そうにもない。出来るとすれば、弟子になることでのメリットを考えることだろう。

 

「わかった。俺、婆さんの弟子になるよ」

 

 ユーマは幻海に声を上げて言う。

 メリットは何か? ――と、考えれば、それはやはり、このオーラの運用方法を知ることが出来るということだろう。

 そもそも、ユーマがこうして幻海の元で丁稚奉公のようなことをしていたのは、オーラの運用方法を知りたいといった下心があったからだ。

 

 幻海は、ユーマの返事に満足そうに頷く。

 

「良いだろう。それじゃあ今日から、お前は私の弟子だ。私のことは師範と呼ぶように」

「解った。婆さん」

「…………」

「?」

「師範と呼ばんかぁ!」

 

 御山一帯に響くような幻海の怒声が、ユーマの耳を貫いた。

 とは言えこの日、この時、ユーマは幻海の弟子に成ることが出来たのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。