東方天魔録   作:ミユメ

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一ヶ月切っての投稿です。
この話だけ行き詰ってしまった……。故に苦戦。
でも二ヶ月切ってないし良いかな……(震え声


―其之3― 天魔の屋敷

 

 

 

 

 我こそは、■■■の■■■■で在られよう! 頭が高い! 控えよう!!

 ……うろ覚え。

 偉い人ってよくよくそんなこと言うよね。何で他者を見下すのかが分からない。偉いから何だって話よ。殺すことなんて出来やしない癖に。

 もしこんなことを言う人が居たら指差して大笑いしてやりたいもんだね。

 

 って、これ完全にフラグや。

 

 まあそれは置いておき、私は今とある里に居る。里って言っても、人が住む人里の方では無い。天狗が住む里である。

 いつもは活気が良い我が里なのだが、今日はやけに静かだ。いや、それどころか天狗が回りに居ない。

 はて、これは如何に……。

 考えてもしょうがないので、止まっていた足を再び前へと動かす。

 しかし歩いても歩いても、左右見渡しても天狗が居ない。

 はてはてこれは如何に……。

 ――結局、我が屋敷に辿り着いても鼠一匹居やしなかった。門番さえも居ない始末。まるで廃墟のような雰囲気が馴染み出る。

 

「どうなってんだか……」

 

 少し不安になりつつも、私は門を片手で軽く開け、するりと身を潜らせて中に入り閉じる。

 玄関まで続く石畳の上を、カツカツとブーツの音を響かせならが向かう。

 そして、何も気に病まずに戸に手をやり、開く。

 

「――やはり、あそこに攻め立てる以外ありませんぞ!」

「だからって、あそこは悪魔が住んでいる。我々何かでは歯が立たないだろうに」

「弱気になるな! 皆で力を合わせれば行ける!!」

「…………」 

 

 なーにこの胸熱展開間近の会議。初めて見るんですけど。

 つぅか何の会議これ。めっちゃ気になる。

 

「ねえ、何処に行くの?」

「決まっているであろう! 悪魔が住む紅魔館だ!」

「何をしに」

「天魔様を取り返すのだ!」

「何で」

「何でって、貴様はそれでも天狗……か……ッ!?」

 

 先程から私を見ずに質問に答えていた天狗が、ようやく此方に振り向いた。

 全天狗が私を見た瞬間、その場に静寂が訪れた。

 まあつまりあれか。私が紅魔館に連れ去られたと思っていたのかな?だが残念だな。私は連れ去られてなどいない。

 では何をしに行っていたのか?

 そりゃまあ……うん。引きこもりに行ってた。

 ってのは冗談であり、天狗から逃げるためであった。なにぶん、我が天狗達はあの異変以来紅魔館を恐れている。なので、逃げる場所としては最適でもあったのだ。

 まあそんな紅魔館から此処に戻ってきた私だが……。

 

「作戦続行させるの?」

 

 ニヤニヤと、端から見れば楽しそうに笑っている笑み。実際、楽しんで言ってる。

 

「そ、そんなはずがないでしょうに!」

「天魔様! ようやく戻って来られたのですか!」

「考えを改めて下さったのですね!」

「え、いや。天魔様は辞めるよ?」

「「……え」」

「え?」

 

 愚問を抱いた天狗達が混乱する。

 

「じゃ、じゃあ何をしにお戻りに……」

「そりゃまあ、今の天魔をしている白亜の様子を、ね」

「なるほど……」

 

 全員が納得する。

 いや、手前等それで良いのか。

 

 

 

 

 

 胸熱展開間近の会議が最後、悲しい終わり方をした後、私は白亜が居る部屋へと向かうべく廊下をづかづかと歩く。

 部屋が多いため、廊下が長い。いちお曲がり角がある部分もあるにはあるのだが、天魔の部屋は一直線の奥の部屋なのである。

 空き部屋も多いし、何か誰かを住ませることも容易である。ってか、住まさせてみたいね。妖怪とか。

 

「……ぁ……」

「……ぇ」

 

