《5月 30日 午前7:45 『セントアーク』 ホテル内 ランチホーム》
『特別実習』の二日目の朝、今日も張り切って頑張ろうと思った矢先にあるトラブルに起こりました。
それは男子の部屋に自分はトモユキだと宣った半裸の少女が居たのです。
私達は真相を確かめるべく、やっとの思いで起こしたイビトと少女(?)を連れてホテル内に在るランチホームの個室で尋問すると共に朝食を取ることにしました。
「……で、お前本当にトモユキなのか?」
朝食を取りながら凄く眠たそうな顔をしたイビトが少女に問い掛ける。
昨日の夜から十分睡眠取れた筈ですのに、どれだけ寝足りないというのですかこの男は。
「だからさっきからそう言ってじゃん。確かに美少年から爆乳美少女になっちまったトモユキさんだけどよ」
「恥ずかしげもなく自分で言っちゃう辺り、トモユキで間違いなさそうね……」
呆れながらも冷静に分析したアリサの言葉に同意するように私達はうんうんと頷く。
『なんか釈然としない納得だな』と不満を垂れるトモユキ。
と言われましても何故か不思議と納得してしまったのですから仕方ないですわ。
そういうことで私達はあっさりとこの少女がトモユキだと認めて、次の確認を取ろうと私が唇を切る。
「それで何故そのような姿に?」
「昔修行していた場所でな風邪薬と間違えて一時的に性別を真逆に出来る『性転換』って飲んじまってな。それのせいで身体が女に成っちまったんだよ」
「な、名前が安直ですね……」
「性別が真逆にって……そんな薬が本当に在るのか?」
「信じられないと思うが本当に在るんだよなーこれが。しかもその薬を大量に飲んじまったせいか、後遺症のみたいなのが出来ちまったな。薬の効力がまだ消えずに今でも不定期に女に成ることが有るんだぜ」
『現にもう成っているけどな!』と若干自虐的にトモユキは言う。
驚きの内容ですわね、まさか性別を変えられる薬が存在しますなんて………。
風邪薬と間違えてそんなものを服用した間抜けっぷりもそうですが、宝具といい、前回の実習といい、この男(今は女)には驚かされてばかりですわ。
「話は大体分かったが、何時治るんだその症状は?」
「分かんねぇ。普通なら1日で効力が切れて元の状態に戻るんだが、一度に大量に服用しちまったからか女の状態で居る期間が不安定なんだよなー……元に戻るのは一週間先か二週間か、最悪1ヶ月先かもな」
それは厄介ですわね。
治るのが何時か分からないというのは精神的に不安になりますし、ストレスも溜まるでしょう。
まぁ当のご本人の様子から見てそう言ったものを抱いているようには見えませんが。
……それにしても性別が変わるとは一体どういう感覚なのでしょう。
性別が変われば身体の勝手は勿論、自分の見る目や生活がガラリと変わりますから大変苦労する筈ですわ。
もし、もしも私の性別が突然変わってしまったら………想像しただけでゾッとしますわね。
「大丈夫なのか?」
「心配すんなよガイウス。女の身体に成っても俺は俺だ、身体が動かせるなら身体が女に成っただけで何時もと大して変わらんし、実習にも何の支障も無い。ノープログレムさ」
「ふむ、そなたがそう言うなら特に言うまいが………」
とそこでラウラが言葉を止めて、ジィーと何か言いたげにトモユキを見詰め始める。
眉を吊り上げてトモユキは『なんだよ?』と聞いてみますと。
「その格好は些か不埒なのではないか?」
「は?」
キョトンと眼を丸くするトモユキ。
何を言っているんだ?と彼女……いえ、彼はそんな顔をしますが私もラウラの意見には同意しますわ。
何故なら今の彼の服装、元々男なので当然男子生徒の制服を着ているのですが……。
身体が女に成ったことで身長とガタイが一回り小さくなり、そのせいで服のサイズと合わず、所々ガバガバしている。
それだけならまだ良かったのですが問題は彼の胸元。
制服の前ボタンが掛けられておらず大胆に開けており、そこからこれでもかとその存在をアピールする………私とお、同じぐらいでしょうか?
