今回は物語の核心に触れていくことになります。
ハーラルトの”記憶”とは一体なんなのか……
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
それでは、本編をどうぞ。
この世界も、最初から平和だった訳では無い。
前期村長から聞いた話だ。
少し長くなるが、お付き合い頂くとしよう。
そんな言葉と共に、村長の口から“昔話”が流れ出す。
◆
この世界の歴史は、昔々……の前置きから始められるが、ただの空想話ではない。
本当に起きたことがありのまま語られている。
ただ内容が突拍子もないが故に昔話としてしか見られることはなかった。
昔々、世界が白と黒に分かれる前の話。
大地に日は差さず、人々は低く垂れこめる黒い雲の下で、魔物に怯えながら暮らしていた。
ある都市は焼き尽くされ、またある街は食いつぶされ、
ひとつ、またひとつと人類の住処は失われて行った。
ついに小さな村以外が魔物に蹂躙され、人類が存亡を諦めかけたその時、
大地に一筋の光が降り立った。
“光”の前に魔物は無力で、蜘蛛の子を散らすように倒れ伏した。
光に抱擁され眩く輝くその一振りの“剣”は人々に希望を与え、次第に活気が戻ってきた。
生き残りのうちで一番剣の腕が優れていた若者にその剣が託され、
数人の仲間と共に魔王を討伐するべく出征。
少なからず犠牲を負いながらも若者は魔王を排除することに成功。
空は晴れ渡り、大地は芽を吹いた。
その若者は“勇者”として称えられ、光の剣は“聖剣”として村の祠に収められた。
その村は大きく発展し、今も聖剣を守り続けているという。
いつか悪が再び蘇ったときのために。
◆
「……この話に出てきた“最後の村”が此処のことだ。」
そこで村長は一呼吸置くと、
「そして、その頃から剣の守護と勇者と成り得る者の育成が伝統となっている。」
そんな可笑しな話があってたまるか、と思ったが、
村長自身も半信半疑のようだったのであえて口に出さないでおく。
「つまり、俺達が勇者の真似事をすれば良いんですね?」
あまり乗り気じゃないぞ、という気持ちを滲ませながら問いかける。
帰ってきたのは肯定でもたしなめの言葉でもなかった。
「いや……お前たちには実際に剣術を会得してもらいたい。良いだろうか。」
静かな疑問形で発せられた言葉には選択の余地が与えられていた。
やるかやらないかは自分で決めてよい。
それの意味するところはつまり――――
「やります。」
はぁ?!
キルシュ、お前は何を言っているんだ。
村長が命令形で言わなかったのは
それを二つ返事で―
「もちろん、ハルトと一緒に。」
「いや、一人で死ね。」
これには流石に反論する。
そりゃぁそうだろう。
誰だって自分の命は自分で管理したい。
それがわかっていて村長もわざわざ選ばせてくれたのに……
などと考えていると村長と目が合う。
そこで村長の口元が緩んでいることに気付く。
……まさか。そういう事なのか?
キルシュと一緒に聞かせたのは
そう考えれば全て合点がいく。
文書でなく直接話をした訳。
さらに見渡しがよく隠れられない、つまり逃げ出せない立地にある俺の家で話した訳。
最後に、キルシュと並べて話を聞かせた訳。
これらが偶然でなく、故意だったとしたら……?
「仕組みましたね、村長?」
「何のことかな?」
爽やかな笑顔で流された。
村長は前述の通り顔立ちも整っているので、笑顔を見ると普段なら少なからずドキッとしてしまうのだが、今はそんなことをしている暇はない。
下手をすると、そんな穏やかな思考は一生できなくなるかもしれないのだ。
と言うか、なぜ剣術の会得に命が掛かるんだ?
「……村長、受けるかどうかは今はお答えできません。」
「ほう。」
村長がチラリ、とキルシュのほうを見遣る。
その動作のせいでキルシュは自分一人に押し付けられたことに気付いたのだろう。
風切り音が聞こえ、激痛が駆け抜ける――――
「ですが!!」
前に俺の言葉が狭い部屋に響く。
そっと顔を横に向けてみると、わずか数ミリ先に迫った状態で静止しているキルシュの拳が目に入った。
このやろう。
やっぱりキルシュを使って間接的かつ物理的に否定権を潰す気だったな。
背中を滝のように冷や汗が流れ落ちるのを感じながら先を続ける。
「ですが、内容について幾つか質問があります。」
「まず、剣術の会得とは具体的に何をするのですか?」
「うむ。前代の“勇者役”から教わることになっている。」
この時点では命の危険まではなさそうだ。
ではなぜ本人に委ねる様なことをしたのか?