 考えていると私の足はもう扉前まで着いていた。着くと同時に、部屋から漏れ出す声。

 中に誰か居そうね。んーどうしよう。客人だったらこりゃ入らない方が良いんだよねぇ……。でも入りたいなぁ……。

 入る、入らないかを考えて居ると、部屋から漏れ出ていた声が聴こえなくなった。

 ――いや、これは。

 

「曲者!!」

 

 襖を破り、私の片目に向かってくる一本の銀色のクナイ。

 私は半端警戒をしていたので、それを片手で掴んで無力化する。

 しかし、まだ来ると確信した私は後ろに軽く後退した次の瞬間、襖が壮大な音を立てて蹴破られた。

 そこから現れるは、薙槍を持った白髪の少女であった。

 少女は私と目が合った瞬間、しばらく目を丸くして固まる。

 

「やほい、白亜」

「天魔、様……」

 

 少女、白亜に私は余っている手をひらひらと軽く振って軽く挨拶を済ませる。

 

「あやや、これはこれは天魔様ですか」

「戻って来たんですね」

 

 っと、白亜の後ろに二人の影。

 文と椛であった。

 なるほど、客人ではなかったか。そりゃ良かった。

 

「まあ、ただいまってことで」

 

 私は固まっている白亜の方へと近付き、軽く頭をぽんぽんと叩く。するとどうであろう、顔を少し赤くして直ぐ様中に戻って薙槍を置いていく。

 

「所で、何で貴女達が居るの?」

「え、いやぁ……実は白亜様が恥ずがべぇ!?」

 

 言葉の途中、文が横腹を殴られた。白亜に。

 実にカエルが潰されたかの様な奇声を上げ、横に倒れこむ。

 

「そんな事は良いんです! 私が呼んだだけですから、天魔様。中にどうぞ」

「ん、そうね」

 

 廊下で立ち話もなんだしね。まあ廊下に居るの私だけですが……。

 私は倒れている文を踏まずに跨ぎ、白亜が座っているテーブルの方へと向かい、その前で適当に地べたに座る。

 視界は白亜と椛が見える。

 

「それで」

 

 クナイを弄りながら私は口を開く。

 

「調子はどう? 白亜」

「調子……と言いますと?」

「いやなに、白亜の事だから、きっと心配してるんだろうなぁ……ってね」

「えぇえぇはいはい。そりゃもう滅茶苦茶ぐべぇ!?」

「……文様、いい加減に少しは先を読んでから言葉を出した方が良いのでは」

 

 復活したばかりの文がまたもや同じ横腹に拳がクリーンヒット。

 カエルが潰されたかの様な奇声を上げて(以下略)

 それを見た椛が心配をし、助言をした。

 

「……心配なんて、していません」

「ふふっ、そっかぁ」

 

 白亜が少し、気難しそう言う。

 嘘を付くのが下手な事で……。

 私は心底、いつも通りな白亜だなと感じつつ、弄っていたクナイの矢先を口端にくわえて頬杖付く。

 

「あぁ、あとさ。私はもう天魔じゃないから、その天魔様って呼ぶのは辞めておいてね」

「え、で、でも……」

 

 反応したのは椛であった。

 

「そうなると、どう呼べば……」

「茜で良いよ」

「茜……?」

「そう、私の名前は紅夜茜なの」

 

 天狗達には、私の名前を教えたことがない。それは何故か。

 聞かれなかったから。が、一番の理由である。皆、私の事を天魔様と呼ぶからである。だから私の名前なんて気にもしない。

 

「……ですが、私は、天魔様とお呼びさせて頂きます」

「えーどうして」

 

 椛は頑固なのかそれとも……。

 

「本当の天魔様は、貴女だと思うからです」

「…………」

 

 一瞬……ほんの一瞬。私の思考が止まった。それは、嬉しかったからではない。予期せぬ言葉に、私は驚いた。

 本当の天魔様は私。

 それではまるで、白亜が影武者の様ではないか。私はもう天魔様ではないと言うのに……。

 バキッと、くわえていたクナイを噛み砕く。

 その音を聞いた椛はビクリと体を震わせた。

 