深い谷間が顔を出していました。
しかも胸元が開けているのはその大きさ故にそこがキツイからでしょうけど、大半の部分が露出していて少し、いえかなり危うい状態。
もし少しでも服がズレたら見えてしまうぐらいに。
……ハッキリ言って女性の私でも眼のやり場が困りますわ。
全く、身体が女に成っても不健全極まります。
「この程度で不埒って………毎回パンツを見せびらかしているエレカよりは慎ましいと思うぞ」
「み、見せびらかしてません!!」
『トモユキさんの変態!』と顔を真っ赤にして非難の言葉を発するエレカ。
やはり女に成ってもその見下げ果てたセクハラは変わらないようですわね。
「まぁ確かにこのナイスバディでこんな際どい格好したら多少は破廉恥かもしれん、だが同時に眼の保養にも成る! この姿を見れば世の男共は瞬く間に前屈みになって発狂し、ついでにBのルーティーも発狂するに違いない!」
「――その台詞だけでルーティーは発狂すると思いますよ」
「同感ですわ」
「とにかく! 他に服が無いし、女物の服や下着を着けるのは論外だし、結論的にどうしようもないのでこれ以上の議論は無意味! なのでこの話題は終了!」
あっ……逃げましたわね。
私としては今すぐにでもその服装を正してあげたいところですが、相手が一時的に女に成った特殊なケースなのでどうもやり辛いですわ。
特にそれがトモユキなら尚更。
それにいくら性別が変わっても異性の服や下着を着るのは誰でも抵抗ありますものね。
ふぅ……仕方ありません。
今回は彼(女)の言う通り、現状的にどうしようもないのでその服装に関しては眼を瞑ってあげましょう。
そうして話は落ち着きと丁度良く朝食を食べ終え、私達は今日の実習に向かうことにしました。
《午前11:00 『セントアーク』サード・ショッピングモール》
ホテルの支配人から今日の実習の課題内容が書かれた封筒を手渡され、内容を確認次第早速行動に移し、午前10:00に一つ目の課題を終わらせ、そしてこのショッピングモール内で最後の課題を取り掛かっていました。
「集合時間まであと30分、この調子なら私達のノルマは余裕で終わりますわね」
「…………」
「? アリサ?」
私のペアであるアリサが返事をしない。
反応が無いので名前を呼んでみるとアリサはハッ!と眼を見開く。
「な、何? ゼオラ?」
「……どうしましたのです? 此処に来る前からボーッとしてますけど」
そう指摘すると彼女は一瞬顔を逸らして言い辛そうに俯いてしまう。
他の皆さんも気付いていましたが彼女は一つ目の課題が終わってから心なしか反応が鈍く、ボーッとするのが目立つようになりました。
最初は気のせいと思いましたが、どうやらそうでは無いみたいですわね。
すると私は彼女の眼が閉じたり、半開きに為ったりとその二つを繰り返していることに気付く。
この症状はまさか………。
「アリサ、貴方眠いのですか?」
「う………」
何とも図星が突かれたことが分かり易いリアクションを取るアリサ。
成る程、ボーッとしていた原因は寝不足という訳ですか。
これで謎が解けましたわね。
さて、そうなりますと新たな疑問が浮かぶのですが。
「何故、そうなったのですか? 昨日マッサージが終わった後、私達はすぐに灯りを消して寝付いた筈です。睡眠も十分有った筈――」
「ごめんなさい………昨日はちょっと眠りに付けなかったのよね」
『どうして?』と理由を訊ねようとしたその時、私は何となくその訳を察してしまいました。
「もしや……A班、リィンの事が心配で眠れなかったのですか?」
「!!」
ギクッ!と身体が反応すると共に頬を染めるアリサ。
これも図星みたいですわね……。
「……やっぱりそうでしたか、昨日の夜でもずっと気にしていらっしゃいましたわね」
「ち、違うわよ! 私は……ほら! 昨日寝る前にコーヒーを飲み過ぎたせいで中々眠れなかったのよ! ええ、そうよきっとそうに違いないわ! だからリィンの大怪我は本当に大丈夫なのかって気にし過ぎて眠れなかったことなんて、全然無いんだからね!!」
いえ、何もそこまで必死に否定しなくても………。
そんなに隠さずともクラスメイトの殆どはもう見抜かれていますのに。
しかも後半の部分で思いっ切り白状してますし。
まぁ……隠しておきたい気持ちは分からなくありませんが。
ちょっと指摘したいところですがそれをやると今以上に躍起になると思うで面倒なことに成らないよう、黙っておきましょう。
「分かりましたわ。そういうことにしとくにして―――アリサ、貴方は何処かで休んでおきなさい」
「えぇ? 何を言っているのよゼオラ? まだ課題は――」
「後は私一人でも十分です。だから貴方は少しでも睡眠を取ってその眠気を取った方が良いですわ」
「いや、そんなことの為にゼオラ一人だけにやらせるのはちょっと……」
「気にしなくて結構ですわ。それよりもアリサ、今日の午後に何をするか。覚えてます?」
「きょ、今日の午後? 確か観光がてらに『セントアーク』の観光名所を見て回るって言う」
「そうです。帰りの列車は午後の17時丁度、それまで『セントアーク』中を回って見るという楽しみを貴方一人だけ眠気に邪魔されて良いと言うのですか?」
「うっ……」
苦虫を踏んでしまったようにアリサの表情が曇る。
今日の課題が終わり、帰りの列車に乗る時間まで暇が有れば『セントアーク』の観光名所を見て回ろうという話を昨日の夜、ルームサービスのマッサージをしてもらっている時に私達女子で話し合って決めたのです。
そのことを話合ってから私は楽しみにしてますし、勿論アリサもとても楽しみにしてました。
すると件の話を持ち上げられてアリサは非常に悩ましい顔をする。
あと人押しだと、そう思った私は畳み掛けるようにこう言う。
「ノルマはもう私一人でも終わる程度なのですから最後は私にお任せなさい。身体の調子を整える為に多少怠けてもバチは当たりませんわ」
「―――有難うねゼオラ。恐縮だけどお言葉に甘えさせて貰うわ」
気が引けつつも観念するアリサ。
彼女が根負けということはそれだけ彼女も楽しみをキチンと堪能したいという気持ちが強いのでしょう。
「ええ、では時間に成ったら此処で落ち合いましょう」
「うん。それじゃあまた」
そう言って私達は一旦別れ、片方は集合時間までゆっくりと睡眠を取り、もう片方は最後の課題の作業に取り掛かり、宣言通りに自分達のノルマを集合時間前に達成する。
ノルマを達成したことで私は後の楽しみを待ちわびて、アリサの所へ戻ろうと足を運ぶ。
道中、私は午後に予定している名所観光でまず『セントアーク』の何処を見て回るかを考えながら歩く。
見て回りたい所が多い為、限られた時間内でそれ等を絞り込むのに大いに悩む。
その悩みに浮かれているせいでその時の迂闊にも私は周りを全く見ていませんでした。
そして、愚かにも自身の背後に不審な影が忍び寄ることにも………。