そして、“勇者役”がなぜ「今代だけ二人」なのか?
その時、頭をかすかな記憶が過ぎる。
魔王……?
だめだ、よく思い出せないが……
「二つ目。なぜ俺らに否定権を与えたのか?
そして、なぜ二人なのか?」
「それらの質問は場所を変えて答えよう。」
そういうと村長は部屋から出て行ってしまった。
どうする?今なら逃げられるぞ?
よし。逃げよう。
家の裏口へ脱出を図った俺は宙を舞う。
そうだった……
まだ
逃げ出せないことを悟った俺は脳天を駆け回る衝撃に任せて意識を手放した―――――
藁の上に薄布を敷いただけのような、つまり自宅の寝床のようなところで目を覚ます。
今までのことは夢だったのか?
だとすれば、キルシュが来る前に逃げなければ。
急いで立ち上がろうとした俺は上手く起き上がれずにどさっ、と盛大にずっこける。
「なッ……手が?!」
俺の両腕は紐のようなもので後ろ手に縛られていた。
紐の先を視線でたどると、“紐”は藁の寝床(?)から降り、地面を這い、
そこで、見慣れた靴が目に入る。そのまま足、腰とつたって視線を上げていく。
細い首の上には、やはりあの顔が乗っていた。
「やぁ。ハルト君?お目覚め早々女の子を眺めまわすのはドウカトオモウヨ?」
いや、まて、それは誤解――言い終えないうちに鋭いストレートが俺の顔に埋まった。
改めて周りを眺めると、どうやらそこそこ広い洞窟に居ることがわかった。
光を取り入れられる穴は無いが、洞窟内は温かみのある黄色い光で満たされていた。
時折不規則に揺れる光の中に村長の姿を見つける。
どうやら光源は村長の向こう側にあるようだ。
ここからは被っていてよく見えない。
「やっと目が覚めたか。逃げないでくれて嬉しいよ。」
おのれ独裁者め……
「ところで、此処が何処かわかるかな?」
両手を大きく広げて問いかけられる。
「永劫の間ですね。」
ん?
俺はこんな場所知ってたっけ?
どうやら村長にしても意外だったらしく、
険しい表情でセキュリティがどうの、とか
警備の人間が情報を、とか言っている。
警備の人、ごめん。
「何処で知ったのかは後で聞かせてもらおう。
とにかく、此処は君が言った通り“永劫の間”だ。」
そして――
村長が脇にずれたことで、洞窟内を照らしている光源が目に入る。
「……もしかして、これが先ほどの“聖剣”……?」
その剣は輝く刀身を黒ずんだ石碑から覗かせていた。
「やはり、直視できるのか。」
興奮しているような、迷っているような、感情が複雑に混雑した表情。
どういう意味だ?
直視?この剣を?
そういえば、おかしい気もする。
これだけ洞窟内を明るく照らすことができるということは、
かなり光っていないといけない。
松明の十本では足りないくらいの明るさのはずなのだが、
閃光は俺の目を焼こうとはしない。
俺が“勇者役”だから?
そう仮定し、根拠づけるためにもう一人の“勇者役”を仰ぐが、
「いやぁー、眩しいねー」
そいつは光から目を守るように腕を突き出していた。
という事はやはり俺だけが……?
「村長。歴代の“勇者役”にこの光を見せたとき、眩しがっていない人は居ましたか?」
帰ってきた言葉は、
「いや。普通はこの剣は歴々の村長以外の目に触れることはない。
今回は特別なんだ。わかるだろう?」
わかるだろう、と言われても。
「なんでも知っている、というわけではなさそうだな。」
だから何が?
次第に苛立ちが募り始める。
確かに、村長が言うであろう言葉がわかるときもある。
でもそれは偶然であって必然では……
本当に、偶然なのだろうか。
その思考と共に長い時間の記憶がフラッシュバックする。
何か黒いものが降ってくる。
沢山の人が死んでいく。
何の記憶だ?
こんなの俺は知らない。
これは夢の内容?
いや、これは夢じゃない。
まさか。
自分の考えに呆れてしまう。
そんなわけないだろう。
これが想像でないとして、一体何だと言うんだ?
未来予知?