「す、すみません。出過ぎた言葉でした」

「……ぇ、あぁいや。良いのよ別に」

 

 いつの間にか、椛は土下座なんて事をした。私はそんな事をしろまでは言っても居ないのに。

 一番下の白浪天狗だからか、その行動が染み付いてしまっているのであろうか……。

 私は思考を動かし始め、噛み砕いたクナイを更に噛み砕いていき、飲み込む。

 いちおう鉄は噛み砕けるし、食べることも出来る。鉄の味はあまり美味しくもないが、たまに癖で噛み砕いて食べる。案外、精神安定剤みたいなものなのかも知れない。

 にしても、なぁ……。

 

「本当の天魔様か……」

 

 その事に、深く考えていた。どうにかして私が天魔様ではないことを証明しないといけないのか、それとも、白亜が私よりも天魔様らしき行動を取るか。

 どちらか一方か、それとも両方するか。

 

「……私が死ねば、天魔様ではないのかな」

「「!?」」

「な、何を言っているんですか天魔様!!」

 

 またもやいつの間にか復活していた文と椛は私の言葉に驚き、反論を述べたのは白亜であった。

 

「何って、結構当たり前な事でもあるじゃない」

「そんなのが当たり前な訳がありません!」

 

 更に力強く言う白亜の言葉は、その場に居る文と椛が何も言えない程であった。

 …………。

 

「そうね、違うのかも知れないわね」

 

 私は半分食べたクナイを口から離し、隣にスキマ擬きを開いてそこに投げて閉じる。

 一度深呼吸をし、気持ちを整える。

 

「……とまあ、暗い話はここまでにして!」

 

 ぱんっと私は手を叩いて暗い雰囲気を書き消す。このまま暗い話をしても仕方がない。

 

「白亜、貴女は天狗達の様子を見に行きなさい」

「え」

「まあ良いから良いから。あぁあと、壊れた襖を処分しといて」

「は、はー……」

 

 白亜は意味もわからなく立ち上がり、白亜が壊した襖を持って廊下を進んでいった。

 私はそれを見届け、また隣にスキマ擬きを開いて中から新しい襖を取り出して立ち上がる。

 

「そう言えば、なんですが」

「んー?」

 

 ガタガタと襖の上下を何とか嵌め込ませようとしていると、後ろに居る文が言葉を発する。私はそれを聞き、手を止めて振り返る。

 

「天魔様と、その……白亜様のご関係ってどんな感じで?」

「……あぁ、そう言えば文は知らないか」

 

 襖を一度蹴り、無理矢理嵌め込ませてから私は元居た場所へと戻り、よっこらせと座る。文は興味津々とし、すでにお馴染みの手帳を開いて片手にペンを持っていた。

 記事にするつもりなのであろうか? はて、まあ記事に出来るほどのネタでもないと思うがね。

 

「白亜がハーフだってことは、知ってるわよね?」

「はい。っと言うかそれ、全員知っていると思いますが」

「あっはは、そうだね」

 

 軽く笑い、昔の記憶を掘り起こす。白亜と出会ったあの頃の記憶を……。

 

「……あの子は昔、虐めを受けていた」

「え……」

「まだあの子は小さかった頃よ。外に出れば同じ子供達に石を投げられていた。母はあの子が産まれてから死に、父は生活に耐えられずで自殺。頼れる人は居らず、精神は磨り減り、家の前で泣きじゃくって居た」

 

 此処まで喋ると、最初までは動かしていた文の持っているペンの動きが止まっていた。椛は正座をして目を瞑ったまま冷静に聞いている。

 

「その時に、私はあの子に手を差し伸べてあげた。この家で自由に生きて良いと言ったわ。それ以来かなぁ……あの子は急に修行なんて事をしていた。私が庭で色々しているのを見て、真似たのかもね」

「色々、と言いますと」

「……色々と言ったら色々よ」

 

 槍の突きを超高速で高速連続突きをしたりとか、眼にも留まらぬ程の速さで端から端まで移動したりとか、高い上空にスキマ擬きを使って紙飛行機を飛ばしてそれを火縄銃で撃ち落としたりとか、変な術使ったりとか……数えれば切りがない。