ふん。馬鹿馬鹿しい。
俺の表情が険しい物になっていたのだろう。
キルシュが心配するように顔を覗き込んでくる。
心配そのもの、と言った表情を張り付けている幼馴染を見ていると、
苛立った気分が少しずつ晴れていく気がした。
彼女の頭をぽん、と軽く撫でて村長に問う。
「俺にもよく解らないのですが、自分のものではない記憶があるような気がします。
これもその剣のせいですか?」
突然撫でられたキルシュは驚いたように目を白黒させた後に照れたように拳を振り上げたが、既に俺は村長との会話に入っていたので振り下ろすタイミングを失ったようだった。
彼女を尻目に村長は返答を寄越してくる。
「今までこの剣を目にしたのは昔話の人々と、私達歴々の村長だけだ。
そして、その中に不思議な記憶を植え付けられた者は居ないはずだ。
よって、君のその記憶が聖剣の影響かどうかは今は判断できない。」
「しかし。」
村長の声が洞窟内で断続的に木霊する。
待て。
村長の台詞の余韻に交じって何か聞こえないか?
悲鳴のような、爆発音のような。
まるで、
キルシュも気付いたようで、辺りを警戒しだす。
微かな破裂音はやがて確かな爆発音となり、洞窟の天井から埃が舞い落ちる。
これは幻聴ではない。
ここが何処かはわからないが、音の大きさからしてかなり近いところが発信源のようだ。
つまり、
「「村が、危ない……?」」
「仕方がない、一旦村へ戻るぞ。ついてこい!」
言って、駆け出す村長。キルシュも続くが、未だに手を縛られている俺は上手く走れない。
しかし、その遅れが幸いし、天井の異変に気づけた。
「ッ!?キルシュ!村長を抱いて跳べ!」
俺の緊迫した声に何かを感じ取ってくれたのか、疑うこともなく村長を巻き込んで跳躍するキルシュ。
刹那、つい先ほどまで二人が居た場所に無数の瓦礫が降ってきて、洞窟のこちらと向こうを分断してしまう。
しまった。閉じ込められたか?
とりあえず、瓦礫をどかして―――
そこまで考えた瞬間、天井からまたしても黒い塊が降ってきた。
やむなく思考を一時中断させ、目の前のモノに注意を寄せる。
なんだ、これ?
瓦礫とは違う、しっとりとしたような質感を連想させる黒光りする毛に覆われた何かがそこに居た。
視界の端が一際鋭く輝いたかと思うと、鋭利な「切っ先」が俺の顔面めがけて進んでくる。
すんでのところでジャンプ回避を試みるも、腕に鋭い痛みが走る。
大丈夫。まだ、着いている。
頭の隅で事務的に確認しつつ、二度、三度と飛び退る。
何だこいつ?!
全体的に細長く、それでいて頑丈そうな体の先には流線型の頭。
動物で言うイタチを連想させるそれの一番の特徴は“大きさ”だろう。
尾まで入れると5mは超えてるんじゃないか?と思うほどの体をバネのように縮めて攻撃態勢に入ってくる。
充分に間合いを取っていたにも関わらず、また鉤爪が服を裂く。
しかしそいつは勢い余って壁に突っ込んだようだ。
「今しか……無いよなッ!」
振り翳した俺の腕の中にはいつの間にか聖剣が握られていた。
疑問に思う間もなく、自分でも捉えられないほどの速度で右手が一閃。
何かに導かれるかのようにイタチもどきの背筋に沿って眩いエフェクトフラッシュが瞬く。
イタチもどきは一声啼くと、プリズムを叩き割ったかのように爆散した。
はぁ、はぁ、と荒い呼吸を繰り返すと、右手に視線を落とす。
しかし、そこに握られていたはずの聖剣は無かった。
「……え?」
慌てて聖剣が刺さっていた石碑を見遣る。
そこには哀れに砕け散った黒い石ころと化した石碑が散らばっていた。
「大丈夫か!」
洞窟を塞いでいた瓦礫があらかた除去できたようで、村長とキルシュが駆け込んでくる。
「俺は平気です。ただ……」
先ほどの獣が何だったのかはわからない。
しかし、“記憶”の主張により、この世界が再び危機に晒されようとしていること、
そしてそれを阻止できるのは聖剣だけ、ということ、
さらにその聖剣は今しがた粉々に砕け散ってしまったことを悟った俺は俯くことしかできなかった……
以上で第二章は終幕です。
ハーラルトが”記憶”の正体に迫りつつあるとき、
この世界の希望、”聖剣”が砕け散ってしまう。
果たして、この世界に”未来”はやってくるのか……
そんな感じで進んでいきます。
これからも頑張って書いていくので、どうぞよろしくお願いします。
それでは。良い運命を。