 それほど色々なのだ。

 

「まあ最初までは私のやっている事をそのまま真似ていたわね。けど、私がしていたことはそんな甘いもんじゃないから、出来る訳が無かった」

「そんな無茶苦茶な事してたんですか……その後は諦めたんですか?」

「いんや、諦めてなかった。目標をそれとしただけで、諦めていなかった。っと言った方が良いのかもね。初盤の修行からし始めたのよ」

「どうやってですか……まさか、天魔様が直々に指導を?」

「私じゃないわよ。椛がやったの」

「えぇ!?」

 

 驚きのあまり、文は隣に居た椛に顔を向ける。

 

「椛、貴女が指導したんですか!?」

「はい」

 

 椛は未だに目を瞑ったままで答えた。

 そう、ここでまさかまさかの白亜の指導者は椛だったのであるババァン。

 

「最初こそは、本当に無知で戦闘すらままならない程に下手で、よく怪我もしていました」

 

 此処で、椛が語り始めた。私と文はそれに耳を傾ける。

 

「ですが、あの方はがんばり屋でした。何かを目指して必死でした。それこそもう、命を落としても良いくらいに」

 

 椛が目を開き、私をじっと見つめる。

 

「努力は報われます。あの方は、たったの数ヵ月で天狗で五本指に入るほどの強さを得ました。もう私から教えられる事も無かったので、それ以降は……」

 

 指導するのを辞めた。かな。

 まあ話は聞いている。白亜の成長力は尋常では無く、数ヵ月で私の次に強いと言っても過言ではないほどに強くなっているのだ。

 それからは、私の真似をし始めていた。正直、やらないで欲しいものである。あんな馬鹿みたいな事は……うん。

 

「……いつも思うんです」

「うん?」

 

 真剣な表情で椛は呟いた。

 

「あの方は、何を目指して、あんなにもお強く成られたのか……」

「そりゃあれじゃないの? 私の修行が出来るように――」

「違うと思います」

「……ほう」

「あれは、何か違う事を目標としていました。全く違う。何か……」

「…………」

 

 何か、か。

 考えられるものが何一つとしてない。いや、ていうかこれ、本人に直接聞いたほうが速くね。

 むむむっ、と。しばし考えて居た時だ。

 

「椛さーん、椛さーん!」

 

 縁側の廊下から徐々にこちらに近付いてくる気配と声がした。

 そちらに振り向くと、腰まである白髪で獣耳がピンと立っている白狼天狗が居た。たぶん、椛の後輩であろう。

 

「あ、此方に……て、天魔様!」

 

 最初こそは、椛にだけしか見ていなかったが、次に私を見て驚愕の顔を見せた。同時に、片膝を付いて頭を下げてきた。

 

「これは大変失礼致しました。天魔様の御用で椛さんとお話をされているとは気付かずに――」

「あぁいやいや良いよそこまでしなくても。ほら椛、今日は定期会議でしょ?、行って来なさんな」

 

 全くもって、もう私はもう天魔では無いと言うのに……。いやまあ、天魔していてもあれは嫌なんだけどね。何か堅苦しいの嫌だ。

 因みに定期会議と言うのは、一定の期間にある白狼の会議である。椛は白狼天狗の中ではかなりの実力であるため、指揮をしているのは椛である。

 

「では、私達”三人”は此処で失礼させて頂きます」

 

 ガシッと椛は文の手の首を掴んで立つ。

 

「え、ちょ、何をしているんですか椛」

「何って、帰りますよ文様」

「何で私も!?」

「どうせ文様が此処に残っても何もないんでしょ」

「私はもう少し此処でゆったりとって痛い痛い痛い!」

「我儘言わないで下さい。行きますよ」

「ちょっとおおおおおおぉぉぉぉーっ!!」

 

 力尽くで文を引っ張り出した椛は、後輩の白狼天狗と共に縁側の廊下を通って指定会議の部屋へと左に向かって行った。

 文の声が騒々しく聞こえていたが、それは徐々にと消えつつあった。

 そして、静寂を取り戻した部屋に、縁側から吹き出る心地の良い風が通る。

 

「実にまあ、やっぱし此処は楽しい所ね」

 

 先程までの出来事を思い浮かべながら口にする。

 私は隣にスキマもどきを作ってそこに手を入れて、中から取り出したのはすでに茶が入れられた二つの湯飲みである。

 

「貴女もそう思わない? 妖怪の賢者さん」

「……あらあら、居るの分かっていたのね」

 

 私の向かい側の境界線が切れ、開かれた。中は気味の悪い目が幾つもあり、地味に私の事を凝視していた。

 実に、気味が悪い。

 そんな空間の中から現れるは、ロングストレートの金髪で、その上にナイトキャップらしき帽子を被り、フリルが多いドレスを着た女であった。

 

「にしても、何で賢者と呼んだのかしらね。貴女」

「気分だよ気分。紫」

 

 彼女の名前は八雲紫(やくもゆかり)、またの名をスキマ妖怪、妖怪の賢者、BBAである。

 

「今何か失礼な事を脳内で言わなかったかしら?」

「気のせい気のせい」

 

 地味に心を読んでくるのは辞めて欲しいものだ。

 因みに、紫が出したあの不気味なスキマは、彼女の能力である。

 

『境界を操る程度の能力』

 

 名前からして、パッと見弱そうな能力と見てしまうものは居るであろうが、実はこの能力、侮れないのである。

 私から言わせて貰えば、もはや何でもありなんじゃないかと思う。何分、人の記憶を消せたり、弾幕を消せたり、さっきみたいに境界を切ってスキマを作って遠い所に移動出来る。

 実力は、神にも匹敵するほどである。

 そんな彼女に、私は一つの湯飲みを差し出す。

 

「ありがとう」

 

 そう言い、紫は行儀良く湯飲みを持ち、口に付けて軽く一度啜る。

 

「……いつも貴女の所が入れるお茶は美味しいわね。あの狐の子が居て本当に羨ましいわ。何でも出来るなんて」

「それは紫の所にも居るでしょ……大きい方の狐」

「確かに藍も何でも出来るけど、此処まで上手くは出来ないわよ」

 

 藍――フルネームで八雲藍(やくもらん)、紫の式神である。かの有名な九尾の狐だ。

 そんな有名な妖怪に、紫は雑用係を押し付けていた。正直、藍のプライド大丈夫なのかと思いがちなのだが、そうでもなかった。

 代わりに、藍の式神を作っても良いと言う条件で飲んでいる。藍の式神は……いや、これは会ってから説明してもそう遅くはないであろうか。

 私は説明するのを止め、先程紫が行儀良く飲むなんて真似ることも無く、片手で湯飲みを持って飲む。

 熱い。一度冷ましてから飲んだ方が良いか。

 私は病む終えなくテーブルに戻す。

 

「そうそう、あの紅い屋敷の件。ありがとうね」

「ん、何だっけ」

「異変よ。貴女が最初に行かなければ、スペルカード無しの本気の勝負を、博麗の巫女がしていたわ」

「あぁそれか」

 

 そう、私が最初に誰よりも速くその異変の元凶へ向かった理由は、何も私の好奇心だけではない。スペルカードルールが考案された当日、紫に頼まれた。

 博麗の巫女よりも速く向かい、スペルカードをしっかり使っているかを確認、及び呼び掛けをすること。

 これが頼まれた内容であった。

 そう言えば紫はそれ以上は言わず、私に質問をさせる前にさっさと帰ってしまった。

 

「何で私に頼んだのよ?」

「貴女なら、安全で速やかにクリア出来る内容だと思ったのよ。それに、本気の勝負を一番として慣れているのは、貴女だけだもの」

「……なるほどね」

 

 本気の勝負。

 死と生を賭けた本気の殺し合い。

 私はそんな勝負を、幾度と無く経験している。

 不意に自分の手に目が入る。

 ――この手で、どのくらいの数の者を殺めたか……。百? 千? いや、もっと行っている。人間に限らず、妖怪までも殺してきた。一体、どのくらいの者を殺したのだろうか。

 殺してきた数だけ、私は勝利を納めていた。そう、それはもう、数え切れない程にまで……。

 開いていた手を拳に変え、強く握った。

 

「……茜?」

「え、あ、うん?」

 

 見ると、紫が心配そうな顔で私を見ていた。

 

「機嫌でも悪い?」

「いやいや、気のせいだよ」

「……そう」

 

 しまった。ちょっと昔の事を思い出しすぎて暗い顔になっちゃったかな。

 私は握っていた力を緩め、湯飲みを持って一口飲む。最初よりはだいぶましな熱さであった。

 

「あぁそう言えば、今年はやけに起きるのが遅いのね」

「何がよ」

「冬眠よ冬眠。もう春過ぎて今夏よ」

「そうね。寝る子は育つと言うじゃない」

「もう充分に育ってるでしょ……」

 

 主に胸である。

 

「……本当は、違うんでしょ?」

「…………」

 

 此処で、しばしの沈黙が訪れた。

 紫は私から視線を外し、両手で優しく包むこんでいる自分の湯飲みを見つめていた。

 しかし、見つめていた目はゆっくりと閉ざし、湯飲みに入っている茶を全て飲みきった。同時に閉ざされた目が開き、私を見る。

 

「来年の春に、たぶん異変が起こるわよ」

「ほう」

 

 来年の春……となると、あの異変かな。

 

「もし起きたら、また……」

「はいはい、行けば良いんでしょ」

「……ありがとう」

 

 お礼を聞き、だいぶ冷めたであろうお茶を全て飲み、私はまた隣にスキマ擬きを作ってそこに飲み干した私と紫の湯飲みを一緒に入れる。

 

「それじゃあ、私はこれで帰るわ」

「依頼押し付けて、自分はとっとと帰りますか……」

「仕方がないじゃない、まだ眠いのよ」

 

 もはやダメ人間かっ!

 

「またね、茜。頼んだわよ」

「……頼まれましたよっと」

 

 紫は立ち上がり、後ろにスキマを開いて不気味な中へとスルリと入っていった。やがて紫が入って行ったスキマは閉ざされ、また部屋に静寂が――

 

「茜ー!」

 

 ……訪れる筈だった。

 大きな声で私の名を轟かせる者が、椛達が向かっていった方から聞こえる。

 そして、その騒々しく私の名を叫んだ当本人がひょこりと顔を出して部屋の様子を伺った。  

 

「おぉ! 帰ってきたとは本当じゃったか!」

 

 私が居るのを確認し、中に入ってくるは……幼女。

 足の膝まである長い白髪で、その上にピンと立つ二つの狐耳。いや、彼女の右耳だけは、獣に食いちぎられたかのように半分無かった。

 服は黒い着物一着で、白の花柄が付いた物だ。しかしサイズが合ってないのか、少しぶかぶかで両肩がズレそうでズレない絶妙な所にあり、袖の部分から見えるのは人差し指と中指が見えるか見えないか。

 取り敢えず何か色々大丈夫なのかと言いたいが、あの着物がズレた事が一度もない。何がどうやったらズレないのか。不可思議でもある。

 

「お主が勝手に出て行って、妾は寂しかったぞ」

「あぁそう」

「相変わらず冷たいのぉ」

「何時もの事でしょ」

 

 わりと本当に何時も通りである。

 彼女の自己紹介が遅れたが、名前は天日美咲(あまのみさき)、主にこの屋敷の雑用係をみずから申し出て頼んでいる。

 押し付けてはいない。みずから頼んできたことだ。

 因みに、先程紫に出したお茶は美咲が作った物だ。

 そして、彼女は空狐である。

 空狐と言うのは、狐が三千歳生きると呼ばれるモノだ。因みに八雲藍は天狐、千歳以上であり、三千歳以下である。

 妖力の量は当然、空狐が一番である。しかし実力の差は天狐が一番なのだ。  

 

「それで、何の用なの」

「ふっふっふ、今や此処は御主と妾だけ。邪魔をしてくる者は居ないのじゃ、分かるじゃろう?」

 

 悪餓鬼が何かを企んでいるかの様な笑みを見せながら、私の横で座り込んで顔を近付けてきた。其方を向いてみれば、美咲の大きな蒼い瞳が目の前で見える。

 たぶんこれは、誘ってきているのであろう。

 毎回の事なのだが、美咲はこうして私に近付きたがる。そして誘ってくる。別に嫌いって訳じゃあないが、その誘いに乗れない私が居る。

 なので、私は人差し指を美咲のおでこに当てて離れさせる。案外そんなに力も要らずに距離を置けれた。

 

「やっぱしお主は冷たいのぉ」

「これも何時もの事でしょ」

「あっははは! そうじゃな」

 

 からからと笑い、何処からか取り出した酒を持って、何処からか取り出した杯にその酒を注ぐ。

 

「お主も飲むか?」

「……一杯だけ頂くわ」

 

 そう言うと、何処からか……ではなく、袖の中からもう一つの杯を取り出した。

 あの袖の中はまさか某アニメの四次元○ケットなのか……いや、そんな訳はないと思うが。いや、そうでないと信じたいものだ。

 

「ほれ」

「ん、どうも」

 

 っと、いつの間にか酒が注がれていた杯を手渡してくる。私はそれを片手で受け取り、もう片手は頬杖付かせながら酒を少量飲む。

 別に酒が苦手というわけではない。寧ろ飲める。だが、そう飲みたくはないだけだ。

 少量の酒は体に良い。大量の酒は体に毒を。酒は薬なり。

 そんな事が頭の中から離れずにあるから抵抗が出るのである。故に、一杯だけにしたのだ。

 

「にしてものぉ……」

「うん?」

 

 杯の酒を一気飲みした美咲が言う。

 

「お主、天魔辞めたそうじゃな」

「……えぇ、そうね」

「どうして辞めたんじゃ」

「あーんー……気分」

「気分で辞めるようなモノじゃないぞ、あれは」

「ふふふっ、まあそうね」

「……お主の考えてる事が分からぬ」

「分からなくても良いじゃない」

「むぅ……」

 

 そこでまた一つ、酒を少量飲む。

 美咲は最初と変わらず、また一気飲みをして酒を注ぎなおす。

 彼女は昔から酒が好きだ。鬼と同じくらい飲めるらしく、酔う事はそうそうない。

 昔美咲と酒の飲み比べをしたが、負けたのは私だ。さすがにそんな毎日のようには飲まないので、耐性が付いていない。

 まあ、酒の耐性なんて付けたくはないのだが……。

 

「そうそう、これ返すわ」

 

 私はふとある事を思い出し、スキマ疑きから一冊の本を取り出して渡す。

 

「む、もう全部覚えたか」

「まあね。ってか、一度読めば忘れないわよ」

 

 そう、私の能力で記憶忘れを切断させ、無理矢理全ての情報を覚えている。

 して、何を覚えたかと言うと……魔導書の翻訳本である。何を隠そう、彼女こそが、あの時パチュリーと話をしていた旧友である。

 だがまあ、妖怪にはそんな魔力は無い。多くあっても、魔法使いの三分の二だ。それでも、使えないって訳でもない。

 

「さて……」

 

 私は杯に余った酒を全て飲み干し、テーブルの上に置いて仰向けになる。

 

「寝る」

「まだ昼じゃぞ」

「良いのよ、一日ぶりに自分の家で寝たいの」

「ぐーたらめ」

「案外それは否定しない」

 

 美咲は最後の酒を全て飲み干してから私が置いた杯を取り、立ち上がる。

 

「それじゃあ妾はそろそろ他の事をしに行って来るかの」

「ほーい、いってらっしゃーい」

 

 縁側からではなく、直したばかりの襖の方から出て行った。ピシャンと襖が閉まる音が鳴り、今度こそ本当に一人になれた。

 

「さてと、寝るかなー」

 

 私はそのまま毛布も掛けず、片腕を両目の瞼上に置く。

 意識はそう長くは持たず、眠りについた……。




今回は、何も進展なしでフラグだけですね。
戦闘シーンを久々に書いてみたいものですが……まだその時ではない。

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